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仏の顔は未実装
萌え 2021/10/09 00:50


・念能力麻衣兄さん
・原作3巻「乙女ノ祈り」後
・SPR事務所での話





 幽霊屋敷はともかく、呪いパラダイス学校でナル君を守ろうと体を張ったのはアウトだったらしい。調査現場でのお説教と探り合いで一通り終わったかと油断していたが、依頼完了から数日後に俺はリンさんにお呼び出しを食らった。お呼び出しとは言っても、ナル君が所長室に引っ込んでしばらくは出てこないだろうというタイミングを狙って話しかけられただけではあるが。それでも、ナル君には話を聞かれないであろうタイミングを狙っているのは明白なので、彼なりに気を遣ってくれたのは確かだ。

 このリンという男は基本的に喋らないが、必要と判断した時は流暢につらつらと語る。俺が入職して数ヶ月経ったからか、あるいは腹を(それなりに)割って話した甲斐があったのか、出会った当初よりは随分話すようになっている。とはいえ、雑談をする仲ではまったくないし、そういう仲になる見込みもない。それでも、俺が絡めば答えを返してくれるようにはなったので大いなる進歩だ。

 だから、彼のデスクの傍で首を傾げる俺に対してされた提案は、その進歩の結果なのだろう。俺が小柄なのとリンの上背があるせいで、オフィスチェアに腰かけていても立っている俺より僅かに下の高さにある隻眼が、すっと細められた。

「あなたは護身の方法を知った方が良い」

 俺がそっと握り拳を差し出すと、「真っ当な方法で」と付け加えられた。念能力式の説得(肉体言語)はダメらしい。

「あなたにナルへの悪意がないことはよく分かりましたし、むしろ世話を焼こうとさえしているのは理解しました。ただ、自分を盾にしようとするのは控えなさい」

 上から目線、ではなく大人目線である。子ども扱いされているということだが、二十代後半と思しきリンと高校生の俺では当然のことであるし、それ以前に分かりやすく子ども扱いしてくるのはリンにしては珍しい。今までリン相手には武力(筋力)を割と前面に出してきたつもりではあるが、それでも彼にとっては保護対象に入ったということだろうか。

「自分を盾にしようとは思っていませんが」

「傍から見ればそうとしか思えません」

 つまりは危なっかしいということだろう。正直に申し上げると、俺よりもむしろ相対する幽霊さんの方が余程危ないのだが、今のところなんだかんだで幽霊を爆散させたことはない。実績がないのだから俺を危惧するのは当然ではあった。

「簡単な護身法を教えますから、自分で練習してください」

「……いいんですか?」

 自分の持つ技術を教えるということは、すなわち情報の漏洩に繋がりかねない。その辺りは出来る限り秘匿したそうな気配があるリンが、わざわざ俺に教えてくれるとは思ってもみなかった。

「ええ。あなたは直接攻撃する以外の手段を持ちなさい」

 ……返す言葉もない。

 そんなわけで、俺は簡単護身法をリンから習うことになった。といっても本当に簡単だ。短い言葉と簡単な動作だけである。

「あなたには九字を教えようと思います」

 そう言って教えられたのは、臨兵闘者 皆陣列前行(りん・ぴょう・とう・しゃ・かい・じん・れつ・ぜん・ぎょう)と唱えながら立てた二本指で格子状に切る(縦横法というらしい)ものだ。いわゆる九字切りである(本当は六甲秘呪というとか)。結構有名なので、知っている人も多いだろう。

「あっそれ聞いたことあります。忍者っぽい」

「忍者……。中国から日本に伝わるにあたって、その忍者に行きついたのかもしれません」

 多分、俺の知識は伊賀忍者とかその辺りだろう。某金髪忍者の忍術元ネタ的な意味ではない。

「でもそれ、臨兵闘者皆陣“烈在前(れつ・ざい・ぜん)”って聞いた気がします」

「九字にも複数あります。それは変形したものでしょう」

「それじゃあ、リンさんの方が元祖ってことですか」

「そういうことです」

 九字にも色々あるらしい。元祖九字以外にも、宗教の違いで変わってくるのだとか。真言宗とか色々あるらしいので、ぼーさんに聞いても教えてもらえそうだ。

「どういう意味なんですか」

「臨む兵、闘う者、皆陣列べて前を行く」

「威嚇みたいなものですか」

 砲艦外交という単語が頭をよぎったが黙っておく。要は軍隊がいるからこっちくんな、というパワープレイと解釈することにした。

「これで退散しないようなら逃げなさい。そうでないとしても、むやみやたらと関わるものではありません」

「頼れそうならぼーさんかリンさんを頼ります」

 頼れない場面ならいざ知れずという言外の主張を察したのか、リンの眼差しが一瞬鋭くなる。だが彼は、深いため息を吐くだけに済ませたようだ。

「それから、九字を人に向けて切らないように」

「まあ、攻撃手段の一つを人に向けるのはダメですよね」

 それは素直に納得する。実際、霊にも効く念能力は人体にも影響を与える。心しておこう。

 結論から申し上げると、次の現場で早速護身法を使ってみたのだが、残念ながらうんともすんとも言わなかった。神様だか仏様だかは俺に力を貸す気がないらしい。今の俺は己の筋肉(オーラ)で殴って聞かせるしか方法がないようだ。リンに素直に報告したところ、成人男性のドン引き顔を拝むことができた。全く嬉しくない。





+ + +





本当は一つの漢字ごとに両手で印を結んでいくやつを手取り足取り教える話にするつもりでしたが、そういえばリンさんの九字にそれはないはずなのでやめました。そっちを習うならぼーさん。

なお、この兄さんはぼーさんから「ナウマク サンマンダ〜」のやつを習ったところで使えません。麻衣ちゃんじゃないからしょうがないね。

実際のところ、念能力兄さんの発は共通してHH編と同じ性能なので下手な異能力より余程ヤバい。ただ本人が使いたがらないだけ。




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