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チャレンジャーは飯テロに弱い
萌え 2021/03/22 00:07


・ゾル兄さん:ガラルの姿
・アラベスクタウン
・マクワさんと飯友





 アラベスクタウンの空は狭い。空が狭いという表現は、現代日本では高層ビルがひしめく首都圏で使われる表現だが、アラベスクタウンの場合はビルではなく巨木によるものである。ルミナスメイズの森を抜けた先は、正確に言うと居住空間が確保された森の中であり、“抜けた”というのは語弊がある。この町は、ビルほどの高さがある巨木たちが大きく枝葉を広げた下に作られた、昼間でも陽光が届かない常夜の地なのだ。電気による人口の光と、巨大化した光るキノコに照らされた町はあまりにも幻想的な光景で、懐古趣味(レトロ)な民家の影から今にも妖精が顔を出しそうだ。……そういえばアラベスクタウンジムのジムリーダーは、フェアリータイプが専門だったか。

 存在そのものが観光資源のような町だからか、ナックルシティのような分かりやすい娯楽施設はスタジアムくらいで、恐らく7〜8割は民家。立っている建物も、スタジアムやポケモンセンターといったもの以外は全てが風景に馴染むようなデザインで統一されている。景観保全のための条例か何かがあるのかもしれない。立地的に秘境と言って差し支えないが、スタジアムがあるので宿泊施設もそれなりにあるらしく、そこは安堵した。別にやれと言われたらルミナスメイズの森に戻って野宿できるが、枝の上で寝るより柔らかい寝台の上でぐっすり眠りたいのが人情である。ガラル地方は結構治安が良いので、俺の実家の自室の次の次くらいにはよく眠れるのだ。実家の次に眠れる場所はまあ……現代日本だろう。

「あ」

 町に着いたのが昼過ぎくらいなので飯屋を探していると、知人と目が合った。思わず声を上げたのは俺と彼の両方だろう。実のところ、チャレンジャーをやっている俺には恐らく、原作ゲームのポケモンでいうライバル的な奴が存在する。昼でもなお薄暗い町で、ポリシーでもあるのか青いレンズのサングラスを掛けている彼は、愛想良く片手を上げた。

「おや? また会いましたね」

 長めに伸ばした雪のように白い髪を半ばから金に染め、ラフに流した髪型とサングラスの組み合わせ時点で、彼の見た目がなかなかにチャラい部類であることはお察しいただけると思う。動きやすい素材のカジュアルスーツスタイルに身を包み、カットソーから覗く首元にはゴツめの金のチェーン、さらに大振りの青い石をペンダントトップにつけ、両手の指にも数個指輪が嵌められている。俺が真似したら「解釈違いです!」とテオさんにビンタされそうな強気ファッションだが、それを彼は自然に着こなしているのだから恐ろしい。

「ああ、どうも。マクワさん、エンジンシティ振りですね」

「そうですね。ラテラルでは顔を見なかったので、どうしたのかと思っていましたよ」

 ぱっと見はチャラいし、かっこつけな部分もあるのだが、彼の言葉遣いは穏やかで礼儀正しい。

 彼、マクワは俺と同じチャレンジャーである。大体似たり寄ったりの進行状況なので、行く先々でよく顔を合わせてきた。なお、俺もマクワのどちらも“目が合ったらとりあえずバトル”という性格でもなかったので、鉢合わせても軽く会話をして終了という至って平和的な関係だ。むしろ各地の飯屋に連れ立って行く仲である。「お前の力を試してやるぜ!」的な展開になったことは一度もない。恐らく、ローティーンと思しきゲーム主人公よりも互いに年食ってるからでもあるのだろう。マクワの方はぽっちゃ……ガタイの良い見た目で分かりづらいので、ギリギリ十代かもしれないが。

 マクワはにやっとして俺を見上げた。

「ゴーストハーレム男でしたか。ルイさんは随分と面白いことになっていますね」

「ガチでハーレム作ってる人に言われてもなぁ」

「僕のはファンです。ありがたいことですよ」

 この男、巷ではファンサの神と呼ばれているらしい。ファンからのクラウドファンディングで写真集を一冊制作し、このリーグ戦後にももう一冊できるかといったところだとか。俺? 細々とモデルをやってはいるが、写真集など幻覚レベルでありえないお話である。お陰様でテオさんが「素材はいいのに!!」とギリギリしている(だからこそリーグ戦で名前売ってこいと送り出されたのだが)。念能力者なので10年後もほぼ同じ見た目という強みはあるかもしれないが、現時点ではとてもどうでもいいことであるし、俺はそこまでこの世界に滞在したくない。

 それはともかく、そんなマクワとなんだかんだ交友があるのは、彼が各地のグルメに詳しく、俺が各地のグルメを堪能したいからだろう。バウタウンのジム戦後に立ち寄ったシーフードレストランもマクワからの情報である。

「ところでアラベスクタウン名物のルミナスパイって食べました? キノコといえばやっぱりアラベスクですからね」

「そんな名物あるんですか。絶対食べたい」

 野生のキノコなら森である程度は食い散らかしました、とは間違っても言わない俺は空気読めてる(自画自賛)。

「マギカ・アラベスクのキノコパスタは? 絶品なので、僕はここに来たら必ず食べてます」

「うわー、段々腹が減って来た。良かったら今から飯食いに行きません? そのパイとパスタ、食べたいです」

「いいですね。少し分かりづらい場所にあるので案内します。一緒にランチにしましょう」

 こんな感じで「食いたい食いたい」とワンワンする俺に、マクワが「はいはい」と機嫌良く応じてご飯の時間となる。マクワの紹介する飯屋にハズレはないので、俺のグルメ旅は結構な割合を彼に支えられているのだ。キバナもナックルシティの飯屋には詳しいが、ガラル全土に範囲を広げるとマクワの方に軍配が上がりそうである。

 そんなグルメ案内人のマクワに連れて行ってもらったのは、民家に見間違えそうな小料理屋だった。店内は外観からの期待を裏切らない木造のレトロな作りで、蛍光灯ではなくランプのような照明器具をぶら下げているのがなんとも雰囲気がある。俺は素朴な作りの丸椅子に腰かけ、マクワにおススメをお願いする。相変わらず字があまり読めないので、こういう時に美味しい料理をさらっと頼んでくれるマクワは素晴らしくイケメンだ。スマホロトムが来てからはメニューを読み上げてもらえるので、一応一人でも外食できるのだが、美味しいものを確実に頼めるかどうかは別である。

 やがて優しそうなおば様が運んでくれた料理に、俺は思わず目を輝かせた。

「うおー、ファンタジー!」

「なんですかそれ」

 マクワが俺を見ておかしそうに笑う。だが、現代日本人なら俺に共感してもらえると思う。目の前に魔女の宅急便で登場したニシンのパイのようなものと、カリオストロの城で登場したミートボールパスタ(キノコ盛り)のようなものがドドンと給仕されたら、テンションを上げざるを得ないだろう。北欧チックな古民家的料理店のテーブルに広がるファンタジーなんて、なかなかお目に掛かれない。拠点にしているナックルシティが現代的な都市だったのでなおさらだ。もしかするとこの店に限らず、アラベスクタウンはファンタジー飯の宝庫かもしれないという期待すら募る。全店舗制覇しなければという使命感に駆られてしまうのは、きっと俺だけではないはずだ。

「こういう、アニメとか漫画にありそうなものってワクワクしません?」

 俺はワクワクする。見た目がもう美味しい。

 さらにオイルと香辛料の香りが漂う大振りのマッシュルームが乗ったスキレットが届き、完全にご機嫌な俺を見透かしたようにマクワが尋ねる。

「ルイさんって焼きたての大きな田舎パンとか、カボチャを器にしたスープが好きだったりします?」

「うわぁたべたい」

 それはまさしく絵本に載ってそうなファンタジー飯ではないか。

「この街に移住したら幸せになれますよ」

「レストラン巡りしよう」

 秒で決意した。今巡っておかないと、次にいつこの街に来る機会があるか分からないので、張り切って探そう。

 一方、俺は眺めていたマクワは不思議そうに首を傾げた。

「見た目で興奮する割に、写真は撮らないんですね」

「ん? ……あっ」

 いそいそと大皿のパスタを取り分けていた俺は、指摘されて初めてスマホロトムで料理の写真を撮っていないことに気付いた。美味しそうな料理は早く食べたいという思考が優先されるので、俺は大体いつも数口食べた後に写真を撮り忘れたことに気付く。ポケチューブ用の動画も店内では特に撮っていないので、俺がグルメ漫遊していることはあまり知られていないだろう。

「俺、いつも食べた後にそれを思い出すんですよねぇ。食い気が優先されてしまって」

「それはそれで料理人冥利に尽きると思いますよ」

 パスタが盛られた取り皿を俺から受け取りながらそう言うと、マクワはジャケットのポケットからスマホロトムを取り出した。

「せっかくですし、食べているところを一緒に写真撮りますか」

 マクワの手から、撮影モードにされたスマホロトムがふよふよと浮く。手元に向いたカメラレンズでの撮影モードのため、ニッと笑うマクワとぽかんとする俺の間抜け面が分かりやすく映っているのが見えた。

「えー、アー」

 ポーカーフェイスはそこそこできると自負していた割に、俺は表情に困って口角を引き攣らせた。真面目な話、友達とお写真なんて二十年以上やっていない。要は、ゾルディックになってからやった覚えがない。ゾルディックの長兄としての写真の価値は、ガラルでのモデル業のものの何百倍もの価値があるから仕方のない話ではある。なお、教員として最低限撮った分は、完全に別人としてのものなのでノーカウントだ。加えて、お前そもそも写真撮る友達いねーじゃんという威力高すぎるツッコミもやめて欲しい。心が死ぬのでほんとやめて。実家の都合で、大学で友達を作らないようにしてたとか言い訳するのも悲しいのだ。普通、「どんな実家だよ嘘乙」で笑われるやつではないか。実家は恨み買いまくってる暗殺一家だよばーか!!

「ルイさん? どうしました?」

 挙動不審すぎる俺を見かねたのか、マクワが声を掛けてくる。嘘を言ってもしょうがないので、俺は恥ずかしながらも素直に答えた。

「いや……友達と写真を撮るなんて記憶ないくらい久し振りで」

 正直、胸に来るものがある。モデルとしての写真を撮るより緊張している。家族写真は結構撮ったが(特にキルアやカルトと。アルバムはキキョウママと俺の部屋に置かれている)、友達と撮るのはそれとは別物なのだ。

 マクワは俺を見てたっぷり5秒は固まった。それからおもむろにサングラスを外すと、俺にそれを掛けさせた。マクワとスマホロトムに青いフィルターが掛かって見える。サングラスを取ったマクワは、チャラいファッションに反してぱっちりとした愛嬌のある大きな目をしていた。

「これで緊張しないでしょう?」

「……イケメンすぎないか?」

 そういう気が利いた気障なことは俺にできません。これがファンに写真集を熱望される男である。もちろんツーショットのお写真はしっかり撮影した。

 撮影後、サングラスを返してからパイをもぐもぐと咀嚼していると、パスタにパクついているマクワが思い出したように言った。

「案外可愛いですよね、ルイさんは」

 鼻からキノコが出そうになったので、そういう発言は控えて欲しい。

「…………一度も言われたことないですが」

 実際、キキョウママの贔屓目親評価とツボネの贔屓目執事評価以外で、可愛いと言われたことはない。その代わりに、ゾルディック遺伝子が仕事しまくったお陰で、イケメンと言われることは多い。前世では安心安定のフツメンだった俺は、イケメンに生まれ変わってからは可愛い女の子たちのハーレムを――ということは一切なく、むしろ実家のお陰で女の子との出会いそのものが消滅した。もちろん周りが人外魔境過ぎるのでチートでもない。チーレムなんてただの幻想だった。どうせそういうオチだろ知ってる。

 それはともかく、そんな俺を可愛いと評したマクワは相変わらず悪意のない笑顔を浮かべていた。

「いつも僕が選んだ料理をニコニコしながら美味しそうに食べてるじゃないですか。楽しそうにいっぱい食べる人は好きですね」

(いきなりの“可愛い”に“いっぱい食べる君が好き”攻撃、だと……)

 こういうことを自然に言っちゃう男・マクワ。これが……ファンサの神……!

「……マクワさん、プライベートでもモテてるだろ……」

 彼は何も言わずニコっとするだけだったが、それが答えである。ガラル紳士こわい。





+ + +





マクワさんの目から見ると、写真一つで赤面したり(ポーカーフェイスできてない)、にこにこしながらご飯食べてる年上のお兄さんは普通に可愛く見えている。なお、キバナさんはそんな感想を持ったことは一切ない模様。この時点でキバナさんは気を遣って兄さんとの写真を撮ろうとしてないので仕方ない。

きっとマクワさんは自然と紳士ムーブできるからファンサの神だと信じてる。でもメロンさんが絡むと反抗期爆発するとも信じてる。キルクスタウンが修羅場待ったなし。



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