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諸伏景光はドライブする
萌え 2022/11/07 20:17


・景光さんと麻衣兄同居シリーズ
・親友とリドルがいる
・親友の名前は□□□(名字)***(名前)


 横に長い東京都には、南の方にぴょんと突き出た土地がある。東京都町田市である。神奈川県町田市ではない。その突き出た形状の都合上、都内から都内への移動であっても、出発地点によっては最短ルートが神奈川県を跨ぐ形になる。それが問題でもあり、都合が良かったことでもあった。

「本当に都外に出るのが駄目なのか、公共交通機関以外で試してみましょう」

 という麻衣の鶴の一声により、景光はレンタカーを借りてドライブに行くことになった。ただし、麻衣と二人ではなく彼女の友人二人を加えたメンバーである。その二人は例によって出所不明の人脈からくる、要するにオカルト、超常現象関係に理解のある人種であった。

 一人は□□□***。千葉県の大学に通う男子大学生である。彼とは麻衣に霊能者と紹介されて会ったことがある。某メーカーの食卓塩を片手に幽霊を殴り倒していくという脳筋スタイル霊能者であったが、その食卓塩には景光もお世話になったので馬鹿にできない。□□□は麻衣の命の恩人として景光に一目置いているため、景光としてもそれなりに付き合いやすい相手である。ただし情緒不安定になる要素もあるため、手放しで頼り切って良いというわけでもない。

 もう一人はトム・リドル。こちらは東都大学の留学生である。どうやら飛び級でアメリカのミスカトニック大学に入学しているため、実際の年齢は麻衣の一つ上だとか。こちらは景光と一度顔を合わせた程度の知り合いで、物腰柔らかで非常に整った容姿の優等生という印象しかない。麻衣曰く、民俗学にも多少手を付けているのでオカルト話にもついてこれるのだとか。ただし、公安の佐枝からは麻衣を他国へ引き抜く可能性のある要注意人物として捉えられている。確かに麻衣はリドルと仲が良いようなので、その可能性もなくはないだろう。英語が苦手だと声を大にして主張する麻衣が、そもそも日本から出たがるとは思えないが。

 ともかくそれぞれの休みを調整し、不思議な力を持っていそうな麻衣、本物の霊能者である□□□、頭の良さそうなリドル、ついでに死にそうな(撒き餌役の)景光という、傍から見ると本当に繋がりが分からない面子で国道をひた走っていた。

 何かあった場合は大事故に繋がる可能性が高い高速道路を使わず、一般道路を通って杯戸町から町田市へ向かう道のりである。運転手は景光ではなく、(景光と違って真っ当な)運転免許持ちである□□□だ。さしもの景光とて、運転中に“妙なもの”に視界を遮られたら事故を起こしかねない。それを考えると、自分以外の誰かに運転席を任せるのが無難である。これまでバス・電車を使って様々な路線から東都脱出を試み、その度に異界に攫われ異形に殺されかけてきた経験は伊達ではない。なお、タクシーは試したことがない。運転手を巻き込んだら責任を取れないので。一応、バス・電車であらぬ場所へ連れ去られる時は周りの乗客は(恐らくほぼ)巻き込まれていない。

 恐ろしいことに、景光と同乗する三人組は、何というか“異界慣れ”しているようだった。景光は麻衣に「車ごと異界入りした時のために」とあらかじめ探索装備なるものの準備をさせられた。オカルトグッズを持たされるのかと思いきや、それに加えて懐中電灯や十徳ナイフ、乾燥フルーツなどの登山にも使える行動食など、実際にあると便利な道具類をコンパクトに詰めたボディバッグを持たされたのだ。不定期に中身を更新しているようなので、本気の“異界探索装備”である。当たり前のようにそういう類を用意する発想が出る環境を憐れめばいいのか、むしろそのくらい自分も逞しく生きるべきか悩みどころだ。

 そこまで至れり尽くせりで準備をしていても、いざ県境に差し掛かると緊張を禁じ得ない。景光は無意識のうちに浅くなっていた呼吸を落ち着かせながら窓の外を見た。今のところ異変は何も起こらない。このまま何事もなければ、今後の景光の身の振り方にも幅が出るのだが。

 車が県境を越える。不意に□□□が口を開いた。

「どうする」

「様子見」

 後部座席に座る景光が意図を測りかねて口を開きかけるが、助手席に座るリドルが即座に返事をする。景光の対角線上に座る□□□の表情は普段と変わらないように見える。隣にいる麻衣に視線を送ると、彼女はのほほんとした様子で告げた。

「幽霊か何かが来るみたいですね。こういう時って耐衝撃態勢とか言うものですかね?」

 当たり前のようにとんでもないことを言われている。景光が顔を引き攣らせると、リドルが呆れたように言った。

「この期に及んで君が備えておくものってあるかい?」

「ムチ打ち」

「なるほど」

 ……これから追突・衝突事故が起こるかもしれないということだろうか。景光はさすがに口を開いた。

「麻衣ちゃん、何か視えてる?」

「いえ全く。***、何が視えてる?」

「人」

「だそうです」

 シンプル過ぎる。景光は唸った。確かに少し前から“車外から視線を感じる”のだが、当然ながら車に追随するような人影は微塵も見当たらない。

「あれ、唯さんも視えるものだと思ったんですけど」

「一定以上近くに寄って来ないと視えないのかもしれないよ。“こういうの”、人によって視え方が違うものだし」

 首を傾げる麻衣に、リドルが訳知り顔で答える。確かに、何もかも全て視えているのであれば、景光の日常生活はもっとおぞましいものになっていたかもしれない。実際、よく視えるという□□□は精神的に危うい時期があったようであるし。

 それならば今回の場合はどうなるのか――と考えた瞬間、景光の背後でリアガラスが何かに叩かれた様な音を上げた。

 ――誰もいないはずだが、確かに景光は“誰か”と目が合った。

 景光はひゅっと息をのみ、ボディバッグの上から塩の袋を掴む。誰の姿も見えないその場所には、赤黒い手形がべったりと貼り付いていた。手形がたらりと液体様に形を引き延ばす様子から、それが今まさにつけられたということを示している。

 ふたつ、みっつ、よっつ。

 景光に触れたい、掴みたい、引き摺り下ろしたいと言わんばかりに手形が増える。ついにはリアドアガラスにまで及ぶと、景光は思わず車のロックが掛かっていることを確認した。今何かの拍子でドアが開けば、きっと景光は力尽くで車外へ引き摺り下ろされてしまうだろう。

「唯さん……」

 ボディバッグを握る景光の手に小さな手が重なる。深刻そうな顔をした麻衣は、気遣わし気に尋ねてきた。

「もしかして、都内に酷い振り方した元カノが複数いたりします?」

「いないよ!!」

 麻衣は景光のことを何だと思っているのか。五股くらい掛けて振ったクズの類と思っていないだろうか。すると、□□□がハンドルを握りながら口を挟んだ。

「麻衣、それだとストライクゾーンが広過ぎる」

「□□□君、一体何が視えてるの!?」

 もしかするとフォローのつもりだったのかもしれないが、全くフォローになっていなかった。□□□はバックミラー越しに車外を見た。そして麻衣を見て、正面に視線を戻して一言。

「一番左は胸がでかい」

「良いご趣味です」

「どこを視てるんだ!! あとオレの趣味じゃないから!」

 真顔で深々と頷く麻衣の手を剥がしながら景光は叫んだ。このままでは巨乳好きというレッテルを貼られてしまう。

「でもこの手形、何種類かありますよね。中には本当に趣味に合う女の子の……」

 麻衣は小さな手を無邪気にすら見える仕草で、リアガラスに付けられた手形に押し当ててみせ――表情を凍り付かせた。偶然にも、彼女より二回りは余裕で大きい手形だったせいだろう、鼈甲飴の双眸が驚愕に染められて景光に向けられる。

「……元カレ?」

「いないから!!!!」

 景光は腹の底から叫んだ。恐らくここ数年で一番の声量だった。ここに警察学校の同期がいたら「お前、そんな声も出せたんだな」と感心されるくらいの。

 途中から黙って話を聞いていた、あるいは聞き流していたリドルが小さく笑った。

「お兄さん、お顔に見合わず意外と手広いんですね」

「何で君も話に乗っかるかなぁ!」

 優等生とはいえ、平気でおふざけもするらしい。一方の麻衣は、さっさと気を取り直して□□□に尋ねていた。

「唯さんの恋愛遍歴はともかく、***、実際ハーレムはどんな感じ?」

「道連れにしたそう」

「うわあ」

 麻衣がげんなりした声を上げる。景光も、とりあえず手形の主に掴まれたら殺されそうだということは分かった。麻衣はうーんと少しだけ考えて案を出した。

「ファンサしてみます?」

「どこからそういう発想が生まれるの……?」

「こいつら全員俺と結婚したいんだくらいポジティブに考えないとメンタルがやられます」

 とはいえ、ポジティブ過ぎるのもいかがなものだろうか。景光が唸っていると、穏やかに微笑んでいるリドルが口を挟んだ。

「相手をその気にさせたのなら責任は取らないといけませんよね」

「えっ……オレのせい……?」

「ところで台湾には冥婚というものがあるようでして」

「それ絶対ヤバい奴だよね?」

 オカルトには詳しくないが、詳しくないなりに危険な気配を感じるワードである。少なくとも景光の命はなくなりそうな気がする。

「幽霊相手に重婚しようとする方はお会いしたことがないので、ヤバいかどうかは分かりかねます」

「幽霊相手じゃなくても重婚は犯罪なんだよなぁ」

「日本ではそうなんですね」

「アメリカでもそうだよね???」

 景光は首を傾げた。その辺りの法律は変わっていなかったはずだ。この優等生、案外とぼけてくる。

 そして優等生の発言を全部無視した麻衣が、「ああそうだ」と何か思いついた様子を見せた。

「そうだウインクか投げキッスでもしてみたらどうですか」

「待って恥ずかしい」

「後続車がいない今がチャンスですよ」

「ねえ恥ずかしい」

 まさか幽霊にファンサさせられる日が来るとは思いもしなかった。悪意も気遣いもなさそうな麻衣に眼鏡を外され、「大丈夫イケメンですから許される……腹立ちますね」と言われる。……褒めようとしたのは分かるが、何故最後に腹を立てるのか。お膳立てされた景光は致し方なく、しかし相手が相手であるため非常にぎこちないウインクをしてみせた。あまりにもぎこちなさ過ぎて最早できていない気がしてならない。

 間近で景光の顔を見上げていた麻衣が、妙に優しげな目をした。

「りょうめとじてる」

「やめて麻衣ちゃん言わないで」

 やはりウインクできてなかったらしい。さすがに赤面した景光が眼鏡をむしり取って掛け直すと、突然車体が不自然に大揺れした。頭をぶつけそうになる麻衣の後頭部に手を差し入れて庇いながら、景光は未だに呑気な三人組に抗議した。

「怒らせてる! これ絶対に怒らせたよね!? すごい揺れてるよ!?」

「ウインク失敗したからじゃないですか?」

「えぇ……」

 リドルから面倒そうな返答をされ、景光は思わず遠い目をする。そんなことで幽霊に怒られるなんて嫌なのだが。すると麻衣が「いやいや」と否定の声を上げた。

「案外喜びのあまり台パンしてるだけじゃね? お触り一回1000円とか取りたいですね」

「肝が太すぎる!!」

 幽霊に怒られるのも嫌だが、幽霊から金を巻き上げるのも嫌だ。それはリアル死体蹴りではなかろうか。「これが霊感商法か」と□□□が呟いていたが、それは絶対に違う。

 車体の揺れはすぐに収まったが、それでも不定期にベタベタと付けられる赤黒い手形を眺めながら、麻衣が唇を尖らせた。

「こんなに車を汚しておいて慰謝料の一円も取れないなんて、怪奇現象はずるいよなぁ」

「まあ、洗車代はお兄さんが出してくれるんだろうし、そんなことを言っても仕方がないよ」

 リドルによって、景光が何かを言う前に洗車代を押し付けられた気がしないでもないが、元々金を出すつもりだったので問題はない。引っ掛かりを覚えなくもないだけで。手形を付けられることより掃除のことを考えているのに引っかかっているのかもしれない。

「ワイパーで消しとけばいい。……後ろはウォッシャー液出ないんだったな」

 □□□は簡単に言うが、幽霊の手形をワイパーで消していいのだろうか。もっと何か霊験あらたかな方法など……思いつかないのだろうな、と景光は考え直して諦めた。作法に詳しくないという□□□にそんなことを強要したところで、塩水で洗車という車体に優しくない方法しか捻り出せないだろう。

 そうしている間もベタンベタンと手形が付けられる。もう景光の傍は外が見えないくらい真っ赤だ。人間は度を超すと恐怖すら感じなくなる……というより、周りの人間が動じなさ過ぎて、手形の一つや二つ程度は大したことではないような気がしている。さすがに運転の邪魔になったのだろう、容赦なくワイパーが動いて一部だけリアガラスが綺麗になった。その上からさらに手形が付けられるが、どことなく間抜けに見えてきた。それを助長するようなタイミングで麻衣が車外を茶化した。

「踊り子さんに手を触れないでくださ〜い」

「もしかしてオレ踊り子さん???」

 景光は就職した覚えも予定もない。たまに適当な発言をする子だと改めて思った直後、発言内容を考え直して思わず突っ込んだ。

「……麻衣ちゃん。そういえばその文言、ストリップショーの決まり文句なんだけどどうして知ってるのかな?」

「へー、元ネタそれだったんだ。唯さん、そういうお店に行ったことあるんですね」

「えっ!? あの……行ったことはないよ……いや本当に……」

 断じて行ったことはない。知識の一つとして聞いた覚えがあるだけで、実際に足を運んだことはない。組織に潜入していた頃も夜の店は専らバーくらいで、特に行く機会がなかった。スコッチは人間の女より銃器が好きな狙撃手で、ヤるより撃つ方が好みというイカレた設定だったので、行かずに済んだとも言う(普段は常識的に見えるが中身がおかしいという人物像の方が信憑性があるらしい)。

 冷や汗をかきながら否定する景光に、麻衣は弟を微笑ましく見守るような眼差しになった。

「健全で良いと思います」

「本当に行ったことないんだよ麻衣ちゃん信じて」

 麻衣には男の性欲事情に対して理解を示す発言をやめてほしいし、ばん、とリアドアガラスを叩く幽霊はちょっと静かにして欲しい。

 助手席で呆れたようにため息を吐く音が聞こえた。リドルである。

「未成年にそういう話題を振るって、保護者としてどうなんですか?」

「ごめんなさい」

 話題のきっかけは麻衣の方だが、ぐうの音も出ない。物腰柔らかに物凄く責められ、景光は頭を垂れた。

 なお、手形の嵐は再び県境を越えて都内に戻るとぱたりと止んだ。車体の一部を赤黒く染めたレンタカーは周囲から奇異の目を向けられながら、洗車のために最も近い位置のガソリンスタンドへ向かうのであった。





+ + +





麻衣兄さん:唯さんが深刻に考えすぎないようにすっとぼけた発言をすると大体下ネタに行きつく。唯さんがピュアっぽいので弄りたくなるのかもしれない。

景光さん:麻衣兄さんが弄って来るので怖がる暇がない。死亡フラグ建ててくる奴はむしろ車内にいることに気付いてない。

親友:なんか麻衣兄さんの恩人が襲われかけてるけど元気そうだし良かった良かった(大雑把)

リドル:アイツ(唯さん)どさくさに紛れて死なないかなと薄っすら期待している。景光さんが一番信用してはならない相手。



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