上司の友人はチャレンジャー
萌え 2021/03/09 00:41
・ゾル兄さん:ガラルの姿
・リョウタ視点(ナックルシティジムのトレーナー。キバナの右腕っぽい人)
・ゾル兄さんとサイトウの場外バトルの話
ナックルスタジアムのスタッフルームで、ジムトレーナーのリョウタは休憩時間を過ごしていた。興味深い動画を見つけたため、スマホロトムで眺めていると、近場で昼食のオープンサンドを購入してきたキバナが声を掛けてきた。
「リョウタ? 何見てるんだ?」
「サイトウさんのリーグ外の非公式バトル動画がアップされていたので、それを見ていました。相手がドラゴン・かくとうタイプのポケモンなんですよ」
サイトウとは、リョウタの上司であるキバナと同じジムリーダー職にある少女だ。遺跡を抱える町ラテラルタウンで、かくとうタイプ専門のジムを運営しており、若いながらも相当な実力者である。非常に生真面目であることも知られており、彼女が「かくとうタイプのポケモンと共に戦うトレーナーのために」とコメントを添えた非公式バトル動画に、リョウタはトレーナーとして興味を持ち、空き時間になってすぐに動画を開いていた。ドラゴンタイプが専門とはいえ、ジムリーダーが後学のためとしているものに目を通さない理由はない。実際に開いたところ、サイトウの対戦相手のポケモンはドラゴンタイプ持ちだったため、とても都合が良かった。
「ドラゴンとかくとうの複合タイプっつーと……ジャランゴかジャラランガか」
「ええ。ジャラランガです」
パイプ椅子に座ってスマホロトムを見つめているリョウタを、キバナは背後から長身を折り曲げて覗き込む。キバナも初見では誤解を受けやすいが、トレーナーとしては勤勉な性格だ。むしろ、そういう面を持たないトレーナーがジムを任されることはない。リョウタはキバナの圧倒的な強さと、それを培うひたむきな姿勢に惹かれて、ナックルシティジムを志望した。
「へー……アァン?」
「き、キバナさま? どうされましたか?」
しかし、カイリキーとジャラランガが睨み合っている動画を見るなり、まるでチンピラのような声を上げた上司に、リョウタは思わず肩をびくつかせてズレてもいない眼鏡の位置を正した。キバナの外見でそれをすると、ただの不良にしか見えない。
「こいつ、ルイじゃねえか」
「お知り合いですか?」
「ああ。ダチだ」
「だ……えっ」
サイトウの対戦相手であるジャラランガのトレーナーは、黒髪と銀髪が入り混じった二十代くらいの青年だった。キバナほどではないがすらりと背が高く、不思議な氷の色をした切れ長の双眸を持つ顔は随分と整っている。女性観戦者の間では、キルクスタウンジムリーダーの息子であるマクワと並んで、今年度のチャレンジャーの二大イケメンとして注目されつつあるらしい。……が、その青年と自分の上司が友人関係にあるとは予想外だった。
「一時期面倒見てたドラメシアとモノズのトレーナーがこいつだ」
「ええっ!」
思わずリョウタは声を上げる。キバナが一時期、知人が拾った双子ちゃん――ドラメシアとモノズの面倒を見るのを手伝っていたのは知っている。キバナも堂々とSNSにあげていた。だが、そのトレーナーが彼だったとは微塵も知らなかったし、キバナは匂わせもしなかった。恐らく、友人がマスコミなどから変に絡まれるのを防いでいたのだろう。
「ルイの手持ちなら大体分かってんだが……何だよ、ジャラランガなんて聞いてないぞ。しかもドラゴンタイプ!」
キバナは不服そうに、リョウタが座っているパイプ椅子をガタガタと揺らした。ちょっと邪魔である。リョウタはスマホロトムと眼鏡を支えた。
「実はジャラコ拾ってたのか? オレに教えてくれたら世話できたのに!」
実際は成体で最終進化形のジャラランガをスカウトしているので、子竜の世話をする必要はなかったのだが、キバナはそれを知らない。今はドラパルトとサザンドラに進化している二匹を幼体の頃に拾ったのを見ているので、また同じパターンだろうと思い込んでいるのだった。もちろんリョウタも知らないので、この青年はキバナの手を借りずにドラゴンポケモンを育てたかったのだろう、と明後日の予想をした。
「ずりぃ! 絶対にサイトウ専用で調整してるだろコレ!」
「そうなんですか?」
「そうに決まってる! このジャラランガ、動きが変だろ!」
変だろ、と言われても、リョウタは普通のジャラランガの動きにさほど詳しいわけではない。リョウタがじっくりと見たことがあるのは、かつてガラルのチャンピオンだったマスタードのバトル動画だ。18年もの長きにわたり玉座を守ってきた彼のジャラランガは、純粋に強い。それは彼の手持ちの全てに言えることだが、どっしりとした安定感のある構えをしているかと思えば、臨機応変に叩きつけられる痛撃があり、そして泰然とした自然体に戻る。まさに、頂点を極めたかくとうタイプ使いの姿を体現していた。一方のルイのジャラランガは……何となく、小手先の技が上手いように見える。そして大地のような安定感というよりも、流れる空気のような不安感と言えばいいのだろうか、全体的な雰囲気が違う。マスタードのジャラランガが正道であれば、ルイのジャラランガは邪道のような、ともかく根本的な物が違う印象を受けた。
「積極的に死角を狙ってくるし、急所も狙うし、回避率も高すぎだろ! 野生のジャラランガなんて正面突破上等な奴が大半なのに、こいつは勝つための効率を求めてやがる。なんつーか……あぁー……」
「キバナさま?」
突然納得したような声を上げたキバナに声を掛けると、彼は顎に手をやった。
「このジャラランガ、ルイに対人戦闘を仕込まれたのか」
「はっ?」
リョウタの脳は理解を拒否した。拒否はしたが、この青年が只者ではないことは理解した。
「……キバナさま。このトレーナーは特殊部隊か何かですか」
「さあな。アホみたいに強いことは何となく察せられる程度だ」
「はあ……そうですか」
友人の割に知らないのかよ、とリョウタの脳内で口の悪いリョウタがツッコミを入れたが、現実では発言を慎む。キバナは案外気遣いの男なので、敢えて追及していないのかもしれない。体はデカいが、繊細な部分を持っているのだ。
「ルイのことだから、ジャラランガが出来ることは自分も出来そ……アイツまさか、生身でジャラランガと殴り合って訓練とかやってないだろうな」
「一緒に型の練習をするの間違いですよね?」
「いや、殴り合う方向で想像した」
「それはもう人間でないのでは」
どうして強い理由を追及しなかった。一瞬前までの思考を覆すことをリョウタは考えた。ジャラランガと殴り合える男が一般人なワケないだろうと言いたい。一流の格闘家でもそんな馬鹿げたことはやらない。
「アイツはたまに平然とヤバいことをやらかす」
「キバナさま、彼は本当にご友人ですか」
リョウタは上司の交友関係を半ば本気で心配した。ポケモンは友達とかそういう評語的なアレではなく、現実の友人はせめて人類を選んで欲しい。そしてリョウタが想定する人類とは、ガチのかくとうタイプのポケモンと殴り合ったりしない生き物である。
リョウタが上司の感覚を憂慮し、キバナが友人の隠し玉に文句を言っている間も、カイリキーとジャラランガのバトルは続く。どちらも高水準で鍛えられたかくとうタイプポケモンのため、流れるような技の応酬が続き、さながらリアル格闘漫画である。
「ウーワー……ルイお前、これをインファイトの一言でまとめるなよ……おかしいだろ……」
キバナが引き気味の声で呟く。動画の中でジャラランガは、飛び込み前転で相手に突っ込んでいた。遠心力が加わったモーニングスターの如き尻尾の一撃で頭部を狙いつつ強引に懐に入り込み、起き上がりながら頭突きを股間に、更に左手でフックをみぞおちへ、次いで右手でアッパーカットを顎にぶち込む。しかも拳を握らず開いた状態で殴りかかっているので、下手な防御をすれば鋭利な爪がざっくりと刺さるようになっている。クリーンヒットすれば想像を絶するダメージ量だろう。まさにえげつないまでの急所攻めラッシュである。守りを捨てて攻撃に徹するのがインファイトという技だが、一撃一撃が全て急所を狙っているのは異常だ。普通のポケモンなら、最初の奇襲めいた尻尾攻撃の時点で地面に沈んでいる。キバナと共にリョウタもドン引きした。
「インファイトって言いながらアイアンテールとロケット頭突きとバレットパンチしてませんか?」
「俺もそう思うが、こいつはインファイトと言い張っている」
「確かに防御を捨てたラッシュには見えますが……」
妙に洗練されすぎてインファイトとは言い難い。コンビネーションアタックと言ってもいいだろう。何と言うか、相手を殺す気しか見えない。
「もしかしたらルイの奴、ジャラランガはリーグ戦で出す気ないかもな。やっぱサイトウ専用か! あいつ、サイトウのためだけに手持ち枠を1枠潰しやがったな!」
ガラルリーグでは、選手の手持ちは6匹までと決められており、ジムチャレンジ前には使用ポケモンを登録する必要がある。とはいえ、ジムや本戦でのバトル中以外での入れ替えは自由となっているので、枠を潰すというのはあまり聞かない表現だ。もしかすると青年は、全体で6匹までしかポケモンを所持しないと決めているのかもしれない。
「しっかし、これに対応するサイトウのカイリキーはヤベェな。オレさまでも初見でやられたらまともに喰らうわ。バクガメスかジュラルドンじゃないと耐え切れないな」
見たところ、サイトウが使っているカイリキーはチャレンジャー用ではなく、本戦用に調整している方だ。つまり本気である。それなのに青年のジャラランガは、カイリキーと互角以上に戦っている。キバナとリョウタが引いたインファイト(仮)は、最初の尻尾攻撃、頭突き、拳での連撃を全ての腕を一本ずつ使うことで防いでいる。四本の腕が絶妙に機能した結果だが、この素早い反応と指示出しは、サイトウとカイリキーでなければ難しいだろう。
「うおっ! こんな超至近距離でスケイルノイズぶっぱするか!?」
リョウタの頭の上でキバナが叫ぶ。カイリキーの懐に潜り込んだジャラランガが、種族特有の技を繰り出していた。スケイルノイズとは本来、中・遠距離の音波攻撃である。全身の鱗を激しく震わせることで音波を発生させ、バトルフィールド内であればどこにいても届かせるという全体攻撃なのだが、超至近距離で使わせたため、震える鱗そのものも攻撃として機能している。さながら、脳を突き抜ける凶悪な音を立てるおろし金が目の前にいるような状態だ。スケイルノイズはあくまで音波攻撃というイメージが強すぎたのか、今まで誰かがやりそうでやらなかった使い方である。鱗が傷付いて防御力が落ちてしまうことからも、至近距離では使わせないのがセオリーだ。それを平然と指示するのだから、この青年は豪胆だ。見たところ、カイリキーの体が邪魔で通常のような全体攻撃の効果はなさそうだが、代わりにカイリキーがもろに喰らって悲鳴を上げていた。
「恐ろしい人ですね……」
脳を揺らす音波だけでなく、腕と胴体に鱗による裂傷を負ったカイリキーを見て、リョウタは思わず呟いた。
サイトウと青年のバトルは、青年の奇策勝ちのように見えた。ジャラランガに慣れていけばサイトウの勝率も高くなるだろうし、それに対抗する青年の実力もさらに見えてくるだろう。青年は、今後が楽しみなトレーナーと言えるかもしれない。
見終わったキバナは、何とも言えない様子で唇を尖らせていた。ジャラランガを隠されていたことが余程不服だったらしい。
「つーかアイツ、ゴースト専門に見せておきながら、案外ドラゴンタイプ多いな。もううちのトレーナーでもいいんじゃねぇか」
「彼の手持ちはシャンデラとミミッキュ、ジャラランガのようですが……ああ、ドラメシアとモノズの進化形ですね」
確かにドラゴンタイプ持ちが6匹中3匹と多い。あと1匹のタイプが気になるところだが、ゴーストタイプ専門と言われているらしいので、ゴーストタイプ持ちだろうか。そんなことを考えていると、いつの間にかスタッフルームに顔を出していた同僚のヒトミが、そっとキバナに声を掛けた。
「あの……キバナさま。ルイさまがナックルシティジムのトレーナーになる可能性は高いのでしょうか?」
「ん? そりゃあアイツ次第……」
そこまで答えかけたキバナは一度言葉を止め、しっかりと部下に振り向く。リョウタも気になったのでそちらを見ると、珍しくどこか恥じらった様子の女性がこちらを見ていた。ヒトミはズレてもいない眼鏡をしきりに触っている。
「ヒトミ。ルイ“さま”ってのはどうした」
「実は……ルイさまのファンなんです。雑誌で見かけてからずっと追いかけていて」
「エッ」
キバナが素っ頓狂な声を上げた。もしかしてショックを受けたのだろうかと考えたリョウタは、そっと同僚に問いかけた。
「その……ヒトミはキバナさまのファンだと思っていました」
「ルイさまは別腹です」
スイーツ感覚の主張を即座に返され、リョウタは困惑した。キバナも「お、おう……」と完全に気圧された返事をしている。女性の感覚は男性には理解し難いのかもしれない。リョウタは少しだけキバナに親近感を抱いた。
「最初はクールで素敵な方だと思っていましたが、最近は動画で真面目なお姿も拝見するようになって、もう」
「まじ、め……???」
キバナが心底不思議そうな顔をした。リョウタはルイという青年についてさほど知らないのだが、サイトウとのバトルの合間のやり取りを見るに、悪い人間ではなさそうだとは思っている(ただし、バトルの内容としてはかなり容赦がなさそうでもある)。しかし、友人の目から見るルイはまた違うのかもしれない。
「悪い、ヒトミ。アイツのどの辺を見てそう思った?」
「親切な動画の題材と丁寧なテロップ、そして一貫した優しい物腰です」
「テロップはアイツの言い訳であって真面目なわけではないぞ」
キバナは確信を込めた口調で告げた。動画と言っているので、根拠となる何かがあったのだろうが、リョウタは追及を差し控えた。同僚の夢は守っておいてやりたい。というより、同僚の夢を壊すきっかけになりたくない。要は恨まれたくないのである。
「彼もチャレンジャーですし、順調に勝ち進めば我々のところに辿り着くでしょうね」
リョウタは話題を逸らそうとしてそんなことを言ったが、一方のヒトミはぽっと頬を赤らめた。
「そ、そんな……ルイさまの視界に入るなんて畏れ多い」
「何言ってんだ???」
キバナの言葉の裏には「オレさまはそんなの言われたことがない」という声が透けて見えた。ヒトミはリョウタと同じく、ジムリーダーとしてのキバナに惚れ込んで門戸を叩いたトレーナーだ。キバナのファンであるのは自他共に認められている。そこまで考えたリョウタはふと「別腹」という表現を思い出した。なるほど、確かにキバナへの尊敬とルイへの憧れ(?)は方向性が違う。まさしく別腹と言えるだろう。
しかし、今のルイは一チャレンジャーであり、ヒトミはいずれ立ちはだかるジムトレーナーだ。万が一、彼女があまりにも浮ついた態度を取っていたら、ルイに対して失礼であるし、ナックルシティジムの評判も落ちてしまうだろう。リョウタは釘を刺すつもりで口を開いた。
「そうは言っても、彼とバトルをするのであれば同じ場所にいなければいけませんよ」
「ルイさまと同じ空気を吸えるなんて! バトル前に動悸息切れでどうにかなってしまいそうです!」
普段は真面目でキリリとした女性であるヒトミに、こんなミーハーな一面があるなど知りたくなかったかもしれない。リョウタは遠い目をした。同僚が落ち着かないので、ルイ青年をナックルシティジムで雇うのはちょっと控えて欲しい。
「これでヒトミが倒れたら労災扱いか?」
「自己責任だと思います」
人類の範疇なのか怪しい友人を労働災害扱いするキバナに対し、リョウタはそっと首を横に振った。そろそろ休憩時間が終わってしまうので、退勤後、友人の定義をスマホロトムで検索しようと思う。
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そういえば、マクワさんはメロンさんとの親子喧嘩の末に今年度はチャレンジャーやってるので、ゾル兄さんのライバル的ポジションにいるのを書き忘れてました。いわタイプジム設立のために頑張れマクワさん。
ヒトミさんを勝手にファンにしてしまってすまない。彼女の手持ちにジャランゴがいるので、ゾル兄さんのジャラランガ(なお三年契約)にテンション上げて欲しい。
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