兄さんとフェイタンでポッキー
萌え 2013/11/11 21:39
・HH兄さんとフェイタン
・場所不明
・多分BL
「おいカマドウマ」
別名便所コオロギという、不名誉極まりない名前で俺を呼びつけたのは、黒尽くめで小柄な男だった。何故、俺をわざわざ虫の名前で呼ぶのかと尋ねるのは愚問である。なにしろ、彼にとって俺は虫けら同然なので、虫けらを虫の名前で呼ぶのは至極当然なのだ。ただ、その虫の種類が妙にバリエーション豊かなのは不思議である。彼の虫けらに関する語彙力が豊富なせいで、俺はいつまで経っても本名で呼ばれるどころか虫けらから進化しないのだが。
ともかく、俺が呼ばれたことは確かなので、俺は大人しく彼に振り向いた。拷問が友達なこの男を怒らせるのは、竜の逆鱗を引き抜くことと等しい。振り向いた先では、彼が腕組みをして俺を見上げていた。
彼――フェイタンは、刃のように細い目で俺を睨みながら言う。
「私とポキーゲームするよ」
その言葉の理解を、俺の脳は拒んだ。だが何度も脳裏で反芻し、ようやく意味を解するに至る。その結果、俺の口から飛び出したのは、非常に単純なものだった。
「は?」
「あ?」
「どうか俺にポッキーゲームのお相手をさせてください」
俺の言葉と同じ字数で返された脅迫に、俺はすぐさま態度を変えた。フェイタンを怒らせる者は死あるのみである。
しかし、フェイタンがポッキーゲームとはどういう風の吹き回しなのか。殺伐とした彼と、某お菓子企業の戦略イベントは、あまりにもそぐわない。実は、フェイタンの頭の中では、ポッキーの両端を2人で食べ合うゲームではなく、相手の腕をぽっきりと折るゲームに変換されているのかもしれない。ポッキーなだけに。
(それは死ねる)
我ながら血の気の引く想像にぞっとする。俺はおそるおそる、フェイタンに尋ねてみた。
「ちなみに、ポッキーゲームのルールは?」
すると、フェイタンは心から蔑んだ目で俺を睨んだ。そこに手が出ないだけで感謝したくなるのは、俺がフェイタンとの付き合いに慣らされてしまった証拠なのだろうか。
「お前、そんなことも知らないのか。さすがのミドリムシね」
なんということだろうか。カマドウマだった呼び名がミドリムシにクラスダウンした。まさかの単細胞生物である。フェイタンは俺を鼻で笑うと、だが珍しくも丁寧に説明を始めた。
「まず、この菓子の両端を咥える」
「はあ」
フェイタンが懐から取り出したのは、見た目に似合わないポッキーの箱である。おお、現代日本にも共通するポッキーを使用するらしい。そして指示された動作もポッキーゲームの基本形である。俺は安心した。いや、安心しようとしたが、続けられた言葉に口をあんぐりと開いた。
「そのままの状態で相手に殺気をぶつける」
「は」
ポッキーを咥えてからの動作が大きく間違っている件について。何故だ。何故そこで殺気という単語が出てくるのだ。流星街風のポッキーゲームとは、かくも殺伐とした遊戯だったのか。
「殺気にびびて口を離すか手を出した方が負けよ」
「お願いですから辞退させてください」
俺はすぐさま、フェイタンに頼み込んだ。それは死ぬ。本気で死ぬ。そもそも俺には殺気が出せないので、ゲーム自体ができない。というかできてもやりたくない。付け加えるならば、対戦相手の間にポッキーが挟まっている意義はどこにもない。ポッキーゲームとはなんだったのか。ポッキーゲームは、いつから闇のゲームになっていたのだろうか。しかも、そのゲームをクリアしたところで、千年パズルは手に入らない。
「何ね、アオミドロ。お前、私の提案に逆らう気か」
今度は単細胞生物が多細胞生物にクラスアップしている。まあ、俺の呼び名がランクアップしたところで、フェイタンによる俺の扱いがグレードアップすることはないのだが。むしろ、拷問的な意味で扱いがグレードアップしないだろうかと怯える日々である。
俺はフェイタンに頭を下げた。何の躊躇いもなく低頭した。俺は死にたくないのだ。
「普通のルールでお願いしますフェイタン様」
そう、普通に。対戦相手の2人がポッキーの両端を咥え、じわじわと食べ進めていくゲーム。男女ペアならキス狙い、同性同士ならばある意味度胸試しのゲームを俺はやりたい。……やりたい、か?
(ん?)
そこまで考えた俺は、ふと重大な事実に気付いた。俺とフェイタンがポッキーゲームをするならば、俺とフェイタンがポッキーの両端を咥えるのである。そして、唇が触れ合う恐怖に苛まれながら、ポッキーを食い進めていくわけで。つまり、野郎同士の望まない衝突事故が起きる可能性が十分にありえるのだ。正確に言えば、フェイタンの心持ち次第で。
(……俺、墓穴掘ってね?)
掘っていたのである。恐らく、墓標持参で。
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