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ザレイズに突っ込まれたルク兄さん5
萌え 2021/04/12 23:45


・手は知っている。





 爪のお手入れなるものは、単純に爪を切って終了ではないらしい。そんなことを俺は異世界で知らされた。

 根本的な違いとして爪切りは使わない。専用のやすりが数種類あるので、それを使い分けて丁寧に削るのだ。その時点で俺はギブアップした。爪やすりを使う方法を知ってはいたが、時間と手間が掛かり過ぎてやっていられない。おまけに、爪を短くする以外にも大変手を加えられる。手始めに心地よい温度に温められたタオルで手指を包み込まれ、爪を柔らかくする。香料を少し含ませたタオルはとても良い香りがするので、その時点で俺はいつも寝そうになる。それから優しく指先をマッサージされ、クリームを塗られた後に甘皮なるものを除去される。クリームを拭い取った後は、ほのかに花の香りがするオイルを爪に塗られてようやく終了となる。……なお、これらは全てファブレ公爵邸の可愛いメイドさんにより、手足両方を処理される。当初は恥ずかしくて死にそうになったが、メイドさんがとても楽しそうにしているので最近は無の境地で受け入れていた。小さな抵抗として、「男なので花の香りはちょっと」と訴えたことがあるが、ものすごく悲しそうな顔をされたので秒で諦めた。俺は公爵子息(中身庶民)であって公爵令嬢ではないのだが、メイドさんたちのほぼ全員が分かっていない気がしてならない。

 爪の手入れ自体は、俺がファブレ邸で意識を目覚めさせてすぐから続いていた。なにしろ、目覚めた当初は四肢を動かすことすら苦労したし、しょっちゅう寝込んでいた。爪を切ることすら辛いこともあったので、人任せになるのは仕方がない。ただ、ここまで丁寧ではなかった。定期的に爪やすりで削ってもらう程度だったのだ。それがいつの間にか工程がどんどん増えていき、気付けば大層フローラルな手足になっていた。基本的に何を着せられても髪を弄られても文句を言わないせいか、元からそういう傾向があるにはあったが、きっかけは家庭教師(チューター)による厳しい指導のせいだろう。指導の末に威厳を諦められて爆誕した深窓の麗人系貴族が、メイドさんのハートに突き刺さったらしい。なんなら執事や使用人、一部の白光騎士にも受けが良かった。貴族な上司の息子の見た目がガチ庶民よりはいいよな、と後ろ向きな積極性で受け入れることにしている。

 俺の麗しの令息系維持セット(仮)については、実はガイもとばっちりを受けている。なんやかんやあって外界に放り出された俺を追おうとした際、ガイは物凄い形相をしたメイドさんたちにお手入れセットをしこたま押し付けられたらしい。旅支度は最低限で済ませるものだが、それを完全に無視した所業だった。しかしガイ(当時は女性恐怖症)は断ることが出来ず、結局お手入れセットを持ったまま俺と合流する羽目になった。背負い袋から見慣れた爪磨きセットや髪のキューティクル保護セットを出した時のガイの目は、控えめに言って死んでいたと思う。たまたまその場にいたジェイドが二度見していたので、お手入れセットを使うか尋ねたら速攻で断られた。ちなみに、その時はティアが俺の手の爪(足はさすがに自分でどうにかした)と髪をお手入れしてくれた。すごく楽しそうなのを必死に我慢しているような顔だったので、自分でやる練習と称して彼女の髪の毛先にオイル(やはりフローラル)を塗ってあげた。ついでにアニスとイオンも捕まえて同じことをやったので、一時期パーティメンバーの女子供(+俺)がちょっとフローラルだった。なお、ジェイドは真顔でガイは我関せず、ヴィンスは「ルーク様が楽しそうなら」と優しい放置をしていた。

 ともかく、しっかりとお貴族様をやっていた俺は、自分の身支度に他者の手が入るのに馴らされていた。もちろん、それまでは自分でやって来たので、知っている道具があれば自分で普通にできる。ただ、今までの積み重ねというものは、容姿に如実に表れているものだ。それを思い知ったのは、あからさまなスマホゲー的世界で原作軸からやって来たと思しきルークと並んだ時である。

「なんか、花の匂いがする」

 食卓の長テーブルを借りて鏡士がどうたらこうたらと書かれた資料を読んでいると、たまたま食堂にやって来たルークがひょこひょこと尻尾のような後ろ髪を揺らしながら寄って来た。彼は俺の頭に鼻を近づけて首を傾げる。子犬のような少年を面白がった俺は、資料を捲っていた指で彼の鼻をつついた。

「髪と爪かな」

「ほんとだ。俺からはしないのに、何でだ?」

 大変健康的な腹筋をお持ちの彼とひょろっとした俺ではあからさまに路線が違うというのに、彼は自分と俺が似たような生活をしているとどこかで思い込んでいるのかもしれない。その純粋さが子どもらしいと言えばそうなのだろう。

「手入れに使っているオイルに、花の香りが付いているんだよ」

 ちなみに、そのオイルはいつの間にかガイが全力で調達していた。なんやかんやあって心を入れ替えてしまったガイは、以前はティアに任せたこともあるお手入れを、今では頼んでもいないのにやってくれている。いや本当にやってくれなくてもいいのに。お陰様で、世界ごとキムラスカから離れたというのに、今でも俺はフローラルである。せめて爽やか系の香りにして欲しいのだが、それは解釈違いらしい。「たまにはスパイシーな香りも」と冗談半分で言ってみたら、「嫌だ」と身も蓋もなく断られたので、口出しするのはやめようと決意した。そもそも、香りいらなくね? と遠回しに言っただけで正気を疑われる顔をされた経緯があるので。この体になってから、自分の身づくろいは大体意思が反映されないのだ。

「……手入れ? オイル?」

 普通に答えたつもりが、全力で首を傾げられた。むしろ俺も首を傾げたい。

「爪や髪を手入れしてもらう時に使われたことがあるだろう?」

「そうだっけ?」

 今度は反対側に首を傾げられた。だから俺が傾げたい。

「昔はそうだったかもしれないけど、普通に自分でやすりで削ってフーッてやって終わりだぜ? 髪もなんか塗ったりしてねぇし」

「……なるほど」

 どうやら俺の方がバグっていたらしい。道理で、屋敷にいた頃にファブレ公爵から物言いたげな目で見られたわけだ。なお、それは初回限定で、三日後にはただのいかつい仏頂面に戻っていた。礼儀に厳しい執事長のラムダスすら、やりすぎなければ好きにやれのスタイルに落ち着いたほどなので、諦めが肝心なのかもしれない。付け加えると、ラムダスが怒るレベルは“妙齢のご婦人よりも煌びやかになり過ぎた時”である。もう少し怒るハードルを下げて欲しかった。

「そういえば俺の爪、結構ガタガタになってる。比べると汚いよな」

 そっと悲しみに沈む俺を尻目に、ルークは自分の手を見下ろした。確かに剣を握って戦い、野外に出歩いてあちこち触れる彼の手は傷もあれば爪も少し削れていたが、それが醜いとは全く思わない。結局、俺の手も彼の手も、今までの積み重ねの違いが出ているだけなのだから。

「逞しい手だよ。きっと俺はこの手になれない」

 そう言うと、ルークはきょとんとした顔になった。それから、じわじわとにやけ出す。

「逞しいかな」

「すごくね」

 にっこりと笑うと、ルークは嬉しそうに破願した。





+ + +





ルク兄さんは「貴族の格好はよくわからん」と周囲に丸投げしていたら、いつの間にか自分の手に負えないところまで来たので、トドのように従順に横たわっているだけです。
たまに思い出したように反抗してみても、反抗とも思われずに却下されてます。



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