池田屋の騒動から3日。結局、池田屋で倒れた相田と新島は助からなかった。丸3日、不眠不休で2人の治療にあたった要は治療室から出て来た後、駄目だった、本当に申し訳ないと言って頭を下げた。いつもと同じく口調は淡々としていたが、その眼は何も写してはいなかった。しかし誰も彼女を責めるような真似をしなかった。要は千鶴や山崎など医療の心得がある者以外、治療室に立ち入らせはしなかった。


山崎と千鶴は近藤と土方に一言断りを入れて、少しだけ要を休ませてやってくれと言った。近藤だけでなく鬼の副長の二つ名を持つ土方までもがそれを許可したこともあり、組の誰も異論を唱えなかった。部屋に立ち入らせなかったとはいえ、要の頑張りようは屯所中に知れ渡っていたことも合間った。


「…要、入るぞ」


要の部屋の襖を開けた時、原田は思わず息を呑んだ。何故なら彼女の部屋は、原田が討ち入り前に訪れた時と本当に同じ部屋なのかと疑うほど本や医療器具が散乱していたからだ。そして要は散らかった部屋の片隅で、膝を抱えていた。膝に埋めている所為で顔は見えない


「要?」
「…左之助か」


くぐもった声でよく聞こえはしなかったが、辛うじて彼女のした返事を聞き取った原田は彼女の横に腰掛ける。昼間にも関わらず薄暗い要の部屋。本当に別人の部屋のようだ


「お前の部屋がここまで荒れんのも久しぶりなんじゃねぇか?」
「はは…そうかもしれないな。障子も破けてるから、あとできちんと貼り付けないと」


土方さんに怒られるな。そう言って要は笑みを零したがそれは酷く乾いたものだった。

部屋の乱れは心の乱れ、とは正にこの状態のことを言うのだろう。部屋は散々散らかっているし、実際彼女の心境も大荒れだった。患者絡みで何かぎあると大抵要の部屋は荒れる。それは原田が彼女と出会った頃から今も変わらないことだった。原田は彼女の頭に手を乗せ優しく髪を撫で付ける


「…あいつらを救えなかったのは誰の所為でもないぞ。俺達が裏庭に回ったときにはもうやられてたんだから」


原田の言うあいつら。池田屋での討ち入りの際裏庭で倒れ、要が一晩中治療に励んだ安藤と新田のことだ。しかし二人は彼女の努力も虚しく息を引き取った


「…わかってる。わかってるよ」


要は自分に言い聞かせでもするかのように呟く。わかってる。二人が死んだのは二人が斬られたからで、彼等の命を奪ったのは彼等に刃を向けた人物だということ。決して自分の治療で死んだという訳ではないということ。しかしそれでも


「分かってるから足掻いているんじゃあないか」


医者は完璧な存在ではない。医者も人間なのだ、救える命もあれば救えない命もある。治療ミスでもない限り、患者の命を奪ったのは医者だとは言えない。何故なら治療を受ける羽目になるのは、患者がそれ以前に命を落すような場面に出くわしてしまったからなのだ。例えば殺人や事件、決闘など。この時点では勿論医者に非はない。医者が殺したのなら話は別だが、医者が命を奪った訳ではないのだから。今回の件もそれと同じである。彼等を殺したのは要でもなければ原田でもない。ただ、彼等が死んだのはほんの少し


予想外だっただけのこと


「全部背負ってるとどんどん辛くなるぞ。他の誰でもなくお前自身が」
「…そんなの、医者を名乗った時から分かってるよ」


原田は最後に要の髪を一撫ですると、立ち上がり部屋を出て行く。恐らく彼の隊が今日の昼の巡察なのだろう。


ふと要の頭にある少女の声が響く。まだ自分が今よりも幼かった頃、頬を叩かれたと同時にその少女に言われた言葉だ。


「優しさだけじゃ人は救えない…か」











「もうあれから何年経ったのかしら。忘れちゃったわ」


所変わって京の町。黄色の着物に身を包んだ少女がぽつりと呟く。誰に話し掛けた訳でもないつもりだったが本人の予想に反しその声は大きかったらしく、傍らにいた女性が振り向いた。


「姫が要を拾った時のことですか?」
「お菊、外で姫はやめて。ええと、ああ、そうよ。いつ拾ったのかしらと思って」
「…もうずっと昔に思えますね」


昔、今ではもう何年経ったかも分からないが、この少女がまだ今よりも幼かった頃に拾った少女。彼女は黄色の着物の少女に仕え、彼女の元で医学を学び、そして何年か経ったある日突然自立すると言って姿を消したのだ。着物の少女はくすくすと笑いながら傍らにいる女性に尋ねる


「ねえお菊、また要に会えると思う?」
「ええ、きっと」










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