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例え何者であろうとも
萌え 2022/08/30 23:11


・ザレイズにルク兄さんのところのアッシュまで来たら。
・ルク兄さんのところのアッシュと原作ルークの話





 頭の出来は複写体(レプリカ)の方が優れている。口さがのない者にそう言われていたのはアッシュも知っていた。ヴァンには「狡猾なレプリカをお前が超えられない道理はない」と慰めのようなことを言われたが、それは結局のところ、ヴァンとて同じことを考えていたという証明にしかならない。自分の居場所を奪った優秀な偽物。愚物が成り代わるのも業腹だが、傑物に居座られるのも耐え難い屈辱だ。あの偽物はどうせ身代わりになって死ぬのだという事実を、ヴァンは時折アッシュを慰めるように語った。だが潔癖なアッシュにとっては、それに心を慰撫されては自分がどうしようもない屑に成り下がったように思えた。だからアッシュは、臓腑を焼くような憎しみを腹の奥でひたすらに飼い続けることでそれに反抗したのだ。その憎しみは自分を騙して連れ去ったヴァンに対してであり、“ルーク・フォン・ファブレ”の椅子に座る偽物に対してであり、そしてその状況に気付きもしない周囲の人間に対してでもあった。全てを憎まなければ、アッシュは自分の足で立つことすらできなかった。

 ――ただ息をするだけで命を燃やすような柔い男が件の賢いレプリカだと知った時、アッシュの胸中で芽生えた感情は醜い嘲りだけでなく、哀れな雛鳥への憐憫にも似た庇護欲であったと自覚はしている。レプリカルークは自分の意志で生まれたわけでも、アッシュの立ち位置を奪ったわけでもなく、むしろ死にゆく囮として仕立て上げたヴァンやアッシュこそ責められるべきであると、アッシュはずっとずっと分かっていたのだ。それはヴァンの洗脳染みた言葉の雨に打たれ続けたアッシュが、最後の最後まで捨てきれなかった良心であり道徳心だった。

 つまるところ、アッシュは幼い頃に公爵家で叩きこまれた倫理を解する男であり、本来は冷静な判断もそれなりに出来る人間である。自分が別世界に飛ばされて、しかも戻れないと知らされた時は取り乱したものの、結局自分に出来ることをするしかないとの考えに至り、なおかつ別世界の人間関係を飲み込んで受け入れる必要性も理解できていた。

「あっ……」

 アジトの廊下で聞こえた思わず漏れたような声に振り向けば、そこには別世界のレプリカルークが立ち竦んでいた。夕焼けのような色の髪は短いが、アッシュと違って後ろ髪がまるでひよこの尾のようになっている。どこをどうしたらそんな風になるのかと、自身が髪を切った時はノワールという女に整えてもらったアッシュは内心で首を傾げた。少なくとも、目の前のルークの髪を整えた輩は、ノワールとは趣味が違うのだろう。アッシュには全く似合わないだろうが、幼い表情が目立つルークには似合っているので、これといって文句を言うつもりはないが。そもそも、異世界の人間の髪型に文句をつける権利などアッシュにはない。

「どうした」

「ああ……その、えっと」

 別の世界のレプリカルークが、傷つきやすい無垢な嬰児にも似た双眸でアッシュを見ている。自分の世界にいる、物理的にはともかく精神的には異様に打たれ強いレプリカとは違い過ぎるため、少々の扱いづらさを感じないでもない。吹けば飛ぶような印象はないが、割と簡単に口で言い負かせそうな雰囲気ではある。なお、アッシュは自身のレプリカに口で勝ったためしがない。

 一拍置いて、相手が自分を呼び辛そうにしていると気付いたアッシュは、内心でため息をついた。

「フレイルと呼べと言っているだろう。名前程度でいちいち気に病むんじゃねぇ」

 アッシュがそのアジトに合流した頃、既にそこには“ルーク”と“アッシュ”がいた。そしてアッシュが知る方のルークは呼び分けのために“アルバート”と名乗っていたので、アッシュもそれに乗った。特に苦痛も負い目もなく、ただの作業に過ぎないことだ。しかし目の前でまごついているレプリカルークにとってはそうではないらしい。やや面倒になって来たアッシュだったが、少々気になることがあったため更に口を開いた。

「……お前、何歳だ」

「じゅ、十七だけど」

「それは体だろう。“お前”が生まれてからの年数だ」

 こちら側とあちら側がどのような顛末を辿り、どう違うのかを正確に知っているわけではない。ただ、明確な違いとしてレプリカルークの性質が挙げられたため、念のために尋ねたのだった。ルークは少し逡巡してから素直に答えた。

「……七年」

 一生の中ではほんの一部かもしれないが、子どもにとってはあまりにも長い月日。しかし大人にもなり切れない程度の時間。ダアトに誘拐されてからの月日と一致することを確認したアッシュは、目の前のルークの振る舞いと照らし合わせて納得した。

「…………妥当、か」

「妥当?」

「七歳のガキだと思えば妥当だと言ったんだ」

「ガキって何だよ!」

 ルークは先程までおどおどしていたくせに、子ども扱いすると不服そうな顔をした。アッシュにしてみれば、そういうところがガキなのだが。実際、こちら側のルークを子ども扱いしたところで、対外的な問題がなければさらりと流されて終わりだ。実に可愛げがないのである。

「お前、あっちのルークが自分と同じ精神年齢だと思うのか?」

「それは……思わねぇけど」

「馬鹿にしたわけじゃねぇ。お前が妥当で、あっちがおかしい。それだけだ」

 そう。おかしいのはアッシュが知る方のルークだ。レプリカルークが作られた当時のフォミクリー技術では、知識の擦り込みまではできなかった。つまり、当時10歳のアッシュの肉体に、生まれたての子どもの精神を併せ持っているはずである。しかしそうではなかった。まるで、レプリカの肉体に別の精神が宿っているかのように。

 恐らく、本来のあるべき姿は目の前にいるルークである。ならば、アッシュの写し姿であるあの男は誰だ?

(――どうでもいいな)

 アッシュはすぐに逸れた推理を打ち消した。あの男の中身が誰であれ、アッシュにとっては別に何の問題もなかったので。

「おかしいのか?」

「俺よりすげぇ色々考えてそうだし、その、まともなんじゃ……」

 あちらのルークは自己肯定感が酷く低い。それに苛立ちをぶつけないでやってくれ。そう、こちらのルークが囁いてきたことをアッシュは思い出す。言われてみれば、確かに目の前のルークは、“自分はまともじゃない”と言外に告げるなど奇妙に卑屈な態度を見せることがある。かと思えば、子ども扱いされて反射的に噛み付いてくる程度には、自分の存在に価値を感じてもいる。あまりにもアンバランスだ。まるで“お前は価値のない存在だ”と強烈に叩きのめされた子どもが、怯えながら相手の出方を窺っているようにも思える。

(……確かに、蹴っ飛ばしたくなる)

 アッシュはダアトに渡ってから、泥水を啜る思いで生き繋いできた。命こそ失わせないようにはされていたが、精神を切り刻まれる環境で這い上がって来た。だから、うじうじとして動かない輩を見ると腹が立ってきてしまう(自分だって、ルーク・フォン・ファブレだと名乗れずに七年過ごした癖に!)。けれどアッシュの聡明な半身は、それをあらかじめ察知して蹴り飛ばすなと忠告していたのだ。忠告するのならそれ相応の理由があるのだろう。……単純に、あのレプリカは未成年に甘いからという理由かもしれないが、耳を傾ける程度には彼を信用している。あれは冷たい貴族の振りをしながら時折俗っぽい面を見せる、善性の塊でもあるのだから。

 僅かに浮かんだ苛立ちを胸中に沈め(そもそもアッシュは軍人なので、自己を抑える訓練を積まされていた。笑顔を作る貴族とは違い、能面になってしまうが)、アッシュは口の端を歪めて皮肉っぽい顔を作った。ルークの肩が僅かに震えたので、もしかすると怖い顔だったかもしれないが、今更方向修正できるほどアッシュは器用ではなかった。笑顔で人を惹き付け、煙に巻き、時として跪かせるのはアッシュではなくもう一人の彼の仕事である。

「陰険眼鏡軍人と嫌味と皮肉交じりで口論できる奴がまともか? しかも笑顔で」

「まともじゃねぇな」

 ルークは即座に納得した。どこの世界だろうが、ジェイド・カーティスという男は陰険眼鏡軍人らしかった。ジェイドという男は良くも悪くもネタになる、というこちらのルークの雑な呟きの意味が理解できたような気がした。なるほど、確かに便利である。

 ふっと空気が緩んだかと思うと、ルークがおずおずとこちらを見上げた。……少し背中が丸くなってしまっているから、見上げられるのだと気付いた。

「その、名前……気にならないのか?」

 まだ引き摺っていたらしい。アッシュは「いや」と首を横に振った。

「どう名乗ろうが、自分は自分にしかなれない。俺は八年かけてそれを知った」

 耐え忍んだ七年間。激動だった一年間。今となっては全てが無駄だとは思わない。今なら自分を慰める振りをして貶めるヴァンに正面から言い返せるだろう。

「アイツに俺の代わりが務まるわけがないし、俺もアイツの代わりが出来るとは思わねぇ。どんな名前がついていようが、俺たちは別の存在だ」

 ――中身が“誰”であろうと、あの男がアッシュの知るレプリカルークであることは変わらない。アッシュは自分のレプリカなんて、あの男しか知らなかったのだ。だから、それでいい。

「……お前がそれに倣う必要はない。自分で掴んだ名前なら、それを大事に持っておけ」

 アッシュよりも淡い緑の双眸が煌めいたような気がした。きっと、アッシュの半身もこんな目はしていないだろう。ルークが目の前の少年を弟扱いして可愛がっているのは知っているが、それはこんな目をしているからかもしれない。

「…………なあ。フレイルって呼んでいいか?」

「最初からそう言っているだろう」

「……ああ!」

 顔を輝かせる少年はあまりにも“年相応”の様子で、アッシュはやはり目の前の子どもは自分のレプリカではないと確信した。

「あのさ、俺、ずっと気になってたんだ! フレイルって剣だけじゃなくて銃も使えるのか? それって俺にも使える?」

 何かが吹っ切れたのか、ひよこのような後ろ髪をひょこひょこと揺らしながら懐いてくる少年に、アッシュは思わず顔を引き攣らせた。……王族であるアッシュの周囲には、このような子どもは存在しなかった。キムラスカにいた頃は、同じ貴族の子どもたちは騒ぎ立てない程度の躾が行き届いており、ダアトに渡ってからも子どもらしい子どもはどこにもいなかった。つまり、これは未知との遭遇である。

 妙に懐いてくるルークに内心で首を傾げながらも、アッシュはもう蹴飛ばそうとは思わなかった。





 アッシュは今でも覚えている。レプリカルークが、「灰(アッシュ)って、不死鳥が生まれ直すんだっけ」と呟いたことを。きっとあの瞬間、アッシュは燃え滓などではなくなったのだ。アッシュが修めたアルバート流剣術の始祖、フレイル・アルバート。アルバート(導きの光)と名乗ることにした男がわざわざフレイル(再生の炎)を残しておいたのは、偶然などではない。





+ + +





偶然なんだよなぁ。

ルク兄さんの灰と不死鳥の知識はハリポタ出典なので、アッシュは某校長のペットの話だと知らない方が感動できるはず。

多分、ルク兄さんのところのアッシュは主人公やってるタイプ。原作はルークが主人公なので逆転してる状態。ルク兄さんに引っ張られる形で原作アッシュよりも冷静でメンタルが落ち着いている。

フレイル・アルバートの古代イスパニア語的な意味は全部捏造です。

ルク兄さんのところのアッシュが譜銃を使えるのは、時々ルク兄さんのを借りて使っていたからです。



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