「…おはよう…」

翌朝。壁に寄り掛かり一夜を越した沖田は目を擦った。昨夜と何も変わらない光景。自刃に至った山南は治療を受け布団におり、その傍らで要が様子を見ている。

「おはようございます」
「…」

そう、昨夜と何も変わらない。源さんが席を外している以外、何も変わらない。何も、変わらないのだ。

「峠は越えたようです」
「…まさか、一晩中そこで?」
「?はい、まあ」

何を当然のことを、といった様子で要は首を傾げる。一方の沖田はかなり衝撃を受けていた。徹夜が日常茶飯事なんて、この女の睡眠事情はどうなっているんだ。それとも医者というのは皆こうなのか。

「峠は越えました。あとは…」
「山南さん!」

沖田が声を上げる。要が何か言い掛けた途中で、山南が目を覚ましたのだ。彼はゆっくりと瞬きを繰り返した後、これまたゆるりとした動作で要を、続いて沖田を見た。

「此処は…」
「…薬の力で一命は取り留めましたよ。左腕が動くかは分からないですけど」

丁度その時源さんが襖から顔を覗かせた。敢えて要は「峠は越えたが、山南さんはまだ寝ている」と言うと、沖田と共にそれを幹部達に知らせるよう頼んだ。

「なんで僕もなの」
「山南さんとお話ししたいことがあります。…これからのことで」

要がそう言うと沖田は渋々ながらも了承し、源さんと共に部屋を出て行った。山南と二人きりになった要がゆっくりと口を開く。

「左腕は動くでしょう。ただあの薬の開発は今すぐ止めた方が良い」

要は山南の目を真っ直ぐに見つめ訴え掛ける。

「人間の筋力と自然治癒能力を爆発的に高めるーーと信じられているようですね、此処では。あれは人の命を喰らいます」
「私という成功例があるのですよ?これを利用せずしてどうしろと」
「…」

もう山南に要の声は届かない。今更ながらにそれを痛感し、要は溜息を吐く。

「…私は薬について幾つか知識があります。しかし貴方の研究には協力しません。絶対に」
「構いませんよ。貴方如きがいなくても、薬の研究は進められる」

山南はふらりと立ち上がると、意外にもしっかりとした足取りで縁側へ向かう。要は顔をしかめた

「何処へ行かれるんです」
「広間へ。…私は昨夜死んだことにします。その方が動きやすい」

それを最後に言い残し、部屋を去る山南。要は空になった布団を一瞥し、どうしようもなく泣きそうになった

「…成功例なんてあり得ない」

(だってそうでしょう?)

要の脳裏に一人の少女の姿が過る。真っ白な世界。今よりも幼い頃、いつも緑と花に囲まれ笑っていた



「…」















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