新選組を離れ、大阪を含めその他松本の管轄している山村の診療所を見回り、江戸へ戻ってきた要は、やはり元気がなかった。幸太の遊び相手になっている時も、診療所へやってきた患者の話し相手になっている時も、どこか心ここに在らずといった状態だった。

そんな要の様子を見兼ねた大河は、彼女に話を持ち掛けた。

「確か今、この辺りに武器商人が来てるらしい。テメーの拳銃ももう古いんだろ?一度見て貰ったらどうだ?」
「…いや、いい。晋作に貰った拳銃だし、まだ使えるから」
「いいから早く行ってこい。そんなウジウジした顔で此処に居られても、こっちの気が滅入るんだよ」

言いたくはないが、要の存在が診療所内の空気を悪くしていることは事実だった。大河はともかく、幸太や患者は気まずそうに、まるで腫れ物扱いするように要に接している。

それに、いつまでもそんな気持ちでいられても何も変わらない。元の要の方が良いに決まっている。大河の喝は要に対する愛でもあるのだ。

要は普段袖元に仕舞っている黒い拳銃X-P012と、鞄の奥底に仕舞い込んだまま使っていない古い拳銃を取り出した。それらを風呂敷に包み、手に提げる。

「…行ってくる」
「おう」
「行ってらっしゃーい!」

大河と幸太、そしてあずきに見送られ、要は江戸の城下へと向かう。大河の話によると、例の武器商人は城下町で町人の武器の品定めをし、気に入った物があれば何かしらの形で交渉を持ち掛けているというのだ。勿論、武器の修理も行なっているという。

歩を進める途中、要はその武器商人の風貌を聞いておくのを忘れていたことを思い出した。しかしそれは無用の心配となる。

「…外国人?珍しい」

城下町に降りて早々、黒髪の中に金髪を見付けた。外国人だ。長く伸ばした金の髪を後ろで一つに結び、洋装している。足元も勿論、日本人が履くような草鞋(わらじ)や足袋(たび)などではなく、革製のブーツだ。腰のベルトには銀色に光る拳銃を差し込んでいる。

その姿を、懐かしいと思う。要も外国にいた時、そのような姿格好の大人を見たことがあったからだ。

江戸の町に外国人がいるとは。最近の幕府は外国勢力を追い払わず、寧ろ歓迎しているように思えると以前平助が言っていたが、まさか江戸の町にまでいるとは思わなかった。

きょろきょろと周りを見渡しているその外国人。誰か知り合いの外国人でも探しているのだろうか?町人達は言葉が通じないことを分かった上で声を掛けないのか、遠巻きにその様子をちらちらと見守るばかり。

要は興味本位でその外国人に声を掛けた。

「…How can I help you?(…何かお困りですか?)」
「!」

英語で話し掛けられたことに驚いたのか、その外国人は勢い良く後ろを振り返った。今英語を話したのは勿論要である。日本人の、しかも女性が英語を話していることに更に驚いたのか、目を瞬かせた後、しかしにっこりと微笑んだ。

幼い頃外国の研究所にいた要は、そこで語学も身に付けさせられていた。英語は勿論、恐らく日本を除く他の国で使える言語も、幾つか話せることが出来る。中でも英語は彼女が幼い頃からのアビリティだ。

「Can you speak English? It is wonderful although you are Japanese woman!(あなたは英語を話せるのですか?日本人の、しかも女性なのに、素晴らしいですね!)」
「Oh, Thank you. …Are you looking for someone? If you need, I can help you.(ああ、ありがとう。…ところで、誰か探しているのですか?助けが必要ならば、力を貸すけど)」

そこまで話した時、その外国人は両手を軽く挙げて首を振った。降参を示すポージングだ。しかし彼は微笑んでいる。要はその行動の真意を掴むことが出来ず、首を傾げた。

「What's are you doing?(どうしたの?)」
「Sorry, …申し訳ありません」

外国人が、日本語を、喋った。その口から飛び出してきた流暢な日本語に、要は驚きを隠すことが出来ない。パクパクと口を開閉させる要に、その外国人は言葉通り、申し訳なさそうに微笑んだ。

「日本語も、話せるのです。ただ、貴女がとても流暢な英語で話し掛けて下さったものですから…日本人の、しかも女性と英語で話すのは初めてのことだったので…つい、会話を楽しんでしまいました」
「あ、そ、そうなんですか。そうとは知らずとんだ失礼を…」
「いえ、こちらこそ失礼しました」

その外国人は、名をグラバーと言うらしい。グラバーは特に誰か探していた訳ではなく、ただ城下町の様子を物珍しげに見ていただけのようだ。自分の早とちりに、要は思わず自分の頬が紅くなるのを感じて、両頬を手で挟んだ。グラバーはニコニコとその様子を見守っている。

「要さんは何の御用で?」
「わたしは…最近この辺りにいるらしい武器商人を探しに来たんですけど」
「武器商人?」
「はい。ただ、どんな人物か聞くのを忘れてしまっていて」
「それ、多分私のことです」
「…はい?」

グラバーはやはりニコニコと微笑んでいる。よく考えてみれば、拳銃を扱える日本人など、この江戸には探してもきっといない。要や大河のような特殊な人物を除いて。だから要はグラバーが武器商人であるということをすんなりと受け入れることが出来た。それと同時に、そんな簡単な推測も出来なかったことを恥ずかしく思った。

やはり新選組を離れてから、どうにも気が緩んで仕舞っているらしい。要はふるふると頭を横に振った。

「私の武器を、見て頂けますか?」
「勿論です」

あまり人目につく場所では困るという要の言い分を受け入れ、大通りから離れた小川の側で、取り引きをすることになった。

小川のほとりにあった大きな岩の上に腰掛け、要は持っていた風呂敷をその上で広げる。風呂敷を挟み、要の向かい側に座るグラバーは、それを見て感嘆の声を上げた。

「Wonderful! 素晴らしい!まさかこの日本で旧型のP-X012を見ることが出来るなんて…」
「わたしの名付け親から貰ったもので、もうかなり古いんですけど」
「P-Xシリーズはもう生産が終了していて、手に入らないことが多いんです。とても良い状態ですよ。丁寧に、大切に使用されているのですね」

グラバーに褒められ、要は少し誇らしくなる。その拳銃は彼女が高杉晋作から貰った唯一の武器だ。それを褒められて、嬉しくならない訳がない。

グラバーは暫くP-X012を愛おしそうに眺めると、大切そうに風呂敷の上へ戻した。次に、後の二丁の拳銃も手に取り眺める。

「此方はあまり使われていないようですね」
「…使うとしても、やっぱりその黒い拳銃が一番使いやすいから」
「…もし貴女さえよろしければ、ですが。この二丁の拳銃を、此方のものと交換しませんか?」

そう言ってグラバーが手持ちの鞄から取り出したのは、一丁の拳銃だった。白銀の光を放つそれは、小型で細身ながらも圧倒的な存在感を放っている。要はその美しさに、思わず目を奪われた。

「最新型の、S-H220型です」
「…綺麗」
「まだ日本には出回っていません。小型拳銃ながら射程距離も長く、軽いです」

でも、と要は迷う。確かにグラバーの提案は悪いものではない。寧ろ魅力的だ。普通なら断る理由などない。しかし要には悩む理由があった。

それを見透かすように、グラバーがすっと要の顔を覗き込む。外国人特有の、表現し難い不思議な、しかし綺麗な色の瞳に、要の姿が映り込んだ。

「…銀の銃弾も、勿論使えますよ」
「!」

しかし次にグラバーが発した言葉は、要の動揺を引き出すのに十分すぎるものだった。

思わずいつものP-X012を構え、グラバーから飛び退き距離を取る。あまりの彼女の警戒具合、にグラバーは苦笑を漏らしながら両手を軽く上げた。

「Sorry, 驚かせるつもりはなかったんです。どうか銃を下ろしてください」
「…貴方、何者?」

要はずっと心の内にあった疑問を口にした。最初からおかしいとは思っていたのだ。外国人が異国の地で、しかも一人で武器商人をしているなど聞いたことがない。

それに先程グラバーは、日本人女性と英語で話すのは初めてだと言った。それは裏を返せば、日本人男性とは話したことがあるということ。そしてグラバーと英語で話せる人間など、町人にはいない。恐らく、幕府のお偉方か、倒幕派の藩主としか考えられない。つまりグラバーは、一介の武器商人ではないということだ。

要の推理にブラボーと言い、彼女に拍手を送るグラバー。

「見事な洞察力です。…私が何者か知りたいのならば、私をその拳銃で撃ってみれば分かります」
「…本気で言ってる?」
「勿論です」

にっこりと微笑むグラバー。要は顔をしかめ、心の内で祈りながら、トリガーに指を掛ける。そしてーーーー

「…やめた」
「おや。撃たないのですか?」
「わたしはあなたを撃ちたくない」

要は構えていた拳銃を下ろすと、はあ、と息を吐き、再び岩の上に腰を下ろした。

あなたを撃ちたくない。要のその言葉にグラバーは一瞬ポカンとした表情を見せると、次の瞬間にはくつくつと笑っていた。

「やはり、彼女の言っていた通りですね」
「…?」
「ここで貴女が私を撃っていたら、何もお話しする気はありませんでした。でも、貴女は撃たなかった。だから、私の知っていることをすべて、お話ししましょう」

グラバーの言う彼女とは誰なのか。話とは。益々彼のことが分からない。首を傾げる要に、彼はやはり微笑んで、こう告げた。

「私は、貴女を知っています」
「…今日出会ったばかりなのに、わたしの何を知ってるっていうの?」
「私は貴女に出会ったことがあります。…貴女がまだ幼い子供だった頃、此処ではない、遠い異国の地で」

要は、自分の呼吸が止まったのを感じた。グラバーは、知っている。要のことを。要が要になる前の、あの頃を。

「知、ってるの?あの施設のこと…」
「はい」
「…どうして?」
「何度か、あの施設に出入りしたことがあるから。…実を言うと、私もこの地で言う、鬼なのです」

要は折角取り戻しかけた落ち着きを、再び手放しそうになっていた。鬼。今目の前にいるグラバーが。眩暈がしそうだ。申し訳なさそうに微笑むグラバーは、やはり鬼とは思えない。

「異国の地では、Vampire…日本語にすると、吸血鬼という存在です」
「血を求める…鬼?ならば何故、わざわざ日本に来たの」
「…あの施設の研究員に、頼まれたのです。日本という東洋の国に、変若水を広めてくれと」

変若水。その忌々しい水の名前に要の表現は目に見えて歪む。グラバーの表情も沈んだように思えた。

「私は貴女の何倍も長くこの世を生きてきました。だから正直、偽物の鬼などに興味はなかった。酷いと罵られるかもしれませんが…偽物の鬼がこの世に蔓延しようと、私には関係ない。ただ面白そうだから手を貸しただけだったんです」
「…」
「しかし、私の予想以上に、偽物の鬼…羅刹という生き物は酷いものだった」

この現状を見兼ねたグラバーは日本を離れ例の研究所へ向かった。この研究を止めるように。しかし。

「私が到着した時、施設は壊滅し、羅刹どころか人間ひとりいませんでした」
「…わたしが全員殺したからね」
「やはりですか。貴女がしたのではないかと、大体の予想はついていましたよ。…しかし、私はそれで良かったのではないかと思っています」

それよりも、今この世に蔓延している羅刹の対処をする方が先決だとグラバーは言う。

「幾つか案を考えました。変若水による効果を薄める方法や、吸血衝動を抑える薬の調合等も。どれもまだ不完全ですが、貴女に託したいと思います」
「すごい…でも、どうしてそれをわたしに?」
「…さあ、何故でしょうね。ただの気まぐれとしが言いようがありませんが」

グラバーは苦笑する。彼は、要よりもずっと長い年月を生きてきた。世の中の移り変わりを、たったひとりで傍観してきた。だから、今回の件は、本当に気まぐれでしかない。世の中に羅刹という存在が蔓延しても、彼に大した影響は何も無い。ただ。

「もしかしたら、貴女なら何とか出来るんじゃないかと、彼女がそう言っていたからです」

それに、そうした方が面白くなるかもしれないじゃないですか。そう言って微笑むグラバーの感性に、要は苦笑を漏らした。要よりも長い時を一人で生きてきた彼の考えることなど、要はよく分からない。人の不幸を喜ぶその特徴的な美学も。

ふと、先程からグラバーの話にちょくちょくと出てくる「彼女」の存在に、要は首を傾げた。

「大河、ですよ」
「え?…えっ!?」
「彼女の祖先、鈴鹿御前とは旧い知り合いでしてね。その末裔である彼女とも、親しくさせてもらっています」
「あいつ、そんなこと一言も…」
「彼女は、人間として生きることを決めたようですね。人間の男を愛し、そして人間との子を産んだ」

大河の中で、もう戦争は終わっている。その戦争というのは、様々な意味合いが含まれているのだろう。奇兵隊としての戦い、そして、鬼の血との戦い。大河とその妹・千姫が衝突した理由もまた、その血が問題だった。

鈴鹿御前の末裔として生きて行く千姫と、何者でもない人間として生きて行く大河。伝統と革新。相容れないと分かったからから、二人は袂を別ったのだ。

しかし、それで良いのだとグラバーは言う。人は選択し続けて生きて行く生き物だと。それもまた運命の流れなのだと。

「今回はたまたま江戸に寄ってみただけですが、貴女に会えて本当に良かったと、心から思います」
「…わたしも」

グラバーはこれから京へ向かうらしい。京へ残してきた、大切な人がいるのだと言う。風の噂によれば、鳥羽伏見で大きな戦火が立ち始めているという。そんな危ない場所に戻ろうとする彼を、要は止めなかった。彼女もまた、もう暫く後に、同じことをするだろうから。

「グラバーは、これからどうするの」
「…人間として、この世を生きて行こうと思います。たとえ彼女が短い命だとしても、私は彼女との思い出があるだけで、生きていける」

大河がそうしたように、グラバーもまた吸血鬼ではなく人間として生きていくことを決めていた。大切な女性と共に。

「貴女ももし大切な人がいるなら、後悔しない生き方を。それが私の願いです」
「…ありがとう」

去って行くグラバーの背を見送りながら、要は思いを馳せた。

あの、懐かしい瞳に。










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