二丁の拳銃と交換するのを条件にグラバーから受け取った白銀の拳銃は、素晴らしい代物だった。







小型で軽量、しかし射程距離は長く、装弾数が八弾と、以前彼女が所持していたものよりも増えていた。要は、自分が以前使っていた二丁の拳銃がどれ程旧いものなのか実感させられた。

グラバーが言うには始めから要にプレゼントするつもりだったらしいが、その話には今は目を瞑ろう。

木々の間を駆ける。大河が林の中にランダムに設置した的を見付けては、要はそれを白銀の拳銃で素早く撃ち抜いていく。ダンダンという銃弾の音が林の中に響き渡った。しかし、大方の的を撃ち終えた要を背後から見守っていた大河はやはりこう思うのだ。

可能な限り、彼女に拳銃は使わせない方が良い、と。

要が的を射止める時の集中力は凄まじいものだ。現に大河が要に止めるよう呼び掛けても、彼女の耳には届いておらず、的を探し続けた。

「要、ストップ!」
「…、あ、大河」

ただ集中し過ぎて聞こえていないのも問題だが、もし彼女の意識がもっと深いところへ入り込んで、そのせいで聞こえていなかったとしたら。拳銃を使っている時、彼女はとても危険な状態に晒されていることになる。

「あんた、耳聞こえてる?」
「聞こえてるよ。ただ一瞬遠くなっただけ」

首筋に流れる汗を拭いながら此方へ向かってくる要に、大河は一つだけ忠告した。

「戦う必要がないなら、それは使わない方が良いな」
「…なんで?折角グラバーから貰った拳銃なのに、」
「そいつだけじゃない。あの黒い拳銃もだ」

大河の言葉に要は首を傾げる。折角使える武器が手に入ったのに、それを使うなとはどういうことなのか。要は反論の言葉を止め、大河の言葉を待つ。

「見てた限り、拳銃を使ってる間のあんたはかなり危険な状態だった。つまり、まあ、自制心が効かないような状態だ」
「…」
「あたしが声を掛けても、聞こえてないみたいだった。あんたは拳銃を持つと、周りが見えなくなって、自分でブレーキがかけられないんだよ」

怖いんだ。そう言葉にする大河に、要も、心当たりがない訳ではなかった。

先日、南雲薫が沖田を襲撃した時。病に伏せ剣を握れない沖田の代わりに、南雲と彼の引き連れてきた羅刹を撃退させようと、拳銃を手に取った。しかし正直なところ、要にはそこから沖田に肩を叩かれるまでの記憶がなかった。拳銃を握ってから、沖田に肩を叩かれるまで。気が付けば南雲の手を撃っていて、沖田は変若水を手に持っていた。

だから、大河が言いたいことは、そういうことだろう。

「…分かった。出来るだけ、使わないようにする」

大河の進言を不服に感じている訳ではない。折角手に入れた戦うための手段を「あまり使うな」と言われるのは少々気分が下がるが、大河の言うことはもっともだ。使う必要がないのなら、使わない方がいい。そうだ、誰も殺さずにーー命のやり取りをせずに済むのだから。

要はグラバーから受け取ったその拳銃を、とりあえず着物の胸元へと仕舞った。






羅刹になったという実感が湧いてきたのは、変若水を飲んでから、そう長くは掛からなかった。

昼間に起きるのが辛い。どこかなんとなく体が怠い。陽の光に対する嫌悪感。爆発的な治癒力をもってしても、平助が羅刹になったことを喜ぶ人間は、幹部の中にはいないだろう。

油小路で死んだことになった平助。今はまだ辛うじて昼間に活動することが出来るが、人目に着く場所に出たり、組の隊士たちに稽古を付けてやることはもう二度と出来ない。そして、これからもっと時間が経つと、四季の移り変わりを感じることすら出来なくなるのだと思う。とても、悲しい。それでも、生きるために自分が選んだ道なのだ。他の誰でもない、自分が。

「…はあ」

あれから、様々なことがあった。御陵衛士に間者として潜り込んでいた斎藤と要は、暫く新選組を離れることになった。御陵衛士が壊滅した今、事情を知らない隊士からしてみれば、二人は新選組に出戻りしたようにしか見られない。斎藤は坂本龍馬暗殺の件で濡れ衣を着せられた、紀州藩・三浦の警護に、要は療養を兼ね江戸に向かったという。

平助が目覚めた時、要はもう屯所にはいなかった。警護先の天満屋へ出立する直前だったのだろう。幹部に混じり、身支度を整えた斎藤が顔を出した。平助の様子を見ると一瞬安心したように顔を緩め、しかしすぐにそこを離れた。斎藤の任務は、いつ誰に狙われるかも分からない三浦の警護だ。気を緩めるなど言語道断。次の朝には、彼も屯所から姿を消していた。

あの、変若水を飲んだ夜。おぼろげな意識の中で、要が自分に生きるか死ぬかの選択肢を示したことを、ちゃんと覚えている。そして平助の答えを聞き、彼女が泣きそうな表情をしたことも。

後になって、沖田も変若水を飲み羅刹になったことを聞いた。その場に要がいたことも。

たった一夜で、気の知れた隊士二人を羅刹にしてしまった。それが要の意志でやったことではないのは、勿論幹部皆が分かっている。しかしその事実が、要の心に大きな傷を負わせた。

「…要、帰ってくるよな」

彼女の意志で、またこの場所に戻って来るだろうか。平助がぽつりと零した問い掛けに、自信を持って頷ける者は、いなかった。

そしてもうひとつ。沖田が労咳であることを公表した。これには平隊士は勿論、幹部隊士さえ驚いたものだ。あの変な咳は、労咳のそれだったのだ。松本と要は早くから沖田の病気に気付いていたが自分が黙らせていたこと、二人に罪はないことを説明し乍ら、沖田は考えていた。

新選組を、離れるということ。

今までは漠然と、新選組の、近藤の剣として戦い死んでいくのだという考えしかなかった。そのように生きていく道しかないのだと、ある意味で絶対的な考えが沖田を支配していた。

ただ、今は、それを悲しむ存在がいる。

悲しませたくなかった。泣かせたくない。自分がまさかこんな感情を抱くとは思わなかった。だから、驚く一方で沖田は彼女に感謝しているのだ。このまま死んでいたら、知らないままでいたかもしれないこの感情を、自覚させてくれた彼女に。しかし彼女は沖田が病に侵されていくことを悲しんでいる。悲しんでいるのだ。

手を伸ばせば、彼女はこの手を取ってくれるだろう。優しい。だが、彼女がいるべき場所は自分の傍ではない。その微笑みが一番似合う場所は、

「…」

彼女には自分よりも、もっと、隣にいるべき人間がいる。お互いに支えられ、お互いを支え合う関係。あの二人なら大丈夫だ。そしてきっと、自分も。根拠など何処にも無いのに、何故だろうか、そう強く信じる自分がいた。別れの時も、きっと泣かないだろう。自分は死ににいく訳ではない。生きるためにこの道を選んだのだ。平助も羅刹になって生きる選択をした。そしてまた、自分も。

叶えたい、想いじゃなかった。ただ、願わくば、彼等に幸多からんことを。この先立ちはだかるであろう何もかもに、彼等が引き裂かれぬよう。

柄にもないことを願う自分がおかしく思えて、咳き込み乍ら、沖田は軽く笑った。











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