「おはようございます」











毎朝朝食作りを手伝っている千鶴は、縁側を歩く要に声を掛ける。布巾を井戸で洗って台所へと戻る途中、沢山の薬箱を運んでいる要を見つけたのだ。


「あ、雪村さん。おはようございます」


要は縁側を行く足を止め返事をする。しかしその手に重なる薬箱はぐらぐらと不安定に揺れていた。


「重そうですね…」
「そうでもないですよ。嵩はありますが、中身は全て薬草なので」


そう言いながら積み重なる薬箱を見上げる要の姿を見ながら、千鶴の心を一抹の憂鬱が掠める。


要は医者だ。


(しかも話に聞くところでは、かなり優秀なお医者さん…)


医者である要とは違い、自分は大した技量もない。幹部の皆を手伝ったり雑用をするだけで、何の役にも立っていない。父親捜しに町へ出ることも出来ないのだ。


(市井さんと私は全然違う)


「私と雪村さんの間に、大した違いなんかありませんよ」


すると、まるで要が千鶴の心を読んだように口を開く。


「え…?」
「私のやってることだって、言い換えるならただの雑用なんです。私がしたいから隊士の皆さんを診る。診たくないなら、毒を盛って隊士を殺すことも出来る。治療なんて、所詮は自己満足なんです」


殺しはしませんけどね。そう言って笑いながら要は千鶴の方に顔を向ける。


何もかも見透かすような要の目が、真っ直ぐと千鶴に向けられていた。


「あなたがやりたいから雑用をやっている。その雑用が、あなたには見えない所で幹部や平隊士の役に立っている。それで良いじゃないですか」


千鶴の不安に要は言葉を重ねた。千鶴は頷く。


「役に立っているかは分からないですけど…もしそうなら、すごく嬉しいです」
「なら、あなたは言った事を曲げてはいません。でしょう?」


ぶっきらぼうな言葉、だが何故だろう。こんなにも救われたような暖かい感覚が包み込むのは。


「ありがとうございます、要さん」


千鶴はにっこりと笑みを浮かべたが、要は笑い返すことをせず、急に何か思い付いたように声を上げた。


「そうだ。雪村さんって確か蘭法医の娘さんでしたよね」


何を言い出すかと思えば。千鶴は要の発言を不思議に思いながらも頷く。


「朝食を食べ終わってからで良いので、後で薬草を洗うの手伝って貰えませんか?人手が足りなくて…」
「、はい!」


要の頼みにすぐ返事を返した千鶴。今は本当に人手が足りないのだ。隊士の数もだが、一方では救護や監査などの支援者も足りない。


「ありがとうございます。では、私の部屋でお待ちしておりますので」


千鶴の返答を聴くとすぐに隣を通り過ぎていってしまった要の姿を目で追う千鶴。その時一つの願望が彼女の心をかすめた。それは要と初めて会った時から、いつかは叶えたいと思ったもの。


(でも、いきなりだったら迷惑かも…)


千鶴の頭を駆け巡る葛藤。その内にも薬箱を抱えた要の姿はだんだんと遠くなっていく。


(…ああもう、どうなっても良いや!)


決意を固めた千鶴は、ずんずんと歩いていく要の背に向かって叫ぶ。





「要さん!!」





そう、千鶴は悩んでいたのだ。期間は分からないが、これから共に暮らしていく身。しかも自分と同じ女である要を、彼女の下の名前で呼びたいと。


お近づきの印として。


「はい?」
「あ、えっと、その…!」


振り返った要に、その後のことを何も考えていなかった千鶴は焦る。しかし一方の要は彼女の意志を読み取ったのか、溜め息をつくと呆れたような笑顔を浮かべた。


「…千鶴、そんなに大きな声で呼ばなくても聞こえています」
「!…はい!」


自分の下の名前を要に呼ばれたことに喜びを隠せない千鶴。要はふっと笑いを浮かべると、手に持っていた薬箱をよっこらしょという掛け声と共に持ち直し、再び自室へと向かう足を進め始めた。










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