諸伏景光は学ぶ−下
萌え 2021/06/14 01:32
・景光さんと麻衣兄さんの同居シリーズ
・景光さん視点
・親友がコナン世界にいる
・親友の名前は□□□***(名字・名前)
・親友のメンタルが潰れかけた豆腐
「まず」
語り出したのは□□□だ。
「困ったらとりあえず燃やす」
(放火犯の自供か?)
「もしくは埋めるか流す」
(死体の隠蔽か??)
「でも、埋めても数年後とかに出てくるらしいし、流したら余所に流れ着くから、結果的に顔も知らない他人に押し付けるだけになる。それが嫌ならどうにかして燃やす。火は強い」
(拝火教の勧誘か???)
景光は世界史の授業振りにゾロアスター教を思い出した。いや、その宗教は火そのものを崇拝しているわけではないが。
「そういえば麻衣ちゃんもたまにテルミットとか毎日家を焼こうぜとか言うよね……」
「3割はジョークです」
「7割は本気なのか!?」
とうとう我慢できなくなった景光は勢い余ってツッコんだ。しかし残念ながら、麻衣はひたすらに真顔だった。
「正直なところ、神社仏閣を頼れない時のオカルト案件の最終手段って燃やす一択なんですよね」
身も蓋もない現実である。手に負えないなら燃やせというのがオカルト業界の真理とは。景光は知る由もないが、実際はそんなことはなく、ただの一例である。言い換えれば、一例“ではある”のだが。
「理屈付けするなら、火炎崇拝って奴だと思います。色んな宗教で聖なるものとか特別なものとして捉えられているから、全方向に強いんじゃないでしょうか」
「つまりいざという時の火炎瓶は大事」
「この国には“火炎びんの使用等の処罰に関する法律”っていうものがあってね、製造も保管も運搬も所持も使用も禁じられているんだよ!」
景光は久しぶりに警察官としての法律知識を引っ張り出す羽目になった。一方、さすがに麻衣も思うところがあるのか苦笑いをしながら口を開く。
「火炎瓶はさすがに過激だからやめて欲しいし、そもそも放火って時点で重罪だけど……異界に日本国憲法って通用します?」
「治外法権……!」
ではなく、無法地帯である。景光はこめかみを押さえながら、神妙に告げた。
「……異界はともかく。刑事法第37条の違法性脱却事由にある緊急避難――“自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない”とはある。けれど正直、心霊現象相手に火炎瓶っていうのは適用されないと思うよ。つまり、火炎瓶は、ダメです」
「おお……」
□□□が感嘆の声を漏らす。麻衣も続けてにっこりとした。
「唯さんって頭いいんですね!」
高校生と大学生にキラキラした眼差しを向けられるのは悪くないのだが、向けられる理由は「火炎瓶を使ってはいけません」という小学生でも分かるお話である。いや、火炎瓶の作成まで視野に入れているのは□□□の方だけのようだが。景光は教えを乞う相手を誤ったのではないかと思い始めたが、幸か不幸か話はまだ序盤だ。前置きの段階で火刑を勧められただけである。やはり景光は知る由もないが、ここに某イギリス人少年まで居合わせていたら、さり気なく命を賭した肉壁への転職を勧められていたのでまだマシだったりする。否、悪意と殺意全開のリクルーティングと、善意しかない火炎瓶テロの勧誘のどちらがマシかは人によるかもしれない。
最終手段:燃やすはさておき、話題はもう少し現実的な手段へと移った。
□□□は、持参したリュックサックからビニール袋を出した。中には白い粉が入っていたが、もちろん違法薬物ではない。
「これは……塩か? もしかして、神社とかで貰って来た特別な物とか」
神社から譲り受けた霊験あらたかな塩を無造作にビニール袋に入れるはずもないが、景光は聞くだけ聞いてみた。景光は早くも、□□□の性格を掴みつつあった。しかし、質問に答えたのは麻衣の方だった。
「伯方の塩です」
「は」
「伯方の塩です。スーパーで普通に売ってる奴」
やはりどころか予想以上に特別感がなかった。
「本職の方に天然の粗塩の方がいいとは聞いたんですけど、こっちの方が安いので量が用意しやすいんですよね」
しかもとても経済的な理由だった。勤労苦学生と大学生に経済力があるはずもないので納得ではあるが、感情的にはあまり納得したくない。何と言うか、もう少し有難さというものを感じたかった。
「聞いたついでに盛り塩についてきちんと色々調べてみたら、海水由来の塩がいいとか、風水がどうとかあるらしいですけど……まあ、細けぇことはいいんだよってことで、これを撒けばどうにかなります。横綱の土俵入りみたいにすればいい感じです」
「□□□君に来てもらう必要あった???」
今のところはない。まるでない。スーパーで塩買って撒け。ダメなら焼け。以上。要約すると酷過ぎる。すると、麻衣は苦笑しながら弁解した。
「さすがに、本当のただの塩でどこまで効果があるかは保証できないですよ。ただの食卓塩でも、***が力を込めたものならそれなりの効果が出るんです」
「力……」
景光は□□□を見た。彼は少し考えてから、ハッとしたような顔をした。彼がちらりと麻衣を窺ってから、無駄に堂々と告げる。
「わたしがつくりました」
「あ〜〜分かった。俺にその塩を分けてくれるから、生産者の顔を教えておこうってことだな」
さながら、食品の生産者表示である。□□□さん家のすごい塩、といったところだろうか。麻衣は正解と言いたげに笑顔で頷いた。
「基本的に自分から唯さんに渡しますけど、困ったら***に直接言ってくれても大丈夫です。本人も睨んだだけである程度の“奴”を追い払える力がありますし」
「へえ、すごいな」
景光は心から感心したし、羨ましくなった。景光にはそんな素晴らしい力はない。景光はといえば、電車の網棚に乗った生首と目が合っても不気味に笑われただけだったし(真顔で下車した)、駅のホームで目が合った女性には物言いたげな顔をされたまま電車に飛び込まれたし(実体がなかったらしく電車は遅延しなかった)、踏切では目が合った老人から優しく手招きをされただけだ(もちろん老人は電車に撥ねられたが、やはり実体がなかった)。……とりあえず、景光は電車関係との相性がとてつもなく悪くなった。和解の兆しが見えないため、未だに電車で東都脱出する目途が立たない。ちなみに、レンタカーは麻衣を乗せているときは大丈夫なようだが、一人の時は怖くて試していない。事故を起こしたら洒落にならないからだ。何故、麻衣同伴なら試そうと思えたかと言うと、それだけ何度も彼女に碌でもない状況から助けられてきたからである。実際、走行中に車のリアウィンドウに赤い手形がべったりと付いた際、助手席にいた彼女は「踊り子さんには手を触れないでくださーい」と呑気に叫んだので元気が出た。出たのはいいが、そのセリフの元ネタはストリップショーでの注意事項アナウンスなので、後で景光は彼女を問い詰めた(しかし、麻衣から「ストリップショーを見に行ったことがあるんですか?」と返されて泣きそうになった)。
その後は、□□□と麻衣から塩の使い方をレクチャーされた。横綱のように撒けと言われたが、他にもお守りとして持ち歩いたり、塩の袋や岩塩を握り締めて殴ったり、部屋の四隅に盛り塩をして結界のように使うこともできるらしい。ただし、結界といって通常思い浮かべる壁のようなものではなく、ノーロープ有刺鉄線電流爆破デスマッチ仕様と言われた。何故そこでプロレスの有名なアレが出てくるのかと思ったが、何となく言いたいことは分かった。分かってしまった。霊が嫌がるというより、触ると物凄く痛がるタイプなのだろう。そして、塩分を含んでいるといっても、醤油は聖水代わりにできなかったと言われた。そもそもそんな発想がないと返しておいた。
一通り説明が終わったところで、麻衣が***に空になったグラスを差し出した。
「***、何かうまそうなの入れてきて」
「ん」
なかなかに雑なおねだりだが、□□□は気にしていないようで、あっさりとグラスを持って席を立つ。そうして□□□をドリンクバーコーナーに追いやった麻衣は、景光に微笑んだ。
「あいつ、霊能力のことあっさり喋ってるように見えますけど、普段は喋らないんですよ。そういうことと関わらない人間には、絶対に口を開かない。言ったって、信じてもらえないですから」
「……そうだな」
景光だって、麻衣やその類の関係者以外には言う気がない。幼馴染にだって言えるか分からない。人ではないものが身近にいるというのは、実際に体験した者にしか分からない恐怖がある。視えない人間にとっては、いないのが常識だ。無理に理解を求めたところで、爪弾きにあうだけだろう。幼馴染ならそんなことはしないだろうが、心配されて病院に放り込まれるのがオチだ。
「元々視えない人間だったのに、ある日急に視えるし聞こえるようになったんです。そうなったばかりの頃は本当に動揺が酷くて。……唯さんも、元は視えない人でしょう? だから、あいつの気持ちが少し分かってくれるかなって」
肝が据わった、あまり動じなさそうな青年に見えたのだが、実はそうではなかったらしい。意外だったが、景光は何となく彼らの関係性が分かった気がした。
「無理に仲良くしろとは言わないので、もし機会があったら時々気にしてやってくれませんか?」
精神的に守る麻衣と、肉体的に守る□□□。そうやって持ちつ持たれつなのだろう。麻衣が強い精神力の持ち主だと知っていたが、他者への包容力のある姿を見せられると、改めて彼女が年齢に見合わず大人びていると再認識する。穏やかに微笑む彼女からは、守られるだけに留まらない強さが垣間見えた。
「悪い人間には見えないし、時々見ておくよ」
そう返事をすると、麻衣はほっとしたように目尻を下げた。
□□□が戻ってくると、麻衣はほぼ入れ替わりで席を立った。トイレだというが、わざとなのだろう。景光としても□□□と二人で話すのは願ってもないので、彼に話題を振ることにした。……無言の場が耐えかねたわけではない。
「□□□君は、どうして麻衣ちゃんと同居したいんだ?」
「一緒の方が安心するし楽しい、です」
そう言って、彼はじっと景光を見つめる。景光は内心で首を傾げた。彼は無意識に“安心する”ことを一番の理由に挙げた。それは景光を男と認識して、麻衣に手を出されることを心配しているからというようには見えない。むしろ、自分の不安を和らげるためのようなズレを感じる。
(そういえば、視えるようになったばかりの頃は酷かったって言ってたな)
仲が良いだけの友人、という判断は早計かもしれない。
「でも、何と言うか……オレが居たら邪魔じゃないか?」
「あなたには、本当に感謝しています。あいつの家が燃えた時に助けてくれたと聞きました」
……助けた、というのだろうか。景光は公安部の佐枝の情報に従って、路頭に迷おうとしていた彼女に声を掛けて都合よく連れ去ったようなものだ。景光がやらなければ、彼女に目を付けていた佐枝か他の公安刑事がやっていただろう。将来の協力者に、という意図もあって手を伸ばしたのだから、純粋に助けたとは言い難いのかもしれない。
「助けられなかったら、今頃あいつがどうなっていたか分からない……」
だが、景光はそんな自身の思考よりも目の前の青年の肩に目を奪われた。彼は俯き、テーブルの下で両手を組んでいるが、肩が僅かに震えている。組み合わせた指は、恐らく白くなるほど握り締められているだろう。
それは恐怖だ。まるで麻衣に何かがあれば自分もどうにかなってしまうとでも言いたげな、寄る辺のない不安と恐怖に追い詰められた憐れな青年が目の前に座っていた。
「だから、本当に、ありがとうございます。あなたのことは、信用しています」
ゆっくりと上げられた□□□の双眸は、縋るような光を帯びていた。
(……危うい)
世界の中心には麻衣がいて、その彼女を守ってくれたから景光が信用できる。そんな馬鹿げた理屈でこの青年が動いていることを景光は理解してしまった。景光は幼馴染のことを大親友だと思っているが、彼に対してそんな感情を持ったことはただの一度もない。だからと言ってそれを他人にも当てはめようとは思わないが、それでも□□□の価値観があまりにも脆弱なことは確信できた。もしかすると、麻衣はそれを理解していて、少しでも彼の世界を広げようとして景光を紹介したのだろうか。
「……はは。そんな、神様でも見るような目で」
「家族でもないのに、あいつを拾って、生活の面倒を見てくれている。“普通じゃない”のは分かります」
(だよなぁ)
そう、普通の事情ではない。だから景光は麻衣の面倒を見て恩を売りつけている。だが□□□はそれを追及する気はまるでないようだった。
「でも、どうでもいい。あいつが無事で、あなたを信用している。それだけで十分です」
「そう、か……」
それは一種の信仰だった。神への作法に疎いらしい彼は、代わりに親友に信仰心を捧げているかのようだ。確かに彼女の精神は強い。景光とて何度も助けられた。恐らく、景光や□□□以外にも助けられた人間はいるだろう。それでも、彼女も一人の人間だ。頼られてばかりではいつか潰れてしまう。
(麻衣ちゃんの心は誰が護るんだ)
いつだって怖いと泣くことがなかった少女は、本当は泣くことすらできなかっただけではないのか。景光は不甲斐ない自分に気付き、見えない位置でこぶしを握り締めた。
戻って来た麻衣はいつも通りの笑顔だったが、今の景光の目にはどこか痛ましく見えた。いつか彼女に弱音を吐いてもらえるようになりたい、と願うしかなかった。
+ + +
兄さん「勘違いにもほどがある(困惑)」
別に兄さん的にはこの世界で泣くほどの目に遭ったことがないだけ。
よく考えたら、麻衣兄さんの家が燃えたら本人より親友の方がメンタルヤバそうだと気付きました。
兄さんが語る親友の幽霊に対する動揺は、どちらかというと異世界への動揺の方が比率が大きいのではぐらかしてたりします。でも嘘ではない。
親友は景光さんに対しては常に敬語というか丁寧語です。兄さんの命の恩人なので、心の底から感謝してます。
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