「要ちゃん!」







深夜。

襖を叩く音と自分の名を呼ぶ声に、机に向かい要は読んでいた書物から顔を上げた。障子にはぼうっと人影が映っている。何事かと驚きながらも、何かは分からないが最悪の事態が起こったのかもしれない。そう考え迅速に、且つ冷静に要は障子を開けた。そこにあったのは額に汗をかいた永倉の姿

「広間に来てくれ!緊急なんだ!」
「何があったんです」

次の瞬間永倉の口から飛び出した言葉に、要の表情が凍った。


「山南さんが倒れた!」





永倉の話によるとこうだ。

左手を負傷してからも、山南さんは薬の開発を独自に続けていた。そして昼間、広間で伊東が放った言葉が追い打ちを掛けたのだろうか。彼は夜中部屋を抜け出し、広間で薬を服用したが失敗。自刃を図った所を、通り掛かった沖田が発見。そして今に至るという

「山南さんは!」
「市井くん、」

要は永倉と共に広間へ駆け込んだ。そこには近藤、土方、原田、斎藤の四人がいたが、肝心の山南の姿は見当たらない。

「…山南さんは彼の自室に部屋に移した。伊東派に見つかると厄介だからな」

やはり何処か沈んだ様子の土方の言葉を聞き、この場で詳しく経緯を聞きたい念に駆られる
しかし

今自分がすべきことはそれではないのだ。

要は広間にいる全員に一礼し、医療器具の入った鞄を持ち部屋を飛び出した。向かう場所は山南さんの自室。広間へ向かう途中で永倉に聞いた話によると、彼の部屋には源さん、そして沖田がいるらしい。とりあえずの処置はしたものの所詮は応急処置。要は一刻も早く部屋へ向かおうと、広間を出るべく歩みを早める。だが

「…何をしているんですか?」
「…っ!」

彼女は足を止めた。何故か広間のには雪村千鶴がいた。物陰に隠れ、まさか見つかるとは思っていなかったとでもいうように目を見開いて要を見ている。

この騒ぎで目が覚め部屋を抜け出し、此処で今まで隠れていたのだろうか。仮にもし彼女が今の話を聞いていたのなら、新選組にとっては、どうでもいい、という一言で片付けられる問題ではなかった。

「あ…あの、わたし」
「何をしているのか、と聞いているんです」
「要?どうし…」

要が立ち止まっていることを不思議に思った原田が彼女に声を掛ける。それと同時に要は千鶴の首根っこをひっ掴むと、広間の中に彼女を放り出した。

「なっ…!」
「…何でお前が此処にいる」

土方の言葉に千鶴は体を縮こませる。

「…なあトシ、彼女にも話してやっても良いんじゃないか」
「…お前は新選組に必要ない」

土方の言葉に、千鶴が泣き出しそうになっていることが分かる。

彼女がおらずとも大した問題ではない。ただ、雪村綱道を探すのに少し支障をきたす位だ。寧ろ隊務もこなせない女など、言ってしまえばお荷物な訳で。千鶴の価値など、今の新選組ではそんなもの。そして新選組ではない要に、彼女の必要性の有無を議論する権利はない

「…山南さんの治療に向かいます」

要は再び一礼し、広間を後にする。千鶴の処置については幹部が決めることだ。そう踏ん切りを付け、要は縁側を駆けた。





「失礼します」

山南の部屋には沖田と源さんがいた。山南は布団に寝かされており、二人は傍らで彼の様子を見守っていたが、要が入ってきたのに気付くと此方に視線を向ける。要山南の脇に座り、脈や熱を計ったりしていたが、暫くして安堵した様子で息を吐いた。

「…思っていたより容体は良いですね。薬の副作用を薄めたお陰でしょう」
「助かるのかい?」

源さんの問い掛けに要は眉間に皺を作る。そして山南の額に当てた、水を含んだ布を取り替ええながらこう言った。

「分かりません。ただ、薬を飲んだのなら自刃の傷は治る筈です。…あとは山南さん自身が、生きたいと思えるかどうかに賭けましょう」

ふと、遠い昔、まだ自分が何も知らなかった頃。共に過ごした少女の姿が脳裏に過る。

「…」

これだけの症状ならまだマシになったものだと、何処かで思っている自分がいた。















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