軍人の顔をした学者
萌え 2021/07/13 00:29
・ルク兄さんのところのジェイドまでザレイズにやって来た場合。
・ルク兄さんのところのジェイド視点
牙を抜かれた犬のようだ。ガルディオス伯であることを選んだらしいガイラルディア青年を見たジェイドの第一印象はそれだった。愛玩犬とまでは言わないが、かといって猟犬とも言い難い。しかし何故か犬という性質が拭えないのは、世界を違えど結局ルークの世話をしているからだろうか。
ジェイドの知るガイ・セシルは、常識人めいた笑顔の下では疑心に塗れている手負いの野犬のような男だった。マルクト帝国の皇帝であるピオニーはそれを見抜いたうえで彼に伯爵位を返還しようとしたが、当の本人が断ってくれて幸いだとジェイドは考えている。ジェイドはピオニーほど大らかではないし、ガイの忠心が帝国に全く向いていないことを重く見ている。ピオニーが健在であれば上手く扱えるのだろうが、いずれ獅子身中の虫にもなり得る男を取り込みたいとは思えなかった。もしそうなれば、彼を始末する役目はジェイドに回ってくるのだろうから、仕事を減らしたとも言える。そのため、ルークがガイを引き取ったと聞いた時は心から歓迎したのだ。願わくば、野犬から番犬に鞍替えした亡霊伯爵殿が穏便に土に還るよう、最期までその首根っこを掴んでおいて欲しい。一度飼った生き物の世話を最後までするのが飼い主の務めである。
一方で、この世界で出会ったガイラルディア青年は、マルクト貴族としての道を選んだためにルークとは離れたものの良好な関係を保っているらしい。それだけではなく、様々な人間と話して素直に笑顔を零す姿は、あまりにも自然に映った。
(随分と幸せそうな顔をしている)
彼はジェイドが見てきたガイよりよほどまっとうな神経をしていそうだ。あれなら伯爵位を返還しても、飼い犬に手を
まれるような事態にはなりにくいだろう。牙のない犬に噛まれたところで、というのもあるが。
なお、どちらがガイにとって本当に幸せなのかという疑問は、ジェイドにとっては意味がない。何しろ、ジェイドは彼に興味がないからだ。かつて共に世界を巡った仲ではあるが、それだけである。軍部や宮中で腹を探り合うお歴々よりは親しいと言えるだろうが、余暇を共にするほどでもない。それは彼がマルクトを選ぼうがキムラスカ――もとい、ルークを選ぼうが変わらなかっただろう。それは単純に、ジェイドが自分から交友関係を深めていくタイプでないことも多少は関係している。
ジェイドの親友であるピオニーも、腐れ縁であるディストも、ジェイドに対して自分から積極的に絡んでくる性質だ。幼少期からその中で過ごしてきたジェイドにとって、自分から他人に手を伸ばすことはほぼあり得ない。――例外が“本来の”ルークなのだが、彼と出会わなかったジェイドはその感覚を終ぞ知ることはなかった。激動の一年を共に過ごしたメンバーたちも例外ではない。ジェイドが知るルークとは、ピオニーのように平然と自分に話しかけてくる青年であり、ガイとヴィンセントはそもそも事務的な内容以外で話すことはほぼなかった。生体レプリカという観点から罪悪感を抱いて行動しようにも、ルークはあまりにも飄々としていて悲壮感がまるでなかったため、自発的にアクションを取る余地がなかった(取る前に向こうから来た)ということもある。……要は、例外となり得た要素を持つ青年のコミュニケーション能力が高く、アイデンティティに迷うこともないほど人格形成が完成していたため、ジェイドが自身の中で葛藤を通して変革していくはずだった過程をスキップしてしまったのだ。ルークの中の人の言葉で“成長フラグを折った”とも言う。
もちろんそんなことなど知る由もないジェイドは、淡々と二人のガイの違いを事実として認識しただけで終わった。もう一人のジェイドであればさらに思うところもあっただろうが、彼はそこまで踏み込むような心を持っていなかったのである。
そんなジェイドでも引っ掛かりを覚えるのが、もう一人のルークだ。少年はあまりにも幼かった。言動も顔つきも、何もかもがジェイドの知るルークではなかった。理屈の怪物とも言われるジェイドにとって、理屈が通じない子どもは得意な相手ではない。ルークと同じ顔で無垢な目をされると、扱いに困ってしまう。だがフォミクリーの開発者であるだけに、その姿が本来あるべきはずのレプリカルークなのだとも理解してしまった。その懸念は、元の世界にいた頃から脳の片隅にあったものではあるが。
元の世界にいる間、ジェイドはルークに尋ねられなかったことがある。“あなたは何者なのか?”という質問だ。ルークの意識は別の何かだという仮定はあったが、それを裏付ける材料が乏しかったのだ。しかしこうして別の世界の存在が実証され、刷り込みがされない本来のレプリカルークの姿を目の当たりにしてしまえば、話は変わってくる。レプリカルークの誕生当時は完成していなかった自我の擦り込み技術。それにもかかわらず完成されていたルークの自意識。存在しない筈だったルークの中の意識の原点はどこにあるのか。ジェイドの興味は随分様子の違う二人のガイではなく、専らそれであった。
傍に侍る護衛騎士のヴィンセントさえどうにかできれば、ルークと二人だけになるのは容易い。無論、異世界に限った話ではあるが。王国の権威など存在しない世界であるため、ルークの傍に居るのはヴィンセントとガイだけだ。ガイは使用人として席を外すことが少なくないし、窓のない部屋で護衛をするヴィンセントは、ルークの言葉一つで部屋のドアの前までではあるが、廊下へ遠ざけることができる。そしてジェイドは運の良いことに、マルクト帝国の軍人ではあるがルークから一定の信用を得ていた。二人きりで問題ないとルークが判断する程度に。
そうして他人の耳がない場所を作り上げたジェイドは、レンズの奥の赤い双眸を眇めた。
「――それで、あなたは誰ですか?」
キムラスカ王家の貴色と称えられる尊い新緑の瞳が見開かれる。母親似の端正な顔立ちは、苦笑に彩られても美しかった。浮かべられた表情は全く貴族らしくなかったが。
「随分はっきり聞くなぁ」
「ここには帝国も王国もないので」
人柄と能力で居場所を作り上げた青年は、しかしレプリカであるというだけで立場を危ぶまれる要素を持っている。それに加えて中身が別物かもしれないという話は、通常ならばあまりにも危険なため迂闊には口に出せない。通常ならば。
一瞬だけ閉ざされた部屋のドアを見やった青年は、口角を上げた。
「……異世界人って言ったら信じる?」
嘘をついているようにも、真実を告白しているようにも見えた。実際、ジェイドにはそれを否定することも肯定することもできない。
「反証はできそうにありませんね」
「現にこうして異世界が存在するからな」
備え付けの椅子に座っている彼は、珍しく行儀の悪い仕草で足を組んだ。膝に肘を乗せて頬杖を突くと、何気ない表情で尋ねてくる。
「知ってどうするんだ?」
「どうも。ただの知的好奇心です」
「そういうところが学者畑だよな。無神経って言われないか?」
「よく言われます」
「だと思った」
そう言って笑う青年の顔は無防備で、ルーク・フォン・ファブレではなかった。
+ + +
兄さん自体があまり他人とぶつかりたがらないところがあるので、場合によっては原作と違って人間的に成長しそびれる人が出てくると思います。ジェイドとか特に影響を受けやすい立ち位置。
ガイは成長しそびれたというより拗らせただけ。根っこが善人なだけに、周りに裏切られ過ぎて信じるのに疲れた感じです。
個人的にジェイドはルークとの交流を通して人間に近付いた人だと思っているので、ルク兄さんのところのジェイドは原作より薄情です。いえ、原作のジェイドが情が深いかというとそれはまた違いますけど。
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