不知火が風間達と一緒に行動しているのは何らおかしいことではない。何故なら彼も鬼の一族なのだから。いや、鬼の数が減少してきている今現在、寧ろ他の鬼と固まって行動しない方がおかしい。だから要は納得しようとした。彼が、不知火匡が、風間と共にいることを受け入れようとした。

山南の生存が伊東に知れてしまったのは、そんな折だった。

「市井さん、私達と一緒に来ない?」







「私達…とは、私に、伊東派に付けと仰っているのでしょうか?」
「斎藤くんや藤堂くんも一緒ですのよ。あなたは優秀な医者だと私は思っておりますし、どうかしらと」

伊東に誘われたのは今朝のことだ。薬箱を運んでいる最中声を掛けられ、新選組から離脱し新たな組織の一員にならないかと。

「斎藤と共に伊東派に潜り込み、間者として伊東派の内情を探って貰いたい」

そして昨夜。土方に呼ばれた要が自室に千鶴を残し彼の部屋へ向かうと、そこにいたのは土方と斎藤であった。千鶴から事件の話の大部分を聞いたと伝えると、土方は好都合だと言って要に座布団を勧めた。

話を聞くに、やはり新選組は彼らを野放しにするつもりはないらしい。此方に危害を加えるようなことがあれば、すぐさま伊東派を…ということだった。間者として隊務を任されるなど並みの隊士にはありえない話だ。要は幹部隊士でも、ましてや一介の隊士でもないのに、これは何だか凄いことになっているなと素直にそう思った。そして

「ご一緒します」

あの医療器具一式が入った鞄と本を持ち

「参謀に対し秘め事を抱える組織など、私の望む治療が出来る環境とは到底思えませんから」

要は伊東の手を取った。







「…要」

桜を眺めている要の姿がそこにあった。時折風に美しく舞う花びら。屯所に始めて連れて来られた日、部屋の前に満開の花を咲かせていた桜。この場所へやって来てからこんなにも年月が経ったのかと今更ながらに実感する。そんな彼女の背後に近付く影。聞き慣れた声に要は薄く笑みを浮かべ乍ら振り返った。

「ああ、左之」
「ほんとに…行っちまうのかよ」
「悪いな左之。私は近藤さんのやり方に嫌気が差した。伊東さんの攘夷こそが真実だ」
「…」

実際は無神論者の要。今回の離反はあくまでも土方と近藤の指示によるものであり、彼女の意志ではないのだが、原田がそれを知る筈もない。そして、本来の目的である任務。彼女が斎藤と共に間者として伊東派に潜り込むことは、ほんの数人しか知らない。その事すらも今回は極秘事項だ。幹部の中でも近藤と土方、そして当の間者である斎藤と要といった、たった四人しか知らない嘘だった。

そんなことは露知らず、悲しげな表情を見せる原田に、要が浮かべていた微笑も自然と苦笑に変わる。

「そんな顔するなよ。また会えるさ」
「…だと良いけどな」
「じゃあな」

そう言ってその場から立ち去ろうとする要。彼に嘘を吐くのは、何故か心が痛むようで、半分逃げたい気持ちもあったのだ。雑に扱うようで、意外にも要は原田の存在を気に掛けているようだった。

「…要!」

原田は思わず彼女を呼び止めた。しかし要は右手を高く上げただけで、原田の方を振り返ろうとしなかった。遠ざかっていく小さな背中。角を曲がって見えなくなるまで、見送るつもりだった。

「原田さん…?」
「、ああ、千鶴か。どうした?」
「…要さんとお話ししようと思ったんですけど、もう行かれましたか?」

そんな彼の元に、要と入れ違うようにやってきたのは千鶴であった。彼女は要の姿が見えたので此処へやって来たのだった。千鶴にはどうしても、確かめておきたいことがあった。

昨夜の、要の話に沿って、千鶴はある仮説を立てた。

ことあるごとく新選組に接触してくる風間。千鶴は、鬼という存在を知らない。しかし、要の言うとおり、その風間率いる一味が鬼だとしよう。現在西で最大の血筋を誇る鬼の一族、その頭領は風間千景だと要は言った。

二つ目は、自分の体質について。要はこう言った。「以前、千鶴と同じような体質の人と一緒に暮らしていたことがある」と。何より彼女は自分の特異な体質を知っても、特に驚いた様子を見せなかった。まるで、この体質を持った人間と、以前から関わりがあったかのように。

また、二条城で風間と共にいた天霧久寿。彼はこう言った。「君は、普通の人より怪我が早く治りませんか」と。まるで自分もそうであるかのように。

最後に、不知火匡。夜の二条城で彼の姿を見たとき要の目がこれまでにないほど見開かれたのを、千鶴は今でも覚えていた。誰の目から見ても、ただの旧友と言えるような間柄ではなさそうだった。もっと深い関わりがあるような、気がしたのだ。

鬼。天霧久寿の言葉。そして不知火匡。以前、彼女が此処へやって来る、それよりもずっと前。詳しくは知らないが、要が江戸で診療所を開く前、一緒に暮らしていたのが不知火匡だと仮定する。もし、もしも。彼が自分と同じ体質を持っているならば、もしや自分はーーーー

「…」

千鶴は、考えることをやめた。

本当は、この仮説が正しいのかどうか、要に教えて貰いたかった。しかし、要はもういないのだ。彼女は伊東や斎藤、藤堂達と共に御陵衛士になりこの屯所から出て行く。考えても、自分が出した仮説が本当かなど、きっと要や風間達以外の誰も知らないのだ。勿論自分も。

走って追いかければ、まだ間に合うかもしれない。しかし千鶴はそれをしようとしなかった。否、出来なかった。

「千鶴?」
「…大丈夫です」

自分は自分について何一つ知らないという事実が、悔しかった。






「良かったんですか。千鶴にあんな態度を取ったりして」
「それはあんたも同じだろう。今朝から雪村と何も話していないように思えたが」

要と斎藤は桜が咲き誇る道を並んで歩いていた。話題に挙がっていたのは雪村千鶴。間者として伊東派ーー改め、御陵衛士に間者として潜入する二人は、決して良い立場ではない。新選組から離反するのだから、新選組を信じその道を進む他の隊士達からは、当たり前だが、良い目で見られることはないだろう。現に斎藤は千鶴に無愛想な態度で接し、要はここ最近、なるべく千鶴と接触しないよう努めた。今回の隊務は極秘だ。当事者以外の誰かに知られる訳にはいかない。

「…そういえば、こんな季節だったか。あんたが新選組に雇われたのは」

偶々と言うべきだろうか。彼らが居るそこは、屯所の敷地内でも特に多く桜の木が植えられている場所だった。そして春、要が新選組で仕事をし始めた時期である。

「時が経つのは早いですね」

そう言いつつ、要は斎藤の肩に乗っていた桜の花弁に手を伸ばし、それを優しく摘まむ。

「はは、乗っていましたよ。気付かないなんて、斎藤さんにもあるんですね」
「…お前は俺を何だと」

斎藤が静かに抗議しようとした瞬間、一際大きな風が空気を揺らした。

「あ、花弁が」

要の手にあった桜の花弁も風に舞う。伸ばしたその手が虚しく空を切った。空に舞い上がったそれに、尚も手を伸ばす要。ぱし、と斎藤がその手を掴んだ。

「…意外と、執念深いな。花弁など幾つでも舞っているだろう」
「別に…執念深いとか、そんなつもりでは。ただ」
「ただ?」
「…いつも、桜の花弁を捕まえようとして、それを躊躇する人がいるから。その人の気持ちを、少し知りたかったんです」

斎藤が掴んだままだった要の腕。それを彼女は空いている方の手でそっと外すと、斎藤の前を通り過ぎ歩き始めた。少し離れた所に向けられる視線。見据える先には、伊東率いる御陵衛士の面々が、斎藤と要を待っていた。

「…」

しかし斎藤の目は伊東達に向けられてはいなかった。それよりも手前、つい先程まで自分が掴んでいた腕の持ち主、要。その姿が、夢の中の人物と重なる。顔の見えない、その人物と。

まさか

「要」
「、はい?」「…いや、すまん。何でもない」

何でもないんだ。

そう言った斎藤に要は首を傾げたが、それ以上無理に聞き出すようなことはしなかった。









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