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君はカナリア
萌え 2020/09/13 23:38


・景光兄さんと麻衣兄同居シリーズif……に繋がる?
・多分その後はなんやかんやで同居ルートになるのかも
・景光さん視点
・ジンニキに拉致られて連れ回されてる麻衣兄さん
・ウィスキートリオ揃ってる時代





 実力を見るためか、あるいは篩(ふるい)にかけるためか、ウィスキーの名を冠した新人三人組は概ね一纏めで仕事を回されることが多い。とは言え必要以上に馴れ合う様子を見せるのは得策ではないため、景光――スコッチは降谷――バーボンとこれまでとほぼ変わらない距離を保っている。ライに至っては仕事以外での関わりなど皆無に等しい。スコッチとしては、ライは同じスナイパー(狙撃手)であるため差別化に苦しんでおり、関わりを深めて探りを入れる余裕があまりないとも言える。公安が入手している幹部の情報でも、スナイパーは多い。その中で新人であるスコッチが食い込んでいくには、並大抵の努力では通用しないのだ。今のところ、スコッチはスナイパーとツーマンセルを組むスポッター(観測手)としても優秀であるため、そのスキルを使っての立ち回りを模索している最中だ。

 無論、たゆまぬ努力の必要性は、探り屋として名を挙げたバーボンにも言えることではある。……そのバーボンは、ライとはそりが合わないらしい。バーボンの設定でも、降谷本来の性格でも、あまり相性が良くないのだろうか。ライの無口でぶっきらぼうな様子というより、時折見せる見透かすような態度が気に喰わないのかもしれない。

 その、三人一纏めにされてもよく分からない相手・ライ。切れ味の鋭いナイフのような容貌の彼が、任務のために待ち合わせた雑居ビルの裏手で、小柄な人間と向き合っているのを見つけたスコッチは表情の作り方に困った。二人は夕闇の中でもすぐに分かる、滑稽なほどの身長差だった。組織の関係者において、そこまで小さな人間はそう多くない。

「世話になった、ピクシー。林檎とクリームでもいるか?」

 ぶっきらぼうな無表情ながらも、感謝を示しているらしい相手はカナリア・シャンメリー・フェアリーテイルなどと好き勝手に呼ばれている例の少女だった。以前と同じようにオーバーサイズのパーカーのフードを深くかぶっていたが、顔を隠しているのは狐面ではなく仮面ヤイバーのお面だった。それでいいのか、というかジンが許したのか真面目に聞いてみたい。そしてそんな相手に、ライがファンシーなことを真顔で聞いている光景がやたらとシュール過ぎる。

「ピクシー?」

「ジンの妖精なんだろう?」

「また呼び名が増えた……」

 仮面ヤイバーがげんなりとしたように見えた。ヒーローのそんな顔は正直見たくない。

「林檎とクリームというのは」

「ピクシーに振舞う御馳走と言われている。ボウル一杯のクリームと林檎一つが定番だ」

「自分は牛もつ煮込みとかも好きですよ」

 仮面ヤイバーはとても肉食系だった。みんなの夢を守るヒーローが率先して夢を壊しに行っている姿に、スコッチは少しだけライに同情した。本当に少しだけ。どうでもいいが、牛もつ煮込みを食べるのなら生ビールも合わせて飲みたい。

「……考えておく」

「いえ真面目に考えなくて結構です」

 彼女は特に困った様子もなくバッサリと切り捨てた。相変わらずやたらと肝が据わっている。ジンと平然と会話できる人間が、強面とはいえライに対して気圧されるはずもなかった。

「――やあ、久しぶりだな」

 いつまでも黙って眺めているわけにもいかず、スコッチは路地の影から彼らの方へ踏み出した。なお、バーボンは一緒ではない。既に情報収集の段階は終わっており、後は実働部隊であるライとスコッチが撃てば終わりだからだ。

「こんにちは」

 スコッチを見た少女がぺこりと頭を下げる。育ちが良さそうな物腰に、何故組織と関わりを持ってしまったのかと改めて疑問が湧く。両親が組織の構成員と考えるのが一番自然ではあるが、あの夜の彼女は完全に単独でジンに連れ回されているように見受けられる。あまりにも家族の影を感じられない。彼女自身、脅迫されているようにも、心酔しているようにも見えないフラットな態度だ。だが素直に身の内を尋ねるわけにもいかず、スコッチはにこりと笑みを浮かべた。愛想の良さは舐められる原因になるが、人間関係を潤滑にする要因にもなる。ライは仕事相手の愛想の良さなど欠片も気にしないように思われるので、どこまでも堅気にしか見えない少女に合わせるのが都合がいい。スコッチとしても、その方がストレスにならなかった。

「あの時はありがとう。君の情報で助かったよ」

 幻覚剤の材料となる黒い蓮。確かに彼女が告げた通りの物があの研究室にあった。ジンやウォッカ、ライの目があったため、警視庁に持ち込んで成分分析に掛けるだけの微量すら懐に入れられなかったが、前知識を得ていたから幻覚作用の餌食にならなかった。あの情報がなければ、スコッチたちは何も分からないまま殺し合いを始めていたかもしれないし、何らかの弾みで古巣の情報を漏らしていたかもしれない。

「いえ、お兄さんもお元気そうで良かったです」

(普通だ。普通のやり取りだ)

 格好以外は一般人の域を出ない平凡なやり取りに、スコッチの気が抜けそうになる。しかしライの目もあるため、あまりぼんやりしているわけにもいかない。

「バーボンがお礼に食事に誘いたいと言っていたぞ」

 軽い調子でそう言うと、彼女は一拍置いてから「あの派手な顔の」と呟いた。確かに間違ってはいないが、何となく引っかからないでもない。少なくとも、彼女がバーボンに対して異性としての魅力をさっぱり感じていないことは分かった。

「サイ〇リアとかですか?」

「……もう少し高いんじゃないかな」

 スコッチは幼馴染を思い浮かべる。降谷でもバーボンでもその店には誘わないだろう、きっと。スコッチでもお礼と称して連れて行かない。もちろん、普段はとてもお安い店として重宝するだろうが。

「ところで何故ここに?」

 話が途切れたところでライが尋ねると、彼女はスコッチたちが屋上に上がろうとしているビルに目をやった。

「この辺りの下水道に詰まりがあるらしくて、それを解消しに」

「……ピクシーは下水道業者だったか?」

「いえ。ここに辿り着いたのは偶然です」

「ホー?」

 まるで信じていない声色だが、スコッチも同感だった。自宅でもない下水道の詰まりを彼女が気にするのもおかしな話だ。だが、彼女の穏やかな声色から、先ほどまではなかった僅かな頑なさを感じ取れた。強く踏み込まない限り理由を言わなそうであり、スコッチにそうするだけの理由もない。……ここで彼女が不愉快に思う事態を起こせば、その後ろにいる銀髪の男が黙っていないだろうと分かるからだ。

「このビルの排水設備を見たいんですが、問題ないですか?」

 強面のライの含みのある相槌など意にも介さず、彼女は朗らかな声で尋ねてきた。排水設備と言うと、トイレやキッチン、洗面所周りだろうか。雑居ビルの一階にはテナントも何も入っておらず無人の状態であるため、スコッチは彼女の望み通りに案内することにした。

 一階のドアにスコッチがピッキングを試みたところ、古く簡単な鍵だったためあっさりと開いた。ジンに連れ回されているとはいえ、未成年の前でピッキングをする気まずさでちらりと彼女を窺うと、少女はまるでスコッチの心情を読んだかのように「心因性の近眼なのでよく見えません」といい加減なことを言った。……よく見えているようにしか思えないのだが、本人がそう言い張るのでそういうことにした。踏み込んだ内部はコンクリートやパイプが剥き出しで、人が入らなくなって久しいのが見て取れた。少女はスコッチの脇をするりと通り抜けて内部に入ると、部屋の片隅に放置されているキッチンカウンターに近付こうとした。その小さな手に何かが握られていることに気付いたスコッチは、彼女に声を掛けた。

「それは?」

「お酒です」

「これが……?」

 足を止めて振り向いた彼女が掲げた小さな小瓶は、非常に深い蒼色をしていた。薄暗いからか、それは青光りしているように見える。青い酒と言えばブルームーンやタランチュラ、ヒプノティックなど様々だが、ここまでの青色ではない。瓶自体が青いのだろうか。しかし、じっと見つめていると徐々に気分が悪くなるような、けれど引き込まれて目が離せなくなるような……。

「お隣さんへの引っ越し蕎麦みたいなものだと思ってください」

 少女の声で、急に現実に引き戻されたような気分に陥った。スコッチの隣で、ライが僅かに息を吐き出すような気配がしたため、彼も同じ状態だったのかもしれない。

「それは……どういう?」

 彼女の言葉の意味がさっぱり分からない。だが、彼女は――恐らく面の下でにこりと笑った。そんな雰囲気がした。

「自分はここで大丈夫です。お二人はお仕事……ですよね? そちらに行かれてください」

 確かに、予定時刻が迫っていた。そろそろビルの屋上の狙撃ポイントで準備を進めないと間に合わない。しかし、無理矢理話を打ち切る様子には思わず踏み込んで事情を聞きたくなった。それでも聞くわけにはいかないのは、彼女の背後が厄介だからだ。スコッチは内心で大きなため息をつくと、できる限り愛想の良い表情を浮かべた。スコッチは幼馴染と違って吊り目がちなため、表情が硬いと相手に怖がられることがあるのだ。……彼女はスコッチが無表情でも、怖がりそうな気はしないが。

「分かったよ。それじゃあ、良ければアドレスを交換しないか? 食事の件は本当のことだから」

「え? ああ、いいですよ」

 こういう時、スコッチというキャラクターがライと違ってまだ接しやすい類で良かったと思う。アドレスを求めるのにさほど抵抗がないのだ。ライもスコッチの後、そのうち礼をするという口実でアドレスを交換していたが。

 その時だった。

 ――リ……、リ……。

 鈴だろうかと一瞬だけ思いかけ、そうではないだろうと断ずる。鈴にしてはその音色は甲高いような、捻じれたような、あるいは低いような、とにかく奇妙で耳障りな音が聞こえた。

 キッチンカウンターの方から、錆びた金属が擦れるような音までもが聞こえた気がする。いや、聞こえた。奥の奥の方から、ざらついた何かを這うような、それが徐々に近づいてくるような、そんな。

 夕方が終わりを告げる。夜がすぐそこまで忍び寄ってくるように、何かが這い寄ってきている。靴底がコンクリートを叩くような音はまったく聞こえなかったが、スコッチには何故かそれが足音なのだと感じた。少女の向こう側、キッチンカウンターの方角、その内部、あるいはその地下。古ぼけたキッチンカウンターが僅かに浮いたように見えた。まるで、その中から何かが這い出ようとしているように。





「テケリ・リ」





 それは玉虫色の――





「お兄さんたち」

 解れかけた思考が一瞬で元通りに絡み合う。スコッチの目の前では、子ども向けヒーローの面を被った少女が立っている。それだけだ。そう自分に言い聞かせた。そうでなければならないと。捜査官としてはあるまじき自己暗示だが、そうでもしなければ危険であると本能的な部分で感じていた。似たような感覚に襲われたのか、ライはスコッチと同じく立ち尽くしている。

「もう夜になります。さあ、早くお仕事へ」

「おい」

 やや掠れた声を上げたのはライだ。スコッチはそれすらできなかった。

「お前は魔法使いか?」

「ピクシーじゃなかったんですか?」

 ライの荒唐無稽な問いかけに対し、少女は肩をすくめる。ただそれだけのはずだが、小さな体の後ろに途轍もない“何か”が“いる”気がして、スコッチは無意識に半歩下がっていた。平凡な態度を取って見せる彼女は日常の最期のよすがであり、こちらに手を伸ばそうとしている非日常に束の間の蓋をしているような予感がした。不吉な黒い蓮を見た時以上の圧倒的違和感。それを強引に捻じ伏せようとする少女の不協和音。

 分かっていたはずだ。あのジンに連れ回されているのだから、子どもであっても“何か”がある。加えて、ジンを相手に豪胆な態度。あの黒い蓮に関する深い知識だけで、ジンが銃を取り出すこともなく傍に置くはずがない。今スコッチが感じているのは、その理由の一端に違いない。

 彼女はライの問いかけに真面目に答えることはなかった。それでも、スコッチは「はい」とも「いいえ」とも答えられなかったことに心の片隅で安堵していた。事実が明らかにされることは、全てにおいて良い方向に向かうとは限らない。

「星辰が過(あやま)つ静かな夜のうちに、早く」

 面で顔を覆った無貌の少女が、無邪気な子どもの形をした悪夢のような何かが、ぺこりと頭を下げた。何故かスコッチもライも圧倒され、言われるがままにその場から立ち退いた。夜の始まりを告げる挨拶が、スコッチたちにもたらされた最期の慈悲に思えたのだ。何も言い返せずに部屋から出たスコッチたちは、そのまま無言で雑居ビルの階段を上った。ビルの外壁に張り付いた非常階段は、錆びだらけで心もとなく、まるでスコッチの内心のようだ。

(星辰……?)

 屋上に辿り着いた頃、彼女の不思議な言い回しを思い返す。それは星、あるいは星座を指す言葉だ。だが一般的な単語とは言えない。スコッチは夜空を見上げたが、東都の明かりに照らされてそこには碌に星も浮かんでいない。繁華街の喧騒から離れた場所なので、静かではあると言えるが。

「勘に過ぎんが」

 大して口数の多くない男が、仕事道具を取り出しながら話しかけてきた。

「カナリア(日常)が鳴き止んだと思ったのは俺だけか?」

「いや」

 炭鉱のカナリア。坑道内の毒ガスをいち早く察知して鳴き止む安全装置。部屋から離れるよう促す彼女はきっと、カナリアだった。

「フェアリーテイル(お伽噺)も、あながち的外れじゃなさそうだ」

 いやに饒舌だが、ライも動揺を隠せないかもしれない。スコッチも、今更ながらに背中にびっしりと嫌な汗を掻いていたからだ。

「ナーサリーライム(子守唄)とは言わない辺り、ジンも考えている」

 確かにそうだろう。あの暗い部屋で眠りについたら、きっと永遠に目覚めない予感がするから。





 仕事を終えた後、スコッチはビルの一階に戻った。彼女がどうしているのか気に掛かったからだ。だが、内心恐る恐る開けた古いドアの向こうに彼女はいなかった。ただ、排水溝が大きくひしゃげ、無理に広げられたように変形したキッチンカウンターだけが残されていた。





+ + +





排水管にショゴス(神話生物)が詰まって鳴いてるだけです。業者を呼んだら発狂されるので、丁寧にお家に帰ってもらう話です。

兄さん的には「あっさり引き返してくれたなー」程度にしか思ってませんが、スコッチたちには滅茶苦茶ビビられてる。

星辰はクトゥルフ界隈ではよくある言葉です。なので、その表現が今後出たらちょっと警戒してくれるかなーと考えてあえて兄さんは言葉に出してます。



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