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諸伏景光は添い寝する−下
萌え 2020/03/30 00:52


・景光さんと麻衣兄さんの同居シリーズ
・景光さん視点
・さりげなく親友がコナン世界にいる





 徹夜二日目はさすがにきつい。昨日よりさらに血の気が引いていそうだと思いながらリビングへ向かうと、昨日に引き続き朝食を作っている麻衣が出迎えてくれた。いつもと変わりない笑顔に心を浄化されていると、彼女はフライパンに敷いたベーコンの上に卵を二つ落としながら尋ねてきた。

「唯さん。霊の潜り込んでくる何かってもしかすると、子どもくらいの大きさだったりします?」

「ああ、そうだよ。……待った。どうしてそれが分かったんだ?」

「多分、同じ子が昨日の夜にこっちに来ましたよ」

「は?」

 じゅわ、と白身とベーコンが香ばしい音を振りまく。ポカンとする景光を知ってか知らずか(恐らく知ったうえでスルーしている)、麻衣はあっけらかんと続けた。

「唯さん大丈夫かなーと思いつつ布団の中でゴロゴロしてたら、急に何かが布団に潜りこんできたんです。で、震えてしがみ付いてきたのでよしよししてました」

「嘘だろ!?」

 連続の徹夜で疲れ切った割には力強い声が出た。それくらいには驚いた、麻衣の方へ出た事実よりも彼女の図太さに。

「麻衣ちゃん、アレをよ、よしよししてたのか!?」

「我ながらレベルの高いパントマイムでした。どう頑張っても見えなかったので」

 見えるとか見えないとかそういう問題ではないように思う。布団に潜りこんでくるヤバそうな何かの存在を聞かされておきながら、落ち着き払い過ぎたリアクションを取れるのは最早才能である。心配したくてもし損ねることがあるのは、間違いなくこの異様に強靭すぎるメンタルのせいだろう。いや、もちろん精神が強いのはいいことだが。

 今日の朝食は玉ねぎとジャガイモの味噌汁、白飯、ベーコンエッグだ。それを食卓で囲むと、麻衣が話を促してきた。

「それで、唯さん何かしたんですか?」

「いや……布団を捲ったらその、得体の知れない何かがいたから、驚いて壁際に逃げたんだ。手を伸ばされても無視したら急に消えて……」

 その結果、ソレが麻衣の方へ行ったということだろう。ついでに、その何かの見た目も事細かく彼女に伝えた。麻衣はじっと景光を見つめている。彼女に「他に気付いたことはありますか?」と聞かれ、もう一度思い返した景光はぼそっと呟いた。

「…………気のせいかもしれないけど、寂しそうな顔をしたように見えた」

 本当に気のせいかもしれないが、こちらに手を伸ばしても応える様子のない景光に、あの蒼白いものは落胆したように見えた。アレはそうして消え、麻衣の部屋に現れ、彼女に震えながらしがみ付いてきたという。

「今夜、自分の部屋で待ち構えてみます?」

「え?」

「その幽霊っぽい子は、唯さんにつれなくされてこっちに逃げ込んだように受け取れますし、今夜はこっちの部屋に来るかもしれないじゃないですか。とっ捕まえて話でも聞いてみます?」

 指摘された通り、何かの挙動は麻衣の推測のように受け取れる。だがそれにしてもあっさりと待ち伏せと交渉を提案され、景光は顔を引き攣らせた。

「ゆ、幽霊って会話できるのか……?」

「口がついてたら会話できるんじゃないですか? 今のところ実害出てないですし」

 確かに、景光の安寧な睡眠時間以外の実害は出ていない。いや、それとて続けば大ごとには違いないが。それ以前に、口が付いていればいいという判断基準は雑過ぎるように思える……いや、麻衣は上半身だけで動き回るあからさまにヤバい相手にも話しかけた前科を持っているので、全身揃っているなら楽勝とでも思っているかもしれない。

「あ、でも会話するのは唯さんでお願いします。自分だと顔も見えないので多分向こうの声も聞き取れないです」

 ……仰る通りである。仰る通りであるが、その役目はやりたくなかった。景光の手元で、半熟の黄身が潰れた。





 これで徹夜は最後にしたいし、何なら今夜中に決着をつけて眠りたいと願う景光は、その日はリビングで深夜を迎えた。麻衣は起きたままベッドの中で幽霊と思しきものを待ち構え、やってきたら壁をノックして景光に知らせる手筈である。もちろん、景光の方に異変があれば壁をノックし、彼女に知らせることにもなっている。彼女を徹夜に付き合わせるのは申し訳なかったが、「このまま引き摺る方が面倒臭いです」と一刀両断されたため、共同戦線を張ることになった。彼女は割と軽率にオブラートを破り捨てる性格だ。

 そして、どうやら相手は麻衣の元に現れたらしい。コンコンと小さく壁をノックする音が聞こえたため、景光は出来る限り足音を忍ばせて彼女の部屋に入った。

 ベッドの上に座っている麻衣は壁に背を預け、何かを抱え込んでいた。よくよく見てみると、昨日と同じ蒼白く不気味な子どもらしき何かが麻衣に抱き着いている。布団を被せられてそれ越しに背中を撫でられており、ひょっこりと覗かせた気味の悪い顔はこころなしか嬉しそうに見えた。そう、子どもだ。体の大きさから想像はしていたが、改めて見てみると子どもと思われる。……確かに麻衣は、不気味な子ども相手とは思えない自然さで、よしよしなるものをしていた。彼女の心臓には剛毛が生えているのかもしれない。

 子どもを抱え込んだ麻衣は、驚くほど普通の優しい笑顔で景光を指さした。

「あのお兄さんがね、君とお話ししたいんだって。少し聞いてあげてくれないかな?」

 まるで弟妹を優しく労わる兄のような声色だった。長野の兄を少しだけ思い出した景光は、しかし布団の中からこちらを向いた真っ黒な双眸に顔が引き攣りそうになる。麻衣があまりにも普通にソレを抱き締めてやっているのが信じ難い。彼女は不気味な容貌が見えていないからこそ、そんな真似ができるのだろうか。……見えていないのにそこにいる何かを抱き締めるのも、なかなか度胸がいると思い直した。

「あまり深く考えなくていいと思います。もし、……幼稚園くらいの子どもを突き放してしまった時とか、聞きたいことがある時とか、どういう風に話しかけるかを考えるだけです」

 戸惑う景光に麻衣が告げる。高校生が出来て、大人が出来ないのは少し恥ずかしい。景光は意を決して、幼稚園児くらいの大きさの子どもに話しかけた。昨夜の自分は、こちらに手を伸ばす幼稚園児を拒んだ酷い大人だと捉えて、慎重に言葉を選ぶ。

「昨日は……ごめんな。びっくりしただけで、君を嫌いになったわけじゃないんだ」

 戸惑いを捨てきれたわけではないが、できる限りの優しい声色で子どもに話しかける。子どもは麻衣にしっかりとしがみ付いたまま、じっと景光を見つめていた。眼差しに悪意はない、ように思える。子どもは確かに景光の言葉に耳を傾け、続きを待っていた。思い出してみれば、麻衣の言葉に素直に従って景光に振り向いたのだから、最初から話が通じそうな相手であった。

「君はどうして、オレの布団に何度も潜り込んできたんだ?」

 子どもは景光を見つめたまま、ぽっかりとした底の見えない空洞のような口を動かした。

 ――ぱぱ。

 隙間風のような、不思議な声が聞こえた。麻衣の声でも景光の声でもなかったので、それは子どもの声だったのだろう。呼びかけられて瞠目する景光を見て、麻衣が首を傾げた。

「唯さん?」

「……オレを見てパパって言ってる」

 布団の隙間から骨のような白く細い指が出ている。指は景光の方へ伸ばされようとして、しかし麻衣の指を掴んだ。

 ――まま。

 蒼白い子どもは落ち窪んだ眼窩で麻衣を見上げてそんなことを言ったが、彼女は全く聞こえていないのだろう。反応する様子がない。それなのに、麻衣は少し何かを考える顔をしてから景光に呼びかけた。

「……唯さん。こっちに来て、この子をぎゅーっとしてやってくれませんか?」

「ぎゅーっと?」

「はい。サンドイッチです。この子はうちの可愛い子! っていう気持ちで」

 彼女はいったい何を言い出すのだろうか。意図がさっぱり分からない。いや、景光に子どもを可愛がらせようとしているのは分かった。パパと呼ぶ幽霊に対して、父性を見せろと言いたいのかもしれない。

 景光は恐る恐る歩み寄ると、ベッドに片膝を乗り上げた。麻衣と蒼白い子どもが景光を見上げている。落ち着いて子どもを見つめてみると、意外と慣れてきたのかあまり怖さを感じなかった。麻衣に言われた通り“うちの可愛い子”をイメージしながら、景光は麻衣ごと蒼白い子どもを抱き締めた。三日月の口が笑顔の形で大きく開くのはやはり不気味だったが、何となく可愛げを感じなくもない。

 ――両親がいない寂しさを景光は知っている。両親の温かさを知っているからこそ、その喪失が幼心を深く傷つけるものだとも。得体の知れない何かでしかなかったモノの心情を、景光はパズルのピースが嵌ったかのようにすとんと理解した。この子どもはきっと、両親を求めている。

「……寂しかった、だけなんだな」

 ふ、と麻衣の顔が綻ぶ。凪いだ海のような雰囲気は、実年齢よりも彼女を大人びて見せた。ついこの間、中学校を卒業したばかりとは思えない。まるで、景光と同年代であるかのような微笑みだ。

「頭、この辺りかな?」

 麻衣の手が子どもを撫でようと彷徨う。危うく子どもの口に突っ込みそうになったところを景光が掴んで止めた。

「こっちだよ」

 自然と景光の指が彼女のそれと絡む。触れてみれば細くて頼りないのに、実際には温かくて強い手だ。その手ごと、景光は子どもの頭をそうっと撫でた。子どもの顔が一瞬だけ視界から消える、と。

(……あ)

 翳した手を除けた先には、あどけない子どもの顔があった。不気味な蝋のような姿は消え、幼稚園くらいの男の子が景光を見上げている。少年は景光と目が合うと、にぱっと可愛らしく笑った。安心しきった無邪気な笑顔に、景光の体から強張りが消える。男の子も体から力を抜くと、そのまま淡い光に包まれるようにして消えてしまった。

「……素直な気持ちで話しかけると、案外伝わりますよね」

 景光の表情の変化から、何かを察したのだろう。麻衣がにっこりとして景光を見上げた。

「でも話聞かない奴は何やっても聞かないから、その辺は生きてる人間と同じかな」

 肩をすくめながらそう付け加えた彼女は、見えていないだろうに視えていたかのように尋ねてくる。

「今何かいいこと、ありました?」

「ああ。多分、成仏してくれた、と思う」

 最後に見た子どもの顔は、とても安らかだった。あんなに幸せそうな顔で溶けるように消えるのなら、成仏と言うものは正しく幽霊にとって救いなのだろう。

「お手柄ですね」

「麻衣ちゃんがいてこそだから、オレは別に」

「助けを求められてたのは唯さんだと思いますよ。自分は話が拗れかけたのを戻しただけです」

 麻衣は謙遜して笑う。

「パパって言われたんでしょう? 安心させてくれる大人を求めていたのかもしれませんね」

 その通りなのだろう。あの子どもは一貫してこちらへ悪意を示さなかった。ただただ温もりを求めるように擦り寄ってきただけだ。景光は得体の知れない恐ろしさばかりが先行して気付けなかったから、やはり麻衣こそ最大の功労者だと思う。そう言っても、彼女は笑いながら否定するのだろうが。

「これでようやく安眠できますね」

「ああ。……」

 麻衣に微笑み返した景光は――未だに自分が麻衣と指を絡めた上に抱きしめたままであることに気付き、笑顔を凍り付かせてそっと身を引いた。麻衣は一切気にしていなさそうだし、実際そうだろうが、これは幼馴染にバレたらそろそろ東都湾に沈められかねないと悟るしかなかった。

 とてもとても重要なことだが、景光は、ロリコンではない。





 後日、大家に話を聞いたところ、景光達よりも五つくらい前の住人から景光が体験したような話は聞いたことがあるものの、その次の入居者からは一切聞いていなかったので、勘違いだと思っていたらしい。詳しくは言えないがと前置きしたうえで、体験した住人が夫婦で、それ以外が単身者だと教えてもらえた。もしかすると、男女が揃って入居した場合に現れる類のものだったのかもしれない。子どもの幽霊は「ぱぱ」「まま」と言っていたので、その推測は間違ってはいないだろう。ともかく、そんな状況だったので、物件情報に心理的瑕疵の記載がなかったようだ。

 一通り話を聞いた麻衣は、諦めたような半笑いで口を開いた。

「というか」

「うん?」

「結局ここも事故物件だったんですね」

 ――景光はそっと麻衣から目を逸らした。



+ + +



口かついてれば話しかける兄さん:別に口がついてなくてもイケそうなら話しかけるので、許容範囲はガバガバである。

パパとママをずっと待ってる子:不幸な事故で行方不明のまま帰ってこない両親を部屋で待ち続け、そのまま亡くなった少年。男女ペアの入居+生前が引っ込み思案だったのでしばらく時間が経たないと姿を現さない幽霊。パパ(代わり)とママ(代わり)に優しくしてもらえたら、安心して成仏できる。なお、成仏できないまま時間が経ち過ぎると悪霊化して、「お前らがパパとママになるんだよ!」系幽霊と化す。その一歩手前までいっていたが、勘違い景光さんに数日間添い寝抱っこされていたので踏み止まる。麻衣兄ではなく景光さんの方に先に行ったのは、単純に景光さんの方がパパの年齢に近いから。

SPR繋がりで綾子さんに護符頼まなかった理由:バイト始めたばかりでそこまで綾子さんの能力を知らない。護るという性能では親友の塩より護符の方が優秀そう。親友謹製の塩御守りは、対霊地雷みたいなものです。



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