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諸伏景光は添い寝する−上
萌え 2020/03/23 23:13


・景光さんと麻衣兄さんの同居シリーズ
・景光さん視点
・さりげなく親友がコナン世界にいる





 桜がすっかり散り、少しずつ青々とした葉が生い茂り始めた頃のことだった。自室で景光が眠っていると、小さな体が布団に潜りこんできた。気配に敏い景光はすぐに目を覚ます。潜り込んできた何かは、景光に擦り寄ってきた。

(……麻衣ちゃん?)

 思い当たるのは、同居している少女くらいしかいなかった。添い寝するために不法侵入する変質者などさすがにいるわけが……いや、変態ホイホイの名を欲しいままにしている気がする麻衣相手はあり得るかもしれないが、景光相手はいないだろう。短めの柔らかい髪が景光の首元をくすぐる。彼女は収まりの良い位置を探すように頭を景光の胸に押し付け、華奢な体でしがみ付くと大人しくなった。懐いてくる幼い子どものように感じた景光は、目を閉じたまま腕を動かして彼女を囲い込む。夜はまだ少し肌寒いので、ちょうど良い湯たんぽになるだろう。

(どうしたんだろう。明日の朝にでも聞いてみるか……)

 彼女に限って、部屋を間違えたなどという失態はやらかさないだろう。意図的に景光の部屋に来て、添い寝をせざるを得ない――独り寝が憚られる事情があるはずだ。今何も言いださないのなら、明日の朝に改めて聞いた方がいいと考えた景光は、素知らぬ振りで体から力を抜き、二度寝をする姿勢になった。

 ――どこか違和感を覚えたが、眠りはすぐに訪れたので気にならなくなった。

 翌朝、布団の中に彼女の姿はなかった。起き抜けにリビングで顔を合わせた麻衣はあまりにもいつも通りだったので、景光は昨夜のことを聞きそびれてしまった。またいつか機会があれば聞こうと決めた景光だったが、それは予想外にすぐに訪れる。

 その日の夜もまた、布団に潜りこんできたのだ。やはり同じように抱え込んでやったところ、景光に昨日覚えた違和感が蘇る。

(……麻衣ちゃん、体冷たいな。体調が悪いのか?)

 湯たんぽ代わりになるかと思って当てが外れたのを思い出したのだ。そもそも、筋肉量の少ない女性は男性より冷えやすい傾向がある。細身で脂肪すら薄い麻衣なら猶更だろう。セーラー服の上にオーバーサイズのカーディガンを着込んでいる少女の姿を思い出した景光は、むしろこちらが湯たんぽになってやる気概で“とても”小さな体を抱きかかえた。

(……いやいやいや。普通に考えて駄目だろオレ!!)

 翌朝。やはり一人だけベッドに残されていた景光は、朝日に照らされながら自分の行いにツッコミを入れた。いくら相手から潜り込んできたとはいえ、血縁関係など欠片もない男女で、片方は成人男性、もう片方は思春期の女子高生である。一度のっぴきならない状況で同衾――違う、同意の元添い寝をしたことはあるが、恒常的にするものではない。寒いのなら寝具を買い足せばいいのであって、添い寝をすればいいのではない。

 しかし、寝起きの彼女は普段と何一つ変わらない様子で、問い質すのが憚られてしまう。仕方なく景光は、直接的に聞くのを諦めた。

「……麻衣ちゃん、寒くない?」

「カーディガンを脱ぐと寒いですね。冬場は布団から出られなくなるので、春になってくれて助かります」

 唐突な質問に小首を傾げつつも、愛想良く答える麻衣は、やはり普段通りの姿で昨夜のことを匂わせない。それでもにこにこしている妹分が最近可愛くて仕方がなくなってきた景光は、彼女のためにワカメと豆腐の味噌汁をたっぷりお椀に注いでやった。今朝のメニューは味噌汁と白飯、おかずに納豆と野菜炒めだ。料理は概ね交互に担当しているが、景光の作ったものを麻衣が美味しそうに食べるのを見るのが、最近の新しい趣味である。今日も嬉しそうに食べてくれたので、眺めていたら昨晩のことを追及するのを棚上げしてしまった。

 そうしてその日の夜もまた、景光の布団に潜りこんできた。さすがに何も言わないわけにはいけないと考えた景光は、腕の中に入り込んだ彼女を見ようとして――瞼が開かないことに気付いた。そもそも、腕以外が動かない。他の部位を動かそうとしてやっと、体が異様に重いことが分かる。

(え……何だこれ。どうなってるんだ)

 呼びかけようにも、声すら出ない。まるで金縛りとやらに遭ってしまったかのようだと考えた景光は、もう一つの違和感に気付く。

(……あの匂いがしない)

 恐らく話せば同期にすら犯罪者扱いされると思われるので絶対に言えないが、景光は麻衣が漂わせる仄かな香りを知っている。景光と同じシャンプーと、彼女自身の体臭が混ざった少し甘さのある清潔な匂い。それが全く感じられない。そればかりか、感覚を澄ましてみると、清潔どころか古い埃のような臭いがした。さらにはどこかで嗅いだ覚えがある、独特の甘くてぞっとするあの。

(甘い――そう、“捜査現場”で嗅いだような……、っ!?)

 古い埃と、死体の臭い。それに気づいてしまった景光は、突如腹の底に氷の塊を詰め込まれたような、まさに全身が凍り付くような恐怖を覚えた。景光がここ数日の間抱き締めていたのは、可愛い同居相手ではなく、得体の知れない死体ではないのかと。しかし、死体が景光にしがみ付くなんてあり得るのだろうか。

(ひ……)

 声にならない悲鳴を上げる。異様なほど冷たい指が、景光のシャツを握り締めてきたのだ。一方、景光の体は動かない。恐怖に囚われ、最早腕すら動かない。逃げられない!

 幸か不幸か、何者かは景光にしがみ付くばかりで、喉笛を噛み千切ることも、脇腹を食い破ることもしなかった。だが、景光の精神を摩耗するには十分すぎる。眠ることもできないまま時を過ごした景光は、いつの間にか気絶していたらしく、気づけば朝を迎えていた。もちろん、寝覚めは最悪だった。どんなに体を鍛え上げても、意味をなさない相手がいる。知ったつもりでいたが、それを改めて思い知らされる夜だった。

 最早一秒たりとも自室に居たくなかった景光は、血の気が下がり切った体を引き摺るようにしてベッドから離れた。体が動くことにこれほどまで感謝したことはあまりない。どうにかリビングへ行くと、既に制服に着替えた麻衣がキッチンで朝食を作っていた。卵と出汁の良い匂いがするので、出汁入りスクランブルエッグだろう。出し巻き卵に挑戦するも上手く巻けないと音を上げた彼女は、それからは潔く成形を諦めているのだ。味は普通に美味しいし、今の疲れ切った景光は彼女の背中を見るだけで浄化されるので問題ない。

 麻衣は景光に気付くと、焼いた玉子を器に移してからこちらに振り向いた。

「唯さん、おはようございま……す。また何かありましたか」

 バレるのが一瞬過ぎではなかろうか。それほどまでに景光は酷い顔色をしていたのだろう。以前までの潜入捜査に関することはともかく、こういった怪異現象については反応が素直な自覚はある。

 幸いにも、公安部の佐枝には「不可解な現象に遭遇したら、下手に隠さず谷山に相談しろ」と業務命令を受けている。曰く、その方が解決が早く、事態が深刻化しづらく、なおかつ彼女の情も景光に移りやすくなるから、らしい。面倒見の良さを逆手にとって、懐に上手く潜り込めということだろう。景光としては彼女を巻き込みたくない気持ちがあるものの、現実として一人で上手くいった例がないので、素直に相談することにした。

「麻衣ちゃん。ここ数日、オレの布団に潜り込んで添い寝とかしてないよな?」

「ええ全く」

 清々しいほど即答された。変質者を見る眼差しを向けられなかったことが救いだった。こうして添い寝相手が麻衣ではなかったことが1秒足らずで判明したため、景光は食卓を囲みながら、数日間に起きたことを洗い浚いぶちまけた。すると彼女は、玉子をつつきながら難しそうな声を上げる。

「うーん……。明日で良ければ、御守り貰ってきましょうか? 効果が過激なので、実害のない相手ならあまりお勧めできないんですけど」

「効果が過激?」

「霊を寄せ付けなくなるとかそういう類じゃなくて、霊が接触した瞬間に起動する、接触感知式爆薬みたいなものなので特殊なんですよ。悪意がある霊なら正当防衛かもしれませんが、そうでないなら爆さ……除霊しきれないと恨みを買いそうでちょっと」

「それ本当に御守りで合ってる?」

 今絶対、爆殺って言いかけただろ、というセリフを景光は飲み込んだ。

「オカルトチックで曖昧な話になりますけど、霊能力って奴をめちゃくちゃ持ってる親友がいるんです。持ち過ぎて、弱い霊なら睨んだだけでお陀仏するレベルの。ただ、宗教的な作法とかはさっぱりなので、勘で御守りっぽいものを作ったら本来意図した用途と若干ズレたみたいです」

「漫画のキャラクターみたいなお友達だね」

 景光がそう言うと、麻衣からは何とも言えない顔を返される。彼女も友人に何かしら思うところがあるのかもしれない。

 除霊しきれないと恨みを買うかもしれないという部分が大いに引っかかったため、ひとまず御守りについては見送ることとなった。その親友は、霊は視えるし聞こえるし殴れるという脅威の人物らしいが、直接家に来てもらうことも抵抗があるため保留としておいた。そのため、今夜に関しては布団に入らず様子見ということになった。景光が布団に入らなかった場合、相手がどういう行動に出るか確かめるためだ。

 そしてその日の夜。景光は決めたとおりに布団には入らず、リビングでインターネットを眺めて時間を潰していた。麻衣は「今のところ実害がないのなら」と既に自室に引っ込んでいる。深夜二時頃、景光は様子を見るために自室に足を踏み入れた。一見すると、特に不自然なところはない――と思いきや、一カ所だけあった。布団だ。ベッドの上に被せた掛け布団が、一カ所だけ膨らんでいる。まるで誰かがそこに潜り込んでいるかのように。景光は生唾を飲み込むと、足音を殺して近付き、布団を捲り上げた。

 ――そこには、顔があった。ただし、見慣れた少女の顔ではない。蝋のように蒼白い肌に、ざんばらの髪。三日月のように裂けた口からは、ところどころ抜け落ちた歯が覗いている。そして落ち窪んで何も見えない眼窩は、底なしの穴倉の様でしかないのに確かに景光を“見て”いた。

 景光は声にならない声を上げ、その場から飛び退った。これは絶対に人間ではない。ほんの一瞬見ただけでも確信できた。そして、ここ数日共寝をしていたのがコレであるとも察してしまった。縋りつかれた腹や胸の辺りがぞわりとする。

 それは布団の中から枯れ枝のような細く白い腕を伸ばした。明らかに自分に向かって伸ばされたと分かる様子に、景光は背中を壁に貼り付け、荒げそうになる息を必死に抑え込む。五分か十分か、それ以上か。睨み合った末に、何かはふっと溶けるように姿を消した。それでも安心できなかった景光は、朝が来るまでじっとその場に固まっていた。



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