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チャレンジャーと春の予感
萌え 2021/03/07 22:48


・ゾル兄さん:ガラルの姿





 まずはオニオン君と会うということで俺が案内されたのは、まさかの墓場であった。俺は恐る恐るサイトウさんに尋ねる。

「その、オニオン君のご両親は……」

「ポケモン研究家で、世界中を転々としているそうです。それでも月に1、2回ほど帰って来られます」

「アッ、そうでしたか」

 ご健勝で何よりです。お墓の中ですと言われたら、俺はどう声を掛けるべきかものすごく考えることになっていたところだ。

 件のオニオン君は、墓場でゴーストポケモンたちと鬼ごっこをしていた。俺の腰に届く程度の身長で、予想よりも幼い。青みがかった黒髪に白い手足で、墓石の影からひょっこり現れたら驚きそうである。そんな感想が出たのは、彼の顔が白い仮面で覆われていたからだ。目と口のところに丸い穴が開いているだけのシンプルな仮面だが、それ故になんとも不気味だ。

 しかし当の本人は、俺とサイトウさんに気付くと飛び上がって驚き、ゴーストの影に隠れた。もちろん隠れきれていないし、足元にまとわりつくサニーゴというサンゴの塊のようなポケモンや、ミミッキュがじゃれついているので、何処にいるのか一目瞭然である。というか、俺以外にミミッキュを連れているトレーナーは初めて見た。うちのお嬢さんとは何となく雰囲気が違う気がするので、頑張れば見分けはつきそうだ。

「あの……えっと……」

 俺はもじもじしているオニオン君の目の前にしゃがんで視線の高さを合わせると、出来る限り優しい声で彼に名乗った。

「初めまして。ルイと言います。君がオニオン君かな?」

「はい……ぼくがオニオン、です」

「サイトウさんに聞いた通り、ゴーストポケモンと仲良しなんだね」

 いや本当に、俺以外のゴーストハーレムは初めて見た。しかも俺とは違って食い気優先ではなさそうな、実に健全な懐かれ具合である。ゴーストタイプの時点で見た目が不健全とか言ってはいけない。オニオン君は小さいため、俺と違ってフワンテが攫いやすそうでちょっと危ないとは思ったが。

「はい! みんな、優しくって……いつもぼくと遊んでくれます……」

 俺の内心など知る由もないオニオン君は、俺の言葉に仮面越しでも分かるほど嬉しそうな声を上げた。

「あの……ルイさんも、ゴーストポケモンと仲良し、なんですね」

「もしかして、カブさんのところのジムミッションを見た?」

「はい……」

 あのジムミッション動画がネットにアップされてから、俺はネット上で“ヒトモシを落とした男”だの“ロウソクハーレム野郎”だの、“セルフお誕生日ケーキ”だの好き勝手に言われている。クール系とは程遠い呼び名の数々に、テオさんは電話口で崩れ落ちた。すまないテオさん。でもさ、もういい加減クールなルイお兄さんの路線は無理があると思うんだ。見た目詐欺もいいところだと思う。それよりも酷かったのがミミッキュの嫉妬で、野営の度にシャンデラに八つ当たりしそうだったので、俺はラテラルタウンに向かう道中、お嬢さんのご機嫌取りをしていた。ポケモンボールとポケじゃらしで滅茶苦茶遊んだ。ポケモンは犬猫かな?

「ゴーストポケモンは結構俺に寄ってきてくれるんだ。懐っこい奴だと、野生でも遠慮なくくっついてくる。まあ、ゴーストタイプ以外には全然モテないんだけどな」

 俺がそう言うと、オニオン君の盾にされていたゴーストが楽しそうにキシシと笑う。……あれ、これって笑われた? ゴースト以外にモテないって笑われた? よかろうならば戦争だ。金の力ならぬオーラの力ごり押しで、人間的に言えば特上ステーキ肉で顔面を殴るようなことをしてやろうか。

「ぼくも、ゴーストタイプ以外は、よく分からないです……。サイトウさんのポケモンは、みんな優しい、けど」

 俺とゴーストの静かなるバトルの一方で、オニオン君はくふくふと笑った。喜びを抑え込もうとして失敗したような、少し変わった笑い声だった。

 確かにオニオン君は人見知りだろうが、思ったより俺と会話をしてくれているし、何より素直そうな良い子だ。もしかすると、ゴーストハーレム野郎の強みが生かされているお陰で、通常よりもオニオン君が喋ってくれているのかもしれない。見守るサイトウさんがあからさまにほっとした顔をしているので、いつものオニオン君はもっと無口なのだと思われる。

「あの……あの……ルイさんのポケモン、見てみたいです……」

 そう乞われて思いついたのが、オニオン君の傍にもいるミミッキュだ。手持ちの中ではトップクラスに外行きの顔が出来る子なので(二番目はドラパルト)、俺は我が家のお嬢さんを外に出した。彼女はしゃがんでいる俺の膝に体を擦り寄せてから、オニオン君の方を見た。どうやらお眼鏡に適ったらしく、お嬢さんは被り物の裾から黒い手を少し伸ばし、ちょいちょいとオニオン君に手を振ってみせた。オニオン君がゴーストタイプに好かれやすいのは、他のトレーナーの手持ちにも当てはまるようだ。

(ん?)

 その時、オニオン君にじゃれ付いていたミミッキュの方が、急にソワソワし始めた。オニオン君に隠れるようにしたり、ひょこっと顔を出したり、また隠れたりと忙しない。そのミミッキュの視線は俺ではなく、どうやらうちのお嬢さんに向けられている。もし、オニオン君のミミッキュがオスだとしたら。

(……春かな)

 もしかすると、うちのお嬢さんの婿候補、あるいは嫁入り先候補かもしれない。初手持ちのミミッキュは俺にべったりだが、俺がいつか自分の世界に帰ることを考えると、野生に戻すか誰かに譲るか検討しておくのが現実的だ。なにせ俺はゾルディック。仮に連れて帰れたとしても、ガラルとは比べ物にならない程殺伐とした世界に身を投じることになる。種族的に死が身近なゴーストタイプだと案外慣れてしまうかもしれないが、それでも積極的に連れていきたいとは思わない。俺が好きすぎるミミッキュと電脳世界の味を占めたロトムの処遇に迷っていたのだが、嫁入りしてもらうのを手段の一つとして数えるのも悪くないだろう。そう思った俺がお嬢さんを見下ろすと、彼女はオニオン君のミミッキュには見向きもせずに、俺の膝の上に乗ってご満悦だった。……うん、道のりは遠いな。

「ふふ……ルイさんのミミッキュ、ルイさんが大好きなんですね」

「懐いてくれるのが可愛くて、つい甘やかしちゃうんだよな。お嫁に行くのは先になりそうだ」

 俺の言葉を聞いて、不意に懐からにゅっとスマホロトムが勝手に飛び出してきた。こいつが動くとスマホの充電が減るのだが、ロトムが気にしたことは一度もない。そればかりか、充電と通信費を稼ぐのが俺の仕事だと豪語している。文盲の俺はロトムに相当助けられているので、文句は言えないが、ロトムはもう少し歯に衣着せるということを覚えた方がいいのではなかろうか。いや、こいつは歯に着せる衣よりもスマホカバーの方を欲しがるよな……。

「浮気ロト?」

「なんで俺が嫁に行くみたいになってんだ」

「ミミッキュはもうご主人の正妻だって言ってるロト」

 そ、そっか。未だにパパのお嫁さんになる(ガチ)か……。俺は人間のお嫁さんがいいなぁ。正直なところ、幻影旅団のマチが好みではあるんだが、あらゆる意味で望みが無さ過ぎて悲しい。互いの職業()がダメすぎるし、何より傍にクロロみたいなカリスマ性の権化みたいなイケメンがいたら、その辺の男なんてダイコン以下でしかないだろう。俺? カイワレダイコンに決まってんだろ!! たまにマチの周囲をうろついてるヒソカにもビビってるわ!!

「ルイさんのロトムって、すごく、おしゃべり……」

 独身男の悲しい血涙を知らないピュアなオニオン君は、無駄に語彙力の高い俺のロトムをキラキラして目で見ている。サイトウさんも微笑ましい目で俺とミミッキュを見つめていた。ここは天使の集会所かな? これがキバナなら「よwwwめwww」とか無駄に草を生やして大笑いしやがるのが目に見えている。うるせえお前はヌメルゴンとイチャイチャしてろ。

 サイトウさんは、俺との勝負は後日で大丈夫とのことだったので、その日はオニオン君とのお喋りで終わった。俺としてはジムチャレンジ最速クリアを目指すわけでもない、ご当地グルメ堪能ゆっくり旅を兼ねているので、あと数日程ラテラルタウンに滞在してからの出発と考えている。次はラテラルタウンから北にあるアラベスクタウンに向かうのだが、その道中にあるルミナスメイズの森はフェアリータイプのポケモンが数多く棲んでおり、通常の森のようには抜けられないらしい。そこを踏破する準備を整える必要もあるため、尚更ラテラルタウンに滞在する必要があった。

 ルミナスメイズというと“光の迷宮”の意味になるが、森自体は暗くて深いもので、あちこちに光るキノコが生えているらしい。ガラルのモデルがイギリスっぽいので、もしかするとシャーウッドの森がモデルだろうか。樹木の根があまり深く張っておらず、地表で波打った地形のため歩きづらく、見通しも悪くて迷いやすいとか。樹海という表現がイメージ的に近いかもしれない。とはいえ、今までチャレンジャーが何人も行き来しており、俺自身も一般人の数倍は頑丈なので、ポケモン世界でしか起こり得ないような不測の事態に遭遇になければどうとでもなるだろう。なるだろうが、チャレンジャーである俺の行動は一定数の人間が見守っていると思うべきなので、常識的な準備は必要となる。要は、ガラルのトレーナーの頂点にチャレンジするリーグなので、トレーナーの悪い見本にならないように行動しなければならないのだ。俺が今まで出会ってきたジムリーダーやジムトレーナーたちが良識的な人ばかりなのは、そういうことだろう。……スパイクタウンジムはちょっとよく分からないので保留とする。

 ラテラルタウンでの滞在期間中で、俺はオニオン君とだいぶ仲良くなった。オニオン君の身近にいるゴーストタイプポケモンを持つトレーナーは、ご年配の方ばかりだったらしく、俺のように若いトレーナーに会うのは初めてだったらしい。それもあって随分と懐いてくれたようだ。基本的にはゴーストポケモンに囲まれながらお喋りだが、一緒に露天街や遺跡を見に行ったりもした。人混みは得意でないようだが、盾にしても怒らない人が一緒なら割と大丈夫なようだ。引っ込み思案なだけで、実は人を驚かせることが好きらしく、好奇心も人並みかそれ以上にあると思われる。今までは可愛がってくれるご年配のトレーナーとたまにお出かけしていたが、お年寄りなので長時間になったり、あちこち連れ回さないよう彼なりに気を遣っていたとか。俺なら人混みどころかワイルドエリアにピクニックしても平気だからな……。お弁当は現地調達です。

 サイトウさんとの非公式バトルも、観客がいない営業時間外のスタジアムを借りて行うことが出来た。互いの復習用として、普段はスタジアムの試合を撮影しているドローンロトムに動画を撮ってもらったところ、サイトウさんに「かくとうタイプのポケモンを持つ他のトレーナーのために、非公式として動画を公開してもいいですか」と問われたため、拒否する理由もなかったため快諾した。

 正直なところ、ジャラランガには立ち回り方を教え込むことを優先していたため、公式試合でも通用する明確な指示出しが必要最低限レベルだ。俺のジャラランガは例えば、殴れと言わなくても殴るし、蹴れと言わなくても蹴る。ある程度はこちらが指示をしなくても勝手に判断して動くのだ。普通のポケモンなら一々声で指示を出しても動作に追いつくが、かくとうポケモン同士のラッシュ中だと、思考が追い付いても声が追い付かないということが起こるので、自己判断はどうしても必要になる。……が、それにしたって限度はあり、俺のジャラランガはその限度を超えられるくらいは動けてしまう。かと言って、指示を極めて短く単語化して対応した場合、自分と手持ちには通じても観客には通じないため、傍から見るとトレーナーが何もしていないように見えるという事態になる。俺の持つ技術をジャラランガが使えるように応用させつつ、試合でもギリギリ指示出しできる程度にパターン化させて、どこまで指示を待たせてどこまで自己判断で動かせるかを試行錯誤して、どうにか実用まで漕ぎ付けたというのが現状だ。それが俺の精一杯だ。指示を“出さな過ぎて”アウトと見做される可能性があるため、リーグ戦でジャラランガを使う予定はない。つまり動画の公開で手の内がバレる等は気にする必要がない。……結局、人に指示する前に自分が動く方が楽なんだよなぁ。ポケモントレーナーは本当に難しい。

 幸いなことに、こういった事情をある程度前置きした上での非公式試合の結果、サイトウさんは満足してくれたようだった。個人用のつもりだった動画を公開したいと申し出てくれた辺り、特にそうだと思われる。「わたしはまだまだ未熟ですね!」と試合後にキラキラしていたので、これからもガンガン成長していくのだろう。楽しそうに観戦していたオニオン君の隣で、サマヨールというミイラ男のようなポケモンがシャドーボクシングしていたので、彼らも強くなりそうな予感しかしない。俺、トレーナーとして勝てる要素がなくなっていくのだが……。生身なら、というか生身でしか勝てないとは。根本的にトレーナーとしての在り方が間違っている。

 そしてアラベスクタウンへ向けて出発する日、オニオン君とはアラベスクタウンジムでのチャレンジが終わったら再び会うことを約束して別れた。ゴーストポケモンたちと一緒に手を振って見送ってくれた彼に手を振り返しながら、俺は何となくオニオン君とは付き合いが長くなりそうな予感がしていた。



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