「市井くん!!」











要の名前を呼ぶ大きな声が縁側に響き渡る。後ろを振り返ると近藤が急ぎ足でやって来るのが見え、彼女は足を止めた。


「近藤さん。…と、土方さんに山南さんも。お帰りなさい」


近藤の後ろに続く土方と山内に気付く。出張で土方と山内が大坂に出ていたのを知っていた要は、二人に向けて労いの言葉を掛けた。


しかし彼らはそれどころではないらしく、各々が何やら深刻そうな表情をしていた。


「山南くんが大坂で負傷したんだ。早急に診て貰えないか」


目を細め、ちらりと近藤の後ろを覗き込む要。そこには左手を布で吊り、土方に付き添われ苦笑を浮かべる山南が。


「分かりました」


了承した要に近藤達は山南の部屋を案内する。要が新選組から借りている部屋より少し大きく、彼の人柄からか部屋は整えられていた。


「隊務中に左手を負傷したんだ。とりあえず応急処置として布で吊っていたんだが」
「有り難いです。何もしないよりましですから…」


山南の腕に巻き付けられ血で汚れた包帯を外しながら近藤と言葉を交わす。しかし


「…酷い」


要は思わず顔をしかめる。そして手を止め、後ろで処置を見守っている近藤と土方に振り返った。


「どこが軽い怪我ですか!」


屯所に来てから今まで声を荒げることのなかった要の大声に、近藤と土方は驚いように顔を見合わせた。少し落ち着いたのか大きく溜め息を吐き、要は布団に横たわる山南を見やる。そして何を思ったのか、もう一度後ろを振り返った。


「少し席を外して頂けますか。処置の方に集中したいので」
「…ああ」


土方は用心するかのように何度か要を振り返ったが、近藤に促され大人しく廊下に出る。それを確認すると要は手元にあった薬箱の蓋を開けた。


「処置をします。手を出して下さい」
「…処置など、必要ないでしょう。どうせもうこの左腕は使い物にならない」


彼自身の体のことだ。恐らく要が診るよりも前から、自分の腕はもう動かないことを分かっていたのだろう。しかし要は布団に手を突っ込むと、山南の手を引っ張り出した。


「何故、そこまでして自分を追い詰めるんですか?」


一瞬、どういう意味か分からないとでもいうように彼は要に目を向ける。


「あなたがいま抱え込んでるものの重さは、ひとりでは耐え切れない筈です」
「………」
「なのに、どうして他人を遠ざけようとするんですか」


山南の腕に薬を塗りながら要は淡々と言葉を紡ぐ。純粋に疑問に思ったのだ。何故彼はこんなにも自暴自棄になっているのかと。


「あなたはあなたの周りの人のことを何も考えていない。山南さんがひとりで抱え込もうと無理をすればするほど、あなたを想っている人も傷ついてるんです」


(そう、彼はあの頃の私に似てる)


要は包帯を巻きながら思う。今の山南は以前の要に似ていると。


「自己犠牲じゃ何も救えません」


あの頃の自分にも投げかけられた言葉だ。この言葉が無ければ恐らく自分は今こんな風に他人を励ますような真似をしたり、否、それ以前にこの世にはいなかったかもしれないなどと頭の隅でぼんやりと思う。


要は包帯を巻き終えその切り口を結ぶと、横たわったまま、ただただ此方を見上げる山南に声を掛ける。


「終わりました。しばらくは腕を固定させておいて下さい」
「…」
「…処置はしましたが、完全に治るという保証は出来ません」




「後はあなた次第です」




そう言って部屋を出る要。すっかり夜の帳が降りたその中に要は消えていった。










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