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トレーナーを目指すことにしたお兄さん
萌え 2020/06/28 23:57


・ポケモン剣盾に突っ込んでみた
・ゾル兄さん:ガラルの姿
・ポケモンのチョイスは完全に趣味





 とても今更ではあるが、俺はワイルドエリア内への侵入許可証を持っていない。そもそもポケモン世界に突っ込まれた瞬間からワイルドエリア内スタートなので、許可もクソもない。エリアから出る際に許可証の提示を求められるシステムじゃなくて本当に良かった。聞いてみると、ごく稀にだが野生のポケモンから逃げてくるトレーナーもいるため、出る際の確認はいちいちせず、入る際の確認を厳密に行っているらしい。……俺がロトムをゲットするためにワイルドエリアに入った時は、他のトレーナーが街の出口で何やら提示しているのを見たので、別の場所からこっそり出入りしたのだ。気配を消したまま垂直の塀を上がり降りする程度、どうってことはない。

 ワイルドエリアの侵入許可が下りるのは、一定以上の実力を持つと認められるポケモントレーナーだ。要するに、野生のポケモンに対しての自衛能力があるという証拠があればいい。それは例えばジムバッジだったり、実力のあるトレーナーやポケモン研究者からの推薦状だったりする。そして俺自身は自衛能力がある。有り余っているくらいにはある。はかいこうせんを筆頭に、まともに喰らったらヤバそうな技は山のようにあるが、どれもこれも当たらなければどうということをないを実践できる可能性が高い。一部の技は想像がつかないので初見殺しになりかねないが、その辺りはバトル動画を見るなり何なりすれば予習できる。これはSNSが発達したガラルでは難しくないことだ。ロトムに「試合で公式に認定されているポケモンの技を全部動画で見たい」と頼めば、張り切った彼がご機嫌でかき集めてくれるだろう(そしてパケット代が死ぬ)。だがしかし、最大の問題は“俺自身が強くてもしょーもない”ということである。手持ちのポケモンが強くないと、そもそも侵入許可は下りない。トレーナー個人の頑丈さは要求されていないので誰も確認すらしないのだ、当たり前だが。世の中にはスーパーマサラ人なる人種もいると聞くが、ガラルでは通用しない。なお、スーパーマサラ人筆頭たる初代主人公レッドさんだが、カントー地方どころかワールドチャンプとしてその名が轟いていた。さすが原点にして頂点。

 ワイルドエリア難民(文字通り)をやっていた割に公的な侵入許可証を持たない俺に、テオさんは控えめに言ってドン引きだった。「激強ミミッキュ(レベル的な意味で)が手持ちの癖にどうして野生なの」と叫ばれた。さらりと人を野生扱いするのはやめてほしい。次いで「どこでロトムをゲットしてきたの」と聞かれたので、素直に「塀と湖を越えた先」と言ったら両手で顔を覆っていた。そして最後には「誰かに突っ込まれる前に許可証を手に入れよう。できるだけ急いで」と据わった目で言われたので、俺はなんとなくではなく大義名分のためにミミッキュたちを鍛えることとなった。人はこれを隠蔽工作と呼ぶ。

 ポケモントレーナーというのは、実はリアルでやろうとするとかなり難しい。というのも、ゲームでのターン制と違い、刻々と変化するポケモンやバトルフィールドの状況を見ながら、リアルタイムで指示を出し続けなければならないからだ。当然ながら手持ちの技やタイプ相性などを全て把握していなければならないし、技や動きを瞬時に分かりやすく指示しなければポケモンは真価を発揮できない。さらに、トレーナー同士の試合ならともかく、野生のポケモンとの戦いでは、ゲームではあり得ない乱入が起こることもある。一対多数なんて結構あるし、いきなり背後を別のポケモンに攻撃されることもある。そんな世界に10歳程度の子どもたちが果敢にチャレンジする世界観は、何度考えても謎だ。

 俺の場合、正直に言うと指示出しが非常にまだるっこしい。言う前に自分で動く方が早いし確実だからだ。能力的に指揮官ではなく兵士向きなのである。どうするべきか考えた末、ミミッキュの“かげうち”をマイナーチェンジしたように、手持ちのポケモンたちをできる限り自分の手足の延長のように扱う方向へ訓練することにした。つまり自分の手足、あるいは持っている武器としての動きを仕込むことにしたのだ。その流れで口頭での指示省略のためにハンドサインなども教えていたら、それを知ったテオさんが「他のトレーナーと試合するとき、特に技に関しては口頭の指示にするんだよ」と忠告された。曰く、この地方のトレーナーはエンターテインメント性も求められるため、観衆が分かりやすいような戦い方をする必要があるようだ。ますます難しいぞポケモントレーナー。ちなみに、普通のトレーナーはテレビで見られるバトルが標準だと思っているため、そもそも黙って指示を出そうとする奴はいないとか。当てはまるのは警察の特殊部隊くらいらしい。俺はむしろ警察に喧嘩売ってるような職歴持ちなのだが。

 なんやかんやでモデルとドアマンの仕事をこなしつつ、手持ちの訓練をする毎日が続いたある日。仕事が終わった夜、ヒトモシと一緒に体力づくりのジョギング(のつもりが、ヒトモシの足が遅すぎて散歩)をしていると、公園に差し掛かったところで見覚えのある少女から声を掛けられた。銀髪の健康優良美少女サイトウちゃんだ。夜に女の子一人で不用心だと言おうとしたが、彼女の隣でムキムキのゴーリキーがポージングを決めていたのでやめた。どこから見ても不用心ではなかった。

「しつこくお声掛けしてしまってすみません。ですが、どうしてもお願いがしたくて」

 そう言うサイトウちゃんは、ナックルシティで行われるポケモンリーグの開会式のために来ていたらしく、本来の拠点はこの街の北西にあるラテラルタウンだという。今年の開会式も終わり、これからアーマーガアタクシーでラテラルタウンに帰る予定なのだが、乗る直前に俺を見かけたので追いかけてきたようだ……俺の体術を見たい一心で。

「モデルをなさっていると伺いました。スーツの広告は素晴らしいハイキックでした」

「……ありがとうございます」

 褒めるところそこかよ、というツッコミは全力で控えた。スーツの伸縮性を強調しようとして謎のハイキック指示をされた仕事だが、需要はここにあったらしい。サイトウちゃんは「やはり、あなたは只者ではありません」と前置きすると、真摯な様子で頭を下げた。

「わたしは、ポケモンたちと一緒に強くなりたい。そのために、あなたの強さの理由を見せていただきたいのです」

 美しい姿勢で頭を下げる少女の隣で、ゴーリキーが俺に筋肉をアピールする……いや気が散るわ! サイトウちゃんのために俺を威嚇しているのかもしれないし、筋肉こそ至高とでも言いたいのかもしれないが、シリアスな雰囲気が霧散しそうでヤバい。

 俺は全力で真面目な顔を作ると、真っすぐにサイトウちゃんを見た。疲れたのか、足元で俺のジャージの裾を小さな手でちょこんと掴み、腹ごしらえとばかりにオーラをつまみ食いしているヒトモシについては見ていないふりをする。ポケモンたちが空気を読んでくれない件について。

「俺は自分の体術には一定の自信がありますが、ポケモンバトルに関することとなると、サイトウさんが学べるものは持っていないと思います」

 これは正直な気持ちだ。現時点で、俺は自分の持つスキルと視野を手持ちのポケモンに転用できないか模索している段階で、誰かのトレーナースキル向上のための糧になれるとは思えない。サイトウちゃんは「そんなことは!」と否定しようとしたが、俺はあえてそれを遮って続ける。

「ですから、自分で納得できるくらいにトレーナーとしての力を付けてから、あなたに挑戦しに行ってもいいですか?」

 真面目なサイトウちゃんに対する誠実な落としどころとしては、こんなところではないかと思う。ここまで懸命にお願いしてくれる彼女に対して、無下に断るだけというのも気が引けるのだ。

「……はいっ! 是非!」

 凛とした空気を持つ彼女が、大輪の花が咲き誇るような笑顔を浮かべる。銀色の猫目が月明りを受けてキラキラと輝き、まるで宝石のようだった。これは可愛い。可愛すぎる。人気出るしかない。俺は心の中のいいねボタンを連打した。ラテラルタウンのジムリーダーが俺の推しになった瞬間である。ロトムが俺の懐で「フォローするロト?」と鳴いた。やめろお前的確に俺の心を読むな。今はそういう空気じゃない。

「……あ。ですが、今年のリーグ挑戦者の受付締め切りはもう終わっています。……ジムリーダーとしてお構いできませんし、バッジもお渡しできませんが、それでよろしければ今年中でもお相手させてください」

 そう言って、彼女が右手を差し出す。もちろん握り返した彼女の手は、俺よりも小さくて細いけれど、しっかりと鍛錬を積んだ武術家の誠実な手だった。当面の目標は、安定して金を稼げるようになることと、彼女に挑戦できる程度にはポケモンバトルに慣れることだ。

 ……別に、ゆくゆくは彼女からワイルドエリア侵入のための推薦状を貰えないかなとか思ってなど……いるが。汚い大人ですまない……。



+ + +



サイトウちゃんは可愛い。



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