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ジムリーダーの幕間
萌え 2021/05/31 23:56


・ゾル兄さん:ガラルの姿
・ポプラ視点
・年の功はすごい





 ポプラは歴戦のトレーナーだ。これまで数多くのトレーナーと出会い、成長を見守り、さらには引退する場面すら見届けてきた。そのポプラから見ても、奇妙なトレーナーが今年のジムチャレンジに紛れ込んでいる。

 ルイという青年には、ジムチャレンジ開始当初から気に掛けてはいた。というのも、彼の推薦者がナックルシティでバトルカフェを経営するヨウジ――以前、アラベスクタウンジムに所属していたことのある知人だったからである。他の町にもチェーン店があるバトルカフェの経営者は、全員がフェアリータイプのポケモン使いだ。彼らはアラベスクタウンジムの所属歴と、ジムトレーナー時代から衰えないその実力から、ガラルリーグへのチャレンジャーの推薦権を持っているのだ。接客業を営んでいることもあり、人を見る目をそれなりに持つ彼からの推薦なので、最低でも序盤の難関、あるいは足切りと呼ばれるエンジンシティジムのカブまでは突破するだろうとポプラは予想していた。そしてルイはそれを裏切ることなく、さらにはポプラまで突破してのけたので、ヨウジの見る目はやはり信用できるということだろう。

 実際にジムチャレンジの場で相対してみると、ルイは見た目こそ冷たそうな青年だが、クイズに対する言動は至って普通の、何なら柔和な部類に入る。好青年と言っても差支えはないだろう。それだけに、手持ちのポケモンたちの挙動とのギャップがどうにもいただけない。

 ポケモンたちはトレーナーの鏡だ。手塩にかければ顕著に表れるし、その逆も然り。相手のバトルスタイルを見るにはまずトレーナーから観察しろとも言われるし、逆にトレーナーの人柄を知るには手持ちを見ろとも言われるくらいだ。その理屈を適用するならば、青年の言動を見る限り彼のバトルスタイルは正統派――を、少々外れさせて相手のペースを乱すことを得意とするスタイルではないかと予想された。目立った派手さはなくとも、実際に相対すると意外とやりづらい相手に分類される類である。

 しかし彼は正統派など匂わせすらしなかった。否、正道に寄せようとした努力の跡程度は見受けられたが、それだけだった。

「マタドガス、ヘドロこうげきだよ」

 小手調べとばかりにポプラが手持ちのマタドガスに毒液を吐かせると、ルイは動揺一つ見せずにシャンデラに指示を与えた。

「火炎放射」

 シャンデラは迷いなく火柱を繰り出し、ヘドロを蒸発させた。その間、前進したマタドガスはポプラの次の指示に従って体当たりを繰り出す。しかしルイはやはり冷静に「いなしてシャドーボール」と告げた。

 ポプラは内心で感嘆した。「かわす」と「いなす」はニュアンスが違う。かわすは避けることを指すが、いなすはそれを通じて攻撃側の体勢を崩すことをも指している。言うのは簡単なことだが、実際にそれを的確に指示できるトレーナーも、さらには実行できるポケモンもさほど多くない。しかもシャンデラは、マタドガスの体当たりをさらりとかわして背後を取ると、マタドガスの背中に向けて至近距離でシャドーボールを撃った。マタドガスはシャドーボールをまともに受けただけでなく、体当たりの勢いを加速させられて地面に激突するという追加ダメージまで負うこととなった。これは恐らく偶然ではなく、避け方と攻撃する方向まで計算されているだろう。何も考えずに避けて撃つだけでは、マタドガスの横っ腹に着弾させて地面への激突ダメージまで負わせないこともあり得るからだ。フィールドの床を削る勢いで激突したマタドガスは、そのまま背中に追撃を受けてあっさりと沈んだ。

 続くクチートは、相手に接触しなければまともにダメージを与えられないことを見透かされたのだろう。マタドガスのような接近すらさせてもらえず、相性の悪い炎に焼かれて敗れた。後続のトゲキッスを出すと、彼はシャンデラを下がらせてミミッキュを繰り出す。……恐らく、シャンデラのままでも戦えたのではないだろうかとポプラは感じたが、特に言及しようとは思わなかった。

 それにしても、一貫してあまりにも容赦がない戦い方だ。淡々と相手の動きを観察し、本来であれば対戦相手を上回るスピードを持つポケモンたちに、そのスピードをもって被弾しない位置取りをさせ、カウンター的な運用で急所を突く。だからと言ってこちらが待ちの姿勢を取れば、ミミッキュならば攻撃力を上げさせ、シャンデラならばフィールドを囲うように炎を操り、こちらを確殺するための牙を研いでくる。はっきり言ってしまえばえげつないやり口だ。いや、えげつなく獲物を狩る手練手管を、辛うじて他人に見せられる程度まで落とし込み、外付けの倫理観で囲って誤魔化したような違和感がある。指示の出し方も、冷静に“なり過ぎる”のを抑えているような、奇妙な感覚を覚えた。

(あれは……カタギの動きじゃない)

 ポケモンのバトルスタイルには、トレーナーの人柄だけでなく所属の性質も出る。警察組織ならば制圧的な、あるいは市民を守る盾となるために攻撃を耐え抜く強靭さがあるし、特殊部隊ならば逆に突き抜けた攻撃力や迅速さ、医療系ならば回復系の技や耐久力を上げる技、その場から安全に逃れることを優先した動きをする。その視点から見ると、ルイは真っ当ではない。真っ当な振りをした、けれど後ろ暗い仕事に慣れた軍人のような何かだ。

(クイズの答え方は、まともと言うか……可愛げがあるんだけどねぇ)

 バトル中は静かな真顔でいることが多いルイだが、彼はポプラの出題に対して表情をふにゃりと崩す。今もまたポプラの年齢を問われ、整った顔立ちを困ったように緩めた。実際、困ってはいるのだろう。基本的に真顔か笑顔のどちらかを通して、案外内心を悟らせない青年のようだが、困惑させようとして出題するポプラの思惑通りに反応する辺りは素直だ。自覚があるかは不明だが、背が高い癖におずおずと上目遣いで「じゅ、16歳……?」と様子を窺うように回答する姿は最早あざとい。スタジアムの観客にはチャレンジャーを応援する者も多く、中でもルイに心を射止められている小娘共が黄色い声を上げるのも分かる。分かるが、ポプラとしては尻を叩きたくなる態度でもある。

「もっと自然に答えな! まったく、甲斐性がないねぇ!」

 そう言ってやると、ルイは「怒られた!」と言わんばかりの様子でピンと背筋を伸ばした。彼に尻尾が生えていたら、股の間に挟まっているだろう。その様子は訓練された軍用犬というよりも、愛され慣れた室内犬に見える。さすがに毒気を抜かれたポプラは、彼のミミッキュを強化してやった。結局ポプラとしても、若い男に16歳と言われて悪い気はしないのである。少なくとも、馬鹿正直に答えて得意げな顔をするどこぞのナックルシティの現ジムリーダーよりは、よほどまともな回答であった。

 最終的に、ポプラは負けた。負けたことに対してはさほど悔しいとは思っていない。そもそもジムチャレンジ用に調整されたメンバーであるし、最後のトーナメント戦まで辿り着いても遜色ない実力の持ち主であることは早々に理解していた。バトルスタイルから垣間見える顔と、クイズから見える顔のギャップがあまりにも大きいが、ベースと思われる人柄は善良だ。現時点では見守る姿勢でも特に問題は起こらないだろう。

 バトル後、スタジアムの控室に戻ったポプラは、ジムトレーナーたちがスマホロトムを囲んで和んでいる姿を見付けた。

「あらぁ、可愛いわねぇ」

「こんな孫がいたらあちこちに自慢しちゃうわ」

 彼女たちが囲むスマホロトムの画面には、対戦したばかりの青年二人――マクワとルイのツーショットが映っていた。美味しそうなパスタを挟み、サングラスを外して好青年らしい笑顔を見せるマクワと、ズレたサングラスから覗く目尻を染めて照れくさそうに微笑むルイの姿は、どこにでもいそうな友人同士だった。プライベートを切り取った画は、やはり善良でしかない。

 さらに苦笑するルイと不敵な笑みを浮かべたキバナのツーショット写真がネット上に出回るのは、数か月先の話である。



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