晋作に連れられて来た林の中に佇むその屋敷には、変わり者が多かった。そして、その屋敷も変わっていた。まず、何処から仕入れてきたのか、屋敷には武器が大量にあった。屈強な身体つきをした者から細身の女まで、老若男女、性別年齢問わず、大勢の人間がいた。料理をする者、洗濯をする者、武器の手入れをする者、手合わせする者。しかしどの人間も生命力に満ち溢れ、自由に息をしていた。晋作は、どうやらその大勢を纏める長のような存在だった。

「要、テメーの仕事以外の面倒は俺がみてやんよ。ただし、戦には出るな」

晋作は要を戦に出すことは一度もなかった。拾われた当時、若干六歳だった要も然り。要は首を傾げた。

「なんで?わたし戦えるよ」
「子供は戦わせねぇ……オイ、大河!」

晋作は縁側を駆け抜けようとした細身の女を呼び止めた。髪を短く切っており、一見男のようにも見えるが、その身体は間違いなく女のそれだ。まだ若い。大人びた顔立ちをしているが、恐らく十八にも満たないだろう。呼び止められた大河は不機嫌そうに振り返る。手には薬箱を大量に抱えていた。


「あ?ンだよ」
「オメー医療班の頭だろ、コイツに知識技術、一から叩き込んでくれ」
「新入りかァ?それならいつもみたいに他のヤツに適当に任せれば…」
「今のコイツは何も知らねえ。余計な知識も技術もねえ、要するに真っさらな紙みてえなモンだ。絶対に伸びる」
「…ほう」

大河と呼ばれた女は、要の頭からつま先までを舐め回すように見た。要も大河を見つめ返す。緩く着崩した着物の胸元から、何の柄か識別は出来ないが、刺青が覗いているのが見えた。大河は満足そう口元で笑うと、晋作を見やった。

「しゃーねえ、引き受けた」
「頼んだ」
「よォし、要!アタシの名前は大河だ。これからアンタには医療をとことん学んでもらう。弱音吐いたら置いてくからな」
「…ウィッス」
「とりあえずこの薬箱運べや」

こうして要の屋敷での生活は始まった。医療に関する知識がなかった要は、面白い程に飲み込みが良かった。大河を始め医療班の仲間の教育は厳しいものだったが、彼女は確実に力をつけていった。医療の他にも、他の仲間から沢山のことを教わった。時に変に大人の知識を吹き込まれ晋作らにからかわれることもあったが、要はこの場所で確かに生きていた。

この場所で晋作達と暮らし、大河に医療を学び始めて、もう七年もの月日が経とうとしていた。




「晋作、要!」
「あ、匡くん。おかえり」

並んで縁側に腰掛けていた二人に声を掛けたのは、浅黒い肌をした男だった。名を不知火匡。彼は奇兵隊の者ではないが、晋作の友人だという。長く放浪していたが、どうやら今朝帰ってきたらしい。彼は要の隣に腰を下ろすと、彼女の頭をわしゃわしゃと撫で回した。

「うわっ!やめてよ!」
「ちょっと見ねえ間にでっかくなったな〜!幾つになった?」
「もう…多分、十三くらい?」
「ははっ、若ぇなァ」

七年の間に、晋作率いる集団はめまぐるしい躍進を遂げた。要が迎え入れられた後分かったことだが、この集団は多くが庶民や藩士、藩士以外の武士から構成されていた。そのこともあり、いつしか高杉晋作率いるこの部隊は、奇兵隊という名前が付いていた。

「あ、匡くんこれあげるよ。素手で戦うよりも、拳銃の方が好きなんでしょう?最近入ってきた新しいやつ」
「え!すっげ、X-P100じゃねえか!つーかお前、医療担当の人間なんだろ?武器触ってていいのかよ」
「戦わせてもらえないけど、武器の管理だけならいいよって晋作が許可してくれたの。仕入れてきてくれた晋作に感謝だね」

だが要は、奇兵隊と呼ばれる理由が、それだけではないと思っている。何せ、変わり者が多いのだ。

例えばこの匡だ。匡は一見普通の人間だが、晋作と匡の話によるとどうやら彼は人間ではなく、鬼という存在らしい。普通の人間がそんな異端な存在を受け入れるには難しいが、奇兵隊にそんな偏見はなかった。勿論要も然り。鬼という力に目をつけた晋作は、一匹狼だった彼を奇兵隊へ誘い込んだのだ。

「…というか、頭撫でるのやめてくれない?奇兵隊の中ではわたしの方が匡くんより二年も先輩なんだからさ」
「俺の方が何倍も生きてるけどな」
「いいぞもっとやれ。テメーらの口喧嘩は聞いてて飽きねえからな」

匡は、晋作の親友だった。少なくとも要にはそう見えたし、そう思っていた。勿論要にとっても、匡は友達であり、仲間だった。

別れの時が、来るまでは。





ある日、匡はもっと自分の腕を試したいと言って、奇兵隊から姿を消した。晋作も、悲しそうな顔をしていたが、引き留めることはしなかった。
一方で、晋作率いる奇兵隊は、これまで通り倒幕を目的として長州を拠点に活動することが多く、数多くの戦をこなしてきた。晋作はいつも前に立って隊を率いていた。どんな時も、どんなことがあっても、気丈に振舞っていたから、誰も気付かなかったのだ。彼の異変に。

「がはっ」

ある日突然、晋作が血を吐いて倒れた。屋敷の中で倒れた彼は医療班の元へ運ばれ、床に伏せた。医療班総動員で彼の身体を調べた。そうして導き出されたひとつの診断結果に、要の頭は真っ白になった。

「…うそだ」

晋作は、末期の労咳だった。





晋作はどうやら自分の病のことをずっと隠していたようだった。血を吐いたのも初めてではないらしい。彼はずっと病気であることを隠して前線に立っていたのだ。

結核の治療法は世界でも発見されていない。回復は絶望的だった。

晋作は床に伏せることが段々と増えていった。前線に立ち指揮を取ることもあったが、年を越してからは、もうそれも出来なくなっていた。

要は布団に横たわる晋作の傍らで看病にあたった。雪が降りしきる庭を眺め乍ら、晋作は沢山のことを話した。自分のこと。幕府に殺された恩師のこと。奇兵隊のこと。好いた女のこと。攘夷のこと。そして、これからのこと。

「…何も知らなかった、餓鬼のお前を巻き込んじまって、すまねえな」
「そんなこと…、」
「でも、あの時お前を拾って、仲間に、家族にして、本当に良かったと思ってる」

まだ十三歳とはいえ、要は立派な技術と知識を身に付け、医療班の一員として医療に携わっている。彼女がもうひとりの脚で立てるからこそ、晋作は要をこの場所に縛り付けておくわけにはいかないと思ったのだ。

「まだまだ知識も経験も浅いが、お前はもう、ちゃんと、人間だ。お前の道を、生きろ」
「…しんさく、?」
「奇兵隊は、長州の奴らに任せる。出て行きたいなら、匡のように、遠くへ行けばいい。奇兵隊に縛り付ける権限なんざ、俺には…もう、ねえからな」
「やだ、やだ、晋作がいないなんて、そんなのだめだよ。匡くんだって、いつもみたいにさ、すぐお腹空かせて、帰ってくるよ。しんさく、いなくならないで、匡くんも大河もみんな、かなしむよ、やだ、晋作、」

置いていかないで。

要の頬を涙が伝う。晋作はそれを指ですくい、小さく笑った。

「置いてくなんて…んなこと、しねーよ。いつもお前の、傍にいるさ」
「…っ」





その三日後、高杉晋作は息を引き取った。













葬儀は奇兵隊員、長州藩の藩士など、生前彼と深く関わりを持った者のみが参列が許された。黒煙と骨だけになった晋作を眺め、要は心に大きな穴がぽっかりと空いた感覚を覚えた。二十三歳の若さで亡くなった晋作の骨は、白く滑らかだった。

要は、手のひらに収まる程小さくなった晋作の骨のかけらを手に取り、懐に仕舞った。

















朝の陽の光が眩しくて、要は布団の中で寝返りを打った。また随分と懐かしい夢を見た気がする。

葬儀の後のことはよく覚えていない。高杉が亡くなった後、要は大河に連れられ千姫という少女に出会った。暫くその姫の屋敷に身を置いたが、大河は診療所を開くと言い江戸に経った。要もその後暫くして千姫と別れ、主に大阪や他の藩を渡り歩き、最終的に大河の診療所に転がり込むこととなる。



その後、大河に子供が生まれたり、大阪で出会った松本良順と親交を深めたりなど、その辺りはまた別の話だ。










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