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降谷零は踵を返す
萌え 2020/02/18 00:28


・麻衣兄と景光さん同居シリーズIF
・降谷さん視点
・降谷さんクトゥルフ未体験設定





「この前見かけたんだよ! ボクにギターを教えてくれたお兄さんをさ」

 その言葉に、降谷は呼吸を忘れて世良真純――赤井秀一の実妹を凝視した。彼女にギターを教えた男はスコッチ――諸伏景光。降谷の幼馴染で、既に死んだ人間だった。

「もしかしたら、近くに秀兄がいるかもしれない!」

 そう言ってはしゃぐ世良は、降谷の反応を確かめるためにわざわざポアロでその話題を出したのだろう。意味深かつ挑発的な視線を彼女から向けられた頃には、降谷――安室透の顔はいつも通りの気さくな喫茶店員のそれを完璧に取り繕っていた。

(ああ、でも……この子には見られてしまったかな)

 カウンターに一人で腰かけながら蘭たちの話を聞いていた小学生、江戸川コナンの視線はまっすぐに降谷に向いている。目敏い彼には、世良の言葉を耳にした時の動揺は完全にバレたと思って間違いない。けれど、コナンからいくら探られようが話すつもりはない。スコッチのことは降谷と赤井の間に横たわった因縁であり、いくらコナンであっても割って入られたくはなかった。降谷が自分でどうにかしなければならないことでしかないのだ。





 あの夜、景光はビルから飛び降り、全身を強く叩き付けたらしい。降谷がビルの屋上に辿り着いた時には全てが終わってしまっていたのだ。絶望と怒りと憎しみを抱えたまま平静を装って(上手く装えた気はしなかった)赤井とやり合い、壊れたスマホを回収し、非常階段を駆け下りた先に親友はいなかった。冷酷な月明りがコンクリートに飛び散った血痕を鮮明に照らし出し、衝撃の激しさを物語っていた。しかし、それだけだ。彼は夥しい量の血痕だけを残して、忽然と消えてしまったのだ。しかも、血痕はあくまでコンクリートに激突した時のものだけが残っており、そこから景光が這って動いたような、あるいは引き摺られたような跡は全くなかった。だが、一カ所だけ飛沫血痕が不自然に少ない方向があったので、景光が落ちたその瞬間、すぐ近くに何か、あるいは誰かがいたことが推測された。景光が姿を消したのはそれが原因だろうとも。

 降谷は必死に辺りを捜索したがとうとう彼は見つからず、一般人に見つかる前に血痕を隠滅する作業に追われた。赤井が手伝おうかなどと声を掛けてきたが、傍に居られると憎しみに任せて殴りつけてしまいたくなるので追い払った。そうして心がボロボロのまま、降谷は朝を迎えた。いつもと変わらない朝日は、半身が引き千切られた様な痛みを抱える降谷を癒してはくれなかった。

 その場での捜査には時間的限界があったが、景光の体の行方を捜すことはまだ諦めていなかった。その後は、降谷が辿り着く前に、組織の人間に連れ去られたのかと疑ってその線で探ってみるも、組織側と景光が接触したという情報はない。流れた情報は、ライがスコッチを殺し、その後始末をバーボンが行ったというものだった。赤井が組織にそう報告したのだろう。掃除をしている最中にウォッカの子飼いに動向を確認されたので(業腹なことに、景光の血液を採取された。そのお陰でスコッチの死を組織が信じたのだが)、それなりに信憑性のある話とされているらしい。ライはスコッチの命を使ってさらに成り上がるつもりだっただろう。しかしそのライも、FBIからのNOCだとバレて組織を追われた。降谷は怒りと憎しみと殺意に塗れ、しかし歯を食いしばって組織に残り続けた。戦友の、幼馴染の遺志を継ぐために、自分の役目を投げ出すわけにはいかなかったのだ。

 結局、降谷に残されたのは壊れたスマホのみ。幼馴染の死に顔を看取ることすらできなかった。





 世良真純の挑発染みた目撃証言を無視などできず、降谷は件の男を見かけたという杯戸町へ何度も足を運んだ。無論、組織にもコナンにも悟られないよう、細心の注意を払った上だ。とは言うものの、すぐに見つかるとは思っていない。何かの事情で立ち寄っただけならば、いくら杯戸町を訪れようと意味がないし、そうでなくとも誰にも悟られずに町一つを虱潰しに調査するのは時間が掛かる。景光が関わるとはいえ、彼は既に公安でも死んだと認識されているため、目撃証言一つでは風見を動かす理由にはならない。多忙の中をぬって、降谷自身が探すしかないのだ。

 そして、その時は訪れた。高校生の言葉一つを捨て置けずに足を運び続けた降谷の目に、ある男の姿が飛び込んできた。夕暮れの杯戸町商店街で、男はたまにポアロに訪れることもある少女――谷山麻衣と並んで歩いていた。彼女は学校帰りなのだろう、制服にスクールバッグ姿だ。一方の男はカジュアルな格好で、茶色い頭をでこぼこに並べた姿は、遠目には家路につく兄妹のように見える。コンビニで買ったのだろう真っ白な中華まんを半分に割り、互いの分を半分交換して食べながら歩いている姿は微笑ましかった。

 だが、兄妹ではないと分かる。降谷にはすぐに分かった。無精髭を剃って髪を染めていようが眼鏡をかけていようが、あの穏やかに微笑む青年が、降谷と長らく苦楽を共に過ごしてきた大切な幼馴染だと。降谷だって、学校帰りに景光と菓子パンを分け合って食べたことがあったから、懐かしさと共に確信を持つことが出来た。姿を変えた幼馴染は、あの頃と似た優しい顔をしていた。

(ああ――!)

 何だっていい。生きてさえいてくれるのなら。

 降谷は路地裏に体を滑り込ませた。感極まるこの身を、これ以上雑踏に隠しきれる気がしなかった。降谷は目頭を押さえて俯き、涙を堪える。生きていた! 生きていてくれた! 降谷はまだ一人ぼっちではなかったのだ! 志を共にした大事な親友は、確かに生きてすぐそこを歩いていた!

 夕暮れの赤い太陽はあまりにも眩しすぎて、降谷の目を焼いてしまいそうだ。とてもではないが、平静を取り繕って歩けそうにない。降谷は大通りに背を向け、靴底がべた付くような不快な道を歩き始めた。それが今の降谷の世界だった。けれど、今夜の月はとても優しい予感がした。



+ + +



その後の麻衣兄「ポアロのイケメンが急に優しくなって気持ち悪い」「孫を見るような目をされる」
ポアロのイケメン「この子、今のヒロと仲が良いんだな」「いざという時のために好感度上げとこ」
残念ながら好感度が上がるどころか引かれている。

幼馴染が生きてて嬉しいけど、安全を考えて接触は控えるルートの降谷零。でも鬼のように怒涛の調査をした結果、孤児と謎の偽装兄妹生活をしていると察して首を傾げる。



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