更新履歴・日記



結果的に扱き使われても衣食住が最優先
萌え 2023/01/09 22:40


・ゾル兄さん結果論シリーズ
・萩原さんをなし崩しに助けて逃げ出したその後





 物理で爆弾処理したものの、逮捕されそうになって思わず逃走した俺、当然のように路頭に迷うの巻。戸籍制度が機能した現代社会において、ノー戸籍は無職ルート一択であった。どう考えてもさよなら一般人こんにちは裏社会である。ハンター世界では売れば人生7回分くらい遊べるハンターライセンスも、この世界ではどこにも売れないただのゴミだ。おまけにゾルディックブランド(実家の名声)ですらゼロなので、裏社会でやっていくにしても無名で伝手もない最底辺スタートだったりする。そして持っている通信手段も、ハンター世界でしか使えない携帯電話と仕事用の無線機である。仮に就職活動で書類選考通ったとしても連絡先が無線ってバカなの???「こちら〇〇、書類選考通過のため〇/〇の〇時に〇〇まで来られたし。どうぞ」とかやるの? 日雇いにしても、どこに行けば身分証明なくても受け入れてもらえるのかさっぱりだ。空き缶拾って換金しようにも、ああいうのは縄張りがあるものなので、下手に手を出すものでもない。

(山の中で自給自足でもしてみるか、あるいは裏社会で最底辺の下積みスタートしてみるか。なんだこの選択肢)

 現代日本でもハンター世界でも書いてきた履歴書が憎い。というか履歴書を書くにもまずは履歴書と筆記具を買う必要があるし、もちろんそんな金はない。質屋かリサイクルショップで金を作ろうにも、売れるものを持っていない。そもそもそういう店で物を売る時にも身分証明が必要になる。

(詰んだ……)

 その辺の公園にあったベンチに座り、リストラの憂き目にあったサラリーマンのごとく無意味に遊具を眺める。マンションから逃走して数時間、夕暮れ時で腹も減って来た。公園の水道で水でも飲んで空腹を誤魔化すか、近くの川でこっそり魚でも取って焼くか、スーパーの試食コーナーで少しだけ文明的な味を堪能させていただくか。……最後は分かりやすい迷惑行為だな。二番目もよろしくないだろうが。コンビニの廃棄弁当を狙おうにも、確かスタッフの手にも渡らないように一律で処分されることになっていたような気がする。

(ハトとかスズメとかカラス捕まえて食うのは犯罪だっけ……)

 野鳥の命にはノータッチなのが現代日本だった気がする。役所の職員も野鳥対策で苦労していた記憶がある。

 魂が農耕民族の生まれながら狩猟民族の思考に陥った俺が頭を抱えていると、誰かの気配がとてとてと近付いてきた。足音が軽い。子どもだろうか。顔を上げると、小学生くらいの少年と目が合った。やたらと顔が良い。艶やかな黒髪が夕焼けを受けて煌めき、深い知性を窺わせる宝石のような青い瞳が俺を熱心に見つめている。紅顔の美少年に見つめられる理由は特になく首をかしげると、少年は白い指先をビシッと俺に向けた。

「お兄さん、あなたは……殺し屋ですね!」

(大体合ってる)

 あくまで“大体”である。殺し屋は依頼者から金銭と引き換えに殺人を請け負う業務全般であり、暗殺者は社会体制の変革を目的とした要人の殺害……あれ、ゾルディックは別に要人殺害でなくても依頼受けてるな? どうも、俺が殺し屋ゾルディックです。

 お洒落で品の良い子ども服に似合わぬ腕白振りを見せつけるキメ顔の少年に、俺は困ったような笑みを返した。

「えーっと……ちなみにその理由は?」

「その上着の中に武器を隠しているでしょう。不自然な膨らみが見えるし、あなたは」

「新ちゃん、何しているの?」

 少年探偵がイキイキと推理を披露している最中、女性がこちらに声を掛けてきた。どうやら少年の母親らしい。色素の薄い髪がカールを描いてフワフワと風になびき、どことなく少年に似た美しい瞳がキラキラと輝いている。

(美人ママ……!)

 ママということが信じられないレベルの若さとお美しさである。年の離れたお姉さんと言われても俺は信じる。活発そうな子どもに合わせたのか動きやすそうな服装をしているが、スレンダーな肢体の瑞々しさを損なうどころか増している。少し上気した桃色の頬も、マッチ棒が何本も乗りそうな長い睫毛も、花びらのような唇も、全てがあまりにも可憐すぎる。いや本当にお母様? 美し過ぎでは? 旦那さんは全世界に自慢していい。ありがとう眼福です。

「母さん! この人、殺し屋だったんだぜ!」

「えぇ?」

「あはは……何というか、息子さんに殺し屋だとバレてしまって」

(俺が暗殺一家ゾルディックの長男ですイエーイ)

 路頭に迷い過ぎて思考回路も迷走して来た。今の俺に声を掛ける相手なんて、無謀な幼児か職質目的の警察官くらいでは? ……逮捕されたら屋根付きの家(留置所)で(臭い)飯が食える???(迷探偵)

 美人ママさんは「もう、新ちゃんたら」と唇を尖らせた。可愛すぎでは? 彼女に謝られたので俺は速攻で許した。最初から怒ってはいないし(何ならただの事実の指摘である)。

「でも! 絶対何か隠し持ってる!!」

 少年探偵――新ちゃんは俺を指さしたまま納得しないので、俺は懐に手を入れた。

「ふふふ、バレてしまっては仕方がない」

 新ちゃんがハッとした顔をして身構える。可愛い。俺は懐で掴んだ箱をゆっくりと引っ張り出した。

「へ……?」

「通りすがりのおばあさんがくれたんだ」

 その名もポッキーである。死んだ目でベンチに座っている俺を見かねたのか、通りすがりの老婦人が「孫が好きなお菓子なの。元気出して」とくれたのだ。ありがとうございます俺はポッキーで数日食い繋ぐかもしれません。

 新ちゃんはぽかんとしているが、相手が少年探偵ならば、こちとらプロの暗殺者である。仕事用の特注の上着なので、武器を吊っていても傍目では分からないシルエットになっているのだ。腰に提げていたグルカナイフも、具合良く背中に吊り直してある。何より俺の得物の大半が小型ナイフなので、下手な銃火器よりも大量に隠しやすい。袖にも隠してあるので、いざという時は防御にも使える便利仕様だ。

 ポッキーの箱を見た美人ママさんは、「ほら見たことか」と言わんばかりの顔をした。そんなお顔も美しい。

「ほら、違ったじゃない。新ちゃんもきちんと謝りなさい」

「わ、悪かった」

「ごめんなさいでしょう」

「……ごめんなさい」

 威勢の良い新ちゃんもママには弱いのか、大人しく頭を下げた。この親子、本当に顔がいい。顔が良すぎてきっと旦那さんが霞むやつ。そんな失礼な想像はさておき、俺は笑顔を浮かべて彼を許しながらも苦言を呈した。

「俺が言うのもアレだけど、公園で一人座っているような不審者に声を掛けたら危ないよ」

「オレは将来ホームズみたいになるんだから、謎を見付けたらほっとかねぇもん」

「ホームズって自分から殺人犯に話しかけていく人?」

「ホームズにはバリツがあるから!」

 仮に謎武術バリツを使いこなしているとしても、一般人の時点で俺が勝つのは明白である。ただし、どこぞのビーム撃ってくる系ホームズなら勘弁してほしい。あれはそもそも戦いに持ち込む前にこちらが仕留められそう、頭脳的な意味で。

 というか……なんだろうこの少年、既視感がある。美人ママさんの方もどことなく見覚えがあるのだが。既視感に頭を捻っていると、今度は公園の外から女性の悲鳴が聞こえてきた。誰かがひったくりだと叫んでいる。……なんなんだこの町。爆弾の次はひったくりか。次は銀行強盗だろうか。滞在して数時間だが、現代日本っぽい割に治安が心配になる。

「逃がすかよ!」

「駄目だよ」

 俺はベンチから立ち上がると、弾丸のように飛び出していこうとした新ちゃんの首根っこを掴んだ。掴んだ後にさすがにお子さんの襟首を掴んではまずいと思い当たり、片手抱っこに切り替える。いやこれも他所のお子さんにやっちゃダメだな? でもこの子、止めないと犯罪者の方に突っ込んでいきかねない。

「今俺、危ない人に近寄っちゃダメだって言ったばかりだよな?」

「でも! ひったくりは悪いことだ! 困っている人がいるなら助けないと!」

「新ちゃん、間違ってないけど危ないのも本当でしょう?」

 俺が美人ママさんに新ちゃんを渡そうとすると、彼は手足をバタバタさせて抵抗する。これ、俺が手を離したら走っていくな。イノシシかな? 俺は公園の入口を見ながら溜息をついた。

「分かった。俺がひったくり犯を捕まえる。それならいいだろ?」

「……できるのかよ」

「まあ見ておいて」

 ようやく大人しくなった新ちゃんを美人ママさんに引き渡すと、俺は公園を突っ切ろうと走り込んできた男に狙いを定めた。男は不釣り合いな女性用ハンドバッグを片手に鷲掴んでいるので、件のひったくり犯で間違いないだろう。

 男は何も考えず一直線に公園を抜けようとしているようだが、そのルート上にはたくさんの遊具と数組の親子連れがいる。俺は男に向けて走り出した。砂場を一足飛びに抜け、遊具や親子連れの間を擦り抜け、さっさとひったくり犯の腕を掴む。そのまま相手の走る勢いを利用して足を引っ掛けて前方に一回転。思わず手放されたハンドバックを空中で確保しつつ、回転するひったくり犯を補助して安全に尻餅をつかせた。最後にいきなり空中回転させられて呆然としているひったくり犯を手早く拘束。お疲れさまでした逮捕です。

 周囲の親子連れは全く状況が分かっておらず、ぽかんとしている。一方、俺を追いかけてきた新ちゃんは「すげー!」とはしゃぎ、美人ママさんは「あらまあ」とニコニコしていた。この美人ママさん、だいぶ肝が据わっているな?

 ここまでは順当だった。追いかけてきた女性にハンドバックを返し、警察官にひったくり犯を引き渡してお仕事終了。事情聴取の前に姿を消そうとしたところ――新ちゃんに上着の裾を掴まれた。彼は何というか、わるぅい顔をしていた。





 小一時間後、俺は豪邸のリビングで借りてきた猫のようにソファに座らされていた。にゃんにゃん、俺悪い猫じゃないよ。暗殺できるだけだにゃん。俺のぶりっ子って気持ち悪いな……?

 ここにきてようやく判明したのだが、この世界はかの有名な名探偵コナンであり、新ちゃんは工藤新一君(小)、美人ママさんは工藤有希子さんであった。そりゃ見覚えあるわ。ちょっと大きくなったコナン君(眼鏡なし)だもんな!

 何がどうして俺が工藤邸に連れてこられたのかというと、新一君が俺を滅茶苦茶に怪しんだのが一因である。「いいことしたのに警察の事情聴取から逃げようとするなんておかしいよね?」と鋭すぎる攻撃が冴え渡り、無事に俺の心臓を貫いた。そこで「いいことをしたのに犯人だと疑われたことがあって」と適当な言い訳をしたところ、新一君がいつまで経っても俺を離さないのを見かねて「新ちゃんがお世話になったから」と有希子さんがご自宅に招待してくれたのである。いやおかしくね? だが事情聴取からは穏便に逃げられた。逮捕協力しただけということでさらっと流していただいたのだ。

 そんなわけで俺は今、家主である工藤優作氏とご対面しているのであった。美人親子で霞むとか考えてすみません。霞むどころか公式頭脳チートだろこの男。俺なんて丸裸にされる。案の定、後日、有希子さんからは「ルイちゃん、良い子そうだけど絶対何かあると思って!」と笑顔で言われた。単純なご好意からのご招待ではなかったらしい。ついでに初見から俺が困窮していることに気付いていたようだが、それにしても旦那に不審人物の事情聴取をパスするってどういうこと?

 俺は全部吐いた。物理的なやつではなく、事情とかその辺りを洗い浚い吐き散らかした。相手が恐ろしく理路整然としている公式チートなので、自分の持ち物から素性まで話しきった。なお、異世界の説明において携帯電話と念能力は根拠づけとして大変に役立った。念能力については素質自体は全人類にあるので、細かい部分は優作さんにしか話していない。真似しようとして出来ることではないが危険なので、新一君がもっと大人になってからでないと教えるのは躊躇う。

 異世界云々以前に暗殺者という部分で受け入れがたいだろうと思っていたが、優作さんは「だが君はこの世界で誰かを殺したわけではないだろう?」と言われて流された。「それとも、ここでも暗殺業をするのかな?」と問われて俺は首を横に振る。あれは自分から進んでやるものではない。新一君は物言いたげな顔をしていたが、それでも父親の言い分に口を挟む気はないようだった。

 一方、俺が異世界から来たと知って楽しそうにしていた有希子さんは、「そうだわ」と何か思いついたように声を上げた。

「ねぇルイちゃん、住み込みでお手伝いさんをやらない?」

「ご主人とご子息に許可いただけるのでしたら是非お願い致します」

 即答である。当たり前だろ約束された勝利の男の住居に住み込みとか勝ち組である。そのうち黒尽くめの組織とか何とかあるだろうが、ンなモンはゾルディックのスペックで生き残っておけばいいのである。悪いことしなければ、冤罪かけられようが優作さんか息子さんがどうにかしてくれる。え? 銃刀法違反? 今から証拠隠滅しとこーぜ! あっ、髪紐の飾り玉の中身は毒薬だったわ毒劇法違反も追加で。……どう処分すれば許されるのか。……自分で飲むか。

 有希子さん曰く、仕事で海外に飛ぶことも多いが、その間に新一君を日本に残しておくわけにもいかず、しかし学校もあるのでどうしたものかと困っていたらしい。今までもお手伝いさんを雇うことはあったが、工藤家ファンでやりづらい面がある人だったり、新一君の探偵欲が暴走して気疲れで付いていけなかったり(探偵として事件解決するわけではないが、困った人がいると飛んで行ってしまうらしい)で長続きしなかったようだ。そこで工藤家フリークでもなく、新一君の首根っこを掴めそうな俺ならばと白羽の矢が立ったとのこと。俺ならここを追い出されたらすぐ路頭に迷うので、余計なことはしないと思われたのかもしれない。まあしないが。

「異世界人のお手伝いさんって素敵ね〜」

 有希子さんは上機嫌でそう言うが、何が素敵か俺にはちょっと分からない。小説家の優作さんは「いいネタになるな」とニコニコしていた。俺、歩くネタ帳なんだ……。「他にも君と同じ境遇の人がいたら教えてくれ」と言われたが、そんな奴がいたら俺が教えて欲しい。

 そして新一君は俺をじとーっと見上げて一言。

「つーか殺し屋って推理、合ってたじゃん!!」

 そうだね。





「新一、おかえり」

 そして気付いたら4年の月日が経ち、30歳になっているエプロン姿の俺であった。え……これヤバくね? 俺、いつまでこの寄生虫生活続けるの……? いつか帰れるとは思っているが、そのいつかっていつだ? 将来が不安過ぎて怖い。

 俺が不定期に将来を案じて安定した一人暮らしを方法を考え始めると、いつものことながら新一が俺に声を掛けてきた。ちなみに今年、優作さんと有希子さんはアメリカのロサンゼルスに移住したので、工藤邸は新一と俺の二人暮らしだ。新一君の幼馴染の蘭ちゃんが時々来てくれるので、一緒に料理をしては新一にむすっとされている。嫉妬するくらいなら手伝えばいいのにと思わないでもないが、新一はキュウリを切らせたら全部繋げる程度には包丁が使えない子なので、蘭ちゃんに文句を言われてしまうのである。俺とこっそり練習してもあまり上達しないのが本当にすごい。

 料理下手と音痴はともかく、それ以外のスペックは高いイケメン中学生は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

「ルイは俺の探偵事務所で調査員として雇ってやるからな」

「内定通知だヤッター」

 暗殺者より遥かに真っ当である。年上のプライド? そんなものは衣食住の前には崩れ去る。

 だが俺がいると新一の無理無茶無謀が増えるのではなかろうか。俺なら新一に「黒尽くめの組織の幹部を尾行して!」とか頼まれても余裕で出来るし。さすがに念能力を覚えたいと言い出した時は、「失敗したら死ぬけどいい?」と聞いて諦めさせたが。(乱暴なやり方で)覚えようとすると大体死ぬので嘘ではない。

 中学生からの内定通知を死んだ目で喜ぶ三十路が心配になったのか、新一がふんすと鼻息荒く腕組みをして見せた。

「ルイは意外とぼんやりしてるところがあるから、しっかりしないとだぜ」

 中学生になってから妙に大人ぶりたい年頃なのか、俺を相手に兄貴風を吹かせようとするところが面白い。有希子さん相手だと新ちゃんと呼ばれてタジタジしているというのに。優作さんも有希子さんには頭が上がらないようなので、この辺りは父子そっくりなのだろう。

「新ちゃんは格好つけの割に奥手なところがあるよな。ジレジレしちゃうぜ」

「蘭のことはほっとけ!」

「俺、蘭ちゃんのこととは言ってないけど?」

「あ〜〜〜〜!!」

 新一は顔を真っ赤にして頭を掻き毟った。俺の将来の上司(仮)はこういうところが可愛いのである。





+ + +





三十路のゾル兄さんって初かも。でも念能力者なので容貌の変化はないも同然だと思います。

ゾル兄さんは不定期に危機感を覚えて自立しようとするも、その度に察知した優作氏か有希子さんに止められてます。社会的地位がない代わりに、ファンタジー級のハイスペックでどこの首輪もついていない+温和で話が通じる相手なので確保はしておきたい模様。新一君も「ワトソンは無理だけど有能調査員になれるよな!」と察する。

ナイフと毒薬については優作氏と相談した結果、前者はコレクションとして工藤邸で保管、後者はゾル兄さんの胃袋で処分となりました。そして兄さんのゾルディック生活は優作氏の小説のネタになるのであった。



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