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チャレンジャー志望者は炎に巻かれる
萌え 2021/02/15 23:25


・ゾル兄さん:ガラルの姿
・ジムチャレンジ3つ目





 エンジンシティは俺がこの世界で最初に辿り着いた街だ。俺は懐かしのポケモンセンターや喫茶店に顔を出してからジムに足を踏み入れた。

 ジムミッションも3回目。クソダサユニフォームを着るのは開会式を含めて4回目。後者はともかく前者は雰囲気に少し慣れてきた。少々トラブルがあったものの、ひとまずミッションクリアを果たした俺は、ジムリーダーのカブさんに挑むこととなった。

 カブさんはグレイヘアーの壮年男性で、赤を基調としたユニフォームが似合う熱意溢れる人だった。炎のジムリーダーと呼ばれているらしく、熱血主人公タイプというのが近しいかもしれない。手持ちは三体であり、最初の二体は俺にとっても懐かしい初代勢であるキュウコンとウインディだった。九尾の狐を彷彿とさせるキュウコンも、狛犬モチーフと思われるウインディも、大変にモフモフで素晴らしかった。特にキュウコンの物量が凄い尻尾の波に埋もれたい気持ちでいっぱいになったが、二体ともシャンデラの炎で沈んでもらった。ほのおタイプに炎でごり押すのは、レベルを上げて物理で殴る典型例だが、その代わりに全ての攻撃を急所に叩き込んだので少しは見栄えも違うと思われる。既存の生き物に近い構造のポケモン――人間や犬猫などの動物に見た目が寄っている部類は、総じて急所が分かりやすい。俺が一番得意なのは人間の急所突きだが、対動物もそれに次ぐ。手持ちに教え込んでおくのは当然だった。

 正直、ここまでくると俺も妙に意地になってくるというか、シャンデラだけでどこまで行けるか気になってしまっていた。今のところレベル差があるが、序盤の山はシャンデラと同じほのおタイプ特化のエンジンシティジムだろうと思っている。つまりは、ダイマックスしてくると思しき三体目のポケモンを突破できるかが肝だ。

 カブさんが三体目に出してきたのは、人間ほどの大きさの真っ赤なムカデであるマルヤクデだ。自宅に出たらビビり散らす自信しかない虫ポケモンだが、ガチの虫と違ってポケモンなので表情が豊かなのが救いだ。今はキリッとしている顔つきは案外愛らしいが、それでもあのわしゃっとした多足類独特の佇まいがどうしても受け入れられない勢はいると思われる。

 俺の想像通り、マルヤクデをダイマックスさせたカブさんは、唐突に俺に話しかけてきた。

「強い炎を制するには、どうするか知っているかい?」

(あ)

「より強い炎で、全てを焼き尽くしてしまえばいいんだよ」

 ……アカン気がする。そういえばこの人は、俺と違ってガチのほのおタイプ専門トレーナーであった。

「マルヤクデ、ダイバーンだ!!」

 今や吹き抜けのスタジアムの天井から頭を覗かせそうなほど巨大なマルヤクデは、長い胴体を存分に活用して、ほぼ真上から叩き落すように巨大な火柱を放ってきた。“今までのジム戦と同じく”シャンデラを上空に逃れさせようとしていたのだが、先手を打って潰された形となる。

(ゲッ、今までのダイマックス回避技がバレてら)

 ダイマックスした時の攻撃技は、どれもこれもが広範囲にわたる。そのため、避け続けるにはコツがいるのだ。それをターフタウンとバウタウンのジム戦で仕込んでいたのだが、どうやら専門家であるカブさんには見破られていたらしい。今までキュウコンとウインディへの攻撃で炎が残っていたフィールドは、圧倒的な火力で焼き尽くされて逆に鎮火してしまっていた。

「炎によって生まれた上昇気流を利用して、空中に逃げる速度を底上げする――素晴らしい炎使いだ」

 炎というのは上昇気流を生み出す。俺はそれを利用させ、最初のダイマックス技を上空へ逃れさせ、そこからは重力を味方につけた滑空や背後に回るなどの位置取りを工夫させて、大規模な攻撃を連続で避けさせていた。真上に移動する、というのが最も重力のくびきを受けるので、速度が落ちて攻撃を受けやすいのだ。三つ首の巨大ドラゴンであるサザンドラなら、この程度の小規模な上昇気流などあったところで大差ないが、シャンデラくらいの軽量級なら充分な底上げになる。だから火炎放射をバトルで使わせていた……というのをまるっと読まれた上で褒められたのは複雑である。いや、同じ手を連続で使えばバレて当然か。

「……恐縮です」

 こちらは上から降ってくる火柱のせいで気流はぐちゃぐちゃ。上空に逃れるどころか、地面を這うようにして逃げるのが精いっぱい。しかも避けきれずに体半分が焼かれている。シャンデラの特性が「もらいび」だったお陰で無傷ではあるが、今の被弾でそれもカブさんにはバレただろう。ほのおタイプの技以外で徹底的に狙ってくるに違いない。まっ平らなフィールドで、威力の高い広範囲攻撃を連続で避け続けるのは無謀だが、かといって安易にシャンデラを交代させれば、交代先のポケモンが初手でダイマックス技を食らう可能性も高い。

 ここはじっくりと対応を考えたいところだが、お互い60秒以上の長考――つまり無反応はルール上禁止とされている。そして将棋や原作ゲームとは違ってターン制ではないため、片方が思考停止している間に相手側が攻撃を仕掛ける分には問題ない。指示に迷って固まっている間に、猛攻撃を食らって試合終了という展開も珍しくはないのだ。これは初心者にはありがちのミスらしい。

 案の定、待ってくれるわけもないカブさんが指示を出した。

「マルヤクデ、ダイワーム!」

(だよなぁぁぁ!)

「――シャドーボールで突破」

 観客の一部がざわついたのを感じる。その一部は恐らく、俺がこれまでのジム戦で、シャンデラに火炎放射しか使わせていないのを知っているのだろう。……シャンデラに補助系の技を覚えさせてはいるが、巨大化でスペックが引き上げられてもマルヤクデよりシャンデラの方が基本的には素早い。後続の候補に考えているポケモンも同じだ。それならあまり小細工をせずに攻撃をやり過ごして交代するしかない。原作ゲームならば恐らくダイマックスのターン数は決まっているだろうが、この世界ではあくまで目安時間しかない。体感での時間経過とシャンデラの残り体力を計算して交代させる必要が出る。

 燃える巨大ムカデのマルヤクデから極彩色の翅が無数に放たれ、不規則な軌道でシャンデラに殺到する。シャンデラにシャドーボールを撃たせて一部の翅を吹き飛ばし、一瞬だけ出来た道を通ってダイワームの回避を試みる。シャンデラを中心とした囲いはギリギリで突破できたが、ダイワームはその特性上、どうやら放った後も多少の軌道修正ができるらしい。最終的にシャンデラから少しずれた位置に収束した翅は、一気に破裂した。直撃は避けたものの、シャンデラはその余波を食らってしまう。

(……これは避け切れないな。ただでさえ広範囲な上に着弾点も弄れるのはきっつい)

「君のシャンデラはよく避けるね! 燃えてきたよ――ダイバーン!」

 技を変えてきたのは、俺の対処能力を見るのと、観客を飽きさせないためだろうか。

(効かないのは分かっているんじゃ……いや目くらましか!)

「手前に回避」

 シャンデラがダイワームから抜け出したそのままの進行方向では、迫りくる巨大な火柱の中心部へ向かってしまう。いくら炎がシャンデラに聞かないと言っても、火柱を叩きつけられる風圧で身動きが取れなくなるのはさすがにまずい。それを回避するために指示を出すが、当然ながら方向転換のせいで一瞬動きが鈍ってしまう。カブさんはそれも見越した位置に技を使わせたに違いない。こちらは技を撃たせる余力を全て回避に使わせたが、それでも燭台の形をした腕の一部が炎に巻き込まれた。無傷ではあるが、恐ろしく輝く火柱のせいで向こう側が見えない。何とかそこから抜け出したところで再びダイワーム。……このままだと圧殺されるな。

「回転しながら火炎放射」

 タイミング的に今度は包囲網を抜け出すことすらできないと判断した俺は、シャンデラにその場で横回転させながら火を吹かせた。疑似的な火炎壁を作らせて、少しでもダイワーム着弾の威力を減らそうとしたのである。飛んで火にいる夏の虫さながらの光景だが、極彩色の翅の数の方が圧倒的に多い。いくらか翅を相殺したお陰で先ほどよりは小規模ではあるが、シャンデラを中心に光が爆発した。

「……レベル差があるとはいえ、ダイマックス技をよく捌ききったね」

 カブさんはそう言って俺とシャンデラを見つめる。彼はシャンデラが詰みの状態であるのが分かっているのだろう。確かにその通りで、シャンデラが使える技ではこの局面を乗り切れない。恐らく次に喰らえば倒れるだろう。俺は速やかにシャンデラのボールを出した。ここでダイマックス時間を浪費させるのはカブさんに失礼だ。

「シャンデラ、よく耐えた。あとでご褒美だ」

 素早くシャンデラをボールに戻し、一秒足らずで交代のボールを投げる。……ボールに戻す一瞬前に、シャンデラが嬉しそうに見えたのは見間違いではないだろう。最終進化を遂げても食いしん坊なのは変わらなかったので、何を喜ぶのかは手に取るようにわかる。

「ミミッキュ、接近しつつ剣の舞」

 ボールから飛び出した瞬間に指示出しをしつつ、我が家のお嬢さんを見守る。ミミッキュは待ってましたとばかりに一直線にすっ飛んでいきながら、攻撃力を上げるために爪を研ぐ。

「っ、ダイバーンだ!」

「剣の舞」

 俺が両手を広げた長さより遥かに幅のある火柱がミミッキュに突き刺さる。だが俺は気にせずミミッキュにそのまま突破させた。ミミッキュにはばけのかわという特性があり、一度だけなら攻撃をかなり軽減できる。威力が高いダイマックス技でも問題なく突っ切れるのだ。それが分かっていた俺は、さらに攻撃力を高めさせた。

「……ダイウォール!」

「剣の舞」

 警戒したカブさんがマルヤクデの守りを固めるが、それならそれでこちらは更に攻撃力を上げさせる。ミミッキュの一撃が確殺に限りなく近づくし、カブさんにプレッシャーを掛けられるのでちょうど良い。ダイマックスの残り時間もそれほどないだろう。ダイウォールが切れた瞬間に攻撃を叩き込めば良い。

「くっ……ダイバーン!」

 ダイワームを撃たせないのは、ミミッキュには効果が低いことを知っているからだろう。マルヤクデの口がガパッと開き、火炎が収束した瞬間に俺は指示を出した。

「ゴーストダイブ」

「なにっ!?」

 カブさんが叫ぶ。ゴーストダイブとは、ゲーム的には1ターン目で姿を消し、2ターン目で攻撃をするという特殊な技だ。ミミッキュが影の中に姿を消した地点にダイバーンが着弾したが、当然ながらミミッキュは無傷だ。

 俺がタイミングを見計らったのは、ダイバーンをキャンセルできないところまで行かせるためだ。ここでダイウォールのバリアを貼られると、ミミッキュのゴーストダイブが無効化されてしまう。ダイバーンを撃ち終わり、まだ何もできない瞬間にゴーストダイブを当てさせるのが目的だった。

 さらには運も味方した。ダイマックス時間が切れたのだ。マルヤクデがガラル粒子を噴き出しながら、徐々に体を元の大きさまで縮めていく。ゴーストダイブで巨大マルヤクデの顎があった位置に出現したミミッキュは、小さな体をクルクルと回転させて落下しながらそれを追う。ここまで揃えばもう王手だ。元の大きさに戻った直後のマルヤクデの頭部を、剣の舞と落下速度、回転速度まで上乗せした凶悪な威力の爪が捉えた。

『――勝者、ルイ選手!』

 マルヤクデが倒れ伏すのに一拍遅れて、実況者の声がスタジアムに響き渡った。俺はすっ飛んできたミミッキュを受け止めて撫でてやりながら、歓声を受け止める。職歴の都合上、観衆から声を上げられるのはどうしても慣れないが、悪い気はしない。それはきっと、カブさんのお陰だろう。恐らくルリナ……いや、ルリナさんやヤローさんも、チャレンジャー向けに調整していなければこういうバトルができていたのではないだろうか。徐々に難易度を上げて行く都合上、三番目のカブさんの時点で俺を上手いことあしらってくれたのかもしれない。

 互いのポケモンをボールに収め、俺とカブさんはフィールドの中央で固く握手をした。その際、カブさんが俺に尋ねる。

「どうしてダイマックスを使わなかったんだい?」

「……ジャイアントキリングに燃えてしまって。胸を貸していただいてありがとうございます」

 この人が本気を出したら、そんな真似はできないだろうなと思う。まさに胸を貸してもらった、とするのが正しい。正直なところ、俺はダイマックスを用いたバトルがあまり得意ではない。絶大な威力を持つ技を使えるようになるが、逆に的もデカくなり、巨体による体重や空気抵抗増加の影響で動作も遅くなるので、真正面から技と技の殴り合いになってしまう傾向があるのだ。小技や小回りを生かしたバトルを好む俺にはやりづらい。それでも、この先はあまり好き嫌いしていられないだろう。

「今後は固執せずに、ダイマックスを取り入れたバトルを勉強しようと思います」

「ああ! ぼくも成長した君とリーグで戦うことを楽しみにしているよ!」

(さ、爽やか〜!)

 スポ魂ドラマのお手本のような笑顔を見せらせ、その輝きに俺は内心で慄いた。俺とはタイプがまるで違う人種だ。キバナともまた違う、何と言うか……遅咲きの青春を謳歌するスポーツ部の超前向き生徒っぽい。俺の二度目の青春期はゾルディック家だったからな……。

「だが、ダイマックスを使わないのは悪いことではない。君には是非ともネズ君と戦ってみて欲しい。この先も頑張ってくれ」

(ネズ? ……いつぞやにロトムが画像拾ってきたビジュアル系トレーナーか?)

 突然出てきた言葉に首を傾げるも、カブさんは爽やかな笑顔を残して去って行った。このままジム戦を突破し続ければ、ネズという人物と会うこともあるだろう。そう考えた俺は、踵を返して控室へ向かった。



+ + +



ターン制じゃないバトルでダイマックスしたら、技はそれなりに撃ち放題だと思ったりしてます。少なくとも3回撃って終わりっていうのはなさそう。
あとここまでの時点で兄さんにアドバイス的なことが言えるのはカブさんくらいとも思ってます。カブさんは本当にすごいしいい大人。



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