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変なトレーナーがいる
萌え 2020/06/29 00:03


・ポケモン剣盾に突っ込んでみた
・ゾル兄さん:ガラルの姿
・ポケモンのチョイスは完全に趣味
・キバナ視点





 その日、キバナは奇妙な光景を目の当たりにした。

 キバナはナックルシティのジムリーダーであるため、リーグ開始当初から中盤までは出番がない。そのため、数々の戦いを勝ち抜いた挑戦者たちを待つ間は、自己研鑽も兼ねてワイルドエリアに行くことが多い。今年のリーグ開会式が終わり、しばらく経った日のことだった。

 フライゴンに乗ってげきりんの湖に向かったキバナは、その奥地にある陸地で、一人の男がせり出した岩に座っているのを見つけた。それはいい。だが、男の前にドラパルトやゴルーグ、ランプラーなどのゴーストポケモンがずらりと一列に並んでいるのが理解不能だった。これは絶対に面白そうな何かがあると確信したキバナは、フライゴンをやや降下させて上空から男に声を掛けた。

「なあ! あんた、何してんだ?」

 突然声を掛けられても驚く様子一つ見せない男が、腰かけたままの姿勢で上空を仰ぐ。黒髪に銀メッシュの、顔が整った青年だった。キバナと年が近そうに見えるので、話しかけるにも遠慮がいらなそうだ。

「え? ……ああ、採用面接です」

 冷たい整い方をしている容貌の割に、青年はどこか間の抜けたような、朗らかな返しをした。しかし発言の意味が理解できず、キバナは首を傾げる。

「……本当に何してんだ」

「知り合いにバトルするには手持ちが少なすぎると言われたので、ヘッドハンディングしようかと」

「ゲットってそんなやり方だったか……?」

 絶対にそんなやり方ではないと思われる。出会ったポケモンと戦い、ボールを投げてゲットするのが一般的なはずだ。何故人間の入社試験のような場面になっているのか。キバナの疑問を察したのか、青年が付け加えた。

「前回は野生のロトムを募集したら内戦を始めてしまったので、面接方式にしたんですよ」

 そういう問題ではないし、それはそれでどういう問題なのか非常に気になる。

「ちょっと理解が難しいわ」

 ちょっとどころではなくだいぶ難しいが。

 しかし気になる。面白そうなのは変わらない。キバナはフライゴンから身を乗り出した。

「なあ、興味あるから見ててもいいか?」

「ポケモンたちを刺激させない程度ならどうぞ」

 青年はそう言うと、ポケモンたちに視線を戻した。

 キバナはフライゴンをゆっくりと降下させ、青年の背後に飛び降りた。列を作っているポケモンたちはジロジロとキバナ――ではなくフライゴンを観察したが、少しすると興味を失ったようだった。……もしかすると、ゴーストポケモンではないからだろうか。様々なゴーストポケモンがお行儀よく列をなす光景は是非ともロトムに撮影させたかったが、懐からロトム(ゴーストタイプ)を出そうものならライバルかと睨まれそうな気配を察したため、目に焼き付けるだけに留めることにした。

「はい、次の方どうぞ」

 男は確かに面接をしていた。クソ真面目に採用面接をしていた。

 並んでいたドラパルトがすっと両手を差し出す。両手に抱えられていたのは小さなドラメシアだ。

「えっ。もしかしてお子さんを推薦される感じですか?」

(どんな感じだ!)

 訳が分からない。が、それ以上に面白い。ドラゴンタイプのジムリーダーとして、気難しいとされるドラゴンポケモンに我が子を差し出される男の行動が気になって仕方がない。

「簡単に志望動機をお願いします」

 男の言葉に対して、ドラメシアが「ドラー」だの「シアー」だのと鳴いている。すると男の傍らに浮いているスマホロトムが、相槌を打つように上下にふよふよとしつつ、人間の言葉にそれを通訳していた。

「ご主人についていったら食いっぱぐれがなさそうって言ってるロト」

「うーん正直。強かでいい。食いしん坊可愛いぞ100点」

「さっきから全部100点ロト……」

 面接のようだが漫才にも見えるやり取りが、本当に青年の見た目と似合わない。どうやら面接と銘打っている割に、青年はポケモンたちを選びきれていないようだ。ここまで呆れた声を出すロトムをキバナは初めて見た。

 どんなポケモンにだって可能性は秘められている。目的にもよるかもしれないが、問題がある個体なんているはずもないのだ。この青年は個体厳選派ではないらしい。むしろ厳選できない派のようだ。そういう人間こそ、偶然の出会いでのゲットを試みた方がいいと思うのだが。

 結局、悩みに悩んだ挙句決めきれず、青年は頭を下げてポケモンたちを解散させていた。……頭を下げたら解散してくれるのが謎過ぎるのだが。この青年、実は人間の振りした新種のポケモンだろうかと疑い始めたところで、ようやく彼がキバナの方をまともに見た。腰かけていた岩から立ち上がると、キバナよりは低いがなかなか背が高い。真正面から見つめたところで、キバナはようやくこの青年に見覚えがあることを思い出した。

(確か――ルイだったか? 強盗騒ぎで少しバズったヤツ)

 動画や見た目から受ける印象ではクールそうだったが、本人の様子を観察するに、実際は温厚そうだ。ロトムと掛け合いをする姿からは、人畜無害そうないい人オーラが滲み出ていた。やっていたことはかなり人外染みていたが。

「面接は収穫なしで終了です。あとはしばらくうろついてから帰るつもりですけど……あー」

 言い淀む青年――ルイに、キバナは名乗った。

「オレはキバナだ。トレーナーやってるんだが、お前はリーグの挑戦者志望か?」

 今年の開会式にルイはいなかったので、参加するとしても来年以降になるだろう。「そんなところかも」と曖昧な返しをするルイに、キバナは思い出しながら尋ねた。

「動画で見る限り、ミミッキュで充分戦えているように見えたぜ?」

「ああ、見てたんですね。俺はルイといいます。バトルしたい人がいるので、ちょっと真面目にトレーナー目指してみようかと思っているんですけど、手持ちが足りないと言われたところです」

 バトルしたい人というのはジムリーダーの誰かだろうか。ただそれに関してはさほど興味がなかったので、キバナは手持ちの数を尋ねた。

「そんなに少ないのか?」

「こいつを入れなければ二匹ですね」

 こいつ、と称されたのはルイの傍らで浮いているスマホロトムである。

「スマホロトムを頭数に入れる奴はさすがにいねぇな……」

 ロトムを使うトレーナーももちろんいるが、彼らとてスマホに憑依するロトムとバトル用ロトムは分けている。分けるものである。スマホロトムはスマホの機能に夢中なので、バトルに裂く余力などないのだ。

 一方、ロトムは何かを、というか自分を素振りするような挙動を見せた。

「ご主人が望むならどんな奴でも八つ裂きにしてやるロト」

「そいつ凶悪過ぎないか??」

 勝手に「八つ裂き」とか言い出すロトムをキバナは見たことがないし、見たくない。キバナの自撮りの友であるロトムがそんなことを言い出したらキバナは泣く。

「ネットの海はロトムの庭ロト」

「社会的に相手を殺す気か!? せめて普通にバトルしろよ!!」

 キバナは震え上がった。SNSを頻繁に利用しているキバナにとって、ネット上での八つ裂きを宣言するロトムは恐怖の対象であった。トレーナーのルイを見ると、彼に「こいつ、自称サイバーゴーストポケモンなので」と頭の痛いことを言われた。彼には是非ともそのロトムが息絶えるまで末永く首を掴んでおいて欲しい。こんな魔物をネットの海に放逐したら社会が混乱する。

「……ま、まあ何にせよ、確かに少ないな。しっかし、どうしてあいつらはあんなに大人しかったんだ?」

 凶悪すぎるロトムから全力で目を逸らしてキバナが尋ねると、ルイはさらりと答えた。

「俺、どうやらゴーストタイプに好かれるようです」

「……変わった体質なんだな」

 死期が近い人間や病弱な人間にゴーストタイプが寄っていくことはあるが、ルイはそう見えない。純粋に好かれているようだ。飛び抜けて相性がいいのだろうと片付けることにした。

「じゃあ俺、気になることがあるので他のところに行きますね」

「気になること?」

「ええ。鳴き声のような音が聞こえるので」

 そう言うと、ルイはロトムを連れてその場から歩き出した。そんな音など聞こえないキバナが傍らのフライゴンを見上げると、彼はどこかソワソワしている。もしかすると、彼にもルイの言う鳴き声が聞こえているのかもしれない。乗り掛かった舟ではないが、特にやることもなかったため、キバナはもう少しルイについて行くことにした。

 驚くべきことに、ルイはポケモンの助けもなくまっすぐに鳴き声の元に辿り着いた。聳える崖の麓に、泥だらけのポケモンが二匹寄り添っていたのだ。二匹は縺れるように地面に転がりながらピィピィと鳴いている。よくよく見てみると、片方はモノズで、もう片方はドラメシアだった。どちらもドラゴンタイプの幼体で、別の種族だが臆病なのか、寄り添って鳴いている。モノズなんて目が見えないので触れるものに片っ端から噛み付くようなドラゴンだが、ドラメシアに齧られた様子はないので、本当に憶病な個体なのだろう。

「どうしたんだ? もしかして迷子かな?」

「お腹減ったって泣いてるロト」

 ルイはゆっくりと二匹に近付くと、泥で汚れることも気にせず彼らの傍で膝をついた。少し逡巡してからドラメシアの方にそっと手を伸ばすと、ドラメシアは小さな両手で彼の手を掴んだ。そして鼻先を指に押し付けて様子を窺い、ぱくりと指先を咥える。母親の乳を吸う幼竜そのものだ。ルイがドラメシアの方だけ手を伸ばしたのは、そちらがゴーストタイプ持ちだからだろう。ドラメシアはゴースト・ドラゴンタイプで、モノズはあく・ドラゴンタイプだ。

 ドラメシアの鳴き声が聞こえなくなって戸惑っていたモノズも、ゆっくりと近づけられたルイの手に気付くとがぶりと噛み付いた。さすがにキバナはギョッとしてルイの手を救出しようとしたが、噛み付かれた当の本人は顔色一つ変えずに、口からはみ出た指先でモノズの顎を撫でている。モノズは雑食なので獲物の肉を噛み千切るくらいはできるはずなのだが、やがて噛み付くのをやめたモノズの口から引っ張り出されたルイの手は傷一つない。……奇跡的に歯が生えそろっていなかったのだろうか。

 しばらく経つと、ドラメシアとモノズはルイの腕の中に大人しく収まった。ドラメシアは相変わらずルイの指に吸い付き、モノズも彼のパーカーを物欲しそうに噛んでいる。どちらも腹が減って堪らないらしい。

「ご主人、連れていくロト?」

「そうしようかな」

 ルイは立ち上がると、キバナに振り返った。キバナは彼が言おうとしていることが自然と分かった。

「こいつらの飯って分かりますか?」 

「……当然だ。誰に聞いてるんだ」

 ドラゴンストーム・キバナに対して愚問である。キバナはにやっとすると、フライゴンの背中にルイを誘った。



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『友人と拾ったポケモンの世話してる。こいつら可愛すぎ』的なのがキバナさんのSNSに載りそう。兄さんとはそのうち気安い仲になる。



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