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リングワンダリング
萌え 2022/10/25 21:11


・モーテルの主人視点(胸糞注意)からコロコロ変わります
・ハンター世界で真面目に仕事するゾル兄さんの話
・残酷な表現がいっぱい出ます





 雪深い日の夕暮れのことだった。降り積もる雪のせいで誰も訪れなかった山麓のモーテルに、大型バイクに乗った一人の青年が現れた。上から下まで黒いコートとジーンズ、ミドルブーツの組み合わせは、夕暮れに染まる雪の中では浮いて見える。しかし、すらりとした長い足が分かりやすく、スタイルの良さが目に付いた。

「一晩泊まりたいのですが、部屋は空いていますか」

 雪除けで目深に被っていたフードが少し上げられると、年若い青年の端正な顔立ちが露わになった。青みを帯びた鴉の濡羽色と足跡を知らない新雪のような銀色が入り混じる髪も、光の加減によって変わる不思議な氷色の瞳も、整ったパーツが揃う白く滑らかな肌も、その全てがとてもよく似合う美しい若者だ。色どりも手伝い冷たい容貌に見えるが、男を見つめて微笑む姿は人懐っこく温かみが感じられる。第一印象で人に好かれることが多いだろうと思われるし、男も好印象を抱いた。閑古鳥が鳴いていたところに現れた宿泊客の優れた容姿にすっかり目を奪われた男は、宿帳を取り落としそうになってしまった。

 そもそも、男は世間一般での魅力的な容姿の持ち主を深く愛していた。特に幼い子どもから二十代程度の若者くらいまでを好んでいた。未来ある若者というのはとても美しい。男が“手を掛けて”やると、その美しさがなおさら輝く。

 例えば目の前の青年は、若く張りのある白い肌に打撲痕がさぞかし映えるだろうし、銀の毛髪を血溜まりに浮かべれば、深い赤ワインに宝石粒を散らしたように綺麗だろう。恐怖と絶望で潤んだ瞳は、きっとここ数年の中では最も魅力的に輝くに違いない。この世のものは全て、壊れる瞬間が最も美しい。男はそれをよく知っていたし、美しく壊すための術を数年かけて実地で磨いてきた。

 想像だけで背筋がざわめくほどに興奮してしまう。男は愛想の良い笑みを浮かべて青年を心から歓迎した。黒い皮手袋に包まれた長い指によって宿帳に書かれた名前をそっと指先でなぞり、どうやって青年を殺そうかと頭を回転させる。青年は若く、細身だが弱々しい印象はない。夕食に睡眠薬を混ぜて不意を突くのがいいだろう。けれど、深く眠らせすぎるのも良くない。程良い抵抗と、深い絶望がなければならない。今夜は雪深い良い夜になる。夜を切り裂くような悲鳴を上げても、降り積もる雪が全て吸い取ってしまうだろう。

 青年は素泊まりを希望していたが、とんでもない。男はとっておきのアルコールで彼をもてなすことにした。彼はきっと簡単に受け取ってくれるだろう。碌な手荷物一つなくこんな場所まで来るという無計画、無防備な若い渡り鳥が、止まり木にここを選んだのが間違いなのだ。親でも教師でもないが、馬鹿な子ほど可愛いとはよく言ったものである。恐らく今まで籠の中で大切にされてきた品の良い家畜は、外がどれほど危険な場所か知りもしないのだ。

 客室に青年を案内した後、その足で厨房へ向かった男は慣れた手つきで酒瓶を取り出した。手持ちの睡眠薬は飲み物に混ぜると青く染まるため、それが分からないように調整する必要がある。都合の良いことに、世の中には青い酒というものが存在した。ヒプノティック、ブルーキュラソー、エンプレス1908……。酒の席で獲物を潰すのに使われる手段だ。手癖の悪い輩は知っているが、あの品の良さそうな青年が知っているようには見えない。知っていたとしても、まさかモーテルの主人が使って来るとは思いもしないだろう。男は青年の体格から効き過ぎない程度の量を酒に含ませ、客室に運んだ。

 ドアをノックすると無防備に顔を出した青年に、男は「サービスです。外は寒かったでしょうから」と前置きしてアルコールを勧めた。もちろんお代は青年自身だが、そんなことはおくびにも出さない。

「いいんですか? ご馳走になってしまって」

 少し困惑を滲ませて小首を傾げるのに対して何度も頷いて見せると、青年はにっこりと微笑んだ。雪のように冷たい顔立ちの割に、楚々とした笑みを浮かべる様は好ましいアンバランスさだ。育ちの良さがこれでもかと伝わってくる。男は可憐な野花を踏み躙るのが好きであるし、美しく飾られた花瓶を蹴り倒すのも好きだった。溢れんばかりの才能を秘めた蕾を摘み取り、無残に握り潰すのも殊更愛していた。つまるところ、“壊れる瞬間”が何よりも好きであり、壊れるものが素晴らしく美しいほど気分が高ぶった。室内でも一切着衣を乱さず、顔は見えるもののフードすらまだ被ったままなのが気にはなるが、後でゆっくりと剥いで死に様を暴いていくのも悪くない。それは子どもが誕生日プレゼントの包装紙を剥がしていくこととよく似ている。つまりワクワクする行為だということである。

 男は恭しくボトルとグラスを客室のサイドテーブルに運び込んだ。男が退室した後、きっと手袋をしたままの指先がグラスの柄を摘まみ、整った形をした薄い唇がグラスに触れるのだろう。きっちりと着込んで肌を見せない禁欲的な服装もよく似合うが、手袋に隠されている指をじかに見てみたい。ハンマーで叩いてみたらガラスの様に砕けるのだろうか、それともクッキーの様に崩れるのだろうか。そんな甘い妄想に浸りながら、男は深々と頭を下げて退室した。ドアを閉じる直前、ボトルからグラスに青い酒を注ぐ姿が見えて、思わず口角が上がった。

 世の中、大抵のものには値段が付くらしい。男が手を掛けた後の残り物ですら欲しがる輩というのはいて、片付けにもなり金にもなるという得しかない相手なので欠かさず利用している。若いピアニストの潰された指だとか、若いランナーの折られた足だとか、同じ趣味を解する人間というのは案外存在していて、なかなか良い値が付いた。

 狩人のねぐらに迷い込んできた青年は何が好きなのだろうか。どんな才能があるのだろうか。何を踏み躙ってやれば最も絶望した顔を見せてくれるだろうか。あの美しさなら首から上だけでも十分に高値が付くだろうが、胴体が付いていれば価値は上がりそうだ。おまけに秘めた才能があるならば、それを滅茶苦茶にすることすらできる。今晩のことを想像するだけで楽しみで仕方がない。愉悦で笑い出しそうになるのを堪えるのが大変だった。





 長い脚を優雅に組んで椅子に腰かける青年は美しかった。想像していた通り、薄い唇がグラスに触れ、青い酒をゆっくりと嚥下する姿は一枚の絵画のようだ。あの唇をまずはどうにかしてしまいたい。そう考えた男は、何故か青年が横に傾いて見えることに気付いた。

「俺に特別な才能はない。この姿も、能力も、“親”からもらった素質だ。中身の俺はどこにでもいる普通の人間だった。多分、お前にとっては一番殺し甲斐のない相手だったんだろうなぁ」

 おかしい。あんなに品の良さそうだった青年が、違う何かになっている。

「お前は他人の才能を踏み躙るのが殊更好きらしいな」

 その通りだ。だが、それを他の誰にも話したことはない。いや、“引き取り手”は知っているだろうが、他人に話すとは思えない。

 青年はトントンと人差し指で自身の頭をつついた。

「“あの男の子”はギフテッドかもしれないと言われていた。だから頭を潰したんだろう。手加減はしたが、気分はどうだ?」

 そう言われて初めて、男は自分の側頭部がぬるりとしたもので塗れていることに気付いた。震える手で触ってみると、鉄錆臭い見慣れたものだと知れる。血だ。男は頭から血を流して床に這い蹲っていた。ようやく自分の状況が見えてくると、堰を切ったかのように全身の毛穴が開いて冷たい汗が滲んだ。籠で飼われていた憐れな小鳥かと思っていた相手は、こちらに狙いを定めた百舌鳥(もず)だったのではないか?

「ご馳走様。随分“勿体ない”けど、出されたからには頂いた。サービスなんて言わず、代金はこれから一晩かけて支払うよ」

 青年はサイドテーブルにワイングラスを置くと、睡眠薬入りの酒を飲んだとは思えない動作で立ち上がった。いつの間にか青年の手には柄の長い何かが握られている。吸い寄せられる視線に気付いた青年が口を開く。――そういえば、目を覚ましてから青年は一度も笑っていない。

「お前が使っていたものを拝借した。使い道はこれで合っているだろう?」

 言われてみれば確かに、青年が手にしているのは柄の長い工事用のハンマーで、見慣れた得物だった。まだ新しい血で塗れているので、それを使って男の頭を殴ったのだろうか。成人男性の膂力でハンマーを使って頭を殴られれば死んでいてもおかしくない。気絶程度で済んだのは、それこそ青年が手加減したからだ――何のために?

「お前は若い青年ランナーの足を折ったから、次は両足を折ろうか。それとも将来有望な絵描きだった女性のように、利き腕を切り刻もうか。あるいは、ピアニストの卵だった女性の様に、指を一本ずつ潰してしまおうか」

 この青年は知っている。今まで男が人を殺してきたことを。誰をどうやって殺してきたのかを。それを全て、男の体で再現しようとしている。

「俺はお前の才能を知らない。代わりに、お前が奪ってきたものを同じように奪おう」

 青年は笑いもしなければ声を荒げもしない。ゾッとするほど穏やかな声で、当たり前のことを当たり前のように言うだけだ。工事用のハンマーは相当の重さがあるはずだというのに、まるで玩具の様に片手でくるくると回しながら。男は息を荒げながら四つん這いで逃げた。青年の傍にいると空気が重苦しく、立ち上がることさえ困難だった。抵抗なんて出来ようもない。あれは人の形をした化け物だ。

 這う這うの体で逃げ出して初めて、そこが青年の客室だったと気付いた。男は自分の記憶が途切れていたことを思い出す。酒を給仕してから小一時間ほどして、二階の客室の様子を見ようと階段を上がった後から曖昧だ。震える膝を叱咤して立ち上がると、廊下の一部に血の染みがついていた。そこで殴られたらしい。男を殴った後に客室に放り込む際についたのか、引き摺ったような跡があった。

 逃げなければ。男の頭の中はその思考でいっぱいだった。ただ人をいたぶって殺すのが趣味なだけの人間に化け物は殺せない。息を荒げながら階段に足を踏み出したところで、音もなく伸びてきたハンマーが男の片足を掬った。当然ながら体勢を崩した男は、みっともなく階段を転げ落ちる。辛うじて骨は折れていないが、全身を打ち付けて痛みに喘ぐ。痛みと恐怖で痙攣を起こしそうになりながら階段を見上げると、その頂点に青年が立っていた。青年は笑いもせず、怒りもせず、悲しみもせず、滔々(とうとう)と告げる。

「“惨めに階段から落ちた彼に、私は言ってやった。「可哀想な奴だ、その足ではもう日の目を見ることはないだろう」”」

 もう下がり切ったと思っていた血の気が引く。痛みに燃えていた体がモーテルの外に放り出されたかのように冷える。青年が諳(そら)んじてみせたのは、男が密かに付けていた手記だった。獲物たちを如何に苦しめて始末したのか、自分の功績を残す目的で書いていたのだ。自室の、それも鍵付きの机の引き出しにしまっていた筈のそれを平然と告げてみせるということは、いよいよ青年が計画された復讐のために訪れたのだと決定付けられたことになる。

 獲物の中にあの青年の身内でもいたのか、それで正義気取りでこんな雪深いところまでやってきたのか。そう考えてみるも、無機質な表情の青年からは憎しみも正義感も読み取れない。青年はハンマーを無造作に片手でぶら下げたまま、ゆっくりと階段を下りてくる。足音が聞こえないのは、彼が死神だったからだろうか。そう、天井から吊り下げられたランプで逆光に照らされた青年は、今や大きな影を持つ死神にしか見えなかった。

 追いつかれる前に逃げなければ。とにかく、すぐにでもモーテルから逃げなければ! 男は打ち付けた両足を引き摺りながら必死に入口に向かい、ドアに縋りついた。外は天候が悪く、今晩にかけて吹雪くことは知っていたが、それでもここに居たら殺される。男はドアノブを回そうとしたが、それはぴくりとも動かない。鍵がかかっているのかと確かめたが、そもそも鍵のつまみ部分すら全く動かない。ドアそのものが建物に張り付いてしまったのかと錯覚するほど、出口は男を拒んでいた。

 青年が迫ってくる。もう階段を下り終えてしまいそうだ。男は慌てて裏口へ向かったが、そちらも同じような有様だった。ドアが駄目ならば窓から逃げるしかない。ドアは抉じ開ける時間がないが、窓なら鍵が掛かっていようが関係ない。その辺りに置いている丸椅子でも卓上ランプでも何でもいいからぶつけて破ってしまえばいいのだ。

 辺りを物色する際、何の気もなしに壁についた片手の上に、灰色の凶器が振り下ろされた。指が三本叩き潰され、くすんだ壁紙にいびつな手形を残す。

「”醜く泣きじゃくる彼女に、私は言ってやった。「可哀想に。ひしゃげたミミズのような指に、その指輪は似合わないだろう」”」

 男の耳障りな悲鳴は窓ガラスをビリビリと震わせたが、破れはしなかった。





 男の左膝が潰された。喉から絶叫を絞り出すが、青年の表情はぴくりとも動かない。楽しくもなんともない、ただの作業をしているだけだと言わんばかりの様子で。外には出られず、男は地下へ逃げ、上階へ逃げ、結局一階へ戻って来た。みっともなく芋虫の様に這い回る男の全身は血に塗れ、痛みを伴わない部位がない。走るために必要な足は潰れ、ドアノブを掴むために必要な指は動かない。

「“私は尋ねた。「さあ、君の才能を教えておくれ。答えによっては、私は君に配慮できるだろう」”」

 器用に血で引きずった跡を避けながら歩み寄る死神が、聞き覚えのある言葉を諳んじる。男は痛みと恐怖で沸騰する頭を必死に使って考えたが、何も思い浮かばなかった。目前に迫る死の恐怖があってさえ、命乞いのために自分の才能とやらを思い起こすことが出来なかった。

「ない……ない、そんなモノ、どこにも」

 男は幼少期より劣等感の塊だった。だが、そんな人間は山ほど存在するのが現実だ。男が他と違ったのは、その感情を他人の命を擦り潰すことで慰められると知り、実行してしまったことだ。趣味の悪い人体収集家達が男の承認欲求を満たし、更に肥大化した欲望は次なる殺人を招いた。身勝手な人間と、それに群がるハゲタカがもたらした不幸の結末は、当然ながら身の破滅であった。

「いやだ……いやだ……しにたくない……!!」

 男は必死に床を這った。男の目の前には見慣れた携帯端末が落ちていた。あれで助けを呼ぼう。死体の運び屋なんて物騒な仕事をしているのだ、きっと知り合いに強い奴がいるはずだ。

 男は微塵も疑問に思わなかった。“都合よく目の前に携帯端末が落ちている”ことに。

 血塗れでひしゃげた指でも、ボタンさえ押せれば携帯端末は使えた。触れば触るほど自分の血で端末が使いづらくなるのに苛立ちながら、男は必死にコールした。

「助けてくれ!」

 通信が繋がった瞬間、男は身も世もなく叫んだ。

「お前に売ったんだ! お前も同類だろう!?」

 携帯端末の向こう側にいる相手は困惑しているようだが、すぐに察したようだ。僅かな息遣いだけで言葉を発しない。しかし、とうとう頭を致命的なまでに潰されてしまった男には、相手が返事をするかどうかなど関係なかった。

 死んでしまっては返事など聞けないのだから。










 俺は血塗れの端末を手袋を付けた指先で摘まみ上げた。そして首元に仕込んでおいたボイスチェンジャーを起動させながら告げる。

「――次はお前だ」

 ブツリ、と通話が切られる。リアルホラーな電話なのだからまあ当たり前ではある。

 それにしても胸糞悪い仕事だった。依頼人の希望だからいつものように秒殺もできず、いたぶっていたぶって殺す羽目になった。それでもこの連続殺人犯が溜め込んだ殺人の証拠を綺麗に並べ、地元警察の捜査に備えたので少しは気が晴れたかもしれない。もちろん、俺が使ったワイングラスと偽名を書いた宿帳はしれっと処分する予定だ。俺が触れた男の携帯端末も、最後のひと仕事をしてから指紋を拭きとって持ち主に返すつもりである。

 俺は右耳に装着していた無線機の電源を入れ、執事のアマネに繋いだ。

「――ターゲットは始末した。これから繋げるから、手筈通りに頼む」

『承知致しました』

 アマネの返事を聞いた俺は、男の携帯端末を押して地元警察に繋いだ。その通話部分を耳元の無線機に近付ける。

『――事件ですか、事故ですか』

『男性の悲鳴が聞こえたんです! 様子を見てくれませんか?』

 要は、変な輩に荒らされる前に地元警察を呼んで証拠物件押さえちまえ、ということである。事後処理? それは警察の仕事であって暗殺者の仕事じゃないんだよなぁ。証拠と犯人はきちんと整理整頓しておいたので後はよろしく。この男の私室には売買記録の他に色々と溜め込まれていたので、証拠品を基にこれまでの殺人も明らかにされるだろう。

 携帯端末の電源を切ると、手持ちのハンカチで指紋を拭き取り持ち主の胸の上に置いた。もちろんハンカチも処分だ。地元警察がこんばんはする前に、片づけをしてトンズラするに限る。男を殺した誰かがいたのは分かるだろうが、誰かが分からなければ何の問題もない。正直なところ、バレたところでという特殊過ぎるご身分ではあるが。だが表の界隈で真っ当な職業に就いている以上、不必要な身バレは避けるべきである。

(俺ならこんな殺人教師に教わりたくないけどさ)

 要は自分の我儘のために身バレを避けているだけだ。ある程度自分にとって都合の悪いことから目を背けられないと、メンタルを保つのが辛くなることもある。何もかも正しければ健康に生きていけるほどイージーモードな社会ではないのだ。相変わらず理不尽には晒されるし、俺が理不尽を強いる側に立つことだってあるわけで、俺はもうお綺麗な一般人ではない。

 無機物の分子を操作する念能力をフルに使って片づけをしていると、無線からアマネが話しかけてきた。

『若。売人も殺しに行くのですか?』

「まさか」

 俺の依頼人は、莫大な依頼料を捻り出すために必死で働いた。起業家だった彼は立ち上げた会社を身を粉にして育て、表では誰からも愛される社長として、裏では復讐に燃える修羅として金をかき集め、社長としての体面を最低限保つための物資以外の家財を持たずに生き続けた。そうして何年もかけて作り上げた小切手を懐に入れ、真正面からゾルディックを訪問したのだ。ゾルディック家は正門前にバス停があるレベルでアクセスが便利()なので、裏社会と繋がりを持たない一般人も依頼しやすいのである、値段以外は。ゾルディックで暮らしていると金銭感覚が麻痺してくるが、普通に考えて億越えはとんでもない大金である。

「俺の依頼人が支払えたのは一人分。サービスで脅すのが精々だ」

 俺は念能力を使い、意図的にドアを固定していた氷を退かして外に出た。うん、酷い天気だ。道路には一応等間隔にライトが置かれてはいるが、アマネのナビがなければ俺も遭難するだろう。遭難しても死なないだけのスペックとスキルはあるが。まったく、これだから体力と知識と念能力の組み合わせは最強だぜ(白目)。

「ところでおチビちゃんの場所の特定は?」

『既に。ナビをしますか?』

「頼んだ」

 手袋を付け替えた俺はゴツイ大型バイクに跨ると、アマネの声を聞きながらエンジンを吹かした。車もいいがバイクも身軽でいい。ゾルディックとなって身体能力が爆上がりした結果、バイクで色々と無茶できるのもいい。いや普段は至って安全運転だが。これからツーリングに行く約束をしているので、その相手を迎えに行くのだ。これからまだまだ雪が酷くなっていく予報なので、俺はさっさと出発した。轍は上手いこと雪が消してくれるだろう。










「何が“次はお前だ”だ! 殺されてたまるか……私はただ需要に応えているだけだ!」

 男は声を荒げて目の前のコンソールに拳を叩きつけた。

 人身売買に手を染めている男は小心者だった。むしろ、そういう者こそ慎重さ故に長生きできた。小心者だからこそ裏界隈での礼儀を重んじ、いい加減な仕事を許さず、しかし商品と供給者には毅然と対応した。脅しの言葉を投げかけられることも、殺害予告の手紙をよこされることも一度や二度ではない。だが、毎回のように過ぎるほど警戒し、これまで生き残って来た。今回もまた、誰も男のねぐらに入ってこられないように遠ざけ、特製の
シェルター染みた部屋に逃げ込んだ。焼夷弾を何発ぶち込まれようがびくともしない安全な空間で、男は遠慮なく不満をぶちまけて憂さを晴らす。

 男は知らない。その性格を読まれ、“わざと脅され”ていたことを。

「――ねえ」

 不意に鈴を転がしたような可憐な声が掛けられた。

「おじさんが■■■?」

 振り返った先では、ジャポンの民族衣装に身を包んだ幼い子どもが立っていた。美しい顔立ちとほっそりとした体格からは、子どもが少年なのか少女なのかも窺い知れない。咄嗟に“値段”を計算してしまったのは職業柄だろう。それにしても、周囲に舞っている白いモノは花びらだろうか。しかしここは固く閉ざされた室内。少年一人どころか花びら一枚入り込む隙もないはずだ。それにしても白いモノはやけに いや  赤 い   ?





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もちろんえげつない威力の紙吹雪です。

ゾル兄さんの依頼人は一人分の代金しか支払えませんでしたが、カルト君の依頼人がもう一人分の代金支払ってたので良かったね!
ゾル兄さんは事前にカルト君のターゲットを調べ上げていた(ミルキが)ので、わざと孤立させるために電話越しに脅してます。その方が弟も安全だよねという兄心。

この後はゾル兄さんがカルト君を迎えに来るので、二人乗りのバイクでツーリング予定。ゾル兄さんは事前に「動きやすい服で」と言っておいたのに、カルト君はいつもの動き慣れている服(着物)を着ていたので真顔になる未来が約束されている。

ちなみに百舌鳥ですが、獲物を木の枝とか有刺鉄線とかに突き刺す結構エグイ鳥さんです。ただし見た目は可愛い。



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