「討ち入り?」











要は自身に与えられた部屋の前の縁側に平助といた。今日は彼の率いる八番隊は巡察にあたっていなかったため、平助が要の部屋へと様子を見にやってきたのだ。


「そ。総司が巡察中に長州の間者を捕まえたらしくて」
「へぇ」
「で、今夜討ち入りなんだ」


そんな彼が話す話の内容は、今晩行われる予定の討ち入りについて。そうなると要の頭の中では一つの定理が出来る訳で。つまり、


(討ち入り→人数の不足→療養中の隊士の出動の可能性、ってことか)


「悪いけど、今は隊士の半分が療養中で寝込んでる。完治してない状態では絶対に討ち入りなんかさせないから」
「ちぇっ」


藤堂は残念とでもいうように後ろに倒れ縁側に寝転んだ。療養中の隊士を使うことを諦めたように見えたが、それから数秒としない内に彼は勢いよく起き上がる。その表情は明るかった。


「そっか、要も出れば良いじゃん!」
「はい?」
「人手足りてないんだよー」
「冗談言わないで下さい」


藤堂はふてくされたように口を尖らせるが要に効果はない。そもそも一介の医者が戦場に出ることなど本来ならめったにないことなのだ。彼女の雇い主である近藤、もしくは土方の指示であれば話は別だが――


「お、2人とも此処にいたのか」
「左之。どうかしたのか」


要と平助がいる縁側にふらりと姿を現したのは原田である。


「いや、実は要に頼みがあって」
「頼み?」
「今晩の討ち入りなんだけどよ、人出が足りねえから池田屋組の方に同行してくんねぇかなーって」
「お前まで冗談を言うな」
「因みに、近藤さんからの頼みだぞ」
「…そんな馬鹿な」


要は縁側に崩れ落ちる。そんな要を笑いながらも原田は続けた。


「今日の討ち入りでは多分激しい戦闘になるし怪我人も出るだろうから、要にもついてきてほしいって」
「…」


当初は却下しようとした要だが、今回は仮にも雇い主である新選組局長の命令なのだ。命令に反して殺されるのは構わないが、今それは避けたい。それに彼等が言う通り、怪我人が出る可能性もゼロではない。


要は首の後ろを掻いた。


「……仕方ないな」
「よっしゃ!」


平助が拳を握る。どうやら相当要と討ち入りに出ることが嬉しいようだ。


「じゃ、頼むぜ。夕暮れには広間にいてくれよ」
「分かった。……あ、ちょっと」


縁側から去っていこうとする原田の着物の袖を引き、要は彼を引き止める。


「どうした?」
「前、稽古の時に打ち身したんだろ。この薬やるから」


要は懐から紙に包まれた塗り薬を取り出し、原田は思わず目を丸くする。しかしすぐにそれを解き、彼は笑顔を浮かべ差し出された薬を受け取った。


「悪いな」
「早く治せよ」
「おう」


今度こそ去っていく原田の後ろ姿を見送りながら、口を開いたのは今まで大人しかった平助だった。


「要って左之さんに対しては砕けた言葉遣いするよなー」
「そう?」
「ちょっと男っぽいというか」
「ああ…まあ、男として育てられたようなもんだからなぁ」
「え?」


しまった、というように手で口を被う要に、平助は怪訝な表情を浮かべる。彼女はまだ何か隠しているのだろうかと。


「…じゃ、俺行くなー。夜の準備とか色々あるし、また後で」


そう言って立ち上がり、平助は要の顔を見ずに縁側を歩き出す。何故かは分からない。しかし、どうしても今は彼女の表情を見ることが出来なかった。


(確かに誰にでも隠し事はある)


平助の足の速度が早くなる。新選組にも、自分にも勿論ある。しかし要は


(要には隠し事が多すぎる)


そんな気がした。











夕刻。要が向かった広間には既に人が集まり始めていた。腰に一本刀を差し片手に医療器具の入った鞄を持った要は、広間に見知った後ろ姿の人物を見つけ彼に声を掛ける。


「山南さん」
「おや、市井くんではありませんか」
「山南さんも今回の討ち入りに参加されるのですか?」
「いえ、今回私は此の場で緊急時の指揮を取ります」


要は完治していない、肩からぶら下げた布に吊っている山南の腕を見ながら尋ねた。もし参加するとでも言えば土方に頼み込んででも山南を休ませるつもりだったか、予想は外れる。


「腕のこともあり、私には残ってほしいと局長や土方くんから言われたものでしてね」
「…」
「君は…ああ、参加するんですか」


山南は要の右手にある鞄をちらりと見やり、皮肉と苦笑が混じり合ったような自嘲的な笑みを浮かべ要を見下ろした。


「ろくに腕も動かせない私よりは、一介の医者の方が確かに頼りに出来ますからね」
「そんな…」
「では、失礼しますよ」


山南は反論の余地すら与えず要を突き放した。その場に取り残された要は何か言おうにも、何も言葉が出てこなかった。要が口を開いた時には既に山南は姿を消しており、引き止めようとした要の手は虚しく空を掴んだだけだった。


そんな時、床にさす1つの影。


「気にしない方がいいよ。山南さん、最近はずっとあんな感じで、他の隊士達も溜め息吐いてるから」


彼女の隣にふらりと現れたのは、浅葱色の羽織りを纏った沖田であった。要は沖田が自分に話し掛けてきたことに内心驚きながらも、山南が消えていった方向をぼんやりと見つめながら口を開く。


「…何を、一人で抱えようと躍起になっているんですかね」
「山南さんが?」
「ええ、まあ」
「ふぅん…」


山南の気持ちを汲み取った要に少し感心したのか意味深な笑みを浮かべ彼女を横目で見る沖田。未だ彼が苦手な要は壁際へひっそりと移動し沖田と距離を取ろうと試みたが、そんな努力も虚しく沖田が要の後を着いてくる。


「君も僕と同じ池田屋の方に同行するんだよね」
「はい。よろしくお願いします」
「足、引っ張らないでね」
「…善処します」
「邪魔だったら置いていくから」
「…」
「嘘だよ」


ころころと表情の変わる沖田の相手は、要にとって些か疲れるらしい。そんな彼女の心境を察したのかそれとも偶然なのかは分からないが、池田屋行きの隊士を率いる近藤が召集を掛けた。


(助かった…)


沖田と並んで召集場に行くと、そこには数人の隊士に紛れ藤堂と永倉の姿があった。全員が沖田と同じ浅葱色の羽織りを羽織っている。


「藤堂さん、永倉さん」
「おう、総司!…と、もしかして要ちゃんか!?なんでまた此処に」
「もしもの場合の処置の為です。あと、隊士の数が足りないので一応補欠隊士として」


そう言って腰の刀を指差す要に、永倉は漸く合点がいったとでもいうような表情をし、そして四国屋へ行く隊士達の集まりを見やり、小さな溜め息を吐いた。


「(斎藤がやたらと池田屋の方を気にしてたのはこれか…)」
「何かおっしゃいましたか?」
「ん?あ、ああ。いや、何でもない」


近藤、沖田、永倉、藤堂、要が横一列に並ぶ。


「よし、行くぞ!」


こうして今、後に池田屋事件と呼ばれるようになる討ち入りが始まろうとしていた。
















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