その日、久しぶりにあの夢を見た。桜の花びらが舞うあの夢を。ただひとつ、今までと違ったのは、桜の木の下にいる人物が、見覚えのある人物だったことだ。







「…斎藤さん、?」
「…要か」

斎藤はいつもの調子で振り返り、そこにいる声の主が要であることを確認すると、要を誘うようにゆっくりと手を伸ばした。これは、夢?そうだ、今自分は眠っている筈だ。要はそのことを頭の隅に追いやって、斎藤の手を取った。彼の手は温かかった。

「ん…あれ、こんなところに池なんてありましたっけ?」
「…さあな」

今までの夢に見た桜は、土の上にしっかりと立っていた。しかし今回はそれなりに大きな池の中に根付いている。池の奥に巨大な桜の木が生えているのを見て、要は再三頭を傾げた。何処かで見たことがある桜のような気がしたのだ。

「それに、何だか見覚えのある桜…って、斎藤さんに言っても分からないですよね、すいません」
「…この木は、」
「え?」
「お前の故郷のものではないのか」

斎藤がそう言ったのは、ただの憶測でしかなかった。要が自身の過去の話を平助に聞かせていたのを、斎藤もまた物陰で聞いていた。ふと、その話の内容が脳裏を過ぎったのだ。ただ、要の驚いた表情を見る限り、間違いではなさそうだ。

今まで桜の木ばかり見ていて、要は、後ろを振り返ったことなどなかった。ゆっくり後ろを振り返ると、そこには確かに、見覚えのあるあの景色が広がっていた。診療所を開く前、千姫に仕えていた頃、高杉に拾われるよりずっと前。日本ではない、海を幾つも渡った先。要の故郷だ。

「…うそ」

まったくもって、現実味のない夢だった。本当にこれは夢なのだろうかと疑うほど、そこは要の故郷だった。水を零したような青空が広がり、桜の花びらが舞っている。眼下には青い芝生が広がり、その先には白く大きな建物が立っていた。桜の木の下に立っている要と斎藤の二人以外、此処に人はいないように、がらんとしていた。しかし不思議と、寂しくはなかった。

「そっか…もう、誰もいないんだ…」
「他に、子供がいたのか?」
「…まあいいか、夢だし。何で斎藤さんがいるのか分からないけど」

誰かにずっと、知ってもらいたかったのかもしれないな。そう小さく零すと、要は芝生の上に腰を下ろした。トントンと芝生を叩き、斎藤も隣に座るよう促す。腰を下ろしたのを見届けると、要は、まっすぐに桜の木を見据えて言った。

「みんな、死んじゃいました」
「…」
「わたしが殺したんです」

みんなを。

そう話す要の横顔から目を逸らし、彼女と同じように斎藤もあの桜に視線を投げた。時折り風に乗って花びらが舞っている。

「わたしが羅刹に詳しい理由は、わたしの故郷…つまりこの施設が、羅刹を生み出す実験をしていたからです」
「此処にはわたしの他にも子供が沢山いました。科学者の大人も。多分、捨て子とかその辺の子供を攫って集めたんだと思います」
「大人達はわたしたちに様々な実験をしました。用済みになったら、あとは死ぬだけです。わたしは、実験を受ける一歩手前で、助けられましたけど」
「でも、その人も、最期には羅刹になって狂ってしまった。わたしは生きたかった。だから、彼女を殺しました。狂う直前に、彼女がわたしに言ったんです。もし自分が狂ったら、わたしに殺してほしいって。だから、わたしは、」

一息で話すには長すぎる、壮絶な、彼女の過去だった。だから今わたしは他人の命に生かされているんです、と言う要の目には、いつの間にか涙が浮かんでいる。斎藤はそっと人差し指でその涙を掬った。要は、斎藤から逃げなかった。夢なのに、斎藤の手も、要の涙も、温かかった。

「本当は…今でも人が、みんなが、斎藤さんが、怖いです」
「人の温もりが怖い。肌の感触や、体温に触れると、気が狂いそうになる。暗闇も、眠ることも。殺したみんなが、わたしを死への道連れにしようと手を伸ばしているみたいに思えて仕方がない」
「だからわたしも、あまり人と関わらずに生きてきました。これからもそうしようと思ってた。だけど…っ」

居心地が良いと、感じてしまった。新選組の隊士達が傍にいるこの環境が好きだ。自分も此処にいたい。顔には出さないものの要はずっと葛藤を繰り返していたのだ。

「あんたが」
「あんたが此処にいたいと思うなら、いればいい。誰も、死んでいった奴らも、お前を恨むことなどない」
「お前は悪くない、と優しい言葉を掛けられることなど、あんたは望んでいないんだろう」
「羅刹の狂気の苦しみは途方もないものだ。皆をその呪縛から解放したのがあんただった、ただそれだけのこと」
「あんたに、要に救われた筈だ」




涙が



涙があとからあとから溢れ出てて、止まらなかった。



ひたすらに泣きじゃくる要に戸惑いながら、しかし飽きれることなく、斎藤は彼女の頭をそっと撫で続ける。

きっと、皆、救われていた。

そう言われたいと、要自身知らない間にずっと心の底から思っていた。しかし一方でそれを認めたくない気持ちもあった。自分への戒めとして、殺した仲間達への罪滅ぼしとして、一生誰にも口外せず一人で背負って生きていくのだと思っていた。だけど。だけど。



「あんたは、ちゃんと、人間だ。あんたには、光がよく似合う」




この人達と、この人と、生きていきたいと思った。























目が覚めると、やはりと言うか何と言うか、要もまた泣いていた。見た夢のせいだろうか。夢とはいえ、少なからず自分の気持ちと過去に整理が付いた気がした。目尻から流れる涙を拭き、寝返りを打つ。襖から射し込む光の加減から察するに、恐らくまだ、朝日が顔を出してすぐの頃だろう。いつもの要なら浅い眠りに落ちたり起きたりの繰り返しで気怠い起床になるところだが、今朝はゆっくり眠れたようだ。二度寝するなんて珍しいと自分でも思いながら、要は二度目の眠りについた。




一方で、御陵衛士の拠点である屋敷の一室で目を覚ました斎藤もまた、意識が覚醒するのより少し反応は遅れたが、自分が泣いていることに気が付いた。今見た夢は、妙に現実味が無いようで、しかし真実味を帯びていた。もしこの夢が自分の独りよがりで描かれた妄想だったなら?自分は何と気恥ずかしいことをあんなに平気で口にしていたのだろう。そう考えると、斎藤は恥ずかしさに耐えきれず布団を深くかぶり直し寝返りを打った。











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