ジムリーダーは再就職する
萌え 2022/04/17 23:33
・ゾル兄さん:ヒスイのすがた。
・前回の続き
ヒスイ地方とかいう謎地域(地図で見るとおもくそ北海道だった)は、現在開拓途上にあるというネタ抜きの試される大地だった。どうやら基本的に人里から離れたら野垂れ死ぬ一択という厳しい世界である。10歳になったらポケモンと一緒に旅に出るなどとんでもないが、それでもここはポケモン世界であった。
ゾルディックの俺は“基本的”から外れる例外スペック持ちなので人里でなくてもやってはいけるが、進んでサバイバル生活をしたいとは思わない。コトブキムラとやらをまとめるギンガ団という、どこぞで悪の組織をやってそうな団の学者先生をしているラベン博士に掛け合い、俺はギンガ団で雇ってもらうことになった――荷物持ちとして。いや荷物持ち馬鹿にすんな。発展途上の開拓地のあちこちでポケモンの調査任務をしている彼らにとって、物資の輸送は死活問題である。俺の知る時代のガラルは科学も発達しており、列車や飛行ポケモンで人も荷物も大量かつ速やかに遠方へ運べるが、この地ではそのどちらも不足している。人力で原始的な輸送手段しかないため、俺の怪力は非常に重宝する。ついでに襲ってくる野生ポケモンもさらっと撃退できるので、物資をロストすることもない。当面は余所者である俺自身を見張る人員が必要だが、それでも俺の存在はヒスイ地方の各所に安全なベースキャンプを迅速に構えるには持って来いのようだった。
(イチョウ商会の世話に“なり過ぎたくない”、ってこともあるだろうなぁ)
現在、コトブキムラにはイチョウ商会という行商人集団が拠点を置いている。ギンガ団とも懇意にしており、時折ベースキャンプにまで足を運んで商品を売ってくれるらしい。彼らの物資輸送力があればベースキャンプ作りもさぞかし捗るだろうが、彼らの存在なしに構えられないというほど頼ってしまえば、ギンガ団の調査活動で得た利益も彼らに多く流す必要が生じ、結果としてギンガ団の優位性が損なわれてしまう。あくまでギンガ団優位で、イチョウ商会に利権を取られ過ぎずにウィンウィンの関係でいたいはずだ。そのために俺の存在は便利と言える。いついなくなっても構わない余所者であるということも都合がいいだろう。
(俺も家具付きの宿舎を借りられてラッキーだし、言うことないな)
宿舎の部屋は正直、俺がナックルシティで住んでいた部屋の広さと(浴室やトイレも含めて)大差ない。土間から板の間、奥には畳敷きの部屋が続いており、布団で横になるのはもちろんのこと、簡単な煮炊きも出来るようになっている。囲炉裏の使い方? もちろん知らないのでラベン博士に聞いた。
実は畳に出会うのはポケモン世界では初めてである。ガラル地方は完全にイギリスがベースだったので、畳などどこにもなかった。懐かしの畳の上でゴロリと寝転がると、懐からスマホロトムが這い出てきて部屋の中をふよふよと見て回り始めた。
「ここは……物置ロト?」
「おい早速失礼だぞ。そんなわけあるか」
「でもコンセントがないロト……」
どうやらロトムはコンセントを探していたらしい。しばらく部屋の中をうろついたロトムは、やがて諦めたのかへにょりと畳の上に着陸した。
「浴びるように一杯やりたいロト〜」
「お前は表現を選べ」
「ポケモンにも表現の自由があるロト」
「センシティブ表現はワンクッション挟むのがマナーだろ」
アルコールでもキメてるのかと言いたくなる発言だが、単純に電力が豊富なガラルを懐かしんでいるだけである。なにしろここにはコンセントがない。俺がリーグ時代から愛用している、野外でも使える手回し発電機で充電するしか術がないのだ。ロトムはそもそも自力で発電できるポケモンだが、生き物なだけあって電力が安定しない。そのため、外部電力があった方が過ごしやすくて安心するらしい。リーグ期間中のように大半を野外で過ごしていた頃も、手回し発電機を使うと嬉しそうにしていた。
しかし手回し発電はあくまで緊急用だ。毎日続けるとなるとちょっと面倒臭い。やっている間は両手が塞がってしまうのが難点だ。
「……イチョウ商会にチャリとか売ってないかな」
「ご主人の脚力で自転車発電したら繊細なロトムが爆発するロト」
「お前俺は何だと思ってる」
「ラテラルジムリーダーのファントムアサシンロト」
「やめろその名前を言うな恥ずかしい!」
容赦なくマスターキルを決めてくるスマホに、俺は羞恥で頭を抱えて畳の上を転げ回った。ヒスイ地方に二つ名文化がないことを願う。
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ヒスイの二つ名文化:野盗三姉妹が戦隊もの並みにキメてくれるので安心して欲しい。
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