この護衛に参加する際、彼女は言った。何となく嫌な予感がする、と。平助くんや沖田さんの後押しもあって、私は彼女の言った言葉を真に受けなかった。沖田さんが言ったように、切った張ったの騒ぎにはならないと思っていたし、正直なところ伝令役くらいなら簡単だと思っていた。

なのに

「どうして…」









夜。

将軍上洛に伴い二条城の護衛を仰せつかった新選組に混じり、雪村千鶴と市井要の二人は伝令役として二条城の周囲を駆け回っていた。

医者である筈の自分も何故護衛に参加しているのかと内心愚痴を零しながら、ふと二条城を見上げる。徳川の政治が始まった頃から、将軍が上洛する際に使用する宿舎としての役割だけを目的に建てられたこの城。

(たかが寝泊まりの為だけにこんな城か。良い御身分だな)

言うまでもなく相手は将軍なので実際に良い御身分なのだが、医者とは言え、これまで庶民の生活を強いられてきた要。城下の暮らしを知る要にとってはそれも相まって、このような城さえも、ただの無駄遣いにしか感じられない。

「今頃、土方さん達は偉い方々に挨拶してるんですかね」
「多分ね」
「…よし、私もお勤め頑張らなくちゃ」

改めて何を決心したのだろうか。千鶴は誰に言うでもなくそう呟くと、再び駆け出した。そんなに急ぐ必要もないのに、と要は駆け出した千鶴の背中を見送り息を吐く。

彼女達の役割は伝令役の名を借りた使いっ走りである。二条城は広いのであちこちに浅葱色の羽織を見受けることができた。将軍の上洛とはいえ、こんな厳重な警備だ。先日沖田や藤堂が言ったように、将軍の命を狙うような人間が簡単に二条城に侵入するなど不可能であろう。

そう、

「あなた達は…!?」




人ならざる者、以外ならば。




「…何かあったのか…?」

突如足を止めた千鶴を不審に思い、要は彼女の元へ向かう。千鶴は驚きを隠せない様子でじっと城の陰を凝視している。口が動いているのを見るに、どうやら誰かと言葉を交わしているらしいが、要の居る場所からは距離があり聞こえない。さらに、かがり火もなく月の光も届かないので、ここからは彼女が何を見ているのか分からない。

「千鶴、どうかしーー」

どうかしたのか、という要の声が途切れる。月の光で陰る縁、そこに人が佇んでいた。否、佇んでいるというよりは、何かを品定めするような目で此方を見ていた。

「久しいな、要」
「…風間さん?」

聞こえてきた声に、要は尋ね返す。初めて京へ来た夜、羅刹に襲われていた要を救った、その声だ。

決して大きな声ではなかったが、流石に隣にいる千鶴には聞こえたのだろう。風間さん、と呼んだ要を、千鶴は驚いた様子で振り返った。

「知り合いなんですかっ!?」

若干ヒステリック気味に叫ぶ千鶴とは対照的に、要は落ち着いたままだ。何せ否定する要素がない。風間と天霧は、要が京に来た夜に通りすがった顔見知りのような存在だ。友人とも知り合いとも言い難い関係である。

天霧がすっと目を細めた。

「私達の知り合いというよりは、寧ろ彼の旧い友人と言った方が良いでしょう」
「あ?何だよ天霧、誰が誰の知り合いだってーーあ、?」

そして彼は、要の前に姿を現した。

浅黒い肌に、強くうねった紺色の長い髪。左腕に大きな刺青を入れ、腰には銀色の拳銃を一丁差している。

要はその人物を知っていた。




「…匡くん…?」
「お前…要、か?」




この日始めて要の目が大きく見開かれた。まさか、と。信じられないといった様子で要はその人物を見つめている。それは相手側も同じだった。何故こんな所にいるんだ、とでも言いたげに、彼らはじっとお互いを見つめていた。

「要さん、要さん!」

千鶴の声が要を現実に引き戻す。ハッとして視線を戻すと、心配そうに眉を寄せた千鶴が彼女の腕を掴んでいる。必死に呼び掛けていたようだった。

「…お知り合いですか?」
「…昔、少し」

要は言葉を濁すと、“匡くん”と親しげな名前で呼んだ人物からなるべく目を逸らすようにして地面に視線を落とした。

そんな二人を面白そうな様子で見る風間。その隣で、ようやく本題に入ることが出来ると言って、天霧が口を開く。

「私達は今日、ある目的のために此処に来た。君を探していたのです。雪村千鶴」

今度は千鶴が目を見開く番だった。しかしあくまでも強気に彼女は振る舞う。小さな拳をぎゅっと握り締め、風間達を見据えた。

「い、言ってる意味がよく分かりません。鬼とか、私を探してとか…私をからかってるんですかっ!」

鬼。

その言葉に、要は再び目を見開いた。視線の先には、風間達。

「鬼を知らぬ…?本気でそんなことを言っているのか、我が同胞ともあろう者が」
千鶴の精一杯の反撃に、逆に風間が納得いかないといった様子で眉をひそめる。

「…はは」

風間や天霧が鬼についての説明をする中、要は目頭を押さえ笑い声を零す。乾いた笑い声だった。

「成る程、通りで風間さん達が私を知っていた訳だ」

しゅっと彼女の後ろに降り立つ人影があった。彼女は下ろしていた視線を上げると、振り返り、その人物を見る。そして口を開いた。



「あなたが私のこと喋ったんでしょう、匡くん」








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