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諸伏景光は知らない
萌え 2021/10/30 02:16


・景光さん同居シリーズ
・景光さん視点





 少女と同居を始めてから時は過ぎ去り、今は10月末。世はハロウィン一色である。ハロウィン本来の意味を知っている日本人は一体何割いるのか、今時のハロウィンと言えばコスプレ祭りだ。それから少しだけ特別なお菓子。その二つの存在が大きくなっていて、細かい風習など気にする者は非常に少ない。

 そんな一年に一度のイベント前日に、同居人の少女は大きな紙袋を持って帰って来た。中身はコスプレ衣装らしい。普段着すら頓着しない少女にしてはあまりにも珍しいことだった。

「クラスメイトに誘われまして。いつも色々と誘ってくれているし、たまには応えたいなと」

 案の定、自発的ではないらしく、動機も何とも言い難い。大人びていると言えばいいのか、枯れていると言えばいいのか。ハロウィンに興味があるとか遊びたいとか、そういう可愛らしい理由ではなく、いつも誘ってくれるクラスメイトへの恩返しのように聞こえる。否、実際そうなのだろう。

「何のコスプレをするんだ?」

 それでも景光は内心でワクワクした。ハロウィンのコスプレと言えば定番のモンスターがいくつもあるが、女の子がするものといえば小悪魔や魔女といった可愛らしいものが多い。麻衣はいつも男性っぽい格好をしているので、コスプレとは言え少女めいた格好をするのは楽しみだ。絶世の美少女というわけではないが、それなりに整った愛嬌のある容姿をしているので、きっと何を着ても似合うだろう。

 そんな甘いことを考えていた景光は、麻衣が紙袋から取り出したものを見て真顔になった。

「キッドザサンフラワーちゃんです」

「待って」

 彼女が取り出したのは馬の全頭マスクだった。どこからどう見ても完璧に馬だった。デフォルメすらされていない、実にリアル調な馬だった。小さなひまわりの髪飾り、もとい耳飾りと、見覚えのある片眼鏡(モノクル)がなけなしのファンタジー要素に見えなくもない。精一杯好意的な解釈を試みた場合だが。

「これで渋谷のサラブレッドになってきます」

「オレの理解を超えてるから待って」

 情報量が多い。景光は常識的なコスプレしか知らないので、想定外の物を持ってこられてもすぐには理解できない。というより理解したくないし間違いであって欲しい。だが当の麻衣にやる気しかないのは目に見えているので、彼女は本当に明日それを被って渋谷に繰り出すだろう。

「せっかくのコスプレなので、自分ではない何かになりきろうかと」

「よりによって何で馬!?」

「人間を卒業してみました」

「卒業後の進路がおかしい!」

 景光は進路選択でぶつかり合う親子の気持ちで麻衣に挑んだ。これでも景光は公務員さんなので、可愛い娘にも堅実な道を目指していただきたい。堅実な公務員さんは血縁でもない女子高生と同居しないという根本的なツッコミができる人間はこの場にはいない。

「普通、ハロウィンと言えば小悪魔だろ! 魔女っ娘とか、猫娘とか、ナースさんとか!」

「それ以上は性癖の暴露になるのでやめた方が良いと思います」

「冷静に指摘しないで!」

 そもそも口にする前に景光は思い出すべきであったが、立派な成人男性である景光は、未だかつて下ネタ路線の話で麻衣に勝ったためしがなかった。うっかり滲み出た願望をすかさず絡み取られた景光は、真顔の女子高生に正論で腹を刺された。

「実はナースさんにお注射とかされたいタイプですか」

「指摘するなら掘り下げないで欲しいな!」

 それを認めたら性犯罪者として古巣に凱旋を果たしてしまうのでやめて欲しい。女子高生にえっちなコスプレを勧めたことになるので。

「今からでも遅くないから他のコスプレに変えよう? なんなら、キッドザサンフラワーちゃんはオレがやるから」

「キッドザサンフラワーちゃんは女の子なので女装になりますよ」

「馬マスクに女装も何もないよね!?」

 むしろ首から下の印象など馬に全て持っていかれるのではないかと思われる。だが景光はふと思った。女装と言い切るのなら、そう言える衣装を身に付ける余地があるのではないかと。

「……もしかして、マスク以外はドレスアップをするとか?」

 麻衣は紙袋から安っぽいペラペラ生地の白いタキシードを取り出した。

「ド〇キで購入した激安キッド様セットです」

「女装って言ったのに!!」

 景光は血を吐く思いで叫んだ。そろそろお隣さんから怒りの壁ドンをかまされそうだが、幸いにも本日のお隣さんは家までお迎えに来た美女とデート中なので不在である。お隣さんを迎えに来る美女の顔ぶれが毎日違うのはとても気になるが、今のところ麻衣に絡んでいる様子はないので問題ない。

「唯さんご所望のえっちなナースさんセットとか夜の小悪魔ちゃんセットも激安で売ってましたよ」

「失言だと認めるから抉らないでくれると嬉しい」

「男性用サイズの話です」

「オレがそっちを着る流れだった???」

 そういう流れではなかったと思われる。だがやはりこの手の話題で麻衣に勝ったためしがないので、口で負けた景光は潔くごめんなさいをする羽目になった。結局のところ、コスプレであっても麻衣は可愛らしい衣装を着たくなかったらしい。その部分で景光と対立しているのは既に分かり切っているので、しっかりやり返されたのだろう。最近では勝てないくらいがちょうどいいと諦め半分で思うようにすらなっていたので、景光は麻衣の可愛らしいハロウィン衣装姿を断念した。

 明日馬と化す麻衣は、SPRのバイト後にクラスメイトと落ち合う予定のようだ。バイト後となると、暗くなる時間まで遊ぶつもりに違いない。高校生なのであまり強く小言を言う気はないが、やたらと妙な輩に絡まれる麻衣なので遅くまで出歩いて欲しくもない。普段はクラスメイトと遊ぶ様子がないので、思う存分楽しんでも欲しいけれども。

 景光は少しだけ考えて、麻衣を釣ることにした。景光にも麻衣に対する勝率が高いものがある。

「明日は遅くならないうちに帰っておいで。美味しいものを作って待ってるから」

「……! 寄り道しないで帰ってきます」

 麻衣は大体これで秒殺できると景光は学んでいる。今回もそのようだ。せっかくなのでハロウィン仕様のご馳走に挑戦でもしてみようか、と景光は考えた。彼女は大抵のものを美味しい美味しいと食べてくれるので、作り甲斐がある。

 そんなことを思っていると、麻衣がふと遠い目をした。

「その方がハロウィン仕様の変態に絡まれなくて済みそうですし」

「……本当に早く帰っておいで」

 トランプ銃でも持たせた方が良いのかもしれない、と景光は一瞬本気で考えた。



+ + +



諸伏景光は(うまぴょいを)知らない。
キッドザサンフラワーちゃん:マジでコナン世界にいる競走馬。某劇場版を彷彿とさせる名前だなと思いました。女の子かどうかは不明です。
なお兄さんは怪盗キッドが割と好き(まじっく快斗購読済みで、怪盗の目的も知っているので関わりたくはない)。



なお、麻衣兄さんはクラスメイトのことを友人と口に出すことはあまりないです(場の空気を読んで言うことはある)。一種の線引きですが、景光さんは気付いていません。
そして分かってるリドル君はにっこり。でも本人にはやっぱり言わない。



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