更新履歴・日記



林興徐は望まない
萌え 2022/05/05 00:43


・景光さんと麻衣兄同居シリーズ
・リンさん視点
・リン→麻衣兄要素あり





 大人びていると捉えれば良いのか、年の割に冷めていると考えれば良いのか。何にせよ、彼女は同世代の少女たちとは何かが違っていた。それは早くに両親を亡くし、寄る辺もない身で強く生きてきたせいなのだろうか。心霊調査事務所の少年所長を傍で見守って来たリンは、谷山麻衣に特異な雰囲気を感じ取っていた。ただ、それがリンやナルの不利益に繋がるような気配はなく、それどころかふと目を離すといつの間にか消えていそうな、しかしその揺らぎに不安を感じさせることもない、まるで空気に似た何かを持っていた。

 旧校舎での調査を終えて以降、彼女は渋谷道玄坂のSPR事務所で事務員として働いている。最初は簡単な書類整理程度だったが、機材の扱いやPCの操作に抵抗感を一切見せない様子から試しに教えてみたところ、恐ろしい速さで仕事を覚えてしまった。入職後一週間足らずでPCでの入力業務も任せられるようになり、リン顔負けのタイピング速度で仕事をこなしている。さらには行儀も良いため、たまに訪れる依頼者への対応も申し分ない(愛想が良い分、接遇に関してはむしろリンやナルより適性がある)。ただの学生アルバイターとしては破格の拾い物だった。惜しむらくは、小柄でナルよりも幼い見た目のため、たまに依頼者から眉をひそめられることだろう。その点についてはリンが応対すれば良く、そもそも未成年の所長を信用しない依頼者は突っ撥ねているため問題ない。

 彼女がアルバイトを始めて2週間ほど経った頃。息抜きに珈琲を淹れているリンの背中に麻衣が声を掛けてきた。どうやら、リンに会わせたい人物がいるらしい。

「同居している兄が心配性でして。事務仕事はともかく、今後出てくる現場での調査助手がどうしても気になると。ご面倒かとは思いますが、それほどお時間は頂かないので、一度兄と会っていただけませんか? 最悪、リンさんだけでも構いません」

 ――谷山麻衣に兄はいない。同居している家族はおろか、後ろ盾となる親族がいない。戸籍を遡れば遠い親族が見付かるかもしれないが、少なくともすぐに手を差し伸べそうな間柄の親類縁者はいない、天涯孤独の身だった。それを彼女が通う学校の校長から聞いていたからこそ、ナルが破格の給与で雇ったのだし、リンとしても彼女の実務能力・人格に問題はないとしてそれを許容していた。だが確かに、正式雇用が決まってから提出させた履歴書の住所は、学生の一人暮らしとしては手広いアパートだ。“兄”と称する他人と同居しているのかもしれない。……見た目とは裏腹に、初対面のリンと平然と会話できる図太い神経を持っているが、真面目な少女だ。男の部屋に転がり込むような器用さがあるようには見えないし、体を売るほど切羽詰まった様子も見受けられない。だが同居男性が恋人でもなく、いないはずの兄を名乗るのは不可解だ。対外的に恋人と称するには年齢差がネックなのかもしれない。

 未成年を守るのは年長者の役割だとリンは認識している。ただ、少女の事情に土足で踏み入ることが出来ない程度に、リンは常識をわきまえていた。

「……わたしは構いません。ナルは、まあ、どうでしょうか。所長として少し顔出しくらいはするとは思います」

「ありがとうございます」

 麻衣はにこりと微笑んだ。その笑顔に特に陰りは見られず、リンは喉元まで込み上げていた疑問を珈琲で流し込むことにした。





「お時間を作っていただきありがとうございます」

 後日、ドリップ珈琲の詰め合わせを持って麻衣と共に現れたのは、リンほどではないがなかなか背の高い青年だった。年の頃はリンよりやや下といったところだろうか。麻衣と同色の柔らかい髪色はワックスで緩くセットされており、優しげな表情と相まって遠目に見れば麻衣の兄と言われても頷ける。しかし、眼鏡の向こう側にある双眸は灰色の猫目で、その端正な顔立ちは麻衣と似ても似つかない。恐らく髪型も麻衣にわざと寄せているのだろう。見え隠れする少女との本当の関係性を隠そうとする意図に、リンは不信感を覚えた。

「やはり兄として、妹が現場の調査にも携わるとなると心配になりまして」

 困ったような表情を浮かべる様子に違和感はない。あまりにも自然だ。それだけに不信感が募る。しかし言っていることはまっとうでしかないため、リンは無表情のまま青年を応接用の黒い革張りのソファへ誘導した。

 麻衣とSPRの業務内容の説明は遅滞なく進んだ。唯と名乗る青年の理解が早く、心霊調査への先入観も見せなかったため、非常に話しやすかった。唯は聞き上手なのかもしれない。

「ほら。インチキ霊媒者の壺売りじゃないんですから、安心でしょう?」

 一通りの説明を終えると、唯の隣にちょこんと腰かけた麻衣が得意げに笑った。一方の唯は「オレが心配しているのはそこじゃないんだけどな」と苦笑する。

「心霊現象の調査現場ではどんなことが起きるのか、オレには想像がつかないから。心配してもし足りないんだよ」

 そう言って麻衣を見つめる唯の眼差しは慈愛に満ちていた。とても嘘とは思えない様子だ。唯のことは信用できずとも、彼が麻衣を大切に思っていることだけは信用してもいいのかもしれない。そう考えたリンは、しかし緊急連絡先の名目で唯の連絡先をしっかり控えておいた。いざという時、本当に連絡するかは決めかねるが。










(あの時、もっと探っておけばよかった)

 あれから一年の月日が流れ、麻衣は高校二年生になった。いくつもの死線を乗り越え、彼女と話す機会を重ね、ふとした瞬間に小柄な少女に視線を奪われることが増えた。今も彼女はあの青年と同居していると聞く。二人の関係性は未だに分からない。兄妹だというのなら、一つ屋根の下でもそう振舞っていて欲しい。そう願うたびに、リンは自分にその権利がないことを思い出す。リンは彼女にとって、アルバイト先の上司に過ぎない。それにしてはよく話すようになったとリンは思っているが、結局はそこそこ話すだけの他人だ。麻衣が唯とどうなろうと、口を挟む権利はない。良識のある大人として、権利を望んではならない。少なくともあと三年は。

(こんなことを考えている時点で、谷山さんにとっては悪い男だ)

 時折自分にゾッとする。それでも視線は麻衣を追う。彼女が大人になるまでリンは自分を許せないし、この浅ましい気持ちを絶対に悟られないよう腹の奥底に沈めておくだろう。それでも、あの薄い肩に唯の手が触れたのだろうかと想像してしまうたびに心臓が軋む。どうか誰のものにもならないで欲しいと願わずにはいられない。

(せめて日本にいる間は、このままで)

 リンとナルはイギリスのSPRから調査のために日本に来ているだけで、いずれはイギリスへ戻る。恐らくそうなるまで三年もかからないだろう。だからこの事務所を畳むその時まで、同じ空間で彼女と仕事が出来ること以上に望めることはない。欲を張って手を伸ばせば、彼女は恐らく空気のように見えなくなってしまう。

 どんなに胸が痛もうとも、今この瞬間がリンにとって最上なのだ。





+ + +




青年×少女で大人側が年齢でもだもだするの好きです。常識あると苦しむやつ。
ご安心ください、仮に景光さんにフラグ立ってたとしても、彼も常識に首絞められて何もできないタイプです。

どの道、麻衣ちゃんの中身に兄さんが入っている時点でフラグもクソもない。
多分、麻衣兄さんはコナンの原作終わったら(あと一年)日本に帰れそう。でもコナン時空に苦しめられる。

なかなか兄さんが帰れないまま高校の卒業式を迎える話もネタにはあります。卒業式の日、一年くらい前に失踪してた景光さんが花持って現れるベタな話とか。


prev | next


×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -