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ヒスイ地方でもやっていけるジムリーダー
萌え 2022/03/14 23:57


・ゾル兄さん:ヒスイのすがた。
・ガラルでゴーストタイプのジムリーダーやってるゾル兄さん(設定は生かされない)





 ワイルドエリアでカレー作ってたら謎の空間に飛ばされた件について。お玉と寸胴鍋を持った状態で、何の脈絡もなく現れたヒグマ(仮)と目が合った瞬間の俺の気持ちは筆舌に尽くし難い。いや、今更クマ怖いとカマトトぶるつもりはないが。ガラルの大地でたまにピンク色のクマと見つめ合っていた俺ですこんにちは。ベアハグは遠慮させていただきます。

(ぬいぐるみっぽい部分があるからポケモンだよな。名前なんだっけ)

 俺と同じく硬直していたヒグマ(仮)がクワッと大口を開け、一抱えもある腕を振り上げる。なかなかにゴツイ爪が生えているので、まともに喰らえば人間などあっさりあの世行きだろう。

「ギュウゥゥゥ!!」

 俺の懐から形容しがたい鳴き声が響き渡り、怒りに満ちた闇紫の弾丸が発射される。ミミッキュのシャドーボールだ。俺の上着の中という特等席で調理風景を眺めていた彼女が、俺に攻撃態勢を取ったヒグマ(仮)に先手必勝でぶちかましたのだ(なお、攻撃指示はしていない)。相変わらずいざという時の殺意が高い。絶妙な角度で俺の腕の間を擦り抜けたバレーボール大の悪夢は、見事ヒグマ(仮)のどてっ腹に命中した。幸か不幸かノーマルタイプだったらしいヒグマ(仮)にゴーストタイプ技は効果がなかったようだが、いきなり突っ込んできた殺意の塊は威嚇に十分だったようだ。ギョッとして固まるヒグマ(仮)にこれ幸いと、俺はカレー鍋を抱えたままとっとと逃げ出……そうとして、とりあえずテントの回収に向かった。オラ、道を開けないと懐のミミッキュ砲が火を噴くぞ。うちのプリンセスはじゃじゃ馬なんだ。

 なんやかんや言いつつ、テント回収の余裕があるのはゾルディッククオリティで納得していただきたい。一旦地面に置いたカレー鍋は、仕方なく懐から出てきたミミッキュが死守してくれるので大丈夫である。何故かどこからともなく現れたイーブイが俺に突っ込んで来たのだが、彼だか彼女だかがうっかり焚火にインしないように、上手く片手で受け流してやるのはちょっと面倒だった。これが本当のすてみタックル(技)だろうか。タックルの代償が食材化というのはいささか捨て身過ぎやしないか。イーブイの丸焼きなんて作ったら、俺は全世界のイーブイファンに殺される。

 こうして時たま何の脈絡もなく出現するポケモンとメンチ切り合戦を交えつつ、どうにかテントを含めた荷物を回収した俺は、ミミッキュを再び懐に戻した上でカレー鍋を抱え、足で焚火を踏み消してから今度こそこの場から退散することにした。

 俺がいたのはよく分からない紫色の半球状の光の中だった。時折紫電が走っており、見た目からして完全にヤバそうな場所だ。それでも幸いなことに、その半球状のドームから抜け出すのは簡単だった。なにしろ走って突っ切るだけだ。光の幕を通り抜ける瞬間は視界が一瞬だけ真っ白になっただけで、感電も何もしなかった。そして抜けた先は見知らぬ大草原である。

 カレー鍋を抱えた俺は途方に暮れた。どこだここ。少なくともワイルドエリアではなさそうだ。あの場所なら、ガラル粒子が光の柱となってあちこちに立ち昇っているのが見えるからだ。とりあえず半球状の物体から距離を取りつつ、上着のポケットに収まっているロトムに声を掛けた。

「ロトム、位置情報くれ」

「お任せ……ひ、ひどいロト〜〜!!」

 上着から飛び出したロトムは、位置情報を取得しようとして素っ頓狂な声を上げた。

「ネットに繋がらないロト! ロトムはサイバーゴーストポケモンなのに生き甲斐を奪うなんてひどいロト! マクロコスモスは責任取ってご主人の通信費を生涯無料にするロトー!」

「さすがに厚かまし過ぎるわ」

 ガラル地方を実質的に牛耳っている巨大企業でも、何の脈絡もなく民間人()を電波の通じない秘境に放り出すことはしないだろう。技術的にできないと言い切れないのは、エスパータイプのポケモンがテレポートという技を持っているからである。だがさすがに技の効果範囲内まで近付かれたらすぐに気付くので、原因は違う何かだろう。キバナからもらったカレー粉にダイマックスパウダー的なものが配合されていたせいでなければ、多分俺の謎体質のせい。

「そもそもマクロコスモスあるかも怪しいけどな……」

 なにせ位置情報の検索もできない、広大すぎる見覚えのない大地である。先程の大乱闘ポケモンブラザーズがなければ、ここがポケモン世界ではない異世界である可能性すらあった。

「とりあえず、あの妙な場所からは離れ……あっ」

 半球状のドームの方を見やると、不意にドームが綺麗さっぱり消え去った。その跡地には周囲と変わらない大地が広がっている。ワラワラと湧き出てきたポケモンたちも最初からいなかったかのように消え去り、土着のものと思われる小型のポケモンが草を食んでいるだけだ。

(……もしかして、あの場に留まっていれば普通に帰れたのでは?)

 いや、さらに訳の分からない場所に飛ばされていた可能性もある。

 ――後から聞いた話によると、あの紫色の球体は時空の歪みと呼ばれているらしい。そんなヤバいところにいられるか。

(行く当てもないし、まずは高い丘の上でも行って周りをみるか……いや飛べばいいのか……待て待て。カレー鍋を抱えたままサザンドラに乗るのは可哀想だ)

 とは言え正直、鍋を空にするために悠長にカレーを食ってる場合じゃない。ポケモンたちと一緒に食べて後片付けまでしてとなると、簡単に1、2時間は過ぎる。太陽は真上にあるのでまだ日は落ちないだろうが、日没までに人里を見付けるか、最低でも安全な場所を確保しておきたい。キャンプセットが揃っているので野宿は楽勝なのだが、それでも見知らぬ場所で率先してやるものではない。まずは腰を落ち着けて夜を越せそうな場所を探し、目途がついてから食事だ。腹が減っては戦が出来ぬとは言うものの、腹を満たす前にやることをやっておかなければ後が面倒なのである。

 頭の中で優先順位を整理しつつ、ボールからサザンドラを出す。するとサザンドラはぴすぴすと情けなく鼻を鳴らして俺に三つ首を擦り付けた。ここがワイルドエリアではないことを察して不安になっているらしい。こいつが凶暴ポケモンとか嘘だろ。甘やかしすぎたのだろうか。キバナの監督の元育てたので、そんなことはないと思うが。

「大丈夫だぞ〜怖くないからな〜。ほら、兄ちゃんとドラパルトも一緒だぞ〜」

 このままでは埒が明かないので、俺はドラパルトもボールから出して随伴させることにした。幸いなことにドラパルトもふよふよ浮かんでいるタイプなので、一緒に空を飛べる。ミミッキュとドラパルトはしょうがねぇな、と言いたそうな顔をしていた。

 そんなわけでカレー鍋の見張りにシャンデラとミミッキュ、ニダンギルを残し、俺はサザンドラに跨ってドラパルトと共に空へ上がった。ちなみにジャラランガは既に手持ちにいない。サイトウさんとのバトルも叶ったのでリリース済みである。今頃元気に砂漠の窪地でオラついていることだろう。

 サザンドラの首を撫でながら上空で周囲を見渡すと、素晴らしい大自然が広がっていた。そういう素晴らしさは求めていなかった。ここがワイルドエリアでないことを再認識しつつ、くるくると旋回する範囲を少しずつ広げていく。……サザンドラへの配慮である。その結果、何とかサザンドラがぐずらない範囲ギリギリで、高台の上に人為的なキャンプベースらしきものがあるのを見付けた。数人ほど誰かがいるのも確認できたので、そこを目指すことにした。……カレーを食べてから。

 食事の世話というのは、思っているよりも大変だ。それぞれの器に盛ってやるだけでなく、食べた後は口の周りを拭いてやったり、歯を磨いてやったり、食器と調理器具を片付けなければならない。幸いなことにポケモンたちは非常に賢いので、歯磨きについてはある程度自力で行なったり、専用の歯磨きガムを自分で咬んだりしてくれる。片付けも簡単な作業なら手伝ってくれるのでとても有難い。エスパータイプのポケモンや人型のポケモンはなかなか器用な手伝いをしてくれるらしいが、嵩張る食器を一緒に運んでくれるだけでも十分に嬉しいのだ。たまに水辺でクラゲみたいなポケモンが食器洗いを手伝ってくれることもある(やっぱりゴーストタイプ持ちだった)。少し歩いた先にある川で鍋や食器を洗ったが、クラゲは出てこなかった。代わりに細い魚が水鉄砲をかましてきたので、鍋ガードしておいた。魚はミミッキュが伸ばした黒い手で鷲掴みにされ、遥か遠くの下流に投げ捨てられた。水辺に捨てられただけ温情である。

 荷物をまとめた後は、今度こそ高台に向かう。ぐずりそうになるサザンドラを宥めながら川を飛んで渡り、向こう岸に着いたら徒歩で坂を上る。途中、目を真っ赤に光らせた体の大きなポケモンを見かけたが、面倒事の気配しかしなかったのでスルーした。他にも野生のポケモンが元気にうろついているが、俺は自慢ではないがポケモンとメンチ切って負けたことはないので問題なかった。いや本当に自慢ではないが。たまに睨む前に逃げられるし。先程のヒグマ(仮)もきちんと睨んでおけばさっさと逃げてくれたかもしれない。

 高台の上には数人の現地人がいた。ニット帽被った白衣のオッサンと、三度笠被ったオッサン、髭を蓄えたオッサン……全部オッサンじゃねーか!  いや、よく見てみると三度笠の男は案外若かった。というか何で三度笠被ってるんだ。そして何で白衣のオッサン以外は着物を着ているんだ。

 恐らく一番若い三度笠の男は、俺に気付くと眉間にしわを寄せた。

「変わった格好だな。もしかして余所者か?」

「……遭難者です」

 どうして俺はこうも軽率に世界レベルで遭難するのだろうか。頼むから一カ所に定住させて欲しい。

 せっかくラテラルジムでジムリーダーに就任したのに、この大地に強制出向させられたせいで住所不定無職に華麗に舞い戻った俺である。身元の説明をどうしようかと考えていたら、上着のポケットから再びロトムが飛び出した。

「Wi-Fi……Wi-Fiはどこロト……?」

 ゴーストタイプに相応しい恨めし気な声である。言っていることはネットから切り離された現代人だが。三度笠の男はロトムを見るとギョッとして後ずさった。

「ウワッ! 喋るとは面妖な板だな!?」

(めんよう……)

 白衣のオッサン以外の格好と言動が時代劇過ぎて、タイムスリップした気分が拭えないのだが。なるほど、スマホロトムをご存じないと。すると、白衣のオッサン――褐色肌でガラル地方によく見られる特徴だ――が好奇心で目を輝かせた。

「まさかそれはポケモンですか!? 初めて見ました、もしかしてロトムの新しい形態でしょうか!」

 白衣のオッサンもスマホをご存じないと。これは本格的にタイムスリップしたか未開の大地……いや、白衣やニット帽があるなら未開のはずがない。

「もしや人の言葉を理解しているのですか!? だとしたら素晴らしいです! ヒスイ地方のポケモン達の新たな生態が明らかになりそうですよ!」

(ヒスイ地方ってどこだよ)

 ポケモン世界のワールドマップはある程度頭に入れているが、ヒスイ地方など聞いたことがない。近くにある他の地方の名前を聞けば、どの辺りなのか特定できるだろうか。しかし白衣のオッサンが大興奮していて、とても聞ける状態ではない。三度笠の男も、白衣のオッサンの勢いに戸惑っているようだ。なお、髭のオッサンはこちらをチラチラ見ながらも、自分の作業をしていた。

 一方のロトムは、白衣のオッサンが自分に興味津々なのを見てつれない答えを返していた。

「ロトムは箱入りじゃなくて板入りのシティボーイだから、現地ポケモンのことはよく知らないロト」

(オメーは野生出身だろうが)

 お前が他のロトム族をしばき倒して手持ちに立候補してきたことは今でも鮮明に覚えているぞ。下手な野生より逞しく図太いに違いない。

「学者先生、ちょっと……そいつは余所者ですよ。遭難しているらしいですが」

「そ、そうでした。気が逸ってしまってすみません。ですが随分ポケモンと親し気ですね。きっとポケモンと心を通わせる才能があるんですよ」

(んんー?)

 白衣のオッサン改め学者先生の言葉に、俺は内心で首を傾げる。確かに俺のロトムは自己主張が激しいが、この程度でポケモンと親しい云々とは普通言わない。ゴーストタイプのポケモンに群がられているところを見られてそう言うのなら分からないでもないが。

「やはりポケモンは恐ろしいだけではなく、大きな可能性を秘めている生き物なのですね!」

(……ポケモンに対する認識が根本的に違う?)

 ガラル地方では子どもから大人までポケモンは友達、仕事仲間、家族、と好意的な感情で溢れている。他所の地方では悪の組織が道具扱いしているのだろうが、それでも恐ろしい生き物という認識とは言えない。しかしここでは恐ろしいと……そもそも、学者先生の言い分だと、全く未知の生き物であるような印象を受ける。

(まさか……人とポケモンが共存する前の時代、とか?)

 ――後日、これが大正解であると気付く羽目になった。ひと悶着あったが、とりあえずコトブキムラなる場所で受け入れてもらえることになった俺は、異世界転生からのトリップに加えてタイムスリップという三重苦に頭を抱えたのである。

 手持ちポケモンも一緒だったのは幸か不幸か判断が難しいが、ミミッキュもシャンデラもドラパルトもニダンギルもサザンドラもヒスイ地方に生息していないらしく、目立ちまくって仕方がないのはいかがなものか。ロトムについてはこの地方にもいるにはいるが、媒体であるスマホの方がない。そして自称サイバーゴーストポケモンのロトムが、今更他の家電に入る訳もない(イチョウ商会とやらの荷車に乗せられていた時代錯誤な冷蔵庫を、うちのロトムは犬小屋を見る目で見ていた。お前は他のロトムに謝れ)。自己主張が激しいロトムと、俺を心配しているのかボールに入りたがらなくなったミミッキュは速攻でムラに存在がバレたが、二匹とも見た目は強そうに見えなくて本当に良かった。ロトムはバトルさせていないが、ミミッキュはうちのエースで実際はクソ強いから詐欺である。

 そういえば余所者が俺以外にもいるらしいので、一度会ってみたいものだ。もしかすると気が合うかもしれない。





+ + +





情けないサザンドラ:自然界では淘汰される個体を保護したようなものなので、こういうこともある。+兄さんが人間にあるまじき激強個体で群れのボスとカーチャン兼ねてるので、いつまでも甘えてる(キバナも薄々兄さんおかしくね? と思っているが、サザンドラほどは察してないので誤算が起きてる)。

イーブイの丸焼き:この男、そもそもリーグ戦で相当数のポケモンを焼き討ちにしている。

リリースされてるジャラランガ:自分と仲間を守るため以外で人間に手を出さないように、ゾル兄さんからきちんと言い含められている。ジャラランガもゾル兄さんを群れのボス()と認めているので、言うことは聞く。というか、聞かなかったらインファイト(ゾルディックエディション)されると思っている。



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