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チャレンジャーは待ち構えられる
萌え 2022/01/03 22:35


・ゾル兄さん:ガラルのすがた。
・ナックルシティのジムチャレンジ





 スパイクタウンからナックルシティに戻るのは結構簡単だ。そこから伸びる直線道路――ルートナイントンネルは完全に舗装されているので、ただそこを歩いていけばいい。もし原作主人公がいたら、ガラルリーグも終盤なので所持しているであろう自転車を使う、サイクリングロードに適した楽々快適な道である。俺はもちろん自転車を持っていないし購入する気もないので、のんびり歩いていくだけだ。その気になれば走るだけで車並みの速度出せる身なので、自転車はむしろ二本足の下位互換……いや、ヤベー速力出す足でペダル漕いだらエグイことになるかもしれない。そこまでして急ぐ理由はどこにもないのでやらないが。俺の先を行くマクワをうっかり追い抜いたら色々と拙いし、ゾルディックで鍛えられた反射神経があれば事故ることは早々ないだろうが、うっかり野生のポケモンを轢き殺したら困る。うっかり属性はそうそう発揮するものではない。ちなみに俺は、自転車ならぬバイクの運転技術には少しばかり自信がある。学校に勤めていた時代は実家から通勤していた都合上、毎日ククルーマウンテン(富士山級)をバイクで上り下りしていたのだ。あの曲がりくねった道で通勤RTA(タイムアタック)した日々が懐かしい。法定速度? ま、町ではちゃんと守ってるし人前ではやってないから許して……。あの山を真面目にバイクで通っていたら時間が掛かって仕方なかったので……。

 そんなわけでゾルディック印の健脚を駆使し、何のトラブルもなく俺はナックルシティまで戻って来た。道中で気になったポケモンと言えば、ニャオニクスなるフワフワにゃんこポケモンだろうか。草むらの影からじーっと俺を観察している様子がとても可愛らしかった。プライドが高そうなすらっとしたにゃんこポケモンのレパルダスも美人だったし、ニャースの進化形であるニャイキングはとても山賊を極めていた。名前の元であろうバイキングは海賊行為を彷彿とさせる言葉でもあるので、方向性は合っていると思う。何にせよ猫が豊富で大変よろしい。そんなことを考えている俺の手持ちは、シャンデリアとかぬいぐるみとかトカゲだが。深刻な哺乳類不足である。真面目にモフる相手がいない。いや、ぬいぐるみで感触を誤魔化せるかもしれない、多分。

 ナックルシティに戻ってきた俺は早速自宅に戻って荷物を下ろすと、まずはテオさんに会いに行った。テオさんには開口一番で「旅先でも服を買いなさいって言ったよね!」と怒られた。現地で新しい服を購入する様子がほぼなく、ジムチャレンジ当初から数種類を着回していたからだろう。旅先で荷物を増やせないという言い訳は、増えた荷物はこちらに送れというテオさんの心優しい言葉で封殺されている。要はモデルなら色んな服をかっこよく着こなしてくれと怒られたのである。服ではなく食い物にばかり興味を示していてすみません。お陰様でマクワとは仲良しになりました。モテ男度はあっちのほうが遥かに高いけどな! 俺のファンクラブなんて微塵も聞いたことがない。

 なお、テオさんにはバウタウン特産の魚の干物セットを渡した。「君、ずっと干物背負って旅してたの?」と絶望した目を向けられたのが解せない。いいじゃないか干物。一度ナックルシティに戻った時にテオさんに渡し忘れたので、土産分は確保した上で道中で時々炙って齧ってたわ。酒が欲しくなるいいお味だった。そのせいで一時期、海産物系ポケモンが全部食い物に見えてしまった(水族館の魚が食い物に見える奴あるあるだと思う)。特にカマスジョーとかいう1m超の魚ポケモンは完全に焼き物用の食材だった。ロトムの解説によると100ノット(=時速185.2km)で突撃してくるらしいが、それはつまり高速で食材がやってくるということである。実際とても美味しいらしいので、野生のウッウとかいう鳥ポケモンと魚獲り対決になりかけたこともあった。ウッウの狙いはカマスジョーの進化前であるサシカマスだったので、「こいつ正気?」と言いたげな顔をされたが。すっとぼけた顔の鳥にそんな表情をされると腹立たしいのでやめていただきたい。さすがにギャラドスを釣って食おうとはしてないから全然セーフだと思う。なお、手掴みで獲ったカマスジョーはきちんと焼いて手持ちと一緒に美味しくいただきました。

 そんなこんなでナックルシティに戻ってから二日後、俺はスタジアムに足を踏み入れた。スタジアムの傍には人だかりができており、たまに俺に気付いたポケモンリーグファンが「ルイ選手頑張って!」と声を掛けてくれる。優しい。リーグも終盤になると、選手の名前と顔を覚えてくれる人が増えてくるようだ。スタジアムの受付に立っていた男性ジムトレーナーに声を掛けたところ何故かギョッとした顔をされたので、妙な覚え方をされているような気もするが。

 ナックルシティジムでのジムチャレンジは、街にある歴史的資料の保管所――通称宝物庫で行われているため、スタジアムで受付をしてからそちらに移動となった。貴重な資料の保管所でやることだろうかと思ったが、チャレンジ用に使うスペースはきちんとあるらしい。

 ジムチャレンジ期間中は一時的に関係者以外立ち入り禁止にされているのか、宝物庫の中に観光客はいなかった。その代わりにジムトレーナー3人を従えたキバナが、満面の笑顔で仁王立ちしている。ちょっと帰りたくなったのは本人には言わない方がいいだろう。

「ルイ! 待ってたぜ!!」

 陽キャの眩しすぎる笑顔の圧が重い。ジムトレーナー全員が眼鏡をかけているのは笑顔で目が潰れるのを防ぐためかもしれない。とりあえずジムバッジを制覇できたらテオさんが喜ぶかな、という軽い気持ちでナックルシティまで戻って来たの俺にはあまりにも居心地がよろしくない笑顔だ。いや実は予想外に勝ち進んでいるので、もう一つちょっとした目的ができたが。

「歓迎ありがとう。ところで俺をユニフォーム姿で町中を移動させた恨みは忘れない」

「いつも通り似合ってねぇから気にすんな! オレさまの時もあまり似合ってなかったしよ」

 ……そうか。キバナにもチャレンジャー時代があったんだよな。恐らく10年くらいは前の話なので、今ほどゴツイ姿ではないだろうが……似合わなかったのか……。それなら仕方が――なくないぞ。こいつが俺を晒しものにしたのは変わりがない。ガラル全域でリーグ戦を放映されているので、今更と言えば今更ではあるが、知り合いにリアルでクソダサユニフォーム姿を見られるのはちょっと恥ずかしい。

「つーか来るのおせーぞ! 一昨日着いたなら昨日来いよな!」

 何故着いた時期を知っているかと言えば、キバナが「そろそろナックルシティに着くよな!」とスマホロトムで連絡を取って来たからである。どれだけ楽しみにしてたんだよ照れるだろ(照れてない)。

「悪い、喫茶店に行ってて」

「嘘だろ???」

 嘘ではない。バトルカフェのヨウジさんにお土産を届けた後、ダブルバトルの相手をしてもらった。最初に俺にダブルバトルをまともに教えようとしたのはキバナなので、それをやらされる気がしたのだ。そうでなくとも、キバナはジムリーダーの中でもダブルバトルの実力がトップクラスと有名だとか。とか何とかそういうことを喫茶店のお客さんからネタバレされまくりだったので大変ありがたかった。ルイ選手頑張ってと言われると、こう……応援されるプリキュアの気持ちが分かった気がしないでもない。嘘です誰も光る魔法の杖振ってなかったし小さいお友達はキバナの格好良いドラゴンポケモン大好き勢だった。どちらかと言うと大きい野郎のお友達が「俺の彼女がキバナ好きすぎるので倒してきてください」とか「そろそろトーナメントで新しい顔ぶれ見たいのでキバナ選手倒してください」とか「キバナ選手がルイ選手好きすぎて面白いから早く会ってきてください」とか……一番最後はどういうことだ。キバナお前何した。最後の人には思わず問い返したが、笑うだけで教えてくれなかった。いや本当に何したキバナ。

「あとモデル事務所とかバイト先にお土産持っていったり」

「もっとオレさまの優先順位上げろよ」

「大丈夫、キバナの分のお土産も買っておいたから」

「そこじゃねーけどありがとな!」

「アラベスクタウンで買った魔女の毒リンゴパイ〜マシェードの怪しげな粉を添えて〜なんだけど」

「お前、土産物のセンスねーわ」

 ネタ的にウケると思ったんだよ察してくれ。職場と違ってキバナ相手ならふざけていいと思ったから。ちなみに個包装のアップルパイで、粉砂糖がマシェードの形にまぶされているだけである。怪しげな胞子とかヤバめな白い粉とかではない。ただし、毒リンゴの名にふさわしく、食べたらしばらく舌が紫色になる。

「まあルイの優先順位が変なのは今に始まったことじゃねえし、そろそろ本題に入るか」

 そこまで変だとは思わないのだが、他のチャレンジャーよりはリーグに命懸けてる感はないと思われる。本気度もそうだが、俺の中のポケモンりーグと言えばカントー地方各地を巡って(ついでにロケット団を壊滅させつつ)チャンピオンロードからの四天王とのバトルという熾烈なルートが思い浮かぶせいだろうか。四天王に辿り着くまでのチャンピオンロードの過酷な環境を思うと、ガラル地方が如何に平和なのか、そしてマサラ人……というよりカントー地方が如何に修羅の国なのか分かろうものである。ガラル地方のリーグがカントー地方と同じ状況なら俺も不参加を考えたので、それに比べればのほほんとしていても仕方がないと思っていただきたい。

「うちのジムチャレンジは至ってシンプル。ジムトレーナー3人を相手にダブルバトルで勝ち抜くだけだ。――まずはヒトミ!」

 キバナに紹介されたのは、黒髪ショートで眼鏡が凛々しいお姉さんだった。俺と大して変わらない年頃だろう。第一印象はクールな知的美人といったところだ。

「よろしくお願いします」

 俺がそう挨拶すると、ヒトミさんの肩がぴくっと震えた。すると男性陣――キバナと眼鏡の青年がハラハラした表情になったので内心で首を傾げる。しかし彼女はどこかぎこちない様子なものの、こちらに挨拶を返してユキノオーとジャランゴを繰り出してきたので、特に追及せずに俺も手持ちを二匹場に出した。毎度おなじみシャンデラによる初手焼き討ちのお時間である。偶然一緒に出したのがミミッキュだったため、ユキノオーとジャランゴの弱点を思い切りつくことに成功してしまった。おまけにミミッキュは我が家のだいぶおかしいジャラランガを見慣れているせいか、かなり余裕をもってジャランゴの相手をしていた。

 そんなわけで割と危なげなく初戦を制した俺は、「ありがとうございます」とバトル後の無難な挨拶をした。今のバトルで特に変な挙動はさせていないはずだ。ヒトミさんは手持ちをボールにおさめると、頬と眼鏡の蔓に手をやりながら落ち着きなく俺をチラチラと見た。

「す、素敵です」

(……何が?)

 素直に捉えるならば俺のポケモンの育ち具合なのだろうが、どことなく違う気がする。すると、ヒトミさんの隣に立っていたこれまた黒髪美人のお姉さんが「ちょっとヒトミ」と見かねた様子で彼女の肩を揺すった。ハラハラしていた眼鏡の青年は誤魔化すように咳払いをし、その上司は「バトルは手を抜いてないからいいか」と謎の呟きを漏らした。

「あ〜……このヒトミはだな、お前のファンだ」

「ダウト」

「嘘じゃねーよ!!」

 思わず反射的に否定してしまったが、キバナ曰くヒトミさんは本当に俺のファンらしい。なんでも、俺がナックルシティジムに挑戦しに来るのをそれはそれは心待ちにしつつも、実際に顔を合わせるのを畏れ多く思っていたのだとか。

(こんな人実在するのか。しかも眼鏡美人)

 俺はチラシの片隅でお茶を濁す系モデルのため、当然ながらファンイベントなどない。SNSもロトムに当たり触りがない程度に任せているのでよく分かっていない。一応、俺のファンがいるらしいとはテオさんから聞いていたが、実物をまともに目の当たりにするのは初めてである。俺って本当にイケメンとして扱われていたんだという妙な感動すら覚える。俺はテオさんに「顔面はミステリアスなのに言動がコミカル」と嘆かれてばかりなので。顔面ミスリード野郎で申し訳ない。

「せっかくだから、お前が嫌じゃなければ後でヒトミにサインの一つでも書いてやってくれないか?」

「キバナ。自慢じゃないが俺は今まで賃貸契約と雇用契約の時しかサインしたことがない」

「率先してファンの期待を裏切りに行くなよ!?」

 付け加えるならば、どうにかこうにかテオさんに教えてもらいながら書いた、ミミズがのたうち回ったような非常に汚いガラル文字である。到底他人様にお見せできるような代物ではない。とりあえずヒトミさんとは、後ほど握手をさせていただくということになった。手を洗う時どうしようと悩んでいるようだが、細かいことは気にせず普通に洗っていただきたい。

 その後のバトル――もう一人の黒髪美人のレナさんと、スタジアムで受付もしていた眼鏡青年リョウタさんとのバトルも無事に勝ち抜くことが出来た。そしてリョウタさんからは何故か人外扱いされていることが判明したので(本人は隠そうとしていたが、明らかに俺を人外と言いかけていた)、ジムバトルが終わったらキバナを問い詰めようと思う。





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ゾル兄さん好きすぎるキバナ選手:SNSで兄さんの話題があると首突っ込んでくる率が高いため。優しいネット民からは「こいつルイ選手の友達になりたいんだな」と思われている(もう友達)。腐ったネット民はダンデ派とルイ派で戦争が起きる予兆を感じている(言いがかり)。



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