「…要さん、眠らないんですか?」







羅刹の暴走が起こり、その一人の隊士に千鶴が襲われ、殺され掛けた。

騒ぎが起こったのは真夜中のことだったのだが、あの参謀が無視を決め込む筈もなく、様子を見に部屋へやって来た際山南と鉢合わせてしまったということだった。

真夜中、その事件が起きた部屋にいなかった要は、まるで突進するかのように要の自室に駆け込んできた千鶴によって足早にその話を聞かされた。一気に様々なことが起こりすぎたのだろう。彼女は軽くパニックに陥っていた。

「千鶴、とりあえず落ち着いて」
「あ…すみません」

千鶴の、血で滲んだ寝間着の袖を指差し、要は彼女に落ち着くよう諭す。彼女に座布団を勧め座らせ、要は千鶴の寝間着を脱がせる。

以前から気になっていたことがあった。以前風間達が二条城に攻め込み、そしてそれに追い打ちをかけるように起きた今回の事件。怪我を負った筈の千鶴の腕を見た時、要はようやく自分の予測が当たっていることを知った。




治療が終わった後、要は千鶴に自分の部屋に泊まることを勧めた。治療とは言っても、もう傷は殆ど塞がっていたので包帯を巻くのみだった。しかし要は怪我について何も言わなかった。

土方から自分の部屋を使うよう言われていたようだが、要の部屋に押し掛けてきた時からずっと、千鶴の顔は青かった。それもあり要は彼女に言ったのだ。

「聞きたいこともあるでしょう。自分のことについて」
「…はい」

要の布団に潜り込んだ千鶴は、枕元に座る要を見上げた。彼女は畳の上で足を崩し、胡座をかいた状態で太ももに置いた本に視線を落としている。

羅刹に襲われたという緊張から解放されることは、暫くまだないだろう。しかし疲労がピークに達していたのか、千鶴は眠たげな口調で要に尋ねた。

「要さんの部屋は、深夜でも、灯りがついていますよね…。眠らなくても、大丈夫なんですか…?」
「急患が来るかもしれないしね。ちゃんと睡眠は取っているよ。職業柄かな、私はあまり眠らなくても大丈夫な体みたいだ」
「体質…ですか」
「そう。浅い睡眠をを繰り返すだけで、途中で目が覚める。長い間眠れない。千鶴にもあるでしょう?怪我がすぐに治るという体質が」

要が先程確信したのはそのことだった。鬼と呼ばれる存在は怪我の治りが尋常じゃなく速い。結構な量の血が流れたとはいえ、実際千鶴の怪我も殆ど塞がっている状態だった。周囲に気味悪がられるのを恐れ、本人は包帯を巻くことを希望したが。千鶴はもぞもぞと、バツが悪そうに顔を布団に半分隠れた。

「驚かないん、ですか?」
「そういう人と、何度か一緒に暮らしたことがあるから」
「…私の他にも、こういう体質の人がいるんですか?」

要は自分の発言を、失言だとは思わなかった。実際千鶴のように怪我が早く治る存在はいるし、要には事実を隠す理由もなかったからだ。

足元に広げていた本をパタリと閉じ、要は布団の中の千鶴を見る。

「千鶴は、風間さん達が鬼と名乗っていることを信じてる?」
「…信じる、というか、あんな力のある人なんか見たことないですし…信じるしかないじゃないですか」
「…強力な力を持つ鬼は、古代から存在していた。しかし、穏やかに暮らしていた彼らに、人間が自分達に力を貸せと言った」
「…」

要は、ポツポツと話し始めた。夜だからだろうか、あんな事件があったからだろうか?今夜の要は少し饒舌な様で、千鶴には新鮮に見えた。

「逆らった鬼の村落が滅ぼされることさえあった。彼らは、人間に力を貸すことを余儀なくされた」

生きる為に。

そう言った要の顔は苦痛に歪んでいた。彼女の過去に何かあったのだろうかと考えながら、千鶴は要の話の続きを待った。

「…西で最も大きな鬼の血筋は、風間家。風間さんは、その風間家の現頭領」
「頭領…」
「…そして、東で最も大きな鬼の血筋はーーーー」




「市井、少し良いか」





要の言葉を遮るようにして、縁側沿いに貼られた障子の向こう側から聞こえてきた土方の声に、千鶴のみならず要も少し驚かされた。障子には後頭部で一つに纏められた髪型が写っており、声の主が土方であることを二人に認識させた。

「な、なんでしょう」
「急ぎの用がある。悪いが、今すぐ俺の部屋に来てほしい」

いつもと変わらない冷静な口調でそう言うと、土方は縁側から立ち去った。出会った当初から何も変わらない、有無を言わせぬ物言いに要は苦笑した。

「千鶴、悪いけど少し行ってくる。私が戻ってくるのを待たなくて良いから、もう寝てなさい。今日は疲れただろうし」
「はい…」
「それじゃ、おやすみ」

最後に千鶴の髪を一撫でして要は部屋から出て行った。

「…あれ」

そういえば、と千鶴は布団の中から要を見送って気付く。

要の口調が、段々と砕けたものに変わっていたことに。















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