鮮血の、血なまぐさい赤しか色がないこの世界がきらきらと輝き始めたのは、いつの頃だっただろうか。抗っても抗わなくとも、結局は誰もが死を迎える立場にある。故郷の子供たち、つまり、羅刹の実験体に使用される子供は、まだ年端もいかないのに、失敗作として死んでいく。そんな状況が嫌いではなかったけれど、勿論好きでもなかった。だから世界には赤しかなくって、生きている手応えなんて感じられなかった。此処にいる限り皆同じ。そう諦めたわたしには、世界が色づいて見える筈もなかった。

「そんなことない。要にだって、世界が鮮やかに見える日が来るさ」

心を閉ざし陰に生きていたわたしにそう言ってくれた、姉のような人がいた。死など怖くないと強がるわたしを見事に見透かし、ふわりと微笑みながらわたしのことを理解してくれた。

そんな彼女も、もういない。他の誰でもなく、わたしが殺したからだ。一度開いた世界は、またも扉を閉ざした。

ずっと、彼女を、仲間を殺した罪を、一人で背負って生きていくのだと思っていた。ただ、それはわたしの独りよがりだった。誰にも言わず、背負い続けるのは、とても暗く厳しい、茨の道だ。これまでも、そしてこれからも、この先ずっと一人で生きていくのだと思っていた。

しかし、その価値観を変えた人がいた。

「あんたは、人間だ。あんたには、光がよく似合う」

心を溶かす、とでも言うのだろうか。冷たく凍りついていたわたしの心を、やさしく、温かい手で溶かしていった。不器用だけど、まっすぐで、温かいひと。

夢と夢が繋がった夜、その人を、愛おしいと思ったのは、ただの思い上がりだろうか?









「…」

気まずい。ただその一言に尽きる。夕餉を囲む広間で、御陵衛士の面々が各々の話題に花を咲かせる中、要は心の中で溜息を吐いてばかりだった。昨夜視た夢に出てきた人物と朝から顔を合わせるだけならまだ良い。しかしその夢の内容が内容だ。やけに現実味がある夢だったこともあり、要は居心地が悪かった。

(昨夜こんな夢を視たんですけど、斎藤さんも同じような夢を視ませんでしたかって…そんなこと聞ける訳もなし)

左隣に平助、右隣に斎藤といういつも通りの位置どりで食卓を囲む中、要は悶々と箸で夕食をつつく。

本当なら、今は斎藤の隣で夕餉など食べたくなかった。名も覚えていない衛士の横で食べたかった。しかしそれではあまりにも気まずさを露呈しているようで、不自然だ。だから彼女はいつも通り、平助と斎藤の間で夕餉を食べていた。

煮っころがしを、箸でつつく。品がない行為だが、此処は新選組ではない。つまり、原田や土方など、行儀の悪さを注意する人がいないのだ。御陵衛士の集まりは、いくら同じ志を持つ人間の集まりとはいえ、新選組時代とは違い、彼女に対してそこまで気を配る者はいない。要は、何故かぽっかりと心の中に寂しさを覚えた。

(…まあ、わたしはそもそも隊士でも何でもないし…今回も新選組からの間者として潜入しているだけだから、そんなに…)

役割がはっきりしている分、そんなに寂しくはない。どちらかと言えば、要よりも左隣の平助の方が寂しそうだ。自分の信念に従い、御陵衛士として伊東に着いて行くと決めたのは彼自身だったが、長年共にやってきた仲間と離れたのだ。ゆはり心に感じるものがあるのだろう。現に彼は食欲がないようだった。

「…ごちそーさん」

平助がぱたぱたと広間を出て行く。その後も時間が流れ、気が付けば、他の御陵衛士も多くのものが食べ終わっていたらしく、いつの間にか広間に残っているのは要と斎藤だけになっていた。幾つかの行燈に照らされた広間は、あまりにも静かだった。

「あ…じゃあ、わたしもお先に」
「待て」

気まずさに耐えきれず広間を抜け出そうとする要を、斎藤が呼び止める。立ち上がりかけた身体を床の上へ戻し、正座の体制でゆるゆると隣の斎藤の方へ視線をやる。彼は手に持っていた箸と茶碗を置くと、ぽつりと言葉を零した。

「夢と夢が繋がるなど、そんな馬鹿げた話があると思うか」
「さ、さあ…でも、わたしは小さい頃から何かと、視る夢に振り回されてきましたから、あり得ない話ではないと思いますけど」
「…」
「(…き、気まずい…何故黙る…!)あ、そ、そういえば!斎藤さん、昨日わたしの夢に出てきたんですよ」
「…どんな夢だ?」
「んん…何処か分からない、日本じゃない異国の地で、青い空が何処までも広がっていて…あとは」
「…桜の木があった」

桜の木。その単語に、要は勢いよく斎藤を見上げる。斎藤はじっと部屋の奥、何処か遠くに視線を投げている。

「池に根付いた桜の木、白い建屋」
「…どうして、なんで、それ」
「俺も昨日、夢を視た。恐らく、あんたが視たのと同じ夢を」

驚きに目を見開く要に、斎藤はふっと微笑む。夢の中で痴態を晒すなど羞恥にもほどがある。

「え、その、わたし」
「何だ」
「…泣いて、慰めてもらったりとか…」
「ああ、した」

決定打とでも言うのだろうか。過去の話を勝手にペラペラと話し始め、かと思えば突然泣き出し、挙げ句の果てには慰めてもらうなど。まるで子供のような自分の行動に、要の頬が恥ずかしさやら焦りで段々と赤く染まってゆく。それを隠すように、要は両の手のひらで頬を包んだ。

「は、恥ずかしすぎる…!」
「安心しろ。誰にも言うつもりはない」
「ぜ、是非とも忘れてください」
「…忘れられる訳がないだろう」

え、と要が固まる。

「あんたが泣いているのは、気持ちの良いことではないからな」
「…いいんですか?わたしは、人殺しですよ」
「あんたがそうなら、俺も同罪だ。これまで何度人を斬り、何度血の雨を浴びてきたかも覚えていない」

優しいのかも、しれない。否、斎藤は、優しい人間だ。本人が何と言おうと、要は断言する。

「…正直に言います。わたし以外にわたしの生い立ちを知っている人は、、この世に斎藤さんしかいません」
「…ああ」
「…わたしは今斎藤さんに対して、他とは違う何かしらの感情を持っています。…お許しいただけますか…?」

恋の前にひとは無力だと、昔、千姫が言っていたのを今になって思い出す。この感情が何なのかは要には分からないが、他とは違う感情を、斎藤に抱いていることは確かだ。うじうじ隠すのは彼女の性に合わない。だから要は斎藤に先手を打ったのだ。

「特別、か?」
「特別、です」
「…」

要はじっと斎藤の横顔を見据える。最初は要が何を言っているのか分からないのか平然としていた斎藤だったが、段々と時間が経つに連れようやくその意味を理解したのか、彼の顔がみるみる内に赤く染まってゆく。

「な、なにを言って…!」
「隠すのはもう、わたしの性に合いません。正直、わたし自身も、斎藤さんのことをどう思っているのか、分かりません。ただわたしが、斎藤さんに対して、他の人とは違う感情を抱いていることだけ、お伝えしたかったんです」

いつの間にか、要の頬も真っ赤に染まっている。どちらも滅多に赤面した表情を見せないこともあり、珍しい光景だったのだろう。広間の外を通りかかった伊東が首を傾げた。

「お二人とも、風邪でも引いてらっしゃるの?早いところ片付けて、休んで仕舞いなさいな」
「あ、そ、そうします」









「どーりで話たがらなかったわけだ」

千姫から要の昔の話を聞かされた後、永倉がぼそりと零した。お猪口を傾けながら、原田はじっと何か思い出しているように黙ったままだ。

「高杉晋作と言えば、奇兵隊隊長だ。自分自身も奇兵隊に身を置いてて、尚且つ高杉晋作に深く関わっていたとなれば…奴を恨んでる人間から喧嘩売られるかもしれねぇからな。…おい、さっきから黙りっきりで、どうしたんだよ左之?」
「ん、ああ、すまねえ。要の…要が医者を目指すにあたって、師になった奴のこと、思い出してた」

要の師、大河。千姫と要の繋がり、その橋渡しをしたのが大河という女だという。

「さっき千姫の話にも出てきただろ?大河っていう奴なんだけどな。一度だけ、会ったことがあるんだ」
「ほんとか、それ」
「…この腹の傷を処置したのが大河さ」

半分は、ふざけた末の行為だった。しかし腹の傷から流れる血はなかなか止まらなかった。そんな時駆けつけたのが大河と、今よりもまだ幼かった、助手の要だ。

「大河と要がまさか鬼の姫と繋がってたとはなあ。…流石の俺もたまげたさ」
「…俺は詳しく詮索しねえよ。彼女の話を聞きたいなら、彼女に直接聞けばいい」

どちらにせよ、要ちゃんはもう御陵衛士だ。新選組とは交流出来ないけどな。

新八は最後にそう言い放ち、原田の部屋を去った。原田はまたもや考え込む。考えるのはやはり要と、大河のことだ。しかし新八の言った通り、彼女とはもう公に会うことはできない。考えても仕方が無いのだ。

「…ま、なるようになるか」















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