誰も知らない秘密があった。

矢柄の、着物。その胸元には一丁の黒い拳銃が差し込まれている。重く、見た目からして大きいそれは、かなり古いものだが、威力はまだまだ衰えていない。

それとは対照的に、月の光を反射して鈍く光る拳銃が差し込まれている。帯にではない。黒いベルトに差し込んだ、一丁の銀の拳銃。最新型のそれは浅黒い肌によく映えていた。









「私があげたやつはもう捨てちゃったのかな。昔から扱いが雑なのは変わってないみたいだね」
「…もう二度と会えねぇと思ってたぜ。何でそっち側に、幕府側にいるんだ?」

要の問い掛けに見合った返しをせず、不知火は足を止めた。その距離およそ二メートル。どちらも攻撃する様子はない。

不知火匡と市井要という二人の過去は、密接に、しかし複雑に絡み合っていた。一度切れたかと思われた糸は、解けてなどいなかった。それどころか、再び絡み合おうとしている。

「今の私は医者だからね。新選組に雇われたんだよ」
「…んなこと聞いてんじゃねぇよ」
「だったら何。医者なのに病人を見捨てろって?」
「…あいつを裏切ってまで、人助けしてぇのかって聞いてんだよ…!」

あいつ。

苦しげに吐き出されたその代名詞。誰のことかなんて聞かなくても要には分かる。そして誰から見ても分かるように、要は肩を揺らして動揺していた。不知火がそれを見逃す筈がない。ぱっと距離を詰め、気付いた時には要は左腕を掴まれていた。

「幕府があいつを殺したんだぞ!幕府が!それを知ってて、理解した上でお前は新選組にいるのってのか!?幕府の犬の溜まり場に!」
「…」
「裏切るのかよ、あいつを!」
「わ、わたし、…」

発した声は震えていた。声だけでなく、要は自分自身の体も震えているのを感じ取っていた。しかし感じ取っているからといって何か出来るのかと問われれば、答えは否。彼女は震えることしかできなかった。

それを好機として、不知火は彼女を引き寄せようと手に力を込める。その瞬間、

「チッ」

大きな舌打ちと共に、不知火が手を離し要から距離を取った。その拍子に彼女はへたりと地面に崩れ落ちる。二人を切り離すかのように、白刃が闇を切ったのだ。要がゆるゆると視線を上げると、そこには浅葱色の羽織がはためいている。

「大丈夫か、」
「…さ、のすけ」

槍を構えた原田がそこに立っていた。走ってきたのだろうか、息を切らしている。見ると、周囲には新選組幹部がそれぞれ鬼を相手に剣を構えていた。原田に斎藤、そして土方。土方に庇われたらしい千鶴も青ざめてはいるものの無事のようだ。

「大丈夫ですか、要さん」

ふと静かな声と共に肩に手を置かれる。いつのまに近付いたのか、背後には黒装束を身に纏った山崎がいた。

「山崎さん…」
「…大丈夫、ではなさそうですね。迎えに来ました。これから俺はあなたと雪村くんを連れて屯所へ向かいます。副長の命です」
「…」

避難しろ、ということだろう。理屈は分かる。しかし要の感情がそれをさせなかった。

「…私よりも先に、千鶴を。彼女は彼らに狙われています」
「何故?」
「…分からない」

咄嗟に口をついたのは嘘だった。理由は分かっている。雪村千鶴。彼女が純血の女鬼であること。

先程の会話からして、自分が鬼であることを千鶴が今まで知らなかったことは明確である。しかし同じ鬼である彼らに狙われているのは間違いようがないのだ。風間が言ったように、今日の目的は千鶴だ。あくまでも自分と不知火を再び会わせるのを目的とした訳ではないのだろう。

「…」

下手すればこの場所が一瞬で血の海と化す。

「私が、この場に残って彼らの気を取ります。だから山崎さんはその内に千鶴を」
「…何を言っているか、分かっているんですか?」
「勿論です。…狙われている彼女を逃がすことが、先決。私なんか殺した所で何の利益にもなりませんから」

狙われているのは自分より千鶴だ。だからこそ要は千鶴をこの場所から遠ざけるように山崎に言う。しかし

「…嫌です」
「は、?」
「嫌だ、と言ったんです」

山崎は首を縦に振らなかった。それどころか怒っているようにも感じられる。否、彼は静かに怒っていた。眉間に寄せられた皺が動かぬ証拠である。

「副長の命とはいえ、俺はあなたが死ぬのは嫌だ。だから無理矢理にでも連れていきます」
「…個人的感情?」
「そうです」

自分のことを棚に上げて言うようだが、珍しいと思った。普段なら何よりも副長の命を第一に行動する筈の山崎が、任務に私情を混ぜている。それが大変可笑しく思えて、こんな時なのに要は思わず笑みを零してしまった。

要は山崎の手を掴むと、反動を利用し勢いよく立ち上がる。

「山崎、頼んだぞ!」

原田が叫ぶのが聞こえた。走りながら振り返った時、片手で拳銃を構えた不知火と目が合った気がしたが、彼女は立ち止まらない。風間達が千鶴を狙ってくるのなら、いつかまた会うことになると分かっていたからこその行動だった。

「市井、こいつも連れて行け!」

風間と相対する土方の近くを通りかけた時、要は土方の背後に庇われていた千鶴の手を取る。天霧と相対している斎藤も此方を見はしないものの、天霧を足止めしていた。

「大丈夫、千鶴」
「要さん…」
「考えることは後からいくらでも出来る」

そして三人の人影が、闇に紛れて二条城から姿を消した。









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