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チャレンジャーは動画を止める
萌え 2021/09/07 00:29


・ゾル兄さん:ガラルの姿
・スパイクタウンへ移動する最中





 リーグ中、チャレンジャーに禁止されている行為の中に、鉄道以外の公共交通機関の利用が挙げられる。曰く、町を巡る中で様々な環境を経験し、トレーナーとしての資質を試すと同時に養う目的があるからだとか。それに伴い、リーグ中に未到達の町を目指す手段として手持ちの飛行ポケモンで空を飛ぶことも禁止されている。空を飛んでしまえば、天候や同じ飛行ポケモンの妨害を除けば、地形がどんなものであろうが楽々移動できてしまうからだ。

(つまり、ここを手持ちの飛行ポケモンに乗ってクリアするってのはなしか……)

 そんなことをわざわざ思い出しているのは、俺の目の前に広がっている流氷に彩られた入り江のせいである。

 キルクスタウンから次のスパイクタウンを目指すには、町の南東から伸びる9番道路を通る必要があるのだが、その先はキルクスの入り江と呼ばれる広い水辺に繋がっている。水辺というか、流氷が点在する海の一部である。寒いのは分かり切っていたので、キルクスタウンを出る時には厚手のモッズコートをしっかり着込んだのだが、それでも場違い感が半端ないレベルの景色が広がっている。シロクマやペンギンが暮らしていそうな場所に町中でうろつく程度の装備で来たと言えば、俺の格好のやっちまった感を分かっていただけるだろうか。実際のところ、俺は常人よりも頑丈にできているし暑さ寒さにも耐性があるので、動きやすさを考えればこれ以上の重ね着はしない方が良かったりするのだが。

 そんな環境であり、事前にキルクスタウンで軽く調べたところ、正式なルートは大きく円形に抉れた水辺のど真ん中を、時折浮かぶ流氷や小島を経由しながら突っ切るものらしい。つまり、何らかの手段で海を渡る必要がある。水辺を泳ぐことが出来るポケモンを持っているのなら話が早いが、そうでないならちょっと困る。いくら寒いとはいえ、海の表面が凍っているのは入り江の一部であるため、歩いて渡ることはできない。それなら空を飛べばいいじゃんと言いたいところだが、それは前述の理由で禁じられている。トレーナーとして、水辺を乗り切るスキルを要求されているのだろう。現に、いわタイプ専門らしいマクワ(つまり泳げるポケモンを持たない)が攻略に詰まっているとは聞かないので、何らかの手段でここをクリアしているはずだ。

(……歩くか)

 歩くのは無理と考えた数秒後に歩くことにするとは何ぞやとツッコミが来そうだが、結局はそれが一番楽だった。幸い、体力なら売るほど有り余っている。水面を歩けないのなら、入り江沿いをぐるりと迂回する形で歩けばいいだけである。ただ、そのルートは切り立った崖や凍り付いた岩場、雪に埋もれた流氷を乗り越える必要があり、更に道中では野生のポケモンの襲撃まであるため、一般人が使うとガチの死亡ルートにしかならない。俺はリーグ中に通った場所などをロトムの力を借りまくってポケチューブ動画で配信しているが、今回は真似して死人が出るとヤバいので入り江に入る直前までにしておいた。一応、後からリーグ運営委員会から何か言われた時用に記録動画を残しておくが、わざわざ移動手段を聞かれることはないだろう。入り江の入口や中心部付近には野生の、違った地元のアマチュアトレーナーがいるようなので、飛行ポケモンを使えばほぼ確実にバレるからだ。なお、俺の行為は近隣のキルクスタウンの条例等で禁止されているわけではない。そもそも、そんなことする奴がいないので禁止しようとすら思われていないと考えられる。

 黒い手袋をした手で凍り付いた岩を掴み、足が上手く引っかかる場所を選んでひょいひょいと先へ進む。手袋をしているのは念のための凍傷防止と、手の熱で氷が融けて滑らないようにするためである。耐性があるとはいえ、寒さで指がかじかまないわけではないので、ある程度の防寒対策はしておいた方が良い。一応、ブーツも底が滑りにくい構造のものをキルクスタウンで購入している。お陰で結構行動しやすい。ちなみに、掴む場所がないときは作る。そもそも俺は正面玄関扉がクソ重いゾルディック家の長兄だ、門を開く腕力があるのだからそれに付随して握力もそれなりにある。強化系の念能力者ではないとはいえ、がっつり掴めば指で岩に穴を開けるくらいはできてしまう(できるように躾けられたとも言う)。命綱なしのロッククライミングは出来て当たり前だ。

 海面からいつ野生のポケモンが顔を出すか分からないので、崖を渡る時は安全マージンとして3m程度の高さを維持するようにしている。そのお陰か、時折ポケモンらしき生き物が海面から現れても俺には影響がなかった。少し気になったのは、針に覆われた黒いポケモンが氷の上にのそっと現れた時だ。そのポケモンはアレに似ていた。

「バフンウニ……」

「バチンウニだロト」

 俺の周囲をふよふよ浮かびながら録画しているロトムから訂正が入る。名前まで似ていたらしい。寿司が食いたいという俺の食欲を感じ取ったのか、バチンウニはそそくさと海に戻っていった。……ウニが食いたい。海鮮丼が食いたい。海辺だからその辺りで材料が泳いでいそうだ。

 たまにポケモンの気配もない小さな陸地に行き当たるので、その時は小休憩を入れる。ついでに行動食を軽く口に運び、水分補給もしておく。水分補給は言わずもがな、地味にロッククライミングで消費するカロリーを行動食でちまちま補給しておくと体が楽だ。やらなくても何とかなるが、どうせなら楽な方がいいし、珍しい景色を眺めながら物を食べるとモチベーションも上がる。片手で簡単に食べられる行動食は何種類か持ってきているが、今回食べているのはリーグ前にキバナから勧められていたプロテインバーだ。チョコレートブラウニーの味で食べやすい。ただ、匂いにつられたのか、やたら煽りスキルの高そうな顔をしたデカいリスと睨み合いになったのはいただけなかった。目の前でプロテインバーを食いつくすとすごすごと去っていったが、何故か同情心が芽生えない。芽生えたところで、野生のポケモンを餌付けするのはいかがなものかと思われるので、食料を分けることはないだろう。

 野生のポケモンとばかり遭遇しているが、かといってトレーナーを全く見かけなかったわけではない。道中、崖沿いの小島にいたトレーナーに出くわし、相手から「えっ」と言いたげな顔をされた。というか言われた。俺としては、空手家のような青い道着に裸足で立っているお前の方がおかしいと言いたかったが、空気を読んで言わなかった。このおっさんは防寒対策という言葉を知らなかったのかもしれない。ちなみに目は合ったがバトルはしなかった。互いにドン引き過ぎたのだろうか。

 しかし、その後に出会ったトレーナーのお姉さまはもっとアレな感じだった。自称人魚のお姉さまは「海に帰りたい」と明らかにおかしなことを言っていたが、そもそもこの氷に覆われた環境下で水着を装備している時点で正気ではない。思わず「帰ったら死ぬと思います」とマジレスしてしまった。ついでに海パン姿の兄ちゃんともかち合ったのだが、「泳ぎで鍛えた筋肉が全てを制する」的なことを言っていたのでつい「それでも服は着た方がいい」と真顔で言ってしまった。どうやらキルクスの入り江には変質者が集まるらしい。動画を公開しないと決めた時に限ってある意味撮れ高が半端ないとはこれ如何に。あと俺は不審者的な意味でノーカウントとしてお願いします。いや……キルクスの入り江ロッククライムチャレンジ的な動画は撮れ高しかないのはさすがに理解しているので。

 ところで、今回もゴーストタイプのポケモンに絡まれた。4m近くも体高のある巨大な錨に操舵輪がくっついた形をしたポケモン・ダダリンである。彼(彼女?)とは入り江の攻略がほぼ終わった頃に出会ったのだが、何故かソワソワしながら後ろをついてくる。何をするでもなく、付近の氷やらポケモンやらをなぎ倒しながらついてくる。いや何かしてるわ。なぎ倒すのはやめて差し上げろ。彼(彼女)には、陸地に上がって釣り人のお姉さんをなぎ倒しそうになったところでストップをかけ、「仲間にする気はありません」と言い聞かせた。ダダリンはしょんぼりした様子で海に帰って行ったが、その様子を見ていた釣り人のお姉さんは「あの子を捨てたんですか……?」と盛大に誤解をしたため、俺は慌てて誤解を解く羽目になった。捨てるどころか手持ちだったことがないんですよアイツ、完全に野生なんです。

 凍り付いた入り江を越えてしまうと、随分と寒さが和らいだ。俺は厚手のモッズコートを脱いで小脇に抱えて進む。少し歩いた先に、目的のスパイクタウンがあった。しかし何と言うか、癖のあるデザインである。町の入口に巨大シャッターがある時点でだいぶ癖が強い。シャッターは全開にされているが、その向こう側に広がっている町並みはどことなく薄暗い。美味しいグルメはあるだろうか、と俺は少し心配になった。





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ドン引きしていた道着のおっさん:原作でアイテム前にいるトレーナー。格好がおかしいと思う。本来はシャーロックホームズネタを喋ってくれる。

水着のお姉さま:原作にもいる。格好がおかしいと思う。

海パンの兄ちゃん:原作にもいる。格好がおかしいと思う。

ところで兄さんが入り江攻略動画を投稿したところで、真似するヤバい奴は非常に稀だと思われます。


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