上司の友人は変人
萌え 2021/11/29 22:50
・ゾル兄さん:ガラルのすがた。
・リョウタ視点
・スパイクタウンからナックルシティへの移動中
先日、キバナは大層な訳知り顔で「ジャラランガは公式戦に出さない」とか何とか言っていた。ところがスパイクタウンジムリーダー・ネズとのバトルで思い切り出ている。ドヤ顔で外しててカッコワルイと言われかねない有様だが、リョウタは空気が読めるので他人に漏らさなかったし本人に指摘もしなかった。しかし、休憩室でムスッとした顔をしてハンバーガーに齧り付いている上司の姿には、さすがに零しかけた溜息を呑み込む必要があった。キバナは相棒のスマホロトムでネズ対ルイの動画を流しながら、ブツクサとどうしようもない愚痴を漏らしている。愚痴、というのだろう、多分。
「すげー楽しそうな顔してる。なんだよあの生き生きした顔。あれ絶対バトル楽しいやつ」
内容を聞くに、ジャラランガを使ったことよりもルイが(キバナ曰く)楽しそうにバトルをしている方が問題らしい。世間一般では嫉妬と表現されるような気がするが、友達が自分よりも他の人間と仲良くしているという初等科の子ども並みの内容になってしまうので、それはないと思いたい。実際のところは、たまに妙なところで常識を落としているルイ(とその手持ち)の世話を焼いてきたキバナが、子離れ染みた悲しみとバトルしたい欲が絡んだ……やはり嫉妬である。
スマホロトムの中でネズがスタンドマイクを蹴り上げ、一方のルイがニヤリと笑う。リョウタは首を傾げた。
「生き生きと言うより、凶悪と言いますか……」
なんというか、獲物を見付けた猛禽類のような感じである。その辺りの気配の豹変はバトル中のキバナにも当てはまるのだが。確かにリョウタが見てきた動画の範囲でのルイという青年は、バトル中は他のトレーナーと比べても非常に冷静だ。時折相手と会話を楽しむ余裕はあるものの、バトルそのものが心底楽しいといった表情を浮かべる姿はなかったかもしれない。滅多に見ないというレア感も手伝ってか、キバナよりも凶悪に見える。そもそも、垂れ目のキバナと違ってあちらは切れ長の吊り目なので目つきがよろしいと言えない。
キバナはリョウタが知っている中で3回目の視聴を終えると、何故か不安げな顔をした。
「アイツ、ちゃんとオレさまのところまで来るよな? 途中でやっぱいいやとかやらないよな?」
「……ネズさん相手に勝ち抜いたのですから、キバナさまのところまで来るのが普通ではないですか?」
この上司、突然何を言い出すのだろうか。
「それをたまにすっぽかすのがアイツなんだよ!“キバナならたまに顔合わせるしいいや”とか謎理論で勝手に棄権される気がする!!」
「謎というよりそれは単なる変人では」
そもそも人ですか、と喉まで出かかった言葉をギリギリで押し留める。尊敬するキバナの友人ではあるが話を聞く限り、そもそも人類の枠組みに含まれるのか甚だ疑わしい男である。
「いつでもいいと思えるほど、彼はキバナさまとバトルをしていたのですか?」
ハンバーガーの欠片を飲み込んだキバナは首を横に振った。
「いや? お遊びレベルでやったことくらいしかないな。あいつ、ダブルバトルも分かってなかったし」
子どもから老人まで知っているダブルバトルを知らないとは、どんな古代人だろうか。もしくはどんな秘境で暮らしてきた野人だろうか。
「でしたら、やはりバトルをしに来るのでは?」
「そっかー! そうだよなー! やっぱりトレーナーならバトルするもんだよなー!」
この切り替えの早さは素晴らしき長所だが、それくらいで立て直せるならそもそも悩む必要がないのでは。リョウタは喉元まで出かかった言葉をぐっと堪えた。何しろ空気が読めるので。
「ところでマクワ選手が一番乗りになるようですので、そろそろ最終調整をお願いしますね」
「おう! オレさまのポケモンたちのカッコイイところを見せつけてやるぜ」
ガラルリーグにおいて最後のジムを任されているキバナはスロースターターだ。チャレンジャーが辿り着くのは終盤になるので、調整に入る時期も必然的に遅くなる。ただし、キバナまで辿り着くほんの一握りのチャレンジャーは強豪揃いなので、たとえ本戦ではないジムチャレンジ向けの調整であっても手は抜かない。ジム最後の砦として、ジムリーダーの強さを見せつける役割があるのだ。その姿はまさしくドラゴンストーム。宝物庫の番人たる雄々しい竜に相応しい。リョウタはそんなキバナが率いるナックルシティジムで働けることを誇りに思っている。
――思っているが、最近の上司はちょっと面倒臭いかもしれない。
+ + +
ダブルバトル知らなかった兄さん:ポケモン最初期勢の人間にダブルバトルとか言ったら「は???」となります。
古代人か野人扱いされる兄さん:いいえ異世界人です。あるいは人間界のヌケニンというかアサシンポケモンかもしれない。あく/ゴーストタイプかな?
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