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アポトキシってる訳ではない青年幼女
萌え 2022/10/12 00:13


・景光さんと麻衣兄同居シリーズIF
・ある日いきなり若返っていたら
・単発なので続きはない
・景光さん視点→麻衣兄視点
・オリジナル公安刑事が名前だけ出る
・基本的に兄馬鹿しかいない





 朝起きた瞬間から違和感があった。自分の体が違っているような、しかし感覚は間違いなく自分のものであるという奇妙な状態だ。ベッドから上半身を起こして伸ばした両腕を見てみると、記憶していたよりも細い。筋肉が落ちてしまっている。しかし寝たきりのような気だるさがあるわけではなく、肌はハリがあって健康的ですらある。景光が本格的に筋肉をつけ始めたのは警察学校に入ってからなので、その前に巻き戻ったようだと表現するのが一番近いかもしれない。そう思いながら自分の体をあちこち触れてみれば、腰の細さなんて成熟する前の若い男性特有のものだった。次いでスマホのカメラ機能で自分の顔を確認してみると、顔立ちも心なしか若々しい。高校を卒業したかしないかくらいだろうか。

(……いやいやいや。おかしいだろ)

 昨夜、何か変なものを食べただろうかと思い出すがすぐに否定する。雛鳥に餌を与える親鳥よろしく、景光は(自分が食事当番の時は)実にまめまめしく栄養バランスの整った料理を作っては麻衣に食べさせている(麻衣はクオリティが上がり続ける食事に内心で白目をむきつつも、結局与えられるままに食べている)。それなりに気を使っているのでおかしなものが混入する余地などない。

(またオカルトなのか? ……麻衣ちゃんの専門分野だといいなぁ)

 何の脈絡もなく意味不明な状況に置かれるのは稀に良くある、と麻衣が謎の日本語で告げたのを思い出す。自分がレストランの料理になりかけたこともある身として、さすがに景光は理不尽な状況=いつものやつ、という慣れたくもない方程式を素早く導き出せるようになっていた。ついでに、麻衣がすぐに解決策を思いつきそうなジャンルであればいいなと考えられる程度には。……ただし、景光はオカルトだのファンタジーだのクトゥルフだのといったジャンルはごちゃ混ぜである。そもそもクトゥルフのクの字も知らない。従って、麻衣の専門分野=死亡率が最も高いという悲惨な事実はいまいち理解が及ばないのであった。

 ひとまず同居人の麻衣が無事であることを確かめようと、景光は自室を出た。見慣れた自分の部屋であったことは幸いだった。身長も多少縮んでいるようだが、体を動かすには問題ない程度である。

 部屋を出たところで視線を感じた景光は、その気配を辿った。視線の持ち主は麻衣の部屋からだった。よくよく見てみると、ドアが少し開いており、隙間から小さいものが顔を覗かせている。身長が景光の腰程度なので、気付くのが少し遅れてしまった。

 ――そこには、恐らく10歳にも満たないであろう幼い少女がいた。見覚えのある色素の薄い柔らかそうな髪は肩につくくらいの長さで、寝起きらしくあちこちがはねている。サイズの合わないTシャツの襟が今にも肩からずり落ちそうなのを、玩具の様に小さく細い指が押さえていた。あどけない表情の中で一際目立つ鼈甲飴の大きな目は、窓から零れる朝日に照らされてキラキラと輝いている。

 少女は景光と目が合うと、つぶらな瞳を大きく見開いて硬直した。そのまま部屋から出ようとせず、何かを言おうとするも言葉にならないのか、薄く唇を開けた状態でじっと景光を見つめている。

「…………ゆい、さん?」

「……もしかして、麻衣ちゃん?」

 広がった身長差を埋めるようにお互いに見つめ合う。かなり縮んでしまった見た目はともかく、お互いに怪我はなさそうだ。不謹慎なので口には出さないが、景光はぽやっと無防備に見上げてくる幼い麻衣が可愛くて仕方がなかった。子どもはずるい。

 ともかく、景光は二十歳前くらいに、麻衣は小学生くらいになっている。揃って10年分ほど時間を巻き戻したようなものだろうか。人間がいきなり若返るなんて聞いたことがないので、どうせいつものオカルト事件に巻き込まれたのだろう。もしそんなことができる薬を誰かが開発したというのなら是非拝んでみたいくらいだ。

 景光がそんなことを考えている一方、麻衣は真ん丸な目をキラキラと輝かせ……否、いつの間にか湿らせていた。

「う……ふぇ」

 幼い声が濡れたような気がした。否、実際に鼈甲飴の瞳からぼろっと大粒の涙が零れ落ちた。ふっくらとした柔らかそうな頬に涙が滑り落ちたのを見た景光は一気に血の気が引いた。同居を始めてから、麻衣が泣くところなんて見たことがない。どんな時でも飄々としてやり過ごす印象しかなかったので、初めて見る泣き顔に腹の底からひっくり返るような気分だった。幼い子どもの姿なので、衝撃はさらに強い。

「ちが……すみません、こんな、泣くつもり、は」

 必死に否定しようとして声を詰まらせる姿があまりにも痛々しい。景光は麻衣に何かした覚えはないが、それでも目を合わせたら泣かれたのは事実なので、土に埋まりたくなった。吊り目が怖かったのだろうか。身長が高すぎたのだろうか。最早存在自体が駄目だったのだろうか。何でもいいから泣いた理由を教えて欲しい。長野の優秀な兄に聞けば分かるだろうか。

 景光は慌てて床に膝をつくと、爆発物を扱うよりも優しく丁寧に声を掛けた。「ヒロは優しい声をしている」と幼馴染に太鼓判を押されたこともあるので、目つきと身長と存在をどうにかすれば泣き止んでくれるかもしれない。……やはり無理かもしれない、特に最後。

「ごめん、驚かせるつもりじゃなかったんだ」

「分かってます、大丈夫です。でも、勝手に、涙が」

 姿が幼いのに口調が大人びているのでアンバランスだ。小さな手がやや乱暴に目をこすろうとしたので、それを景光至上最高に優しく止めたら、無言でさらに泣かれた。……存在を消すにはどうすればいいだろうか。

「ゆいさん、悪くないです。大丈夫。体が、ないてる、だけ」

 大丈夫、大丈夫、と何度もつたない口調で繰り返しながら、麻衣はぽろぽろと涙を流す。景光の手の中で、恐ろしくなるほど小さな手がぎゅっと握り締められている。それがまるで景光を頼るまいと拒んでいるように見え、景光は奥歯を噛み締めた。。

(……どうして頼ってくれないんだ!!)

 いつも心のどこかで思っていたことが、怒りに似た熱を帯びて心臓を動かした。そのまま喉を駆け上って口から出そうになったところで、ふと気付いて唇を引き結ぶ。いつもと同じだが、いつもより感情の制御が利かない気がした。

(まさか、これも若返りの影響か?)

 その予想を胸に改めて麻衣を見下ろす。

(泣いてしまうほどの気持ちを、普段はずっと押し隠していた、のか?)

 あり得る話だ。彼女は周囲の人間と上手くやっているようだが、どこか一線を引いているようにも見える。適当に相手をしているというわけではなく、常に“突然誰かがいなくなる”ことを頭に入れて動いている気がするのだ。両親も親戚もいない彼女は、景光がいなければ一人ぼっちの時間が多くなる。いくら大人びていると言っても多感な時期の少女だ。何も感じないわけがないだろう。普段は理性で押し隠している感情が、幼い体に引きずられて溢れ出たのかもしれない。

 景光は元々良識的な青年であったし、彼女の事情も知っていた。仕事を理由に同居してはいるものの、彼女に対してはかなり同情的で絆されていた。幸いにも、絆されたところで特に問題がない相手だったからこそ今のポジションに回されたのだろうが、ともかく仕事があろうがなかろうが、景光は麻衣を守ろうと心に決めていた。泣いているのなら泣き止むまで傍にいるし、出来ることがあるなら大抵のことはやってやりたい。

「……突然色々と変わったから、怖くなったよな」

 警察学校に入る前の自分に見えるので、若返り前より筋肉量は劣るがそれでも幼い少女とは比べるべくもない。景光が握り締められた小さな指を開かせるのは造作もなかった。

「オレが護るから、好きなだけ泣いてもいいよ」

 いつもより更に薄い背中がびくっと震えたが、半ば無理矢理掴ませた景光のシャツが手放されることはなかった。こんなことは今までなかった。子どもになっているからだろうか。

(これを機にたくさん甘やかそう)

 景光は優しく出来の良い兄に憧れる一方で、自分も弟や妹が欲しかったのだ。今の麻衣ならばベタベタに甘やかしても受け入れてくれそうな気がするので、このままごり押しでどうにかできないだろうか。上手くいけば、元の姿に戻ってからも甘やかされてくれるようになるかもしれない。

 結局麻衣はそのまま泣き続け、泣き疲れて熱を出して寝込んでしまった。景光とてまさかここまで泣かれるとは思わなかったが、そこはそれ。若返り問題はさておき、いつも以上に甲斐甲斐しく同居人の世話を焼くのであった。










 誠に遺憾である。ギャン泣きしてまさかの発熱に至りベッドに逆戻りした俺幼女とはこれいかに。見た目は幼女、頭脳は18禁、その名もお兄さんですこんにちは……何かこのくだり、だいぶ昔にやった気がするな???

 他人ん家の飯にアポトキシン混入させたのはどこの黒尽くめだ今すぐ名乗れ。今ならスゲー幸運(LAC)値が下がる呪文の刑で許してやるから。多分、整備したての銃が本番で故障ナンバー引く(ジャムる)くらいで済むから。探索者よ、ダイスの女神に五体投地で祈るがよい。俺はファンブル出るように願っておく。

 いやまあ、原因がアポトキシンでないことは最初から分かっている。工藤君がちびっ子化した時の描写だと、全身から湯気が出た上に心臓に負荷が掛かってなかなか痛そうだったが、俺にそんなことはなかったからだ。ついでに俺と唯さんの様子を比べるに、一律で幼児化するのではなく、一律に10年分ほどの若返り効果があったようだから。だがクトゥルフで若返りとかよくあるからセーフセーいやセーフじゃねーわ。胎児まで逆戻りしなかった点では温情かもしれないがセーフではない。この家の中に未成年しかいない状態なので、法的手続きが面倒臭い奴。ついでに学校に行けないしバイトにも行けない。“戻り過ぎ”てロスト(死亡判定)はたまにあるので、それに比べればマシとは言えるが。

 しかし問題は別方面で深刻である。俺、幼児化の影響で感情がコントロールしきれない。それだけならまだマシだが、もしかすると感情が高ぶるといらんことまで喋る可能性が否定できない。つまり、頭の中に格納されているクトゥルフ知識を無差別に吐き出す危険性があるということになる。それ幼女の形した精神汚染爆弾(SAN値チェック案件/たまに一発で廃人ができる)じゃないですかヤダー!

(これは……佐枝刑事にヘルプ出した方がいいんだろうか)

 出したら幼児化が解消されるまで保護という名の監禁待ったなしだが。いきなり泣き出して人が駄目になる(ガチ)情報吐き出す幼女とか監禁が妥当だわ。

 なお、俺が小学生くらいの頃はこんなに泣いた記憶がないので、これは麻衣の体に引っ張られている可能性が高い。あの子はあくまで普通の女の子だ。普通の幼女に俺の事情(異世界で孤児スタート+たまに人間じゃない奴と遭遇+ついでに死体もたまに見る+頭の中がクトゥルフ核融合炉(管理ミスると炉心融解)+月一で死にかける身元不明者と同居)はちょっとばかり重過ぎたのかも……いやだいぶ重いな??? そりゃ不安で泣き喚くわ。きっと同居人とまともに目が合ったのがトドメだったのだろう。それにしても泣いて熱出す程度で済むなんて、麻衣は強い子だな!(曇りなき眼)

 ちなみに、俺が独力で若返り問題そのものを魔術的に解決することは可能だ。だが、犯人の手口と思惑がはっきりしない以上、そうすると俺に魔術技能が備わっていると悪戯に明かすだけになってしまう。すると今度は俺の身柄が危ない。なので迂闊に解決もできない。やっぱり佐枝刑事に監禁してもらうのがいいのか? 困ったことは大人に丸投げして解決してもらうのが未成年の特権かもしれない。

 ところでイケメン唯さんは推定10年前もイケメンだった。さぞかし学生時代からおモテになったのでしょうね(嫉妬の眼差し)。「オレが護るから、好きなだけ泣いてもいいよ」? そのセリフを何故俺に言った? その言葉は麻衣の中のフツメンを虫の息にするのに十分な威力があったのだが(トキメキではなく不整脈が生じるレベル)。これ万年フツメンの俺に喧嘩売ってる? あ、麻衣は何年前でも可愛いぞ異論は認める。身内贔屓全開で何が悪い。

 そのイケメンがわんわん泣きじゃくる(不本意)俺幼女を優しく抱き締め(不本意)、グリリバボイス(反則)で甘く囁く様はまさに少女漫画の所業である。いやそれ麻衣のお兄ちゃんやってた俺の役目なんですが? 横入りやめてもらえます???(理不尽なモンペ)

(もうアポトキシってることにして工藤君に何とかしてもらえばいいのでは?)

 実際はファンタジー科学ではなくクトゥルフファンタジーが原因なので、混ぜたら工藤君死にそうだが。やっぱり佐枝刑事に丸投げしよう。とりあえず熱を下げてから。

 見た目イケメン高校生男子にうさぎさんリンゴの配給を受けつつ、俺は布団でゴロゴロする仕事に専念するのであった。





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だいぶ昔にやったくだり:ポタ兄さん本編は大体「お兄さんですこんにちは」から始まってた気がする。ポタ兄さん時代を「だいぶ昔」と表現する時点で二十歳を永遠に繰り返す神話生物めいてきている。

いつものことながら温度差が酷い。

景光さんが真面目にシリアスしている一方、麻衣兄は地の文でロリ顔ダブルピースしかねない(無慈悲)(実際は後方兄貴面)

兄さんは中学生以降の麻衣ちゃんしか知らないので、幼女麻衣ちゃんを拝んでいる景光さんに若干嫉妬してる。すいませんその子俺の妹だったんですけど(理不尽)

兄さんは生まれた瞬間からジジババになるまで弟妹は可愛い盛りと思える人種です。圧倒的兄適正がある一方、後付け設定の兄や姉にどう接すればいいのか分からない人種でもあります(受け流す以外の対応が分からない)。兄さんがおチビさん時代の麻衣ちゃんから付き合いがあったら、兄馬鹿度がさらに上がっていたはず。


ちなみに本番で銃が故障ナンバー引くと、場合によっては死に直結する。女神に祈れ。



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