なお、リタイアコマンドはない。
萌え 2021/07/13 00:46
・まさかのリングフィットアドベンチャーに放り込まれた兄さん
・みんなでエクササイズしようぜ!
寝て起きたら野外だった件について。異世界はホントいい加減にして欲しい。
俺が寝転んでいたのは草木が生い茂る真昼間の森だった。色とりどりの花が咲き乱れ、紅葉のように色づいた木々は美しく、青く澄んだ空の向こうにはうっすらと山が見える。観光にはちょうどいいかもしれないが、俺は観光したくなかった。頼むから家で寝かせてくれ。
今の俺は何故かタンクトップを着ていた。下半身はスパッツ、足元はスポーツ向きのシューズという出で立ちで、今からランニングしますと言いたげな格好だ。なお、人生で一度もしたことがない服装である。インドア趣味の俺が、こんなガチガチのアウトドア装備を持っているわけがない。だがどうせ異世界だし、という言葉一つで説明がついてしまうので俺は考えるのをやめた。全裸じゃないからいいじゃん、くらいの心持ちでちょうどいいのだ。本当に全裸だったら俺はその辺の草を毟って腰ミノを作成することから始めなければならなかったのだから。
それにしてもひと気がない。周囲を見回しても誰一人としていない。見付けたのは、ベルトのようなものが巻き付いているハンドルっぽい輪っかだ。あからさまに人工物だが、何が何だか分からない。……と思っていたら、いきなり輪っかが宙に浮かんで光り出した。まるで蛍光灯である。
(……触ったらダメな奴じゃね)
そう判断した俺だが、踵を返そうとした俺の名を推定蛍光灯ハンドルに呼ばれて足を止めざるをえなかった。蛍光灯ハンドルは俺が振り返ると、低いだみ声で助けを求めてきた。ここから出してくれと頼まれたのだが、出すも何もただの蛍光灯ハンドルにしか見えないので出しようがない。蛍光灯には持ち手があるのでそこを握ればいいのだろうかと思わないでもないが、何となく持ちたくない。しかし、声は「このままだと世界がうんぬんかんぬん」と急に話の規模を広げてきた。そんなことを俺に言われても困るのだが。というか俺も帰り道が分からなくて困っているので助けて欲しい。
「頼む……この封印を解いてくれ……世界を守るためだ……」
「いや、ハサミ持ってないので無理ですね」
封印とは恐らく蛍光灯ハンドルに巻き付いているベルトだろうが、接続部分の仕組みが分からないのでほどきようがないし、素手で千切れそうなものでもない。残念ながら他を当たって欲しい。素直にそう告げたところ、「お前ならこの輪を外側に引くだけで封印を解くことができる」と無茶振りをされた。いやいや、引いたところでどうにかできる筋力の持ち主ではないので無理である。だが声の主がどうしてもと何度も頼むので、10回ほど懇願されたところで渋々やるだけやってみることにした。あまりにもひと気がない場所なので、万が一助けることが出来たら人里のある場所を聞いてみようと思ったのだ。
「あっ」
見た目に反して意外と弾性がある輪を両手で持ち、外側に向けて引いてみると、案外ベルトはあっさりと弾け飛んだ。驚いている間に蛍光灯ハンドルは俺の手から飛び出し、紫色の光を迸らせる。そうして光の中から現れたのは、俺の身の丈の何倍もある……ハイレグ仕様なレスリングスーツに身を包んだ筋肉ダルマで二足歩行の紫色のドラゴンだった。ちょっと情報量が多すぎないか?
「間抜けな奴め、まんまと騙されおったな」
いや、出してくれとしつこく頼まれたからチャレンジしてみただけであって、騙されるも何もないのだが……。だがガチムチドラゴンが楽しそうなので、水を差すのも忍びないと思った俺は黙っておいた。機嫌を損ねて踏み潰されたら困る。
このガチムチドラゴンがシャバの空気を堪能しついでに愚痴った内容によると、あの蛍光灯ハンドルが彼を閉じ込めていたらしい。「俺の力はもうすぐ完成する」だの「誰にも邪魔はさせん」だの言っているが、そもそも彼の目的は欠片も知らないし興味もない。というか根本的に説明が足りてないので誰か説明して欲しい。しかし第一村人もとい異世界ドラゴンたる彼は好き勝手に言うだけ言うと、さっさとどこかへ飛び去ってしまった。いやだから人里の場所教えてから消えてくれよ!! この恩知らずめ!
取り残された俺がボケっと空を見上げていると、今度は足元からやたらハキハキとした青年の声が響いてきた。ギョッとして振り向くと、あの蛍光灯ハンドルが琥珀色の輝きを循環させながら喋っていた。蛍光灯ハンドルには黄金色の金属製で握り拳程度の大きさの顔がくっついていた。その顔の口がパクパクと動いているのだ。俺を驚かせたことを謝罪した蛍光灯ハンドルは、その場にふわりと浮かび上がった。
「アイツはドラゴ。闇のオーラを放つドラゴンなんだ」
「……ドラコ?」
「ドラゴだよ!」
マルフォイさん家のドラコ君とは別物らしい。良かった良かった。いや一緒なワケないと一目で分かるけどな。あんなマッスルドラゴン、ドラコが100回人生をやり直してもなれるわけがない。あと別にあのガチムチドラゴンの説明は求めてないです。
「それにしても、アイツにまだあんな力が残っていたなんて……」
「はあ……」
ところで現時点で会話できたのが全部人外なのだが。人間はどこですか?
「僕はリング。よろしくね」
「これはご丁寧にどうも……。ええと、俺は×××です」
とりあえず挨拶されたので、蛍光灯ハンドル改めリングに軽く会釈する。というか名前がそのまんまだな。
「ドラゴが放っている闇のオーラは色んなものを狂わせるんだよ。このまま放っておいたら、世界が闇のオーラに包まれて大変なことになってしまう」
(……あれ。これ、もしかして俺が戦犯的な奴?)
まるで俺がラスボス魔王の封印を解いたような言葉に、背中に冷や汗が伝う。アイツに50回頼まれても無視した方が良かったらしい。会話できるからと言って目先のハンドルを掴むのではなかった。
「でも、アイツをどうにかするにも、僕だけの力では……」
(アッこれ巻き込まれる)
「そういえば……君はここの人間じゃなさそうだね」
スンッと自分の目が遠くなるのを感じる。そして状況的に頼まれたら断りづらい。急に顔を近づけてきたリングに、俺は思わず顔を引き攣らせた。一方のリングは、意外と柔らかい金属製の顔で爽やかに笑った。
「出会いとトレーニングは場所を選ばず!」
「何て???」
「ボクを両手で持ってみてくれないか? 頼むよ、悪いようにはしないから」
(ええ……)
持ちたくない。持ったら何か起きる気がする。しかし断りづらい。
仕方なく、本当に仕方なく俺はリングを両手で握った。すると、リングは急に顔をクワッとさせ、まばゆい黄金色の光を放った。そうして光が止むと……俺の頭が激しく燃え上がっていた。
「髪が燃えたァァァ!? 水! 早く水!!」
「大丈夫! これはエクササイズパワーさ!」
「俺の知ってるエクササイズじゃない!!」
「これでシンクロ完了! さあ、僕らはもう一心同体だ! 一緒にドラゴを追いかけよう!」
「協力するとは一言も言ってませんが!?!?!?」
異世界に来たと思ったらガチムチドラゴンを開放し、頭を燃やされ、何かラスボスっぽい奴を追いかけることにされている。展開が早すぎて付いていけない。
「進む道は僕が案内するよ! 共に駆け抜けよう!」
「えっ……徒歩……? あっちは飛んだのに俺は徒歩……?」
追いつくとか無理では?
しかしリングは一人で盛り上がり、俺に道を示す。物凄く納得がいかないが、このままここに居続けるわけにもいかないため、俺は渋々歩き……出そうとして、走れと言われたので走る羽目になった。歩かせろよ!! と抗議したところ、「大丈夫、筋肉は熱いうちに打てだよ!」と全く大丈夫ではないことを言われた。このリング……もしかして脳筋か?
幸か不幸か、俺の髪の炎は早々に収まった。どうやら俺が運動すればするほどリングとシンクロし、炎が燃え上がる仕組みらしい。何だそれ動きたくなくなるのだが。しかも走っているとだんだん髪が燃えてくる。歩こうとすればリングがしつこく励ましてくる。何だこれ地獄か。
森を抜けて草原に辿り着く頃には、舗装はされていないものの人工の道を歩く、もとい走ることができていた。リングが空気砲を撃てると申告してきたので、言われるがままにリングを内側に押し込んでみると、確かにそんな感じのことができた。できたが、精々草を散らす程度の威力の空気砲をどうしろと。ていうか歩かせろ。
進むほどに徐々に人工物が多くなり、やがて道を塞ぐ木製の扉に行き当たった。するとリングが「さあ、空気砲を撃って開けるんだ!」などと言ってくる。……いや普通に手で開けばいいだろ。しかし手で開けようと押したり引いたりするも、全く動かない。仕方なく空気砲を撃ってみると、大した威力もないはずなのに一発で扉が開いた。何でだよ。
道はやがて石造りの高台になった。ところどころ石像が持った輪を潜り抜けるような作りになっており、輪の手前に差し掛かると「僕を下に向けてから内側に押し込んで」と指示された。その通りにやってみると、まるでジェット噴射のように風がリングから噴き出し、ふわっと体が浮かぶ。そうやって輪を飛び越えられたのだが……普通に跨げば良いのでは? 確かに輪の高さは俺の腰ほどもあるので、乗り越えるのは少し大変ではあるけれど。
ここまでの道中でさすがに察したが、体が普段よりも軽い。いつも通りの俺だったらここまで走り続けるなんて出来ないからだ。だがハンター世界のように念能力で強化されているとかそういう感覚はなく、あくまでいつもより体が軽い程度である。疲れるものは疲れる。
さらにヒィヒィ言いながら走っていると、今度は高台から飛び降りるルートに行き当たった。普通に考えて絶対に無理な高さだが、リングは元気よく「さあ、僕を下に向けてジャンプだ!」などとぬかしてくる。
「落ちたら死ぬ!!」
「大丈夫! 君には僕が付いているよ!」
「今俺を殺そうとしてるのはそのお前だよ!!」
どうして伝わらないのか、この想い。シンクロしてるって絶対嘘だろ。俺とリングの心は全く一致している気がしない。なお、リングを使ったら軟着陸できたので死ななかった。そもそもこのルート走らせるな。
やがて立派な門の前まで辿り着いた俺は、ようやく小休憩を許された。いくら体が軽くなっているとはいえ、もう息も絶え絶えである。キツイ。つらい。やめたい。帰りたい。誰かに代わって欲しい。俺が膝に手をついて荒い息をしていると、リングが元気良く叫んだ。
「さあ、ビクトリーポーズでこれまでの運動をEXPに変えよう!」
「これ絶対ゲームだろ!!」
EXPって滅茶苦茶ゲームのパラメーターじゃねーか!! つーかこれリングフィットアドベンチャーか!
ちなみに、ビクトリーポーズとは要するにスクワットだった。俺は死んだ。
俺は知らなかった。
この世界は筋肉が至高。筋肉が全て。移動もバトルも回復アイテム作成も全部筋肉にかかっているのだと。
+ + +
なお、文章に入れられなかったセリフ↓
「腹筋ガードだ!」
「は?????」
「さあ、腹筋に押し込むんだ!」
「押し込むって……オゲェェェ」
正直、バトル部分を描写するのが一番面白そうな作品だと思います。
弟のものを借りて序盤をプレイしましたが筋肉が死にました。
みなさんも腹筋を鍛えて防御力を上げましょう。それと腹筋を鍛えたら腹筋で相手を殴れます。
あとこの兄さん、ゲームじゃなくてガチでRFAやってるので、センサー部分を最小限だけ動かすというズルが一切できない+リタイアコマンド無効な仕様です。さあ、筋肉を鍛えよ。
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