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チャレンジャーは笑う
萌え 2021/11/23 22:44


・ゾル兄さん:ガラルの姿
・ネズさんとバトル





 スパイクタウンジムに挑んだのは、町に着いてから一泊した翌日午前中だった。

 スパイクタウンジムのジムチャレンジは、市街地勝ち抜きバトルだ。区切られたエリア内が迷路のようになっており、あちこちから挑みかかってくるジムトレーナーたちをクリアしながらゴールを目指す。チャレンジャーには撮影用の黒いドローンロトムが一台ついてくるので、ジムチャレンジの様子は観客にもよく分かる。このドローンロトム、通常のスタジアムではジムリーダー戦の空撮で活躍している。ポケモンが派手に巨大化するので、スマホ型より空中機動に優れたタイプの方がよりダイナミックな映像を撮影できるらしい。

 それにしても。

(うーん。屋上に上がりたい)

 実のところ、監視カメラを避けつつ町中を移動して目的地に最短ルートで辿り着く、というのは“家業の都合”で慣れている。それがつまりは「屋上って障害物が一番少ないよね」という結論である。“階段を使わず”に屋上へ上がり、そこからビルや家屋を伝って行けばいいだけだ。もちろん、一般の方が真似したら多分死ぬのでやってはいけないし、建造物侵入罪がバチバチに適用されるのでアウトだ。ガラルの倫理観は俺の知っている近代社会と似通っているので、ここでもそういう罪名はあるだろう。

 スパイクタウンは建物と建物の間が狭く密集している。その上、ジムチャレンジとして指定されたエリアは、ネオンが輝く大きな看板がせり出した作りが多く、手足を引っ掛けやすい。要は登りやすく飛び移りやすい。撮影用ドローンロトムをさらっと撒いて建物の屋上へ上がり、道中のジムトレーナーを全無視してスパイクタウンジムへ一直線に向かうのが最短ルートであるのは間違いないだろう。だがそんなことをやる意味はまるでない。顰蹙を買うだけである。そのため、頭の中で軽くマッピングしながら普通に道路を歩いて進むのが一番だ。ちなみに俺は、この程度のコンクリートジャングルで迷う心配はない。なにしろリアルジャングルで方向感覚をスパルタ調教されたので。さすがゾルディックの英才教育。どこへ出してもドン引かれる納得のカリキュラムである。

 待ち構えていたジムトレーナーは男女問わずパンクファッションに身を包んでおり、どこからどう見てもネズさんのファンだった。目一杯広げた両手には赤に近いピンクと黒の二色カラータオルがあり、俺と同年代の青年――ジムリーダーのネズさんの顔が描かれている。

「歓迎するぜ兄ちゃん! ウェルカムつじぎりだ!」

 歓迎とは。なお、吠え掛かって来たタヌキと犬のハイブリッドのようなポケモン・マッスグマは、ささっとシャンデラでしばいておいた。

 謎の歓迎の原因は俺の地毛のカラーリングと思われる。いや別に俺はネズさんのファンでも何でもないのだが、無理に否定すると話が拗れると確信しているので、苦笑するだけで流しておく。しかし勝った後にネズさんタオルを進呈されるのはちょっと困った。置き場に困るし荷物になるし、下手に人に横流しも出来ない一品だ。とりあえず「あなたにとって大切なものを受け取るなんてとんでもない」と盛大に濁しつつお断りしておいた。その後、バトルしたジムトレーナーが全員同じことをしようとしたので、断っておいて正解だった。頂くのは現金だけで充分です。

(スタジアムではなくコンサート会場では?)

 辿り着いた場所は、軽く3m以上の高さはある金網に囲まれたステージだった。ステージ中央ではネズさんと思しき青年が歌っており、ジムトレーナーだかただのファンだか分からない集団が楽し気に囃し立てている。青年はヴィジュアル系のメイクをしているせいか顔が青白く、ひょろっとした痩身も相まって不健康そうに見える。しかし、その容姿と赤と黒のユニフォームはよく似合っていた。俺はもちろんいつものクソダサユニフォームである。本当にこれどうにかならないだろうか。

 ネズさんは俺に気付くと歌をやめた。歌手を失った楽曲が流れる中、ダウナー系の眼差しが俺に向けられる。

「はあ……予想通りのハイペースですね」

(意外な敬語キャラ)

 恐らく俺とは違う、白と黒に染められた長髪をポニーテールにした彼は、しかしその口調は至って普通だった。見た目ガラ悪いキバナもあれでいて愛嬌のある世話好き青年だったので、ガラルはそういう人が多いのだろうか。え? ハンター世界? 見た目で分からないクズとか見た目通りのクズとか、見た目美少女のビスケちゃまみたいなゴリマッチョとか幅広い人種がいますが何か。

「昨日は一人、今日も一人。――ダイマックスが使えないから、シンプルな戦いになるけど。楽しんでほしいよね」

(あっ俺この人好き)

 スパイクタウンジムは立地条件が悪く、ダイマックスが使えないらしいというのは前情報で聞いていたが、ネズさんはそれをマイナスとは捉えていないらしい。ダイマックスはガラル地方ジムバトルの花形のような扱いであり、とても派手で目を惹く。だがそれができないことを“地味”というのではなく“シンプル”と表現し、バトルを楽しむことを望むのはポケモン無印プレイ勢である俺にはグッとくる。懐古厨的な主張をするわけではないが、かつてのポケモンにはダイマックスなんてシステムはなかったが、それでもバトルは楽しかった。原点回帰はいいことだし、何よりダイマックスがそこまで得意というわけでもない俺にとってはシンプルな方がやり易い。

「おれはスパイクタウンジムリーダー、あくタイプポケモンの天才! 人呼んで哀愁のネズ!」

 ネズさんはスタンドマイクを掴み、声を上げた。他の町のスタジアムと違ってナレーターや解説もついていないジムバトルのようだが、その分ジムリーダー自らが盛り上げていくスタイルのようだ。

「負けなしのおまえに黒星をくれてやるために、自慢の仲間と共に行くぜ! スパイクタウーン!!」

(う、うわ……この人、いちチャレンジャーの俺の情報を仕入れてくれてる……お気遣いさんかな)

 俺やマクワはジムバトルで負けなしの成績を保っているが、他のチャレンジャーは何回か挑んでの勝利だったりするらしい。それをわざわざ知っている辺り、キバナとは別路線のいい人の気配がする。いやここに至るまで好感以外を覚えたジムリーダーなど一人もいないが。ガラル地方のジムリーダーって人格者じゃないと務まらないのか。

 一番手に繰り出されたのは、作業着を着損ねた二足歩行の黄色いトカゲみたいな……酷いなこの特徴。ともかくそんな見た目をしたポケモンだ。

「みんなも名前を呼んでくれ! いくぜ、ズルズキン! いかくだ!!」

(その名前でいいのか!?)

 個人的にカッコイイとは言い難い名前のポケモンは、間の抜けた見た目の割に鋭くした眼光でこちらの一番手シャンデラを威嚇した。これは怯ませた相手の攻撃力を下げる効果がある特性だ。……受けたのが俺直々の特訓を受け慣れたジャラランガだったら効かなかったかもしれない。多分、俺の威嚇(という名の殺気)の方がヤバそうなので。何にせよ燃やすけどな! ズルズキンはどうやらほのおタイプが弱点だったらしく、とてもよく効いた。

 次に繰り出されたのは、青いイカを逆さにしたような、なんとも怪しげな風体のポケモンだ。ただしでかい。小柄な女性くらいの高さはある。

「特性あまのじゃく! アウトサイダーだぜカラマネロ!」

(つーか特性はバラシていくスタイルなのか)

 自分と相手の特性は技の出し方にも関わってくるので秘匿するのが一般的だが、何とも清々しい。ポケモンによってある程度持ちうる特性は限られてくるし、俺のシャンデラについてはカブさんとのバトルで特性がもらいびだとバレてはいるが。ちなみに、あまのじゃくという特性は能力の変化が逆転する効果だ。要するにバフとデバフが反転するので補助系の技の使いどころが変わってくる。何にせよ――焼きイカにするが。

 焼いたカラマネロは美味しそうな匂いがしたので、浜焼きが出来る居酒屋に行きたくなった。もちろん空気を読んで口には出さなかった。

「みんな、臭うけどいいよな! ふいうちどくどくだ、スカタンク!」

(あ、キーホルダーのやつ)

 三番目に出されたのは、ファミレスでお姉さんが欲しがっていたキーホルダーのポケモンである。思ったよりスカンク丸出しの名前だった。尻尾がふさふさしているので触りたくなるが、名前が危険すぎて触るのが恐ろしい。本家スカンクさんの必殺技は、まともに喰らったら数ヶ月は臭いが取れないらしいので、そういった類の恐怖が拭い去れない。

 シャンデラがふよふよと浮かびながらふいうち、もしくはどくどく攻撃に備える。俺の手持ちは大半が回避性能を伸ばしているので、来る技が分かっていれば大体どうにかなる――が、スカタンクの喉からつんざくような耳障りな音が飛び出した。これは“いやなおと”だ。予想外の音波攻撃を喰らったシャンデラは、怯んで防御力が下がってしまった。

 ジムリーダー自らしれっと宣言と違う技を使ってくるというのは……これはつまり、フェイントをしてもいいということか。

「――おや」

 ネズさんが瞠目する。俺がちょっとばかし凶悪な笑顔を浮かべたからだろう。

「ニヒルな笑顔はヒール(悪役)に見えるぜ」

「楽しくってつい。――シャンデラ、交代だ」

 ダイマックスのことを考えなくていいし、ポケモンへの指示は割と自由に出しても怒られない。それはものすごく楽しい。

「楽しもう、ジャラランガ」

 俺がシャンデラと入れ替えて出したのはジャラランガ。お行儀のよい公式戦に出すには不安がある手持ちだ。だがこのジムリーダー戦なら、多少の粗相ならご愛嬌と言ったところだろう。

「見たことあるぜ、噂のドラゴン。とんだ暴れ竜だ」

 動画を見たということは、俺のジャラランガの戦い方が曰くつきだと知っていることになる。

「リーグ戦に出すつもりはなかったんですけど――いいですよね?」

 俺の問いかけに対してネズさんは好戦的に笑うと、派手にスタンドマイクを蹴り上げてシャウトした。

「望むところだ、ロックに行こうぜ!!」

 スカタンクが床を蹴り一気に迫る。四つ足で小柄なため非常に低い位置から、ジグザグに床を蹴り攪乱しつつ懐に入り攻撃を仕掛けてくる。これがふいうちだろう。ジャラランガは超攻撃型に仕上げているので、攻め入られるのに弱い――ということはない。ジャラランガの間合いである至近距離(ショートレンジ)にわざわざ飛び込んでくれるのはむしろ有難い。

「カウンター(返してやれ)」

 ジャラランガが半歩引き、スカタンクの突進地点に拳を置くように動く。そのまま力強く踏み込み、スカタンクと衝突するタイミングに合わせて、手の平の手首に近い部分を使う掌底打ちを放つ。スカタンクの攻撃の威力を上乗せしたカウンター技なので、指を立てる貫手にすると威力が上がり過ぎ、小動物の頭蓋骨程度なら容易く貫通しかねないというさり気なくヤバい技である。要はトレーナー同士のバトルで使う時は必ず手加減させている技だ。スカタンクは頭突きを仕掛けてきたので、掌底との激突部位である額よりも頸骨の方が心配ではあるが、上手いこと脳震盪だけで済ませられたのでくたりとその場に倒れ込んだ。

 すぐにスカタンクがボールに収められる。ネズさんは二ッと笑うと声を張り上げた。

「ネズにはアンコールはないのだ! 歌も、技も、ポケモンも!」

 つまり次で最後のようだ。ネズさんが最後に繰り出したのは、二足歩行で人間大のクマだった。見るからに格闘できそうなポケモンであり、目つきの悪さがあくタイプっぽい。

「メンバー紹介! 腕っぷしの強さが頼もしいタチフサグマ!」

 タチフサグマは堂々とした様子で雄叫びを上げ、ジャラランガを睨み付けた。

「爪の餌食だ!」

「歌え」

 大きな手から生えた鋭い爪が、幾重もの残像を産む速さでジャラランガに襲い掛かる。一方、ジャラランガはソウルビートで迎え撃った。全身の竜鱗を震え鳴らし、大きく口を開けて咆哮する技はジャラランガの全能力を一段階引き上げることができる。おまけに、震える竜鱗は凶器同然であり、接近攻撃を仕掛けた相手に出血を強いることが可能だ。

 だが、ジャラランガのバトル動画を見ているネズさんはそれも分かっていた。

「ここで歌うのはおれたちの特権だ!」

「――下がれ!」

 俺は咄嗟に叫んだ。タチフサグマが立てた二本指で貫手を放ち、それはジャラランガの喉を正確に捉える。これは――地獄突きか。一定時間の間、音系の技を封じる効果があったはずだ。ジャラランガは全身の竜鱗を震わせて音を立てているのだが、それを行うためには大きく喉を膨らませるほど息を吸い込む必要がある。喉元の装甲鱗と、一歩引いて衝撃を和らげたお陰で戦闘続行不可能なほどのダメージは受けなかったが、しばらく鱗を使う技は封じられただろう。

「今度はこちらが懐に入る番だ」

 ジャラランガは喉を突かれて背後に仰け反った勢いのまま後方へバク転。アッパーカットのように振り上げられた尻尾の一撃を、タチフサグマは両腕をクロスして完全に防ぐ。これはブロッキングだ。だが構わない。鮮やかに着地したジャラランガは、タチフサグマに突っ込んだ。ブロッキングは連続で使い続けると失敗しやすくなる。ただし、攻撃側の防御力も下がり続ける。だからブロッキングをしている相手に対して普通はこんなに攻め立てない。それなのに容赦なく攻撃(インファイト)し続けるジャラランガは――まあ、怖いし気圧されるはずだ。最近、暴れ足りていないジャラランガも好きに攻撃しているようであるし。

 タチフサグマの動揺に気付いたネズさんがブロッキングからカウンターに切り替えさせようとしたが、その一瞬の隙が狙いだ。ブロッキングを解いた瞬間、ジャラランガの拳がタチフサグマの顎を痛打した。得意のアッパーカットだ。タチフサグマはぐるりと白目を剥いて倒れた。





「……まったく、楽しかったですよ」

「俺も、のびのびとバトルが出来て楽しかったです」

 バトル後、ジムバッジを渡しながら言うネズさんに俺も笑顔で返した。ネズさん相手なら、スタジアムに限らず屋外で自由にバトルするのも楽しいだろう。いや、他のジムリーダーも公式戦に寄せているだけで、技名で指示しなくてもポケモンに伝えられるのかもしれない。そんなことを考えていると、ネズさんがちくりと釘を刺した。

「ですがこういうバトル、行儀が良くないので他のジムではやらない方がいいですよ」

「……ですよね」

 ちょっとばかりアウトローな雰囲気のあるこのジムだから許されたのだろう、多分。





+++





ゾル兄さんとこのジャラランガは、テイルズ的に言うと集中回避とかカウンターレイドできるヤベー奴。ただし遠距離攻撃されるとあまり手が出せないのでじり貧になりがち。下手に近寄ると即死攻撃してくるので、遠距離からちまちま削られがちなボスキャラっぽいスペック。

なおこのスパイクタウン、ジムリーダーの妹可愛過ぎる罪により未来でセルフ封鎖される模様。運営方針がとてもロック。

多分この試合でゾル兄さんとネズさんのファンが増えてる。



ネズさんのセルフ手持ち紹介好きです。町おこしというかジム運営頑張ってるしポケモン愛してる感がすごい。



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