雨心中

雨の降る夜。

宗次郎さんは決まって私の寝所を訪れ、布団に潜り込んでくる。

「…宗次郎、さん?」
「はい、」

逢瀬など、そんな甘ったるいものではない。彼程の美青年ならば、夜伽は選り取り見取りだ。顔も普通、身体も普通な私と、身体を重ねる道理などない。事実、宗次郎さんが部下の私に手を出してきたことは、一度もない。

今宵は雨。夕方から降り出した雨は夜になっても止む気配を見せず、予想通り、宗次郎さんは私の寝所へやってきた。

就寝する前にあらかじめ少し横にずれ、彼のための空間を作っておいたため、彼は普段より比較的するりと布団に潜り込めたようだ。

これもまた、いつも通り。

布団の隙間から入り込んだ空気が冷たく、思わずもぞもぞと身体を捩ってしまう。季節はもう春だというのに、雨は気温を低くする。この雨で折角の桜も散ってしまうだろうか、なんてことをぼんやりとかんがえた。

「さむくない、ですか、」
「ん…だいじょぶ、です」

そんな会話をして、間も無く、宗次郎さんは私の隣で静かに寝息を立て始める。所謂添い寝というやつだ。宗次郎さんが私の身体に手を回していることもあるし、滅多なことではないが、その逆もたまにある。今日の添い寝は、前者だった。宗次郎さんの手が、私の腰に回されている。もっと正確に言うと、布団の中で、宗次郎さんの手が私の腰付近に適当に放り出されている。

彼の中に恋愛感情という概念は存在しない。この夜は、恋人達の逢瀬などという、そんな甘ったるい時間ではないのだ。ただ同じ布団で、寄り添って眠る。この名付けようのない関係が始まったのは、いつだっただろうか。私が宗次郎さんに拾われてから、もうずっと続いている。

彼の事情について、決して詳しくは知らない。ただ、雨に嫌な思い出があるらしいことは、今この状況を見れば分かる。

「…」

明日が来れば、いつも通り私が先に目覚めて、そうっと布団から這い出て、音を立てないように着物に着替え、部屋を抜け出すだろう。宗次郎さんの部屋からいつもの所に掛かっているいつもの着物を持ち出し、誰にも見られないよう部屋に戻り、宗次郎さんを起こすだろう。

その時の彼はもう、半分ほど、いつもの彼に戻っている。おはようございます#名前#、と挨拶を返して、着物に着替え出す。私はそれを手伝う。彼が着替えの手伝いを必要としない人だと、理解している筈なのに。しかし宗次郎さんも、それを止めさせようとはしない。

着替え終わり、顔を洗うために部屋を出る。部屋を出ると、宗次郎さんは、本当の意味でいつもの彼に戻る。私たちの関係は、ただの上司と部下になる。手伝わせることも、着替えではなく、仕事の補助や書類整理だけ。

私は、宗次郎さんにとっての何者でもないのに、名残惜しいのだ。名前の付けようがない、この雨の夜の関係が終わってしまうことが。

冷気で冷えてしまった筈の布団は、宗次郎さんと私、二人の体温でもう温かくなっている。

あと何刻、こうしていられるのだろう。

そんなことを考えることすら馬鹿馬鹿しくなって、私も無造作に、しかしそうっと、宗次郎さんの背中に手を回した。

早く、桜の季節が終わるようにと願いながら。







最後の台詞の意味「早く桜の季節が終わりますように〜」は、「春が終われば次は梅雨がきて、毎夜のように宗次郎と夜を過ごせる」からです。

#名前#ちゃんは、明らかに自分が宗次郎に対して憧れや信頼以上の感情を寄せているのは自覚してるけど、彼に好きだと言ってしまえばこの関係は終わるから告白は出来ないし、黙って布団貸すしか出来ないんです。しんどい立場に立たされてる不憫な子です。

罪な男・宗次郎も、恋愛感情ではないけれど、彼女を信頼しています。もしかしたら今後、それ以上になるかも。そうじゃないと布団に潜り込んで一緒に寝るなんてしないし、他人に弱点や寝顔を晒すって、相当気を許していないと無理ですからねぇ。賢い#名前#が拒否出来る筈ないと分かってるからこそ出来る添い寝です。罪な男!




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