「此処がお前の部屋。布団とかは押入にあると思うけど、何か困ったことがあったら言って」











藤堂は要を振り返ってそう言うと、部屋の襖を開けて中に入った。彼に続いて部屋の中に入る。彼女が連れられてきたのは八畳ほどの小さな部屋だった。


中を見渡すと窓がひとつだけあり、その向こうには先程目にした立派な桜が生えた庭が見える。


「唐突だけどさ、お前本当に医者なの?」
「…本当に唐突ですね」
「だってそう見えねぇし。歳だって俺とそんな変わんないだろ?」


藤堂はそう言いドサッと縁側に腰を下ろした。ちらりと見ると、ぽんぽんと自分の隣を叩いている。…自分の横に座れと示す合図だろう。断る理由も無いので、要は素直に従うことにした。


要は手っ取り早く医者であることを示そうと手持ちの鞄から医学書を取り出す。それを藤堂に手渡し彼女はその隣に座った。


「……何これ」
「医学書ですけど」
「ふーん」


彼は貢をぱらぱらと捲っていくが、すぐに本を閉じて要に押し返す。


「……何これ」
「だから医学書で」
「そうじゃなくて!何、医者って皆こんなの読んでんの!?英語じゃん!」
「…私は読みたくて読んでるだけですけどね」


藤堂は溜め息を1つ吐くと空を仰いだ。屯所に着いてから何時間位経ったか分からないけれど、とりあえず今はまだ夜だ。何故なら空には月が出ているから。


「…何やってんの?」


要はごろんと寝転がって目を閉じていた。庭に咲き誇る桜の花の匂いと、春の夜風がすごく気持ち良いのだ。


「こうするとすごく気持ちいいんです」
「……なんかさ、お前って本っ当に緊張感無いよな」
「…そうですか?」
「全くだよ。女1人で新選組に連れて来られたってのに」
「…そういうの、あんまり気にしないですから」


要は身を起こすと、夜の空に輝く月を見上げる。江戸にいたときもよく見上げていた月も、京で見るとまた何か違った感じがする。


「あ、そうだ」
「?」
「藤堂さん、新選組に医療班というものはあるのでしょうか」
「お前なぁ…んなもんあったらお前を連れてくる必要なんかねぇだろ!頭使えよ頭!」


藤堂は自身の頭を指差しながら言う。マイペースな要と少し口調のきついであろう藤堂。胸中に、これから彼等と上手くやっていけるのかと一抹の不安が過ぎる。彼女は少し俯いた。


「…すいません」
「え、あー、うん」
「…」
「…つーか、俺も少しきつかったよな。ごめんな?冗談のつもりだったんだけど」
「…え、」


おずおずと顔を上げ藤堂を見ると、彼はなんとも言えない、申し訳ないような楽しいような顔をしていた。


「…気にしてないです。空気読めないってよく言われるので」
「あ、それ俺も」
「…藤堂さんもそうなんですか」
「おう!…あ、それから、その藤堂さんっての無しな!堅苦しいの嫌いだし、暫く一緒に暮らすんだから」


藤堂はニカッと笑い、要に手を差し出す。彼女はおずおずとその手を握り、彼と握手を交わした。幹部と並ぶとまだまだ小柄に見える彼だが、やはり男と女。手は藤堂の方が要より少し大きかった。


「俺もお前のこと要って呼ぶからさ。それで文句ねぇだろ?」
「(文句って…)まぁ、はい。馴れたら呼ばして頂きます。宜しくお願いします」
「敬語も無し!」
「…それも馴れてからで」


まぁしゃーねぇか。そう言うと藤堂は先ほど要がしていたように、縁側にごろんと寝転んだ。


「あ、ほんとだ。これ確かに気持ちいいな」
「…藤堂さんも意外と単純ですね」
「んなっ!?要までそんなこと言うなよ……ってあれ、山南さん?」


藤堂は要の知らない人物の名前を挙げた。山南さん。彼は真っ直ぐ前を見据え、その視線の先にいる人を見ていた。


そこにいたのは眼鏡を掛け和服を着た男の人。キョロキョロと周りを見渡し、藤堂の姿を見つけると要達のいる縁側に歩いてきた。近くで見ても背が高く、しかしその表情は何処か疲れているようにも見えた。


「起きてて大丈夫なの?」
「えぇ。お気遣い感謝します藤堂くん」


やはり山南と呼ばれる人は何らかの病気なのだろうか。会話や立ち姿から推測するものの、特に目立った症状などは無い。勿論詳しく診察すれば分かるかもしれないが、


ふと山南の目が要を捉えた。


「藤堂くん、その方は?」
「あー、こいつは今日から新選組の治療医になった市井要」
「治療医……ですか」
「要、この人は山南敬助さん。新選組の総長で……」
「今は総長と、羅刹の研究を掛け持ちしていますがね」
「山南さん!」


藤堂が山南さんの言葉を遮ったが時既に遅し。私はその単語を聞いてしまった。


羅刹


藤堂は眉間にシワを寄せていて、少なからずともその様子から怒っていることが分かる。またその様子は焦っているようにも見えた。そう、まるで




言ってはいけないことを山南さんが口にしてしまったような




「ああ、失礼しました藤堂くん。……市井くん、これから宜しくお願いしますね」
「…此方こそ」
「では私はこれで」


山南さんはそう言うと元来た道を帰って行った。要はちらりと藤堂の方を見る。丁度彼も山南さんが行くのを見ていたようで、ばっちりと目が合ってしまった。


「…山南さんって何か病気を患ってるんですか?」
「…なんで?」
「…いえ、何となくです」


要はふいっと目を背けた。しかし藤堂は彼女の顎に手を添え自分の方を向かせる。彼の瞳は先程まで話していた時の穏やかなものではなかった。


「要、お前は新選組――羅刹に深入りしない方が良い」
「………」
「もし」


藤堂が腰に差している刀に手を添え続ける。


「もしお前が何か漏らすつもりなら」




「俺がお前を斬る」




変わらず要の目を見て言う。


……ああ、彼は。


彼は、この場所が、ここにいる人達が、好きなのだ。そして彼は自分の大切なものを守る為ならば、誰であろうと容赦はしないのだろう。


(迷いが、ないとは言い切れないけれど)


良い目をしている。


「………ま、俺も進んでお前を斬りたいとは思わないし」
「…」
「それにさ」




「お前にはこれからやって貰わないといけないことが沢山あるからな」




要は勢いよく顔を上げた。彼は此方を見てはいなかったが、その声はどこか優しかった。


藤堂は縁側から立ち上がると、要を振り返って言った。


「さ、俺はもう寝るよ」
「…今日はありがとうございました」
「だーかーらー、敬語!!」
「…今日はありがと」


藤堂はうんうんと満足そうに頷くと、彼女の肩を軽く叩いた。


「何かあったら俺か一くんを呼んでくれたら良いから」
「一くん…?」
「?あれ、さっき一緒にいたじゃん」


(さっき一緒にいた一くん?)


要が今日一緒にいたのは藤堂、沖田、井上だけだ。それ以外は先程局長の部屋で会った局長と副長、原田で――あ。


「もしかして、あの白い布地の?」
「そうそう。彼が一くん」






「呼んだか?平助」






静かに聞こえた声に要と藤堂は飛び上がった。いつの間に通りかかったのか、なんとそこにはたった今話していた「一くん」がいたのだ。


「びっ…くりしたー!なんだ、いるなら声かけてくれれば良かったのに」
「何か話し込んでいるように見えたからな」
「別に大したことじゃなかったんだけどなあ。な、要」
「え、」


まさかここで話題が振られるとは思っていなかった要は歯切れのよい返事が出来ない。しかしそれを気にすることなく二人は既に別の話をしていた。


「千鶴何処にいるか見てない?要に紹介しようと思ったんだけど」
「彼女ならもう寝ている時間だろう。もう既に子の刻だぞ」
「うっそ、もうそんな時間?」
「ああ。……お前も、明日になれば嫌でも雪村に会うことになるだろう。焦る必要はない」
「千鶴喜ぶだろうな。何せ女」
「あの、すいません」


二人の会話を止めてしまうのは気が引けた。しかし、先程から聞こえてくる「千鶴」とやらが誰のことか要は知らなかった。それに今目の前にいる「一くん」も。


「千鶴ちゃんって誰ですか?」


要の問い掛けに藤堂は目を瞬かせ、「一くん」は呆れたように溜め息を1つ吐いた。


「…なぁ、俺、もしかして千鶴のこと喋らなかった?」
「はい」
「……冗談」
「じゃないです。あと『一くん』のことも」
「……」
「…………平助」


「一くん」の無言の圧力は凄まじかった。藤堂を黙らせた上、冷や汗までかかせている。


「一くん」は藤堂を睨み付け、此方を向き言った。迷いのない、真っ直ぐな瞳が要の姿を見据えている。


「…俺は三番組組長、斎藤一だ」
「市井要です。宜しくお願いします…えと斎藤さん」
「…」


要は何か言ったってしまったのだろうかと不安になる。相変わらず斎藤は彼女を見たまま黙りこくっている。


「……」
「あの、私何か言いましたか?」
「…人違い、か」
「え?」
「いや、気にするな」
「ちょっと、俺のこと忘れてない?」


藤堂は要と斎藤の間に割り込み唇を尖らせた。…まるで子供だ。診療所によくやって来る子供も、拗ねたらこんな風に頬を膨らませていた気がする。要はクスリと笑みを零した。


「ふふ、忘れてないです」
「…ようやく笑ったな」
「え、」
「………」


斎藤がぽつりと何か零したが要は聞き取ることが出来なかった。彼は満足げに私の方を見て薄く微笑んでいた。


「なぁ、そろそろ寝ないと。また明日は早いんだからさー」


いい加減待ちくたびれたのか藤堂は痺れを切らしたように言った。


「すまん平助。待たせたか」
「俺は別に良いんだけど…要が眠そうだからさ」


びくりと肩を揺らした要。失礼なことだと分かっているが、彼がそこまで洞察力に長けているとは思っていなかったからだ。それを聞いた斎藤は小さく「すまない」と呟く。要は目を丸くし、ふるふると首を左右に振る。


「ねっ、眠くないです!」
「…」
「本当に!」
「はいはい」
「…」
「…そう拗ねるな市井」


藤堂は笑う。むくれる要。それを宥める斎藤。端から見たらなかなか愉快な構図だろうなぁと頭の隅で小さく思った。


「あ、そうだ。明日は千鶴ん所行こうぜ」
「平助、お前は確か昼に巡察があった筈だぞ」
「げっ、まじで?」
「ああ」
「はぁ…ま、仕方ないか。要、同じ女同士。千鶴と仲良くな!」
「あ、うん………女?」


藤堂の言葉で要の思考は完全に停止した。…待て、今彼は何と言った。


「…斎藤さん」
「何だ」
「それは、私以外にも屯所に女の子がいるってことで合ってますよね?」
「ああ」
「ご名答!」




ああ、また頭が痛くなってきた。











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