更新履歴・日記



諸伏景光は学ぶ−上
萌え 2021/06/14 01:28


・景光さんと麻衣兄さんの同居シリーズ
・景光さん視点
・親友がコナン世界にいる
・親友の名前は□□□***(名字・名前)
・親友のメンタルが潰れかけた豆腐





 血縁でもなんでもない、しかし不思議な縁のある少女と同居を初めて数ヶ月。違和感なく生活空間を共有し、互いへの情もある程度深まってきたように感じるようになったある夏の日。

「何だか唯さんって、目を離したら三日後には東都湾に浮かんでそうですよね」

 深まった情が気安さに繋がったのか、そもそも身も蓋もない字面に変換する能力に長けた麻衣のスキル故か。唐突にぶち込まれたオブラートをガン無視したセリフに、景光は朝食後の優雅なブラックコーヒー(インスタント)を盛大に噴いた。口腔粘膜の危機である。

「え……え……どうしたんだ急に……」

 コーヒーでびちゃびちゃになったテーブルと胸元を拭きながら景光が尋ねる。彼女ははっきりとは言葉にしなかったものの、死体になって打ち捨てられていそうという不吉すぎる意図を言外に示してくれた。そんな麻衣の表情は心配と困惑に染まっている。諦めや嫌悪でなくて良かったと思う程度には、景光は麻衣に嫌われたくなかった、任務抜きに。そのため、動揺しつつも言葉の理由を求める。

「他人のこと言えませんけど、いくらなんでも巻き込まれ過ぎじゃないですか。命がいくつあっても足りないですよ」

 おっしゃる通りである。ド直球の正論に景光は沈黙した。確かに景光は週一で何か得体の知れないものに遭遇するし、月一で大ごとに巻き込まれる。最近ではほぼ毎日、“異様なもの”をあちこちで見かけるようになってきた。麻衣と出会う前と後で、景光の世界はガラリと姿を変えてしまった。景光は彼女に命を救われた身であるし、彼女は間違いなく善良な人間であるので、恨むことなどはないが。それに、彼女は景光が見聞きした異様な物事を全て真面目に聞き、受け入れてくれる。その淡々とした受容は、景光の見る世界が妄想の類ではなく現実だと認識し、理性的に処理する助けになっていた。そうでなければ今頃、幻覚や妄想だとして自分の頭を疑っていたか、現実を受け入れられずに気が狂っていたかもしれない。あるいは、得体の知れない何かに呑まれて死んでいただろうか。

「だからそっち方面での自衛能力は必須だと思うんですけど、どうです?」

「どうですって、確かにそれはオレも欲しいけど……。剣道とか柔道を修めるとか、そういうことじゃないだろう?」

 景光は警察官だ。警察学校で身を護る術も、犯人などを制圧する術も一通り修めているし、潜入捜査の日々で技術を深めてきた。単純な自衛能力という意味では、一般人とは比べるまでもない。だが、麻衣が言う能力はそういったものではないだろう。少なくとも、呪いの人形のような代物に警棒も銃弾も効果がある気がしない。素人考えですぐに思い浮かぶのは神社仏閣でのお祓いだが、当然ながら景光は神主に連なる人間ではないし、そちらの知識もない。精々、御守りを購入するくらいではなかろうか。

 一方、厄介事慣れ……あるいは異界慣れでもしていそうな麻衣は、間違いなく景光よりずっとか弱い子どもだが、自分の身を護るなんらかの術を持っている。物怖じしない態度の理由はそれだけではなさそうだが、裏打ちの一つではあるだろう。致命傷と思しき景光の怪我を治した手段も、恐らくはその何かに関係すると思われる。もしかすると、彼女はその技術の一端を景光に開示してくれるのだろうか。そんな期待を込めて麻衣を見つめると、ブラックコーヒーを美味そうに飲んでいた彼女は苦笑した。

「多分、唯さんの期待とは違うと思いますが……親友に、ずば抜けた霊能者がいるんです。そいつの力を借りようかと」

「……麻衣ちゃんじゃないんだ。いや、もちろん、勧めてくれることに不満はないんだが」

 たかが数ヶ月ではあるが、それでも数ヶ月は同じ屋根の下で過ごし、危険な目に遭う度共に切り抜け、それなりに仲を深めてきたと思っていたのだ。自分のことは本名すら開示しない癖に、それを暗黙のまま受け入れてくれる相手に勝手な期待をしていることを景光は恥じた。それでも落胆を隠しきれなかったのか、景光の心情を察した風情の麻衣は取り繕うように言った。

「自分は霊能者ではないです。嘘とか謙遜ではなく、こう見えてオカルトは専門外なんですよ。だいぶ特殊なので、他人に教えるのは抵抗があって。いえ、唯さんが悪用するとは思ってないですけどね?」

 困らせているな、と思う。「我儘を言ってすまない」と謝罪すると、麻衣は少し言いづらそうに、しかしそれだけに本心と思しきことを吐露してくれた。

「まあ何て言うかその……運命共同体レベルの相手でないと、教えることに覚悟が要るんです。ですから、すみません」

 ――確かに、緑川唯と名乗る諸伏景光は、谷山麻衣にとっては赤の他人に等しい。お互いに恩義がある同居人とは言えるが、それだけである。景光はいつまでも彼女と一緒に居られるわけでもないし、彼女もそれを察しているだろうし望んでもいないだろう。民間人である彼女に景光が背負う事情を分け合う真似など言語道断であり、彼女も今のところ、自身の秘密を景光に委ねる様子など欠片もない。景光と麻衣は、互いの性質と精神年齢、強い理性が上手く合致したことで良い関係を築いているが、それ以上のものでは決してないのだ。

(松田やゼロならじれったくて堪らないだろうな)

 警察学校時代に、真正面から殴り合いをしていた二人組を思い出す。幼馴染は組織で探り屋としてやっていくにあたり、相手の心に入り込む術を身に付けてはいるが、本質的には松田と同じく真正面から白黒ハッキリさせたがる。

(萩原だったらもっと上手く聞き出せたのかな。もしくは班長なら、もっと頼られたのか……)

 過去に飛びそうになった思考を振り払う景光に、やや気持ちを切り替えたらしい麻衣が声色を変えた。

「それはともかく。正直なところ、霊能力だのなんだのってのは、バイト先の知り合いの坊さんに聞いた方がいいとは思うんですけど、その人にどこまで唯さんのことを言っていいものか計りかねてまして。それなら口止めしやすい親友の方がいいかなと」

 彼女なりに気を遣ってくれた結果の人選らしい。そこまでしてくれているのならば、話に乗らないのは申し訳がない。景光は笑顔で頷いた。





 親友と言われて思い浮かべていたのは、麻衣と同年代の少女の姿だ。だが実際に待ち合わせ先のファミレスに現れたのは、大学生くらいの青年だった。麻衣と景光の間くらいの年頃だろうか。つまりは、麻衣と知り合いになる経緯が全く想像つかない類の人脈からやって来ている。彼女の場合、そういう知り合いは“そちら側”関係の人間である確率が大半なので、ただの大学生に見える彼もそういうことなのだろう。

「唯さん、こっちが親友の□□□***です。***、こっちが話してた唯さん」

 麻衣から随分気安く呼ばれた□□□は、景光を見て軽く会釈した。襟足に掛かるくらいの茶髪はゆるく波打ち、優し気――あるいは軽薄そうな印象だが、硬質に整った顔立ちはむしろ真逆で、切れ長の黒い目は淡々と景光を見ていた。武骨といった言葉の方が似合うような無表情さだ。一見すると怒っているのではないかと勘違いしそうにも思える。景光がそうではないと見分けられたのは、単純に彼とは比べ物にならない程物騒で、機嫌が良くても悪くても害悪にしかならないような男(ジン)を知っているからだろう。

 □□□はボックス席に収まる麻衣の隣に当たり前のように座ると、じっと景光を見つめた。かと思うと、心なしか落胆したような目をした。

「……ずるい」

 彼はそう言うと、恨めし気な顔で景光を見る。

「俺も同居したい。ので、いいですか」

(何一つ良くない!!)

 ドストレートな主張に、景光は危うく鼻からドリンクバーのホットコーヒーを噴きそうになった。鼻腔粘膜の危機である。ギリギリのところでそれは堪え切ったが、代わりに気管に変な詰まらせ方をしたらしく、少々噎せてしまう。

「それは、どういう」

「もう同居してるなら、もう一人増えたって変わらないだろ」

 景光は問い質そうとしたが、青年は既に景光を見ていなかった。視線を向けられた麻衣は、呆れたように肩をすくめている。

「いやお前、大学が千葉だろ。通学距離が今と比べてアホみたいに長くなるから。何回乗り換えるつもりだよ。つーかこのやり取り何回目」

(距離の問題じゃないだろ!!)

 □□□の大学が都内でも同棲はなしである。仮にも保護者的立場であるので、120%反対である(ただし、自分の立場は棚上げとする)。かといって、麻衣が高校を卒業しても同棲は反対すると思われる。別に麻衣の貞操観念や危機感がガバガバだからではなく、景光は妹のように可愛がっている麻衣に、永遠のなんたら的な若干の夢を見ているのであった。……恐らく気持ち悪がられるので、本人には決して言わないと景光は固く決意している。なお、実際に言ったところで、当の本人からは「へー」程度のリアクションしか得られないことを景光は知る由もない。

「定期買う」

「そこじゃねぇから。あ、おねーさん注文いいですか?」

 あまりにも気安い。気安すぎて、男同士のやり取りに見える。男女の甘酸っぱい雰囲気など微塵もない。景光は自分が間男のような立場にならずに済んで少しほっとしたが、それ以上に二人を結ぶ関係性に首を傾げた。麻衣がウエイトレスに□□□の分の追加注文を終えたタイミングで、景光は二人に率直に尋ねた。

「……二人は、どういう関係なんだ?」

「親友です」

「親友、です」

 二人から向けられたのは、あまりにも混じりけのない笑顔だった。きっと、景光が幼馴染や警察学校時代からの友人に向けるそれと、何一つ変わりないものだ。性別も年齢も違う彼らは、確かに友情で結ばれていた。二心のある景光が申し訳ない気持ちになってしまうほど、純粋な関係性に見える。

 何はともあれ、想像以上にド健全そうな二人から、景光はゴーストバスターなスキルを教わることになった。

 ――しかし、景光はこの時点では全く想像していなかった。□□□という青年が、根本的に脳筋ゴリラであるということを。そして理解していなかった。麻衣という少女が、良くも悪くも寛大、あるいは大雑把な面があることによる弊害を。



prev | next


×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -