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チャレンジャーは反抗期に付き合う
萌え 2021/07/26 22:50


・ゾル兄さん:ガラルの姿
・キルクスタウンでマクワとご飯食べる話
・マクワは反抗期





 キルクスタウンはガラルの北部に位置しており、雪深い地域だ。寒さも暑さも平気なゾルディックスペックでも、やはり温かい室内でぬくぬくしたい。昼前に雪の中の町に辿り着いた俺は、早々にリーグ指定のホテルにチェックインした。

(すげぇ雪降ってんな……)

 客室の外では、しんしんと雪が降り続いている。ああ、ポケモンバトルするより雪遊びしたい(バレると各所から叱られるので口にはしないが)。意味もなくデカい雪だるまを作りたい。そして雪遊びするよりは美味いもの食ってゴロゴロしたい。ガラルにコタツがないのが悔やまれる。カントー地方まで行かないとないのだろうか。コタツに入ってアイス食べながらジャ〇プ読むのは最早古典的様式美ですらあると思う。

 キルクスタウンに辿り着くまでに通ったのはナックルシティから続く7番道路、8番道路であるが、特に8番道路は初代知識止まりの俺にとってはあまり見慣れないポケモンが目白押しだった。そもそも8番道路は「道路?」と首を傾げたくなるような岩場の間を縫う道となっており、そんな環境に適応したポケモンたちがホイホイ顔を出す。岩場の隙間から西洋兜のような頭を持つ巨大な芋虫(のように見える、一頭身の生き物が6匹連なったポケモン)――タイレーツがにゅっと現れた時は思わず目を瞠ったが、あちら側も似たようなリアクションを取ったのは少々物申したい。彼らは俺を見るとソワソワとお互いの顔を見合わせ、やがて「間違えました」とでも言いたげな様子でバックして元の岩穴に戻っていったのである。いや、野生なら問答無用で襲ってこいというわけではないが、人の顔を見た瞬間に帰るのはやめて欲しい。とりあえず素通りした。

 あと、個人的に気になったのは巨大な岩を背負ったヤドカリのようなポケモンである。スマホロトムによると、その名もイワパレス。……イワじゃなくてレオを付けたくなったのは俺だけではないと信じたい。背負っている岩は一か月単位で賃貸契約でもしているのだろうか。なお、イワパレスは俺と目が合った直後、シャッと手足と目を棲み処に収納してただの岩と化した。だからさ、人の顔を見て帰るのやめてもらえないか? 俺から秒で逃げたグソクムシャよりはマシかもしれないが。そしてやっぱり素通りした。

 そんなこんなで、肉体的には全く疲れていないが、精神的には疲れた気がしないでもないので、思う存分フカフカのベッドでゴロゴロしたい所存なのだ。俺よりも先にこの街についたマクワが、母親であるキルクスタウンジムリーダーのメロンさんと対決するということで異様に盛り上がっているらしいので、それが静まった頃にそっとジムチャレンジしようかと考えていることもある。仁義なき親子対決が過熱し過ぎないことを願うしかない。

 俺はラフな格好に着替えるとベッドに寝転がり、客室に備え付けられたキルクスタウンの観光案内パンフレットを引っ張り出す。文字はもちろん読めないが写真だけでもなんとなく分かるし、気になればロトムに通訳してもらえばいい。暴れないように言い聞かせた上で手持ちポケモン達をボールオフした俺は、ベッドでゴロゴロしながら行儀悪くパンフレットを眺めた。ミミッキュがいそいそと俺にくっついてくるのはいつものことなので、いつものように片手で撫でてやる。図体の割に臆病な三つ首ドラゴンが、初めて見る部屋にビビり散らして俺の服を甘噛みしてくるのもいつものことなので、いつものように脇の下に抱え込むように頭の一つをホールドしてやる。二つ目の頭が双子のように育ったゴーストドラゴンを掴んで離さないのもいつものことなので、俺は呆れ顔をしているゴーストドラゴンニキと一緒にパンフレットを見ることになった。

「温泉だと……」

 パンフレットの写真に写されていたのは、かなりの範囲にわたって広がっている足湯だった。どうやらポケモン専用らしい。写真の中ではポケモンたちが寛いだ様子で湯に浸かっている。それなら日頃のジムチャレンジで活躍している二匹を慰労ついでに連れて行こうかと考えた俺は、しかし思い留まった。

 ……シャンデラは名前で分かる通り、シャンデリアに顔が付いているような形状である。つまり足がない。足がないのにどう浸かれというのか。それに彼には青い火が灯っている。初代御三家の一角たるヒトカゲ先輩のように、火が消えたら死ぬというスペランカーな生態ではなさそうだが、あまり水場には近付けたくない気持ちがある。実際、ヒトモシ、ランプラー、シャンデラと進化を遂げるも、俺は一貫して体のお手入れは布巾で拭いてやることにしている。え? ルリナさんの時にシャンデラでごり押しした? いや、あれはホラ、当たらなければどうということはない精神でしたので。

 そしてもう一匹のミミッキュだが、あれも正直足と体の区別があるのか不明である。あのピカチュウを模した布はあくまで被り物なので、無理矢理湯に浸かろうとすると確実に本体がはみ出るし布が濡れる。本体見た奴に殺意マシマシ系ゴーストなので、足湯を勧めても嫌がられるのは目に見えていた。未だに俺にも本体を見られるのを嫌がり、布の洗濯の時は俺の懐に避難するところが変わらないくらいなのである。まあ、本体を見た奴はあまりの恐ろしさに死ぬ的な話もあるので、見せようとしないのはミミッキュの優しさかもしれない。ちなみに俺が勝手に抱いているミミッキュの中身のイメージは、「つのかくしゲーム」という漫画のモンスター達だ。可愛らしいイラストの短編集なのだが、“つのかくし”というタイトルの時点でお察しである。興味のある方は心して読んでみて欲しい。

 他に傍に居るポケモンとしてはスマホロトムが挙げられるが、奴は完全に駄目だ。足湯に浸けたらロトムが無事でもスマホが逝く。そうなると俺の懐が死ぬ。その他のポケモンはどうにかなりそうな気がしないでもないが……。

(全員揃って浸かれないなら、今回は見送った方がいいかな)

 手持ちポケモンの一部だけ足湯を堪能というのは、考えてみれば不公平かもしれない。俺はさっさと足湯に見切りをつけた。広くはなくとも、風呂なら客室にもある。

 唐突だが風呂は良い。すこぶる良い。頻繁な入浴習慣がある日本人の魂を持つ俺にとって、浴槽は大層素晴らしい逸品だ。

 ポケモン世界(というよりガラル地方だろうか)での賃貸物件風呂事情は日本とは少し違う。浴室付き物件(ただし浴槽はない)とか普通にある。逆に浴槽付き(小型ポケモン用)という物件があるのはこの世界独自の文化と言えるだろう。なお、後者の場合は「人間は銭湯に行け」との暗黙の主張がある。なお、俺がテオさんに紹介してもらったお安め物件はシャワーのみついている物件だ。そのため、チャレンジャーとして各地のホテル(キルクスタウンではホテルイオニア)の浴槽付き個室で寛げるのは大変に快適である。しかもチャレンジャーの手持ちポケモンに寛いでもらう目的もあるため、どこも広めの部屋を用意してくれている。つまり自宅より快適空間なのだ。これで宿泊費タダとか最高か。ありがとうガラルリーグ。俺はしばらくリーグの脛を齧って生きる。とはいえ、街から街へ移動する際は野宿必至であるし、リーグから貸し出されるキャンプ道具以上を揃えるにはやはり個人の財力がモノを言う。俺? その気になれば別にテントなしで立ったまま眠れるのだが、出立前にテオさんから「くれぐれも蛮族キャンパーにはなるな」と口を酸っぱくして言われたので、程々にキャンプすることにしている。でもテオさん、クールキャラってあまりキャンプ自体をする印象がないです……。誰か、クールでミステリアスなイケメンキャンパーの具体例を教えてくれ。頑張って擬態する努力くらいはしてみるから(できるとは言っていない)。

 それはさておき、北に行けば行くほど寒くなる。これは自然の摂理である。当然ながら人間の暮らしもそれに対応できるように変わってくる。料理の味付けも然り。寒さをしのぐために血圧を上げる塩味が好まれるし、アルコール度数の高い郷土酒も生まれる。塩については、海が凍って魚が獲れなかったり、寒さで野菜の収穫量が少ないため、保存食を作るために塩が大量に使われるから塩味が多いとも言う。なお、現代日本においても東北地方でそれは顕著であるが、北海道では塩が貴重だったため、むしろ砂糖文化の方が根付いているらしい。納豆に砂糖はちょっと俺には上級者向け過ぎる。

 キルクスタウンでは味が濃く温かい煮込み料理が多いようだ。せっかくなので、ランチはホテルのレストランでオックステイル・シチューを食べた。牛の尾をたっぷりの野菜やトマト、赤ワインでじっくり煮込んだ料理で、冷えた体が芯までじんわりと温まる。備え付けのパンをスープに浸して食べてももちろん美味しい。牛と言えば、近くの席に座っていたお客さんによると、ホテルから少し歩いた場所には有名なステーキハウスもあるらしい。ジムバトルが終わったらそこで食べるのもいいかもしれない。

 ……ものすごく今更だが、手持ちポケモンの食事は基本的にポケモンフーズを利用している。キバナレベルになるとポケモンの好みや体調に合わせて自作できるらしいが、俺には無理なので店売りの物をそのまま食べさせている。あとは道中で採取できる木の実や野草を与える程度だ。人間と同じものを食べられるポケモンとそうでないポケモンがいるし、毎回トレーナーと同じメニューをポケモンたちが満足できるほど用意するのは不可能に等しい。それなら最初から区別してしまった方がお互いのためということである。どうしても与えるのなら少量だけ、他の手持ちたちにも平等にということだ。

 それにしても、グルメといえばマクワだ。彼はのんびりしている俺とは違って一足先にジムチャレンジしているので、連絡しても意味がないだろう。彼が落ち着くのを待つしかない。

(マクワから連絡来ないかな)

 客室に戻った俺は、心の中で勝手にグルメマスターとお呼びしているファンサの神に、そんなしょうもない期待を寄せつつゴロゴロするのであった。暇を持て余したのか、俺の腹の上でミミッキュが踊り出した。可愛い。





 果たして、夕方頃に連絡は来た。美味い飯とセットと分かり切っているので、お誘いの応じていそいそと待ち合わせ場所に向かうと、予想と違う顔をしたマクワが待っていた。笑顔に曇りがあると言えばいいのだろうか。そんな彼は、ステーキハウスの個室に入ると(予約していたらしい。ジムチャレンジ後に行くつもりだった俺の予定は消滅した)、途端にむすっとした顔になった。どうやらご機嫌斜めのところを、人目につくからと頑張って笑顔を保っていたようだ。

 注文を済ませてから戦況を尋ねると、マクワは深々とため息をついた。

「勝ちましたよ。勝つに決まっているじゃないですか」

「あー……おめでとう?」

 ストレートに祝福していいのか迷うセリフである。しかし、勝ったこと自体は間違いなく良いことなので、とりあえず健闘を称えておいた。

 程なくして、アツアツの鉄板に乗った分厚いステーキ肉が運ばれてくる。これ、何百グラムあるのだろうか。深く考えずにおススメをポンと頼んだので量を見ていなかった。分厚い肉にするりとナイフを入れると、断面から中心部の美しい桜色が露わになる。まずは何もつけずに一口。はい美味い。噛めば噛むほど肉汁が溢れ出す。恐らく日本の和牛よりは固いだろうが、多少歯ごたえがある方が肉を食べている気がするのでそれはそれで美味しい。付け合わせのソースは片っ端から全部試してみることにする。

 一方、珍しく苛立った様子のマクワは、それでもお上品な仕草でステーキ肉を大きく切り分けて口に運んだ。

「大体、ジムリーダーはチャレンジャーに対してハンデを設けた上で戦うんです。本気を出すのは本戦か、リーグ期間外のジムバトルですよ」

 ガラル地方には、メジャーリーグとマイナーリーグがある。ガラルリーグでチャレンジャー達が巡るのはメジャーリーグで活躍するジムであり、各ジム間でもメジャーかマイナーかを決めるバトルがリーグ期間外にあるらしい。マクワはマイナーリーグに属しているいわタイプジムのトレーナーらしく、メロンさん属するこおりタイプジムをメジャーから引き摺り下ろして台頭するのを虎視眈々と狙っているとか。

「それに勝った程度であの人は……やれ立派になっただの、ああだこうだと」

(……反抗期かー……)

 何となくではあるが、言いたいことは分かる。上手く言語化しろとか、メロンさんをどうにかしろとか言われると無理だが。正直なところ、マクワが独り立ちするための通過儀礼としか思えない。マクワは既に結構人間出来てると思うので、この母親に対する苛立ちも時間で自己解決するのではなかろうか。……というのを馬鹿正直に言うものではないので、俺は話を聞くに留めた。少なくとも俺はマクワに聞き役として光栄にも選ばれたようなので、美味い飯を食べながらガス抜きに付き合うだけである。マクワの話に共感するというより、「今の自分がやるべきことをやるしかないよな=リーグを勝ち抜こうぜ」という着地点に至るまでを再確認する作業だ。結局はそれがマクワの気持ちに蹴りをつけるための最短の道のりである。

 一通り愚痴った後、マクワははっと思い出した顔になった。

「ああ、せっかくのディナーですし、僕に気にせずアルコールをどうぞ。それとも、明日に備えてやめておきます?」

 肝臓の許容量がガバガバゾルディックには無用の心配である。控えているのは明日にジムチャレンジするつもりだからではないので、俺はにっこりとした。

「それじゃあ貰おうかな。肉料理だから……赤ワインとか合うんでしたっけ?」

「そう聞きますね。残念ながら僕はまだ飲めませんが」

「大人っぽいから忘れますけど、マクワさんってまだ未成年なんですよねぇ」

 基本的に落ち着いた性格であるし、恰幅の良い見た目のせいで年齢通りには見えないがマクワは未成年である。俺がアルコールを遠慮していたのは未成年が同席しているからだ。成人していて仲が良いキバナ相手なら遠慮の欠片もなく缶を空けまくる。もちろんマクワがGOサインを出しても、彼の前ではあれほどガバガバ飲んだりはしない。未成年の前では間違いなく悪い飲み方の見本になるので。

「ええ。早く成人したいですよ」

 追加注文から間を開けずに届けられた赤ワインのグラスを恨めしそうに睨みながら、マクワは深々とため息をついたのだった。

 なお、このブチギレお食事会を通して、俺はマクワと互いを呼び捨てできる程度に仲良くなった。ありがとうお母様(絶対に本人には言えない)。





+ + +





次の話でそのカーチャンとバトルになります。
果たして菓子折りは持っていくのか? はたまたキバナの忠告通りにやめておくのか?

もしかしたらゾル兄さんが7番道路と8番道路を歩いている動画を見ている誰かの話を挟むかもしれません。



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