「そろそろ、ですかね」









月日が流れるのは早いもので、要と斎藤が御陵衛士として活動し始めて、もう半年もの月日が経った。間者として潜り込んだ斎藤は衛士として、要は御陵衛士に雇われた医者として活動してきた中で明らかになったのは、伊藤率いる御陵衛士は明らかに新選組に対し敵対行動を取ろうとしているということだ。表現からして穏やかでないそれだが、もっと差し迫った問題が一つ。彼らは新選組・近藤局長の暗殺を企てている。斎藤が集めた情報と、要が伊東から聞いた話を照らし合わせても、間違いないだろう。

「それにしても…あんたがそんな口達者だとは思わなかった。伊東さんからそんな話を聞き出すなど」
「聞き出したんじゃありません。向こうが勝手に話し始めただけですよ」

夕餉が終わり、衛士による会議が開かれた後、斎藤を捕まえた要は彼の部屋に転がり込んだ。けらけらと笑う要に、斎藤も思わず口の端を緩める。

聞き出すのではなく、向こうが勝手に話し始める。例えそうだったとしても、それも要の一種の才能であると斎藤は思った。今も彼女の漆黒の目を見つめると、吸い込まれそうにな感覚に陥る。彼女が何も言わなくても、勝手に言葉が口をつくような気がするのは、斎藤も頷けたものだ。

新選組にいた頃から伊東に気に入られている節があったのは、要本人も自覚していた。ただ、それが恋慕ではなく信頼めいたものだということは、既に伊東の口から聞き分かっている。

「不思議ね。何だか市井さんには相談したくなっちゃうのよ」

御陵衛士の屋敷に来て暫くした頃、伊東がそう言って微笑んだことを、要は今更ながらに思い出した。

「俺は明朝にでも此処を立つつもりだ」
「…わたしは直前まで此処にいた方がいいでしょうね」

何かと理由を付けて屋敷を出ることは出来るが、一人ならまだしも、二人が一度に姿を消すとなると怪しまれる。そうだな、と斎藤も同意し、今後の方針についてさらに話が進んでいく。

「恐らく、暗殺になるだろう」
「…そうですね。明日の夜にでも決行されるかもしれません。鉄は熱いうちに打て、と言いますし」
「そうなると山崎を伝令役にするのは間に合わないな。あんたも昼頃には此処を出た方が良い」
「分かりました」

話の中で、ずっと心に引っかかることがあった。平助の存在だ。彼は斎藤や要と違い、自らの意志で御陵衛士になった。それについても、伊東が同じ流派の先輩だとか、伊東を新選組に入ったきっかけは自分の勧誘だったからとか、色々と理由があるようだが、何処か最近の平助はおかしかった。遠くを見て物思いに耽ることが多くなった気がする。

「本人の意志を尊重しますが…平助に戻ってきてほしいと願う者もいるでしょうね。左之助や新八さん、他にも勿論」
「だが、本人にその気がないのならそれは無理だ。…斬るしかないだろう」

甘えたことは、言えない。言うつもりもない。平助が新選組に戻るつもりがないのなら、彼は新選組にとって敵としてみなされ、斬られるだろう。たとえ元は気の知れた仲間だったとしても。

「…可能な範囲で、そういった意味合いの話をしてみるつもり、です。ただ、他の衛士の手前、あまりはっきりとは言えませんが…」
「構わん。無いより、遥かにましだろう」

平助を説得するということは、並大抵のことではない。平助でなくとも、一人の人間の意志を変えることは容易ではない。しかし斎藤の口ぶりからも、やはり滲み出ている気がした。出来るなら、助けたいと。そんなに時間は残されていないだろう。要は明日の朝にでも彼と話をしようと心に決めた。







斎藤さんが、新選組に戻ってきた。戻ってきたと言うのには、少し語弊がある。近藤さんと土方さんの話によると、斎藤さんと要さんは彼らの命令で間者として御陵衛士に潜入し、伊東派の動向を探っていたというのだ。敵を欺くにはまず味方から。つまり二人は、本心から御陵衛士になったわけじゃなかった。

「伊東派は新選組に対し、明らかな敵対行動を取ろうとしています」
「ふむ…敵対行動という表現からして、穏やかなものではないようだ」

斎藤さんの報告は続く。御陵衛士は、敵対行動のみならず、羅刹隊を公にすること、又、近藤さんの暗殺も企てていると聞き、広間が騒ついた。斎藤さんが姿を現す前、話に挙がっていた坂本龍馬の暗殺についても、様々な噂を流したのは御陵衛士の人間らしい。その犯人に仕立て上げられた原田さんは、それを聞いた時悔しそうに口元を歪めていた。

「…伊東さんには、死んでもらうしかねえな」土方さんが結論を出した。新選組に、近藤さんに仇を成すものは斬る。それが彼の答えだ。そんな、と思わず両手で口を覆う私に、仕方ないかという近藤さんの声が届く。それじゃあ、御陵衛士になった平助くんと要さんはどうなるの?話したいことが、聞きたいことが、まだ山程あるのに。すると、丁度良いタイミングで、土方さんが斎藤さんに確認を取るような口調で尋ねた。

「市井はどうした。…まさか」
「いえ、寝返ってはいません。二人同時に戻ると怪しまれるという結論に至り、俺が先に戻りました。昼頃に出ると言っていたので、遅くとも夕刻には戻るでしょう」

トントン拍子に話が進んで行く。どうしよう、とあれこれ思考を巡らせている私の肩に、ぽんと手のひらが乗せられた。振り返るとそこには斎藤さんが立っていた。

「…御陵衛士は、これで終わる。平助を呼び戻すつもりなら、これが最後の機会になるだろう」
「あ…!」

そうだ。御陵衛士を斬るとなったら、そこには平助くんもいるんだ。途端に再び青ざめるわたしに、落ち着けと斎藤さんが言う。その声はやはり静かだった。しかし、やはり皆も平助くんのことを気に掛けていたようで、いつ間にか全員がわたしと斎藤さんの会話に耳を傾けていた。

「…要もそれなりに説得を試みるとは言っていたが、こればかりはどうなるかは分からん。要もそんなに、自由に動ける立場ではないのでな」
「そんな…」

その後も、平助くんに関する議論は続く。歯向かうなら斬れという土方さんに突っかかるも、軽く流された。でも、近藤さんの口ぶりからも分かるように、彼だって本当は悔しいに決まっているのだ。

近藤さんが皆に指示を出し、解散を促そうとする中、私は静かに口を開いていた。

「…私にはまだ指示が出ていません。何か手伝わせて下さい」








要から手紙が届いた。事情があり新選組に厄介になっているとは聞いていたが、まさかまだ続いているとは。少し驚くと同時に、一箇所に留まっている要を珍しくも思う。まあ、私には正直要のヤローが今何処にいようが関係ない。私の中ではもう、戦いは何年も前に終わっているから。

久しぶりに目にするその細く達筆な字に、相変わらずだと笑う。でも私も他人の事を言えた口じゃない。やっぱり、彼女に字を教えた人間の字が字だから、教えられた人間も字が達筆なのだろうか。大江戸診療所、大河様、と、何ともまあ気持ちの込められていない字で書かれた宛名。きっと名前の後に「様」と付けるか付けないかギリギリまで考えて、誰かに「付けろ!」とでも怒られたんだろうな。少し離れた場所に、取り分け歪に書かれている。

彼女からの文は、近いうちに、此方に身を寄せるかもしれないという内容のものだった。

「幸太、要が今度顔出すかもしれないって」
「ほんと!?」

庭先で飛び跳ね、喜びを現す我が息子に、思わず笑みが零れる。純粋に子供はかわいいと思う。あの人との子供だからかな?やっぱり顔を見せてやりたかったと思うけど、それは出来ない。幸太の父親の絵を書こうにも、私も要も臓器の絵しか書けやしない。それでもまあ、今はいいと思うのだ。




高杉晋作という男がこの世にいたことは、私も要も、死んでも忘れないつもりだから。









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